マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:ハシタカノミコト

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Mission07 激情 アヴェンジャー I

 

天井が重い音を立ててゆっくりと開く。

頭上には濃紺の空に宝石を散りばめたような星の海が広がっている。

それと同時にエレベーターのように持ち上がっていく感覚が身を包み、照明に照らされる。

ひし形の青いシールドに囲まれたステージの上に5人の女神たちが立っていた。

彼女たちは〈アイテール〉の甲板上、ワルキューレの専用甲板に備えられたステージからデルタ小隊を見下ろすように立っている。

フォールド・サウンド・ステージと呼ばれるこの設備は主に宇宙空間における戦闘で使われるステージだ。

そもそも宇宙は真空——つまり空気がないため、その空気を震わせる現象である歌が響くこともない。

そこで彼女たちが持つフォールドレセプター因子が出番となる。

因子から発生するフォールド波がステージに取り付けられた増幅装置を経て変調し、デルタ小隊が装備するプロジェクションユニットがそのフォールド波を広域に展開して鎮圧を図るというのが、宇宙空間での彼らと彼女らの戦いだ。

 

「歌は愛!」

 

「歌は希望!」

 

「歌は命!」

 

「歌は元気!」

 

「歌は神秘!」

 

彼女たちの掛け声に合わせて、ワルキューレの新たな楽曲〈ワルキューレはとまらない〉の前奏が流れる。

 

「聞かせてあげる女神の歌を!」

 

「「「「「超時空ヴィーナス、ワルキューレ!!!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

甲板に並ぶ色とりどりの〈VF-31〉。

その中の空のように青い機体に、ハヤテ・インメルマンは搭乗していた。

初めて宇宙(そら)を飛ぶ感覚に機体を膨らませながら、機体の各部をチェックする。

すると、アビオニクスに隊長であるアラドから通信が送られてきた。

 

「デルタ1よりデルタ6へ。お前にとっては初めての宇宙戦闘だ。大気圏内との軌道の違いや推進剤の残量に気をつけろ」

 

「了解!」

 

アビオニクスに追加パッケージであるMMPブースターパックの情報がインストールされ、推進剤の残量がARスクリーンに投影される。

 

「行くぜミラージュ!スバルがいない分を俺たちでカバーするんだ!死神野郎に目にもの見せてやろうぜ!」

 

「……言われなくても!」

 

ARの誘導灯が点灯し、機体が発進スタンバイに移行する。

ランディングギアが収納され、機体が浮かび上がり、熱核バーストエンジンが火を噴きあげる。

 

「デルタ小隊、発進!」

 

アラドの掛け声で5機の〈VF-31〉が戦火の空に飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

デルタ小隊の装備しているプロジェクションユニットには、フォールド波を広域に展開する意外にも機能は搭載されている。

いや、むしろそちらの方が本命であろう。

名前の通り、このユニットはプロジェクターの役割を果たすのだ。

ワルキューレのステージを撮影する無人カメラから送られてくる映像をリアルタイムで投影し、歌によるヴァール抑制と、ワルキューレが来たと人々に知らしめることで、混乱を収束させるための効果が狙いだ。

特に今回の戦闘宙域であるアステロイドベルトはいたるところに小惑星が浮遊しているため、投影による効果は絶大であろう。

 

小惑星に投影されたワルキューレとフォールド波による歌の相乗効果でヴァールを抑制、怯んだところを無力化。

かつて第一次星間大戦の折、人類と巨人族(ゼントラン)との戦闘の際に編み出された〈ミンメイ・アタック〉と呼ばれるこの作戦は、半世紀以上経った今でも有効なのだ。

 

「隙ありぃ!!」

 

小惑星に投影された美雲・ギンヌメールの姿を見た新統合軍の〈VF-171〉が動きを停止する。

その隙にチャックが駆る〈VF-31E〉が機体側面から腕だけを展開し、レールマシンガンで武器や脚部など破壊して、戦闘能力だけを奪う。

 

「ヘヘッどんなもんだ!」

 

「デルタ3!後ろだ!」

 

豪放磊落という言葉が似合うような笑顔で笑うチャックを嗜めるようにアラドの声が飛ぶ。

同時にARスクリーンに後方からロックオンされているとアラートが鳴った。

 

「うおっと!」

 

まるで海中を泳ぐかのように華麗に右へ機体をロールさせ、そのままガウォークへ変形、後方から襲って来た〈VF-171〉から距離を取る。

敵に逃げられた〈VF-171〉がチャックを追って上昇する。

眼前の敵——チャックに集中する〈VF-171〉は後方から接近する機影に気づかない。

そして次の瞬間〈VF-171〉の両足が根元から切断された。

背後から敵機の下を滑るようにしてバトロイド形態に変形し、両手にアサルトナイフを携えた〈VF-31S〉が姿を現わす。

そのまま振り向きざまに右手のガンポッドを切り裂き〈VF-171〉は動かなくなった。

その背後を狙い、別の〈VF-171〉からガンポッドが放たれる。

コックピット内にアラートが、ARスクリーンに警告が表示されるが、あくまでアラドは不敵に笑ってみせた。

 

「いい腕だが……甘いわ!」

 

機体を回転させるだけで迫る弾丸を紙一重で躱す。

回避先へと向けられた射線を脚部スラスターの噴射で、横から上へ慣性のベクトルを変えることで回避する。

そのまま両腕のレールマシンガンで反撃を加え、容易く無力化する。

この間わずか10秒もかからない出来事だった。

紙一重で躱したのは反応が遅れたからではなく、最小の動きで、最大の効果を出すというアラドの戦い方によるものだ。

いわゆる達人の見切りである。

 

「気を抜くなよ、チャック!」

 

「ウーラ・サー!」

 

「〈アイテール〉よりデルタ小隊各機へ。直上より接近する機影を確認!これは……空中騎士団です!」

 

「来やがったか!」

 

アステロイドベルトの直上から10機にも満たない編隊が飛来する。

先頭を飛行するのは黄金のラインに縁取られた機体だった。

 

「白騎士……」

 

『……死神』

 

互いの名を呼ぶ。

通信が繋がっているわけではない。

だが、古代日本の侍が相対を前に名乗りをあげるように、ふたりもまた相手を確認するように名を呟いた。

 

同時に白騎士の駆る〈Sv-262〉が一団から突出し、アステロイドベルトへと飛び込む。

メッサーもまたガウォーク形態へと変形し、アステロイドを踏み台にして飛び出す。

それがヴァールの鎮圧から戦争へと発展する合図となった。

 

 

 

 

 

 

「この……ッ!大人しくしろ!」

 

暴れる〈VF-171〉を後ろから羽交い締めにして拘束し、レーザー機銃で頭部を破壊する。

 

「デルタ6!」

 

ミラージュがバトロイドに変形して状態で飛来し、ガンポッドを破壊する。

ハヤテとミラージュのふたりは連携を重視して立ち回っていた。

ハヤテの型破りな操縦は理性を失ったヴァールにとっては予測不能であり、常に予想外の結果を呼び込む。

だが、それに追いつく戦いの技術はまだ持っていない。

それをカバーするように戦いのセオリーを抑えたミラージュが後詰めを担当してカバーする。

教官と教え子、互いを信頼しているからこそできる戦い方といえよう。

 

「! メッサー!?まさか白騎士と?」

 

ARスクリーンがメッサーの駆る〈VF-31F〉と白騎士の駆る〈Sv-262〉を捉える。

壮観だった。

互いにガウォークに変形したまま、時にはアステロイドを踏み台に、時には盾がわりにして縦横無尽に飛び回る。

その操縦センスにハヤテは驚きの色を隠さず、戦闘中だということを忘れて見惚れてしまった。

 

「あいつ、アステロイドを踏み台にして……よっしゃあ!」

 

——メッサーにできて、自分にできないはずがない。

意を決したように操縦桿を握りしめると、ハヤテも同じように飛び出した。

右へ、左へ、また右へ。

アステロイドを踏み台にするのではなく回避して加速していく。

だが、その距離はどんどん開いていき、追いつくことはない。

改めてメッサーが凄腕のパイロットだと認識させられる。

しかし、この程度で諦めるハヤテではなかった。

——追いつく。

その一心でフットペダルをさらに押し込み増速する。

 

「くっそぉ!追いつかねぇ!!」

 

「デルタ6!後ろ上方!」

 

「……くっ!?」

 

ARスクリーンに後方から接近する2機の〈Sv-262〉が映し出される。

 

『後ろがガラ空きだよ』

 

『もらった!』

 

警告とともに後方からビームマシンガンが飛来する。

前方には大きなアステロイドが待ち構えており、逃げる隙間はない。

万事休す。

そんな言葉が脳裏をよぎった。

同時にアステロイドに投影されたフレイアの歌が脳内に響く。

——迷っている暇はない。

フレイアの歌がハヤテの目的を思い出させる。

 

「俺はフレイアを……ワルキューレを守る!こんなところで、死ねるか!」

 

ハヤテは2機の攻撃を引きつける。

ギリギリまで、最小限の動きで、最大限の成果を出すために。

アラドが行なっていたバトロイドによる見切り。

見よう見まねだがやれるかもしれない。

バトロイドの操縦ならデルタ小隊の中で誰にも負けない自信があった。

フレイアの歌を聴いていると何でもできるような気がした。

 

そして——

 

(今だッ!)

 

——アステロイドにぶつかる寸前、機体がガウォークからバトロイドへ変形した。

表面をスライディングのように滑走し、雨のように降り注ぐビームの中を躍るように回避してみせる。

 

『風と……』

 

『躍っている……!』

 

〈Sv-262〉のコックピットから見ていた双子、テオとザオの顔が驚愕に固まる。

まさか避けられると思わなかった2機の〈Sv-262〉はそのままオーバーシュートし、アステロイドの影へと消えた。

 

「うおおおおっ!!」

 

バトロイドのままアステロイドを踏み台にしてどんどん加速していく。

左右にジグザグな軌道を描いて、舞うように、躍るように〈VF-171〉へ肉迫する。

その一瞬だけ、機動力はメッサーよりも、白騎士よりも、この宙域にいる誰よりも速かった。

 

「これでッ!」

 

最後のアステロイドを踏み台に〈VF-171〉に迫り、ガンポッドを蹴り飛ばす。

と、同時に脚部のスラスターも破壊して見せた。

 

ハヤテはひたすらに躍る。

ワルキューレを守るために、人を殺めぬために、生き残るために。

一心不乱に、アステロイドを蹴って、宙を舞い、ビームを躱し、ただただ踊り続けていた。

 

 

 

 

 

 

「……すごい」

 

ハヤテのバトロイド操縦技術に、舞うような戦い方にミラージュはただ見惚れていた。

可変戦闘機をあんな手足のように自在に操れる人間はそういるものではない。

それがとても羨ましくもあり、悔しくもあった。

ましてやミラージュはメッサーから動きが教科書通りとダメ出しまで受けているので尚更そう感じるのだろう。

歯がゆい思いで唇を噛み締めていた。

 

『戦場で惚けてんじゃねえぞ!』

 

「っ!敵機!?」

 

唐突にアラートが鳴り響く。

ARスクリーンに後方から攻撃を受けていると知らせてくるが、ほぼ同じタイミングで右側のブースターに飛来したビームが着弾した。

ミラージュは即座に右舷ブースターをパージして距離を取る。

そしてその数秒後、パージしたブースターは爆散した。

 

「くっ!どこから!?」

 

辺りを見回すが、無数に浮遊するアステロイドが視界を塞いでおり、視認性は最悪に近かった。

それでも気づくことができたのは、運が良かったとしか言いようがない。

ふと見上げた頭上から真紅の重量子ビームが迫っていた。

 

「上!?」

 

それをローリングで回避すると、ほんの数秒前まで自分がいた位置を一機の黒い鳥が駆け抜けていった。

宇宙空間における有視界戦闘で、保護色とも言える漆黒に染められた機体。

光すら通さぬ暗幕に覆われたダブルデルタ翼と反するように存在感を放つ白百合のエンブレム。

アラドから聞いていた〈黒百合の悪魔(ブラックサレナ)〉だと一瞬で理解できた。

 

「あれは〈黒百合の悪魔〉……。くっ、やるしか……」

 

漆黒の〈Sv-262〉を追うためにガウォークへ変形して追従する。

しかし〈黒百合の悪魔〉の動きは凄まじいを通り越して異常としか言いようのない機動で、ガウォークとバトロイドへの変形を繰り返し、メッサーや白騎士以上に縦横無尽にアステロイドベルト内を飛び回る。

 

「速い……!」

 

カーソルと視線で追うが、追いつけない。

捉えたと思えばほぼ反対側に移動している。

まさに翻弄されていた。

 

『クハハッ!動きが読めんだよ!教科書通りの優等生!』

 

弄ぶように四方八方からビームが飛来する。

それはコックピットを狙うわけではなく、装甲や関節に撃ち込み少しづつダメージを蓄積させる戦い方だった。

 

現代における可変戦闘機にはエネルギー転換装甲と呼ばれる技術が基本装備されており、少しの被弾では破壊されることはない。

原理としては機体を動かすための動力源から発生したエネルギーを装甲表面に流し込むことで装甲の分子構造を強化し、装甲強度を向上させるというものである。

しかしこのような便利な代物が無限に使えるはずもなく、エネルギー自体は有限であり、展開する時間にも制限がある。

ミラージュの機体も今はまだ耐えているが、転換装甲の稼働時間を超過すれば撃墜されるのは時間の問題であろう。

事実、ARスクリーンに表示される機体の転換装甲の稼働時間はフルタイムの半分を切っていた。

 

「くっ、バカにしやがって!」

 

極限の状況下で命のやり取りを殺し合いとして楽しんでいるような〈黒百合の悪魔〉の戦い方にミラージュの怒りがついに頂点に達した。

スパークが走り、被弾の衝撃で揺れるコックピットの中で、ミラージュがいつになく感情的に犬歯を剥き出しにして叫ぶ。

 

『そろそろ終わらせてやるよ!』

 

〈VF-31C〉の前に〈黒百合の悪魔〉が姿を現わす。

機体と同じ漆黒に染められたガンポッドがコックピットへと向けられ、至近距離から撃たれた重量子ビームが転換装甲のエネルギーを喰らい尽くす。

 

「ミラージュ!!」

 

ハヤテの声が聞こえた気がした。

だが、ハヤテは今2機の〈Sv-262〉と交戦しており、助けに来れる状況ではないと即座に理解できた。いや、理解してしまった。

つまり、自分はこのままでは死ぬという結論が導き出される。

同時に、ARスクリーンに表示される稼働限界が訪れ、機体表面の装甲が脆弱化した。

 

『こいつでトドメだ!』

 

再びガンポッドを構え、銃口の奥底が真紅に輝き、撃たれると思った次の瞬間——

 

『なんだ!?』

 

——蒼穹の重量子ビームが〈Sv-262〉のガンポッドを溶解させ、破壊した。

 

「……?」

 

レーダーが捉えたIFFはハヤテのものではない。

かと言ってメッサーやチャックのものでもない。

しかし見覚えがあった。

自然と重量子ビームが飛来した方向へ視線が移ろう。

拡大表示されたスクリーンを見て、ミラージュは我が目を疑った。

 

——来るはずがない。

彼は今、〈アイテール〉にて待機を命じられてるはずだ。

だが、小惑星群の中をファイター形態で飛び、軌道をベクタードスラストで変えながら接近する真紅の〈VF-31F〉は間違いなく星那スバルのものだ。

誰が乗っているのか疑問に思っていると、ARスクリーンにいつもの調子で不敵に笑うスバルの姿が映る。

その姿を見たミラージュは安堵のため息をこぼしてしまった。

 

「……スバル!」

 

「間一髪だったな、ミラージュ!——デルタ5、戦闘に参加する(エンゲージ)!」

 

熱核バーストエンジンが火を噴きあげる。

アステロイドベルトの中を一筋の紅い流星が駆け抜けて行った。

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