戦闘空域から少し離れたところでは、スバルとメッサーの駆る〈VF-31F〉がそれぞれアンノウンと交戦していた。
そんな中、ハヤテやミラージュたち残りのデルタ小隊は接近するアンノウンやゴーストからワルキューレを守っていた。
「隊長!新手が!」
通信機越しにミラージュの声が聞こえてくる。
レーダーにはアンノウンとは別方向から接近する一団があった。
「アンノウンの増援か……?いや、このIFFは……!」
そのIFFにアラドは見覚えがある。
惑星ランドールの新統合軍・第5航空戦隊が使うIFFだ。
第5航空戦隊と言えば誰しもが知るランドールでも指折りの精鋭たちだ。
第924飛行隊〈マスケッターズ〉を基幹とした部隊で、その練度はブリージンガル球状星団では1位2位を争うと言われている。
そんな部隊が増援に来れば嫌でも士気は上がることだろう。
「おぉ〜愛しの増援っち!」
「間に合ってくれたか……」
チャックが喜び、安堵の吐息を漏らすアラド。
こちらは6機、相手は20機近くいる。
彼我の戦力差は決定的だが、これなら何とかなるだろう。
そう思っていた矢先だった——
◆
歌が、聞こえたと思った。
ワルキューレの歌ではない。
もっと透き通った、草原を駆ける風のようだった。
禍々しさはなく、それどころか戦場だというのに安らぎさえ覚えるような歌声。
アンノウンの猛攻をかいくぐり、その歌声にスバルが耳を澄ましたその時——
『スバルッ!』
——美雲の声が聞こえた気がした。
途端、意識が現実へと引き戻される。
眼前からはミサイルが嵐のように迫っていた。
「なっ、マジかよ!?」
間一髪だった。
あとコンマ数秒反応が遅れていたら間違いなく死んでいただろう。
ガウォークへ変形し、進行方向とは逆方向へ熱核バーストエンジンを逆噴射する。
後ろから眼球が飛び出しそうなほど強力なGが襲いかかってきた。
歯を食いしばって耐えつつ後退し、レールマシンガンでミサイルの迎撃を行う。
「何がどうなってんだ!」
眼前からは第2波のミサイルが迫る。
このままではやられると悟ったスバルは宙返りしつつガウォークからファイターへ変形し、推力に任せて一気に加速する。
ミサイルの飛来した方向は今の今まで戦っていたアンノウンからではないのはわかっていた。
だからこそ、その方向を見てスバルは我が目を疑った。
——味方だ。
飛来した方向から新統合軍の〈VF-171〉が編隊を組んでミサイル攻撃を仕掛けてきていたのだ。
一糸乱れぬミサイルの飽和攻撃である。
たとえ性能差があろうとも、統制のとれた攻撃を仕掛けてくる戦闘攻撃機、しかも不意打ちとなれば脅威という他にない。
気がつけば今まで戦っていたアンノウンは離脱していた。
おそらくミサイルの飽和攻撃から避けるためだろう。
会場付近に戻ってきたスバルはハヤテやミラージュたちと合流する。
遠方の空ではメッサーが1機のアンノウンと未だに空戦をしている。
「新統合軍が攻撃……!?」
通信機越しにミラージュの困惑した声が聞こえてくる。
「まさか、奴等ヴァールに!?」
アラドは長年の経験から、最悪の結果を予測していた。
「デルタ3!確認を!」
「ウーラ・サー!」
アラドが混乱させまいと行動指示を飛ばす。
仮にここでアラドのような隊長がいなければ、デルタ小隊は瓦解していたことだろう。
チャックは指示を受け、マルチパーパスコンテナに搭載されたレドームを展開し、〈VF-171〉を解析する。
アビオニクスが捉えた情報がモニターに表示され、チャックは唖然とする。
「せ、セイズ指数93.5%……みんなヴァールに!」
「しかし、ヴァールが編隊を組んで仕掛けてくるなんてありえない!」
ミラージュが悲鳴にも似た声を上げる。
そう、ヴァールとは本能のまま破壊衝動に駆られて破壊の限りを尽くすもの。
理性すら失った状態で、仲間を認識し攻撃を加えることなど不可能に近い。
今までデルタ小隊が対処したヴァールシンドロームでもそのような事象はなかった。
「落ち着け!今起きていることだけが事実だ!」
アラドが再度叱咤する。
相手は容赦なく撃ってくる。
ましてや、アンノウンとの交戦も継続中だ。
決断が遅れれば遅れるほどその被害は甚大になる。
「……止むを得んか。全機オールウェポンズフリー!ワルキューレと市民を守れ!」
苦々しげな表情のアラドが苦渋の決断を下す。
アラドの指示を受け、5機の〈VF-31〉が再び戦火の空へと飛び出した。
◆
それでも、ワルキューレは歌っていた。
いや、違う。
それだからこそ、彼女たちは歌っていた。
逃げ惑う市民たちの中で、業火に燃え盛る街の中で。
それが彼女たちの使命であり、今ここにいる理由であった。
そこにヴァールがある限り歌い続ける。
ヴァール化した新統合軍の兵士たちも彼女たちの守るべき対象に変わりはない、
しかし、彼女たちの眼前で最期の変調装置も破壊され、追い詰められていることが明白になった。
◆
「攻撃しろって……相手は味方だろう!」
「それがどうした!」
「なっ……!」
ハヤテはメッサーの返答が信じられなかった。
ヴァール化しているとは言え、相手は新統合軍の兵士、こちらの味方だ。
翼を狙えば、少なくともパイロットは死ぬことはないし、脱出装置がある。
墜落してもよほど運の悪い墜ち方じゃなければ助かる。
しかし、メッサーの口調はそんなことは関係ないと言っているようであった。
「ワルキューレの歌を待つんじゃねぇのかよ!」
「待つ、待つがその間に奴らがミサイルを撃てば何十、何百という死者が出る。それを看過することはできない!」
「けれど、正気を失っているだけかもしれません!」
ミラージュの声だった。
彼女もまたハヤテと同じく命令に納得がいっていないようだった。
「たとえそうだとしても、今は敵だ!俺たちの任務は命をかけて戦い、守ることだ。それは新統合軍も同じこと。彼らも覚悟はできているはずだ!」
「だけどよ!」
「納得できない、戦えないなら〈
「くっ……」
メッサーの言ってることは正しかった。
いや、ハヤテもミラージュも頭ではそれを理解している。
しかし、彼らの身体が、心がついてこなかった。
「デルタ4、チェック6!」
メッサーの鋭い声が飛ぶ。
振り返れば別の〈VF-171〉が飛来し、機銃の銃口がミラージュへ向けられる。
それを追いついてきたメッサーが撃墜した。
「撃つのを躊躇うから敵に後ろを取られる!」
言い返せなかった。
目の前に確実に撃墜できる距離にいた〈VF-171〉へ引き金を引くことができず、それに集中するあまり周りの注意を怠ってしまった。
歯を食いしばり、自らを責め立てる。
「だとしてもッ!」
ハヤテの声が響いた。
「俺の仕事は殺すことじゃない!守ることだ!」
バトロイドに変形すると、彼の機体は脚部のスラスターを全開にして舞い上がる。
ヴァール化してなお統制が取れている新統合軍は、ここぞとばかりにハヤテの〈VF-31J〉へ大量のミサイルを放つ。
百を優に超えるそれを、ハヤテは視線誘導で瞬く間にロックオンする。
「うおおおおお!!」
腕部のレールマシンガン、頭部のレーザー機銃、脚部のマイクロミサイル、手にしたビームガンポッド。
全身の火器を光の雨のようにして、舞うように踊る——踊り続ける。
「俺はワルキューレのバックダンサーだ……!どんなことがあってもライブの邪魔はさせねぇ!ワルキューレは俺が守る!!」
吼えるように叫ぶ。
胸元に下げたペンダントがわずかに輝いたことにハヤテは気づかない。
ただひたすらに踊っていた。
◆
「さすが期待の新人。言ってくれるねえ」
3機目の〈VF-171〉を無力化し、スバルはライブ会場でワルキューレを守るように踊るダンサーを見下ろす。
それは、光の巨人のごとく地表に生きる者を守るために、空を駆けるものを殺さぬために舞っていた。
そんな時、敵接近のアラートがコックピット内に鳴り響く。
ARスクリーンのレーダーが敵機を捕捉する。
横でも前でも後ろでもない、それは上からだった。
見上げる先からは黒いアンノウンがナイフのように切り込んでくる。
「こいつ……!」
ブレイクして回避するが、ロー・ヨー・ヨーで追いつかれる。
敵にロックされたと〈ARIEL.III〉が警告を出す。
「ホントしつけえ!追っかけも度が過ぎればストーカーだっつの!」
シザーズで撹乱し、撃ち込まれた機銃を隙をついて右方向へのブレイクで躱す。
吐き捨てるように言った言葉は、相手に聞こえないとわかっていてもつい言ってしまう。
いや、言わずにはいられなかったのだろう。
ただでさえ新統合軍の相手をしなければいけないというのに、悉く邪魔をしてくるアンノウンにはいい加減愚痴の一つも言いたくなった。
「どうせ見逃してはくれないよな、やっぱり!」
ヴァールが発生してしまった以上、デルタ小隊の優先順位はヴァールの鎮静化だ。
しかし、要であるフォールド波変調装置はすべて壊されている、ヴァールを抑えようと必死にワルキューレは歌っているが、それもいつか限界が訪れることだろう。
ならば出来る限り早くヴァールを鎮静化させなければならず、そのために新統合軍機を無力化したいものの、アンノウンはそれの妨害行動を行ってくる。
鳥が先か、卵が先か——そんな哲学的な疑問がスバルの脳裏に浮かんだ。
(選ぶにしても早く決めないと被害が広がる)
だが、それを遮るように後方からミサイル接近のアラートが鳴った。
短い舌打ちと同時にフレアを撒き散らし、そのままスライスバックで回避しつつ加速する。
「迷ってる暇はねえ!」
スバルは意を決したようにフットペダルを押し込む。
熱核バーストエンジンが紅蓮の炎を噴き、急激に機体速度が加速していく。
真紅の〈VF-31F〉がランドールの空を飛んでいった。
後にこの戦いを見ていた人は言う。
その時、ランドールでは地上で光の巨人が舞い、空は炎の鳥が飛んでいた、と。
◆
美雲はただひたすらに歌っていた。
ワルキューレの任務としてでもあるが、ただ自身が歌うという理由のために。
眼前でミサイルが爆散し、レーザーの光が目を焼いても、それでも歌い続ける。
この声が枯れ果てるその時まで、ずっと、ずっと。
見上げた遠くの空ではアンノウンと交戦する真紅の〈VF-31F〉が空を駆けていた。
ヴァールに苦しむすべての人を救うために、それを利用しようとするアンノウンを倒すために。
美雲と同じように、ただひたすらに戦い、空を駆けていた。
——誰のために?
美雲の脳裏に疑問が浮かぶ。
いや、考えるまでもなかった。
彼はワルキューレのために、戦っている。
ならば彼にも届けなければいけない。
彼の戦いを無にしてはいけない。
大きく息を吸い、呼吸を整える。
魂のすべてを込めて、歌う。
届け、と歌う。
「フレイア、フォールドレセプターアクティブ!」
「クモクモも!あのふたり変調装置もなしで!」
その横で数値を見ていたレイナ、マキナは驚愕した。
美雲の持つフォールドレセプターが異常なほど高まっていき、それに感応するかのようにフレイアの歌がついに覚醒したのだ。
「互いの歌で刺激しあってる!」
カナメの声に喜色が混ざる。
美雲とフレイア。
ふたりの歌は確かに連鎖的に強くなっていく。
美雲はスバルを。
フレイアはハヤテを。
互いを想う力が歌となって、それは大きなうねりとなり広がっていく。
それはカナメたちの歌も同様だった。
重なり合う五重奏が——ハーモニーとなった歌が、戦場を覆うヴァールを吹き払っていった。
◆
「さすがだな、ワルキューレ」
鎮静化していく新統合軍の〈VF-171〉を横目にアラドは不敵に笑う。
「後はアンノウンを倒せば……!」
再び編隊を組んで飛来するアンノウンを睨む、その時、〈マクロス・エリシオン〉のアーネストから緊急通信が入った。
「アラド少佐、やられた!」
「何!?アイテールが!」
「いや、陽動作戦だ。君たちが戦っている間に、惑星ボルドールの首都が敵軍に陥落された!」
その言葉を理解するのに時間はいらなかった。
戦闘していたアンノウンは戦闘行為を停止し反転、編隊を組んでランドールの空を舞う。
それこそ、ワルキューレのライブでアクロバットを行うデルタ小隊のように。
そして、アンノウンの機体が光った。
機首から尾翼にかけて光が流れ、光学迷彩で隠されていたものが露わになる。
「あの紋章……」
「……空中騎士団か!」
ミラージュの疑問にアラドが苦々しげに答える。
アンノウンの尾翼に描かれた特徴的な鳥のような模様は竜鳥と呼ばれる生き物だとスバルは直感した。
だが、それ以上にスバルの目を引く物があった。
編隊を組む一機、自身が戦っていた黒いアンノウン。
それも他の機体と同じように紋章が現れたが、違っていた。
竜鳥の紋章ではなく、機体の黒地に反するかのように描かれた花。
見覚えがあった。
「白百合の……エンブレム」
声が震えていた。
信じられないものを見たというように双眸が大きく見開かれる。
そして記憶の中、夢の中に出てきた黒い〈VF-171〉のエンブレムとアンノウンのエンブレムが重なった。
アンノウンがスモークを引き空を駆けると、それはまるで空のカーテンとでも言うように広がり、映像が映し出される。
映ったのは、眼鏡をかけたひどく美しい男だった。
『ブリージンガル球状星団、並びに全銀河に告げる。私はウィンダミア王国宰相、ロイド・ブレーム』
「ウィンダミアって……」
ハヤテの視線の先には動揺を隠せずにいるフレイアがいた。
フレイアもまた、立体スクリーンに映し出されたロイドと名乗る人物には見覚えがある。
忘れるはずもない、自分の祖国の名も、祖国の宰相の顔も、祖国の紋章も。
「ロイド殿下……どうして」
『すべてのプロトカルチャーの子らよ。我がウィンダミア王国は、大いなる風と、グラミア・ネーリッヒ・ウィンダミア王の名の下……新統合政府に対し——』
一同が言葉を飲む。
この戦場にいる、戦いを経験した者なら次に出てくる言葉が容易に想像できてしまうが、その誰もが外れてほしいと願った。
『——宣戦を布告する!』
ロイドと名乗った男のルンが輝く。
その瞳は、本気だった。
その瞬間、フレイア・ヴィオンは、ウィンダミア人は、地球の……銀河の——人類の敵となった。