歓迎会の翌日。
デルタ小隊とオレは待機室に集められ、出撃が言い渡された。
デルタ小隊はワルキューレの護衛兼アクロバット飛行を行う部隊。ワルキューレがライブを行うならば、出撃になるのは当然のことである。
「まあ出撃といっても戦闘任務じゃない」
隊長はそう言っていた。
まあ昨日の段階で大雑把な内容は聞いていたし、別に心配をしているわけではなかった。
むしろ、心配なのは部屋の端っこでガチガチ固まっているフレイアの方である。
デビュー初日で、初ライブ、初ステージとなれば緊張するのはわかるが、側から見てもあの緊張の仕方は異常だ。
一挙手一投足が油の切れたブリキの人形みたいにぎこちなくなってるし、面持ちも笑ってるのか泣いてるのかよくわかんない
しかし、そんなフレイアを無視して作戦説明は続く。
「イコニア星系、惑星ランドールの自治政府からワクチンライブの依頼があった。ランドールでのヴァール発症による暴動発生率が、一ヶ月以内の見通しで60パーセントを超えたらしい」
それからカナメさんがどういう理屈か説明してくれたが、要約すると——
「人がたくさんいるところで妙ちきりんなフォールド波が発生すると、みんな仲良くヴァールの仲間入りをするから、その前に人を集めて、ライブでフォールド波を抑制してやると、ライブを聞かなかった人も間接的に発症率が下がるってことでいいのか?」
——大雑把な理解の仕方だが、間違ってはいないらしい。
カナメさんが首を縦に振って肯定しているからな。
「そういうことです」
「なるほどなー」
オレの横でハヤテが頭に手を組んで納得している。
まあ突き詰めれば、ワルキューレが歌えばヴァールが予防できるってことだ。
実際パンフレットにもそう書いてあるし、まあ効果がどれだけ出るかは個人差が出て来るだろうが。
昨日アイシャも親和性がなんたらって言っていたしな。
「だからこそ、ワルキューレのワクチンライブを援護できる俺たちの任務は責任重大ということだ」
余談だが、銀河の至る所でワルキューレと同様のチームを編成しようという動きはあるらしいが、デルタ小隊ほどうまくいっているところはないらしい。
フロンティアはランカさんとシェリルさんのツートップがいるから間違いなく安泰だろうし、実際2年前の暴動も2人の歌で収まった実績がある。
とは言え大事な家族がいることに変わりはないのでやはり心配になってしまう。
今度メールでも送ろう。
オレは内心で静かに決意するのだった。
◆
〈マクロス・エリシオン〉の右腕部が、ごうん、と音を立てて分離する。
スバルにとってはアル・シャハルで乗って以来の〈アイテール〉出港の時が来た。
「〈アイテール〉分離、重力制御異常なし」
「フォールドエネルギー、コンデンサーより順次解放」
「恒星間航行モード始動。〈アイテール〉トランスフォーメーション開始」
「艦内重力制御モードC、ヒートパイルクラスタ接続、各部異常なし」
〈アイテール〉ブリッジクルーが手慣れた手つきでシークエンスをこなしていく。
「よぉし〈アイテール〉発進!月軌道まで上昇した後、フォールドでランドールに向かうぞ!」
アラドの掛け声に呼応するかのように、〈アイテール〉が巡航形態へと変形し、反重力機関と反応エンジンの力でラグナの重力を振り切ると、真空の宇宙へと舞い上がっていった。
◆
フォールド時空間に入ると、途端に退屈になったオレは何となく格納庫へ訪れていた。
目の前には約1週間前に新たな相棒となった真紅の〈VF-31F〉が静かに佇んでいる。
綺麗な機体だと思った。
白地に真紅のラインがまっすぐ伸びるその姿は、さながら剣のようであり、さらに昨日のアイシャの話を思い出して、8年前のあの機体——〈YF-29〉を想起させた。
「これも因果ってやつか」
8年前のバジュラ戦役のおり、オレはあの場所で、黄金に輝く〈YF-29〉を見た。
フロンティアを救った歌姫とも知り合い——姉弟のような関係になっている。
そして今、オレは新たな脅威に立ち向かう歌姫たちを護衛するための部隊にいて、〈YF-29〉のような特殊装備をてんこ盛りに搭載した機体に乗ってる。
もしかしたらオレはここに来る運命だったのかもしれない。
「……なんてな。ロマンチシストじゃあるまいし」
「あれ?スバスバ?」
肩をすくめて自嘲気味に笑っていると、知っている声が聞こえてきた。
このトンチキな呼び方をしてくるのは決まっている。
視線を動かせば、〈VF-31F〉のメンテナンスハッチから見知った顔がこちらを覗いていた。
殺風景な格納庫に似つかわしくないふんわりおっとりした雰囲気の美少女、マキナ・中島だ。
「何してんだこんなところで?」
「ふっふっふー。操縦が乱暴なスバスバのために私が特別なチューンをしておきましたー!」
機械油がついた頬で得意げにマキナが微笑む。
「そんな乱暴にした覚えはないんだけど……」
「してるから私がチューンしたんだよ!前も言ったけどスバスバは自分の機体をもう少し労わりなさい!」
「は、はいっ!」
その勢いと一緒に色々と出るところが出てる身体をずいっと近づけてくる。
オレはつい視線を逸らして返事をしてしまったが、それがいけなかった。
「なんでこっちの目を見て返事しないのかなぁ?」
視線の先へマキナが回り込もうとしてくるので、また別の方向を向くとその方向へ追いかけてくる。
「い、いや、わかったから、気をつけるから!」
「ならこっちの目を見て言う!」
ついに頭をガシッと掴まれてマキナを正面から見る形になる。
見まい見まいとしていても、マキナの豊満な身体は嫌でも視界に入ってきてしまい、オレはとても悪いことをしてる気分になる。
「わかったから!頼むから放してくれ!」
「もー。約束だからね!」
ぷくーっと頬を膨らませながらもマキナはようやく納得してくれたようだ。
「そ、それよりマキナ。前から思ってたけどなんでワルキューレのお前が整備なんてやってるんだ?」
ハリーたちがいるだろうと、奥の格納庫で青い〈VF-31〉の整備をしている見ながら言う。
「ん〜〜」
マキナは少し考えると、胸を強調するようにして笑ってみせた。
それを受けて反射的に視線を逸らしてしまう。
「いいステージにしたいから、かな」
「いい……ステージ?」
「戦闘がなくても、バックダンサーのパフォーマンスは、ステージの出来に影響するからねー」
「そういうもんかね」
「そうなの!……だから、ベストのステージにするためにメカメカのことは、マキマキと!」
「レイレイに」
「「お任せ!」」
「うおっ!レイナどっから湧いた!」
「私はハヤテの機体のチューンで忙しいのだー」
それだけ告げて、突如現れたホログラムのレイナは霧散して消えた。
……神出鬼没なお嬢さんだな。
呆気にとられるオレを他所に、マキナは、じゃね、と投げキッスを残して、格納庫を去っていった。
「ベストのステージ……ね」
誰に言うでもなく呟いた言葉は格納庫の喧騒に飲まれて消えていく。
胸の中で高まっていくこの感情は期待や不安が入り混じったものなのだろう。
だが、不思議と嫌な感情じゃなかった。
「〈アイテール〉各員へ通達。本艦はランドール周辺宙域へデフォールドに成功。これより各員は持ち場につき、第2種警戒態勢で待機せよ。繰り返す——」
短い揺れとともに、艦内放送が流れる。
整備士たちは次々とエアロックに退避していく。
オレもそれに合わせて〈VF-31F〉に乗り込み発進準備を始めた。
——もうまもなく、奇跡の宴が始まろうとしていた。
◆
輸送機の窓から眼下の観衆を見たフレイアは震えていた。
恐怖や怖気ではなく、緊張や期待による武者震いだろう。
ウィンダミアにいた頃から人前に立って歌っていたとはいえ、今回は辺境の田舎とは人数も規模も訳が違う。
誰もが空を見上げ、女神の降臨を待ちわびる聴衆なのだ。
それだけで、フレイアの意識は呑み込まれ、圧倒されていた。
「フレイア」
「は、はいっ!」
「貴方はどんな想いで歌うの?」
輸送機の格納庫に集まった5人は円陣を組み、ハッチが開くまでしばしの待機時間に話をしていた。
「どんな……ですか?」
「歌には想いを乗せなければいけない。1つのフレーズ、たった一小節にも色んな想いが詰まっている。そして、その想いを汲み取り、貴方がそれをどう表現するかで、オーディエンスの反応は変わってくる。迷っている暇はないわよ」
「ふやぁ……」
フレイアは即答できなかった。
歌は歌。それ以上のことなんて考えたことすらなかったからだ。
「じゃあクモクモは、どんな想いで歌うの?」
そう言って、マキナがフレイアへの助け舟を出す。
美雲はその質問を受けた瞬間、ひとりの男が脳裏を過ぎった。
いい加減で、お調子者、なのに彼の周りには常に人が集まる。
——心地の良い陽だまりのような雰囲気を纏った男。
彼の心の底に秘めた何か、その答えへいつか導けるように。
なぜ、そんな事が胸を過ぎったか、美雲自身気づいている様子はない、ただ艶然と微笑み——
「そうね、今日、フレイアが私を満足させてくれたら、教えてあげるわ」
——そう言った。
「話はもういい?そろそろ開演よ」
パンッ!と手を叩き、場を仕切り直したのはカナメだった。
そして〈W〉を作った手を伸ばした。
それに合わせて4人も手を伸ばす。
「銀河のために」
マキナが話す。
「誰かのために」
レイナが呟く。
「今、私たち」
フレイアが紡ぐ。
「瞬間、完全燃焼」
美雲が奏でる。
「命がけで、楽しんじゃえ!」
カナメが告げる。
「「「「「GO!ワルキューレ!」」」」」
輸送機のハッチが開く、それが奇跡のステージ開演の合図だった。
◆
空から舞い降りてくる6つの流れ星は編隊を組んでランドールの上空を舞った。
各々の機体のカラーと同じスモークを空に描き、ワルキューレのライブに花を添える。
そのひとつ、真紅の〈VF-31F〉の中で機体を操るスバルは、その操縦感覚に感嘆していた。
〈VF-31F〉はメッサーとの特訓で何度も乗っているのだが、マキナが自分専用に新たにチューンした〈VF-31F〉はその比ではなかった。
正直、初めて乗った時よりも機体の調子がいい気がする。
まるで手足のように機体が言うことを聞くのだ。
誤解を招かないよう補足するが、決してハリーたち整備士の腕が悪いと言うわけではない。
おそらくハリーやマキナ、レイナがスバルのフライトデータを元にセッティングし直し、苦心の末に、スバルの操縦についていけるような機体に仕上げたのだろう。
さらに第5.5世代型のコックピットモジュールもすこぶる調子がいい。
〈VF-25〉の頃にはなかったAR技術の導入により、アビオニクスに所狭しと表示されていた情報が、操縦者の視線の動きに応じてヘルメットのバイザーに投影されるようになったため、情報の奔流に流されることもなくなった。
ちなみにそれを可能としているのが、レイナが組み上げたと言う超AI〈
アイシャ・ブランシェット曰く——
「BDIシステムみたいな光学的な接続なしに、限りなくオーガニックな人の意識だけがマシンと一体化して飛翔させる可変戦闘機っていうのが〈VF-31〉のコンセプトよ」
——ということらしい。
(さあ……始めようか、美雲!!)
風を切り裂く真紅の翼が、ランドールの空にまっすぐ伸びていった。