目の前のモニターには今しがたあった戦い、そのフライトデータが表示されている。
オレ、チャック、ミラージュ、ハヤテの4人はメッサーに呼び止められ、そのモニターを見ながら、格納庫で反省会を行なっていた。
——ウィンダミアの宣戦布告から数週間が経過したが、すでに十を超える恒星国家がウィンダミアの手に落ちていた。
その中には、かねてより統合政府に批判的だった惑星もあったらしいのだが、それにしても早すぎる、と誰もが口にする。
ウィンダミアの電撃的勝利の裏には、ヴァール
ここ数日もウィンダミアの斥候と思わしき部隊がラグナ近郊の惑星へ侵攻してきており、いつかここも戦場になるんじゃないかと、人々からは不安の声が上がっている。
唯一の救いはここ数回の戦闘で、その斥候部隊を相手にした際や、ヴァールの鎮圧を行なっていた際に〈白騎士〉や〈黒百合の悪魔〉による妨害がなかったことだろう。
「聞いているのか星那少尉」
メッサーからナイフのような鋭い声が飛んでくる。
相変わらず怒っているんじゃないかと勘違いするほど厳つい顔だ。
だが、数ヶ月一緒に活動してわかったことだが、メッサーが怒ることはほとんどない。
あくまで冷静に、論理的な思考の元に行動し、発言しているだけに過ぎないのだ。
だが可変戦闘機に乗れば一転して獲物を狩る獅子のごとく奮迅する。
理性と野性が奇跡的な確率で混在している稀有な例じゃないかと考えたこともあった。
「聞いてるよ、でオレが何だって?」
「ツインマニューバの際に無駄な動きが多い、特にブレイクしてからの動きに気をつけろ」
「りょーかい」
「チャック少尉、シザーズ軌道時のエネルギーロスに気をつけろ。下手をすれば失速して撃墜されかねない」
「ウーラ・サー……」
「ミラージュ少尉、右後方の警戒が甘い。アラド隊長のフォローがなければ墜されていた」
「……はい」
ミラージュへの指摘を終え、その視線がハヤテを向く。
メッサーの目が向けられたことでハヤテは一瞬竦むが、負けじと睨み返す。が——
「以上だ。解散」
——メッサーは何も言うことなく、去っていった。
「ちょっと待てよ!呼び止めておいて俺には何もなしかよ!」
「論外だ、話をする価値もない」
「ぐっ……」
論外だというのは自分が一番わかっていたのだろう。
その事実を改めて突きつけられ、ハヤテは反論できなくなる。
「いや、ひとつだけ忠告しておこう——」
立ち止まり、メッサーが振り返る。
「戦場では躊躇うな。確実に敵を落とせ。ここ数回の戦闘でお前は翼しか狙っていない」
「…………」
「ミラージュ少尉、お前もだ」
「しかし、空中騎士団ならともかく、新統合軍のパイロットは操られているだけです!」
やはりミラージュはあのランドールでの一件以来——というよりあの命令が不服なようだ。
珍しくメッサーに食ってかかっている。
「ミラージュ少尉、同じことを何度も言わせるな。操られているならばそれは敵だ。俺たちの任務を忘れたわけではないだろう」
「命をかけて戦い、守ること……」
「そうだ。俺たちはデルタ小隊、ワルキューレを守り人々を護るのが任務だ。そして軍人の任務も人々の安寧を守ることだ。そこには何の違いもない。——だから、敵になったのなら楽にしてやれ、大切な人の命を奪う前に」
「ならスバルやチャックは、隊長はどうなんだ?新統合軍とやるときは翼を狙っているぜ」
「隊長達にはその技術がある。——だが、お前達は違う。今のままでは必ず死ぬ」
もはやハヤテたちを見ずに言い切る。
確かに敵を殺さない、命を奪わない。
その考えは立派だ、人としては間違ってない。
——人としては、な。
だが、オレ達は戦士だ。互いに命をかけて、信じる正義、信念のために戦う存在だ。
生半可な覚悟で来れば、その先に待っているのは、逃れようのない〈死〉だけ。
だからこそオレ達は人殺しの汚名をかぶってでも戦わなければならない。
操られた新統合軍の兵士たちに守るものがあるように、オレ達にも守るべきものがあるのだから。
「中尉!私のミスについてもう少し詳しく!」
「……お前の操縦は正確だ。ミスもあえて言えばという程度に過ぎない」
「では……?」
「それがお前の欠点だ。お前の動きは教科書通り、だから次の動きが予測できる。歴戦の勇者を相手にすれば一瞬で墜とされるだろう」
「…………」
どうやらこちらも事実を突きつけられて参っているみたいだ。
まあ優しく言ったところで本人のためにはならないだろうし、そもそもあのメッサーが優しいことを言うなんて天地がひっくり返ってもありえないだろう。
「ハヤテ准尉は時々予想もしないような動きをする。——デタラメだが操縦センスは認めよう。いずれ死ぬことに変わりはないが」
「なっ……!!」
そう言い残し、メッサーは格納庫から姿を消した。
この場にはオレ、チャック、ミラージュ、ハヤテが残される。
「言うことが厳しいねぇ、死神様は」
「気にすることねえぞミラージュ!」
ハヤテはこう言ってるがミラージュは気にしているようだ。
口元を引き結んだまま微動だにしない。
「さあてオレたちも着替えるとしようぜ」
この場の空気を変えるため、オレはわざと大きく身体を伸ばしながらゆっくりと歩き出す。
チャックもオレの意図を汲んでくれたのか、歩き出したが、やはりミラージュは微動だにしない。
「ミラージュ、戻らねえのか?」
「いえ、私はもう少し残ります」
そう言うと、シミュレーターの方へ歩いていってしまった。
「あっちはあっちで自分に厳しいねえ」
「やるべきことが間違ってるのに気づかないのかね、あの堅物真っ直ぐ娘は」
マニュアル通りの飛び方、戦い方を改善するならシミュレーターじゃ意味がない。
まずは飛行機なんて乗らずにどう飛びたいかを考えるべきだとオレは思うね。
ミラージュは操縦センスだってあるのだ、その答えさえでればあっさりやってのけそうなのに。
「ま、どうせ止めても聞かないだろうし、行くかチャック、ハヤテ」
「そうだな、行くとすっか」
「ああ」
3人仲良く並んで格納庫から出ようとしたところで、廊下へ続くドアが開いた。
向こうにはモスグリーンのサイドテールによくわからない小型のクラゲみたいな生物を頭に飼ってるオペレーター三人娘のひとり、ミズキ・ユーリが中の様子を伺っている。
オドオド、キョロキョロしながら中を見回した後、オレたち3人の姿を見つけるとパタパタと駆け寄ってきた。
「よかった、まだ格納庫にいらっしゃったんですね」
「お、ミズキちゃん!俺たちに用かい?あ、もしかしてデートのお誘いとか!?」
「うぇっ!?あの、えっと……」
ミズキが近寄ってくるなりチャックは早速勘違いエンジンフルスロットルで口説いている。
チャックは身体が大きいから近寄られると圧がすごいんだよなあ。
その上、女性だと身長差で余計にそう感じてしまう。
「こらこらチャック。ミズキが困ってるだろって。で、オレたちに用か?」
このまま放っておくとミズキが危険だと踏んだオレは、チャックのパイロットスーツの襟を掴んで無理やり引き剥がす。
「あ、はい。アイシャ博士からスバルさん宛に言伝を預かってます。帰投したらウロボロス研に来なさい、との事です」
ウロボロス研とはアイシャが活動している研究室の名前だ。
名前の由来は7年前に活動していた惑星ウロボロスの名前をそのまま持ってきたと聞いている。
主にフォールド関連の研究を行っているらしく、オレたちの乗る〈VF-31〉もフォールドクォーツを使った技術としてサンプリングしているらしい。
——で、いつもならアイシャの私室に来いと言われることが多いのだが、今日に限って研究室に来いときた。
何か研究が大詰めで手が離せないとかそういうことなんだろうか。
疑問は尽きないが、あんまり待たせるとなにを言われるのか分かったものでもないので、さっさと行くに限る。
「そういうわけだ。悪いけど先に帰っててくれ」
「おう、晩飯までには帰って来いよ」
「わかった。アイシャ博士によろしくな」
オレはミズキを含めた3人に手を振り、足早に格納庫を後にした。
「というわけでミズキちゃん!この後予定がなければ俺とデートでも——」
「だからやめとけっての」
後方では懲りないチャックがまた口説きにかかっているところを今度はハヤテに諌められているのが聞こえてきた。
……めげないなぁチャックのヤツ。
◆
更衣室でパイロットスーツから制服に着替えて飛び出す。
〈アイテール〉がドッキングしている右腕部からアイシャのいるウロボロス研まではそう遠くはない。
〈エリシオン〉の下層、腹部付近の医療ブロックに隣接されて、研究ブロックはあるのだ。
エレベーターを乗り継ぎ、医療ブロックに到着し、その奥へと歩を進める。
奥に行くにつれて人気は少なくなり、小綺麗な廊下から、実験か何かに使われているような研究機材が雑多に置かれた廊下に変わっていく。
心なしか照明も暗くなった気がする。
そうしてゴミの山のような研究機材群を抜けたところに、目的地であるウロボロス研のドアがあった。
(なんでわざわざここに呼び出すんだよ)
ドアの脇にあるモニターを操作し、中へと入る。
研究室はスバルの期待通りというか予想通りとっ散らかっていた。
壁際に寄せられた意味不明な研究機材の山、足の踏み場を見つけるのが難しいほど床に散乱した資料たち、テーブルの上には何だかよくわからない数値が上下に動く計器類が置いてある。
そんな中で、アイシャ・ブランシェットはモニターと睨めっこをしながら何かを打ち込んでいた。
「おーい、アイシャ」
「来たわねスバル。その辺に掛けて待ってて、もう少しでひと段落するからー」
「その辺って……」
辺りを見て絶句する。
アイシャの言うその辺の意味がスバルには理解できなかった。
先に述べたように室内はゴミのような機材と資料で埋め尽くされており、座るところなど微塵も見当たらない。
もしかしたら本当にその辺の機材をどかしたら椅子が現れるんじゃないか。
そんな考えが過ぎったスバルは意を決して、機材の一角を動かす。すると——
「マジか……」
——応接用のソファらしきものが見えた気がした。
アイシャの方を見れば、頭を抱えて唸っている。
もうしばらくかかりそうだと踏んだスバルは、仕方なくこの機材の山を片付けることにした。
制服の袖を捲り、気合いを入れる。
「アイシャ、この辺片付けるぞ」
「うーんいいわよー」
返ってきたのは空返事だった。
しかし、空返事とは言え了承は得たので、文句を言われても言い返すことができる。
そうして片付け始めて、アイシャの言うひと段落が訪れたのは、実に1時間後のことだった。