オレがケイオス——もといデルタ小隊に入隊してから、約1ヶ月の日が過ぎた。
その日〈裸喰娘娘〉にはこれまでに類を見ないほど人が集まり賑わいを見せていた。
ワルキューレを始め、デルタ小隊、ブリッジクルー、普段は表に出てこない各種裏方、アイシャの姿もある。
ともかく、ワルキューレに関わる全ての人が、決して広いとは言えない店内にひしめき合っていた。
天井からの垂れ幕には——
フレイア、デビューライブ決定!!
——と書かれている。
当の本人は、銀河ネットワーク・ニュースでアナウンサーがフレイアの名前を読み上げても実感が持てないのか呆けている。
『3万人に及ぶ応募者の中から選ばれた、ワルキューレの新星、フレイア・ヴィオン!そのデビューステージが明日、惑星ランドールでのワクチンライブに大決定!チームのエース、美雲・ギンヌメールとの——』
チャックが流れているニュースを切ると、飛び抜けて大きなガタイのアーネスト艦長がピッチピチの白スーツを着て、明らかにサイズの合ってないマイクを摘むようにして前へ出る。
「あー、思い起こせばワルキューレ結成を依頼されてから——」
オレの歓迎会の時にもあったが、乾杯前の音頭で語り始めるのは艦長の悪い癖だ。
ほら見ろよ、みんな若干引いてるだろ?艦長身体デカいんだからそれぐらい気づけよ。
「と言うわけで〜」
「フレフレとハヤハヤのデビューをお祝いして〜」
「「乾杯!!」」
艦長の前に出て面倒な前口上はナシと言わんばかりにマキナとニナが躍り出る。
そしてそのまま強引に乾杯まで持っていた。
ナイスだ!マキナとニナ!
「「「「ようこそケイオスへ〜!!!」」」
各々が乾杯し、途端に〈裸喰娘娘〉は先ほどとは比べものにならないくらい騒がしくなる。
オレはそんな様子をカウンターから眺めていた。
隣では珍しく美雲が歓迎会に参加し、マゼラン・カクテルなんて洒落たものを口に運んでいる。
というか、やっぱ年上なんだな。オレはまだ19歳だから酒は飲めないけど、一体何歳なんだろう。
オレンジジュースをグイッと呷り、飲み干す。
「私がこう言う場所にいるのが珍しい?」
こちらを見ずに、グラスを傾けながら、オレの考えを読んだかのように話してくる。
「そりゃあな。だってオレの歓迎会の時はいなかったし」
そもそもオレの歓迎会はこんなにたくさんはいなかったが、ワルキューレとデルタ小隊のみんな、ブリッジクルーや整備士のみんなが参加して、そこそこ楽しかった。
でも美雲の姿はなかったので、やっぱりミステリアスクイーンらしくこういう場には来ないんだなと考えたりもした。
「心境の変化でもあったか?」
「……さあ、どうかしらね」
そう言ってまたカクテルを口に運ぶ。
「スバルは飲まないのかしら?」
「オレはここじゃまだ未成年だっつーの。今年20になるが誕生日はまだ先だ」
オレの故郷である惑星フロンティアは他の惑星、船団とは違い成人年齢が17歳に引き下げられている。
理由は不明だが、オレが生まれた時にはそうなっていたらしい。
だが故郷から出れば話は別なわけで、まだ20歳が成人という惑星だって数多い。
だから郷に入っては郷に従って、当然のことを言っているだけなのだ。
……まあ普通に酒があまり好きではないという理由もあるが。
「あら意外と真面目なのね」
「意外は余計だ、意外は。」
美雲に抗議の声を上げていると、バーカウンターを滑るようにして、ドリンクが流れてきた。
見ればチャックが——
「俺の奢りだぜ」
——みたいな顔をしてサムズアップしている。
その顔が妙に腹立ったが、今は祝いの席だ、抑えるとしよう。
これアルコール入ってないだろうな……。
恐る恐る飲んでみるが、普通のオレンジジュースだった。
◆
「珍しいですね、美雲がこういうイベントに参加するのって」
バーカウンターから少し離れた位置で、スバルと美雲の様子を眺めているカナメがウィスキーを一口飲み、そう漏らした。
「それを言うなら博士がラボから出てきてるのも珍しいぞ」
アラドも同じようにウィスキーを運ぶが、視線の先はカナメとは違う方向を向いていた。
窓際の席では、太股も露わなショートパンツに胸元のはだけたシャツという、いかにも観光客ルックなアイシャがハヤテと何やら話している。
「2人とも行動原理が不明ですもんね……」
「やりたいことと言えば片や歌を歌いたい、片や研究がしたい、だもんなぁ」
ウィスキーを一気に呷り、ため息を吐く。
「まあアイシャ博士は百歩譲ったとしても、美雲が来るのはかなり珍しいですよ」
「確かになぁ」
「スバルくんに興味を示したのか、フレイアの影響を受けたのか気になるところですね」
カナメはアルコールが回ったのか、頬が少し紅潮している。
いたずらっ子のようにニヤニヤとスバルと美雲の様子を眺めている姿はまるでお邪魔虫のようだ。
「とっつきにいくいところは変わってないがな」
「興味を持っただけじゃクラゲは触らせてくれませんよ」
いつもアラドが言っているクラゲ格言を今回はカナメに取られる形になり、バツが悪そうにウィスキーのおかわりを呷るアラドだった。
◆
「あ、いたいた。スバル!」
「ん?」
美雲と話していると、後方から呼びかけられた。
振り向くと、そこにいたのはアイシャだった。
「なんで引きこもり博士のアイシャがこんなところにいるんだ?」
普段から研究室で寝泊まりしてると噂のアイシャがここにいることがすでに驚きである。
イベントに誘おうものなら——
「そんなことより研究よ研究!」
——とか言って無理矢理手伝わされそうなのに。
「私がイベントに参加してたらおかしいのかしら?」
「イーエマッタク」
アイシャは笑顔だが目が笑ってない。
背後に鬼の闘気のようなものを感じる。
引きこもりは失言だったか。
「で、何の用だ?」
「私が送った書類に目を通したか確認しにきたのよ。ちゃんと読んだでしょうね?」
書類?……書類?
あーなんかメールで送られてきたやつか。
オレ書類読むの苦手だから、無視したかもしれん。
だが、読んでないと言えばさっきの鬼の闘気で一刀両断されかねん、どう答えたものか。
「その反応じゃ読んでなさそうね……」
どう答えるか迷っていたら、先にアイシャがはーとため息を吐き、手に持ったウィスキーを口に運ぶ。
「いや……オレ、書類読むの苦手でさ」
「少しでも期待した私がバカだった……」
どうやらアイシャの中でオレは落ちこぼれ認定されたらしい。
「明日デルタで初めてスタントするでしょ?自分が乗る機体の特殊性を理解できるように資料を送ってあげたのに……」
「いや、飛ばせりゃなんとかなるだろ」
「あなたねー」
非難が来るかと思ったがそんなことはなく、代わりにグラスに残ったウィスキーを呷るだけだった。
「フォールドクォーツは知ってるわよね?」
アイシャは知ってて当然と言った口調で話して来る。
が、オレはそんなこと微塵も知らないのだ。
何度も言うようだが書類とか本とか読むのが苦手なんだ。
新統合軍時代もどうにかして座学をぶっちぎろうとあれこれやったりするくらいには苦手だ。
だから答えも当然決まってる。
「知らん」
返答を聞いてアイシャの視線がオレの左耳に向いていた。
一瞬だったから気のせいかもしれないが、その行動の意味はよくわからなかった。
「……なんでレディMはこんなやつスカウトしたのかしらねぇ」
「悪かったな落ちこぼれで」
「はあ、簡単に言うとフォールドクォーツって言うのは、超時空物質——時間と空間に干渉できる宝石なの」
「まるで魔法の石だな」
「そういう認識で構わないわ」
「科学者のいうセリフじゃねぇ」
「あたしの論文を一から十まで説明してあげてもいいけど基礎理論を理解するだけで10年はかかるわよ」
「魔法の石でいいです」
「素直でよろしい。で、それはあらゆる分野に応用できるのよ。例を挙げるなら、時間と空間を飛び越えた通信、超長距離のフォールド航法、歌エネルギー増幅装置って具合にね」
「ははっ、もう何でもありだな」
「そう、だからフォールドクォーツがあれば、これまでプロトカルチャーの奇跡と思われていた分野の大半が説明できちゃうのよ」
「で、その魔法の石を知ってるかどうかがどう絡んで来るんだ」
「察しが悪いわね。あなたの乗る機体——というよりデルタ小隊の〈VF-31〉にその石が積まれてるのよ」
「へぇ、そんな大層なもんなのか。オレたちの機体って」
「量産型——アルファとかガンマ小隊の使うA型には組み込んでないわ。予備機を除けば、フォールドクォーツが積まれてるのはあなた達の機体だけよ。その理由がわかる?」
「ワルキューレの歌ってことか」
「……あなたって変に勘がいいところあるわよね」
一瞬褒められた気がしたが、よくよく聞いてみればどうやらバカにされているらしかった。
「ともかく、フォールドクォーツは歌によって活性化するの。そして、活性化した状態のフォールドクォーツは〈VF-31〉の性能を極限まで引き出せる力がある」
「要は歌でパワーアップするみたいな認識でいいってことか?」
「噛み砕いて言えばね。……で、あなたやハヤテにはその活性化状態を引き出す可能性が高いのよ。それにフロンティア出身のあなたなら活性化状態の機体を見たことあるはずよ。8年前にね」
「活性化状態の機体……?」
8年前といえばちょうどバジュラ戦役が終わった頃だ。
その時に見たという活性化状態の機体……。
「あ、もしかして!」
「そう、8年前のバジュラ戦役の際、高純度のフォールドクォーツを搭載した機体が1機だけロールアウトして多大な戦果を上げたと記録に残っているわ。記録者によれば、その機体は黄金の輝きを纏って空を駆けていた、とも残している」
「あれが活性化状態の機体ってことか」
8年前のバジュラ戦役と言えば銀河でも知らない人はいないと言われるほどの戦いだった。
当時のオレは12歳で、ボロボロになったアイランド船の中から巨大な敵に敢然と立ち向かった黄金の機体をこの目で確かに見ている。
まさか今度は自分がそれと同じことができる機体に乗ることになるなんて思いもしなかったが。
「それに、ヴァールが蔓延している空域では、ワルキューレの歌に対する親和性が低いパイロットほど発症する可能性が高いと考えられているの。そういう意味でもあなたやハヤテは貴重な人材ってわけ。いくらおバカさんであったとしてもね」
(最後の一言は余計だっての)
おそらく資料を読まなくてもいいように説明してくれたアイシャなりの気遣いなんだろうが、いくらなんでも情報量が多すぎる。
要はワルキューレにとってオレは必要な人間って事でいいんだよな。
まあ、どんな理由であれ必要とされているのなら、それは喜ばしいことである。
◆
夜も更けてきたが、歓迎会は終わる気配を見せなかった。
というかほぼ大人たちの飲み会みたいになってる。
未成年のオレやハヤテ、フレイアはなんとなく居づらくなり、〈裸喰娘娘〉のテラスへ避難してきた。
主役がいなくなったというのに中のばか騒ぎは収まる気配すらない。
「お、お腹が……ゴリゴリ〜〜」
テーブルに突っ伏し、たくさんの料理が入って膨れたお腹をさする。
あのちんまい身体にどんだけの量が入れられたかは想像に難くない。
アイツ、ああ見えてかなりの健啖家だからな。
「食い過ぎだフレイア」
オレが中から適当に掻っ払ってきたリンゴジュースを、フレイアは恵みの雨と言わんばかりに受け取る。
「うん!アプジュー」
「アップルジュースな」
一緒に離脱してきたマキナとレイナも同じようにアップルジュースを飲む。
こっちはこっちで未成年の飲み会みたいになってきたな。
「フレフレ、もうラグナにも慣れたみたいね」
「ほいな!なんだか、私の村に似とる気がするんよ」
「村?それって故郷のウィンダミアのことか?」
「うん、風がすっごく気持ち良くて、空も大地も真っ白で、雪が積もって、リンゴ畑があって……」
うんうん……うん?似てる要素あったか今の説明で?
「なるほど……って全然似てねーじゃん!」
ハヤテがオレたちの思いを代弁するかのようにツッコミを入れた。
「あんまり似てないかな」
「似てる要素、ナシ」
マキナとレイナがハヤテの言葉を強調するように繰り返す。
「うぇ!?……あれ?本当だ。なんでかね?ウヒヒヒ」
きっと、そう勘違いするくらいここの生活が楽しいってことなんだろうな。
ウィンダミアでも楽しい人生を送って、ここでも楽しい人生を送れて。
「何にもないところだったけど、楽しかった!」
アップルジュースを飲み干し、のびをしたフレイアの懐から古びたプレイヤーがこぼれた。
見たこともないひどくて古い大仰なプレイヤーだが、長年使い込まれても故障しないような頑丈なタイプのようだ。軍人とか探検家が使うものだろうか。
「それ、アル・シャハルでも持ってたよな?」
ハヤテがひょい、とソレを拾い上げ、フレイアへと渡す。
「うん、子供の頃ウィンダミアに来てた地球人に貰ったんよ」
「へぇ」
ウィンダミアに地球人がいたってことは相当前なんじゃないだろうか。
確か今は外部の人間が入ることに規制がかかっているらしいから、少なくとも7年前より以前ってことになる。
「これで外の音楽を知ることができた。リン・ミンメイ、ファイヤーボンバー、ミルキードールズ、チェルシー・スカーレット、シェリル・ノーム、ランカ・リー、ミーナ・フォルテ……みんなこの中におる」
全員一世を風靡した銀河の歌い手たちだ。オレが実際に会った人の名前もある。
「ワルキューレもこの端末が教えてくれたんよ」
フレイアはいとおしそうにプレイヤーを撫でる。
「カッコいいって思った。自分もこんな風になりたいって……でも」
憧れてたんだな。外の世界に、一世を風靡した歌い手に。
フレイアは今の自分に自信がないんだろう。夢にまで見たワルキューレに入って、自分はワルキューレに相応しい人間になれているか不安で仕方ない。
そんなしょげた顔をするフレイアに、ハヤテが近づいてデコピンをする。
「あたっ!……なんね?」
「らしくねぇぞ!命がけで飛べば飛べる!だろ?」
ハヤテは笑っていた。
それは空のように透き通った、一切の邪念がない笑みだった。
言ってることは意味不明だが、励ましていることは伝わってくる。
「……そやね。飛べば飛べる!人生30年!考えとる暇があったら飛び続けんきゃね!」
フレイアは再び元気を取り戻すと、テラスの外へと走り出していた。
人生30年?かの古代日本の戦国武将ノブナガ・オダの人間50年のような言い回しだな。
「おい!どこ行くんだよ!」
「海で歌ってくるー!」
そう言い残し、フレイアは桟橋の先まで一気にかけて行った。
「ウィンダミア人の平均寿命……30年前後って話ですね」
いつの間にか現れたのか、背後からミラージュの声がした。
「身体能力が高い代わりに短命な種族、だっけか」
残りのアップルジュースを一気に呷る。
噂では聞いたことがあったが、事実として突きつけられるのとは訳が違う。
あの顔を見てると、そんなことが嘘のように思えてくる。
「じゃあフレイアの寿命って、せいぜい後15年くらいなのか?」
「……そういうことになるな」
「1年後のオーディションなんて待てないわけですね」
だからあの時オーディションを受けることに必死だったってことか。
暗黙の事実としてお前の人生は後15年なんだって知ったら、オレでも必死になるだろう。
オレたちの人生が本番になる頃には、フレイアはもういない。
その事実はどうしようもないことなんだろう。
だからこそ、フレイアは1日1日を全力で楽しんでいる。
考えとる暇があったらって言うのも納得だ。
視線の先には桟橋で気持ちよさそうに歌っているフレイアの姿が映る。
「フレイアさん……私たちなんかよりずっと、密度の濃い時間を生きていけるんですね……」
「そうだな……」
ハヤテとミラージュがフレイアを見つめている横で、オレは手持ち無沙汰だった左手で弄っていたハーモニカを握ると、立ち上がる。
「どうしたスバル?」
「ちょっと伴奏つけてくる」
そう言って、オレも〈裸喰娘娘〉のテラスを後にした。
向かう先は、今も気持ちよさそうに歌っているフレイアのいる桟橋だ。
近づくにつれて、フレイアの歌が鮮明に聞こえてくる。
アル・シャハルで聞いた太陽のような元気な歌声。
美雲とはまた違う、希望の歌声。
オレはその歌に合わせて、即興でハーモニカの演奏を加えた。
突然伴奏が加わったことに驚いて振り返るフレイアだが、歌うことはやめない。
演奏しているのがオレだとわかると、また前を向いて歌い出す。
ラグナの夜空に一夜限りのデュエットが響き渡っていた。
◆
美雲は、いつの間にか歓迎会の席から外れ、ラグナの洋上に浮かぶ遺跡の上にいた。
そこが彼女のお気に入りの舞台だからである。
観客はいない。
たった1人の舞台。
月光に照らされる美雲の肢体は生まれたまま、一糸まとわぬ姿だ。
どこからでもなく、彼女のものではない歌声が聞こえてくる。それに合わせたハーモニカの音色もだ。
すぐにそれが、フレイア・ヴィオンと星那スバルのものだとわかった。
美雲は人の名前をあまり覚えない。記憶力という話ではなく、興味がないから覚えないのだ。
それでも彼女がフレイア、そしてスバルの名前を覚えたのは、少なくとも彼らは他の有象無象のような人々とは違うと感じたからだ。
ましてやスバルはワルキューレのメンバーですらない、それなのになぜ彼に興味を持ったのか、美雲自身も疑問に思っていた。
気まぐれか、あるいは彼の人となりに惹きつけられたのか、その答えを知ろうと時折接触するが、いずれも答えは出ないまま、今日も終わろうとしている。
でも今はただ——
「さぁ……次のライブで、貴方はどんな飛び方を見せてくれるのかしら」
——全てを見透かすような瞳で、艶然と微笑むのみである。