マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:ハシタカノミコト

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Mission07 激情 アヴェンジャー III

 

一方——アステロイドベルトから飛び出した2機の可変戦闘機によるドッグファイトは佳境を迎えようとしていた。

 

「うおあああっ!」

 

操縦桿を手前に倒し、機体の機首を持ち上げる。

脚部スラスターが展開して前方に逆噴射することで急激に減速、後方から迫る〈Sv-262〉をオーバーシュートさせる。

本来ならばコブラ・マニューバは空気抵抗により否応無く減速することができるのだが真空中ではそれがないため、脚部のスラスターで代用するしかないのだ。

そのままコブラの派生技クルビットで機体をバック宙のように一回転させ強引に真紅の〈VF-31F〉が背後を取る。

 

「もらったッ!!」

 

カーソルが漆黒の機体を捉える。

ミサイル発射のスイッチを押すが、脚部の開かれたミサイルハッチからは何も出てこない。

 

「——ッ!ミサイルが!?」

 

ARスクリーンにミサイルの残弾が尽きたと表示される。

 

『どうした弾切れか!?可哀想になぁ!!』

 

眼前の〈Sv-262〉は今しがたスバルが行った機動を模倣して、全く同じ形で背後を取る。

コックピット内にロックオンされたとアラートが鳴り響いた。

 

「ぐっ……!」

 

後方からミサイルが迫る。

フットペダルを押し込み、熱核バーストエンジンを噴かして増速と逆噴射による減速を繰り返す。

接近するミサイルへフレアを撒いて牽制、それでも追って来るものはコンテナユニットに搭載されたガンポッドを旋回砲塔として迎撃する。

ISCの補助を受けてもなお加速Gで飛びそうになる意識を繋ぎとめて、避ける、避ける、避ける。

 

「〈アイテール〉被弾!」

 

突如、叫びにも似た管制官の声が飛び込んで来る。

視界の端が捉えた〈アイテール〉はミサイルの攻撃を受け爆煙に包まれていた。

拡大した映像には、爆煙の隙間からダメージを受けたワルキューレのステージが垣間見える。

亀裂が入ったステージは次に攻撃を受ければ壊れてしまいそうなほどボロボロだ。

 

「美雲!」

 

『よそ見してる暇があるのかよぉ!!』

 

〈アイテール〉に気を取られた一瞬の隙を突かれ、雨のようにレールマシンガンが降り注ぐ。

 

「ぐっ……!」

 

ブレイクするが、一瞬とはいえ反応が遅れたことで、両翼に装備されたブースターパックに被弾する。

ARスクリーンの機体スキャンでブースターが赤く染まり、爆発の危険を示唆していた。

即座に被弾したブースターを含めたスーパーパックをパージし、誘爆の回避と機体の軽量化を行う。

 

後方で炎の花が2つ咲き、その後ろから〈Sv-262〉が追従する。

 

『そろそろ終わらせてやるよ!』

 

再びロックオンアラート。

レーダーが後方から接近する熱源を複数捉えた。

 

「くそ!どんだけミサイル積んでんだ!」

 

フットペダルを押し込み、熱核バーストエンジンが火を噴きあげる。

だが、それと同時に別のアラートが鳴り響く。

 

「——ッ!推進剤が!?」

 

ARスクリーンに推進剤が残りわずかと警告を出してきた。

 

可変戦闘機に搭載される熱核バーストタービンエンジンは反応炉の熱エネルギーで推進剤を加熱・膨張させ高温プラズマ流として噴射し推力を得ている。

大気圏内では無尽蔵にある空気を圧縮して推進剤とするため、無限の航続距離を得られるが、宇宙においてはその空気がないため、水素化合物の推進剤を搭載し、それを使うことで航行しているのだ。

故に推進剤を充填するプロペラントタンクの容量は有限であり、当然ながら航続限界が訪れる。

そのためパイロットは宇宙で戦闘をする際は、推進剤の残量を気にかけながら戦わなければならない。

だが、スバルは仇に執着するあまりそれを怠り、その結果推進剤の残量が尽きようとしているのだ。

推進剤がなくなれば機体を前に進めることも後退させることも制動させることもできない。

そうなれば敵にとってはただの的当てになるのだ。

 

「クソッタレが……!」

 

スバルの顔が渋面に歪む。

後方から接近するミサイルをなんとかしなければ撃墜されて死ぬ。

だが今までのように推力に頼り切った迎撃ではそう遠くないうちに推進剤が尽きて撃墜される。

この状況を打破しなければどちらにしろ死ぬことに変わりはないのだ。

 

『あなたが死んだら悲しむ人は沢山いるわ。その事は忘れないで』

 

ふと、アイシャの言葉が脳裏を蘇った。

なぜ思い出したのかはわからない。

死に直面したことによる走馬灯なのか、それともただ思い出しただけなのか。

ただ、その言葉が脳裏に焼き付いて離れなかった。

 

(……そんなことわかってるんだよ!)

 

死にたくない。

死ぬつもりもない。

死ぬわけにはいかない。

その一心で、機体を操る。

バトロイドへ姿を変えた真紅の〈VF-31F〉が真っ向からミサイルを捉えた。

推進剤が残りわずかな今、高速機動による回避は無謀だろう。

ならば持てる火器を総動員して迎撃する。

それが、導き出した答えだった。

 

「こんなところで死ねるかァッ!!」

 

頭部のレーザー機銃、両腕のレールマシンガン、コンテナユニットのビームガンポッドが一斉に光を放つ。

爆発による閃光で視界が白く染まるが、それでも撃ち続ける。

〈ARIEL.III〉の補助を受けて、迫るミサイルをすべて撃ち落とす。

 

やがて光は収まり、レーダーに映った無数の熱源は消失していた。

だが、迎撃した影響なのか、〈VF-31F〉を中心にした辺り一帯が爆煙に包まれたままだ。

一向に晴れる気配はなく、視認性は最悪だった。

 

「ヴァルターは……?」

 

レーダーは先ほどまで追っていた〈Sv-262〉を見失ったのか、熱源は感知していない。

辺りは戦闘中とは思えないほど静まり返っている。

 

「……まさか!」

 

嫌な予感がよぎった。

辺りを包む晴れない爆煙、見失った〈Sv-262〉、そしてミサイルの一斉攻撃。

あらゆる可能性が削られていきひとつの答えを導き出す。

 

発煙弾(スモーク)——!」

 

スバルが叫ぶと同時に、煙幕を切り裂いて漆黒の〈Sv-262〉が姿を現した。

振りかぶった右手にはロングソードが握られている。

慌てて機体を後退させるが、振り抜いた一閃が周囲の煙幕を切り裂き、コンテナユニットのビームガンポッドを両断した。

 

「くそっ!」

 

コンテナをパージして、シールド内に収納されたアサルトナイフを抜き、ロングソードと切り結ぶ。

エネルギー転換装甲に覆われた刀身同士がぶつかり合い、閃光と稲妻が宇宙を疾った。

上方でコンテナが爆散し、切り結んだ2機が紅蓮の炎に照らされる。

 

『家族の所に送ってやるよ!!』

 

「やれるもんならやってみやがれッ!」

 

鍔迫り合いをしていた刀身が弾かれる。

互いが真逆の方向に飛ばされるが、その瞬間、スバルがフットペダルを押し込み、熱核バーストエンジンが火を噴き上げた。

弾かれて体勢が崩れたヴァルターへ突撃する。

 

「終わりだァッ!!」

 

一閃。

交錯した刹那、真紅の〈VF-31F〉が〈Sv-262〉の右腕を肩から断ち切った。しかし——

 

(躱された!?)

 

——本来ならばスバルは今の一撃で終わらせるつもりだった。

だが、コックピットを狙った一撃は、ヴァルターの操縦センスにより紙一重で躱され、右腕を奪うまでしか至らなかった。

怯んだ状態でなお回避するその技量にスバルは驚きを隠せない。

 

『クハッ!やるじゃねぇか!』

 

「チッ、今度は外さねェ!!」

 

左足を軸に回転する。

狙うは〈Sv-262〉のコックピットのみ。

胸部めがけて突き出したその一撃がヴァルターへ迫る。

 

『でもな!甘ぇんだよッ!!』

 

が、その一撃はヴァルターへ届かず、振り上げられた〈Sv-262〉の脚部が逆に〈VF-31F〉の右腕を破壊した。

 

「ぐっ……!」

 

機体を後退させるためフットペダルを押し込むが、反応がない。

その時、ARスクリーンに推進剤が尽きたことを示す〈Empty〉の文字が表示された。

 

「そんな……推進剤が!?——なっ!」

 

推進剤に気を取られ、目を離したのは一瞬だった。

だが、顔を上げた先——眼前には、その一瞬で残った左手でロングソードを構える〈Sv-262〉の姿が映った。

瞳が捉えた情報が脳へ伝わり脳回路が焼き切れんばかりに加速して現状を理解しようとする。

そして1つの答えにたどり着く。

 

「……嘘だろ」

 

『もう一本あるんだよォ!!』

 

手にしたロングソードが突き出される。

エネルギー転換装甲を展開する間も無く、鈍色の刃が装甲を切り裂き、電子回路を断ち切り、モニターを砕いて、〈VF-31F〉を貫いた。

 

 

 

 

 

 

その一瞬、デルタ小隊の全員が、ワルキューレの時が止まったかのように感じた。

ARで投影されるスクリーンには真紅の〈VF-31F〉と漆黒の〈Sv-262〉が映っている。

だが、〈VF-31F〉は〈Sv-262〉が持つロングソードによって貫かれていた。

 

その光景に全員の瞳が見開かれる。

 

「「スバル!!」」

 

ハヤテとミラージュが叫んだ。

 

「スバル……!?くそっ!」

 

アラドは即座に機体を転身させ、ガウォーク形態だった機体を戦闘機の姿へ変えてアステロイド群を飛び出す。

 

「スバルさん……!?」

 

「スバスバ……!」

 

「ウソ……」

 

「スバルくん!」

 

ワルキューレは歌うことを忘れ、その光景にただ絶句している。

ステージに流れる音楽がひどく響いていた。

 

「…………」

 

歌うことを忘れたのは彼女たちだけでなく、エースの美雲でさえそうだった。

一瞬、歌うこと忘れて我を失い、呆然と立ち尽くす。

が、すぐに我に帰り、また歌を再開した。

 

——初めてだった。

ライブ中に、歌の最中に他のことに気を取られてミスをすることが。

どんなことになっても歌うとスバルに告げたにもかかわらず、スバルの乗った〈VF-31F〉がコックピットを貫かれるのを見て、歌を忘れてしまった。

歌っているのに落ち着かない。

心がざわついて歌に集中できない。

なぜこんなにも手が震えるのか、理解できなかった。

 

「美雲……」

 

急激に下降した数値を見て、カナメが心配そうな視線を向けると、美雲はいつものように微笑む。

しかしその顔に覇気はなく、むしろ痛ましかった。

でも、それでも、美雲は歌い続けた。

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……うぅ」

 

コックピットを貫かれた衝撃で打ち付けられた身体が痛んだ。

視界の端は機体を貫いた黄金と鈍色の装飾が施された剣が一直線に伸びている。

危機一髪だった。

突き刺さる寸前、機体をほんの少し捻ったことで、本来なら即死するはずだった一撃を紙一重で躱し、一命を取り止めることができた。

しかし、全身が鉛のように重たく、そして熱せられた鉄のように熱い

——熱い、熱い、熱い、熱い。

身体を焼き尽くす熱の原因を求めて震える手を伸ばし、腹部に刺さった拳大の何かに触れて納得した。

 

(おいおい……冗談、キツイぜ)

 

視線だけ動かして、腹部の何かを見据える。

深々と突き刺さったそれは砕けたモニターの破片だった。

今抜けば自分は間違いなく出血多量で死ぬ。

朦朧とする頭でもそれはわかった。

 

顔を上げると、半分以上死滅しノイズが走るモニター越しに、自分をこのようにした張本人、ヴァルター・ガーランドの駆る漆黒の〈Sv-262〉がミサイルハッチをフルオープンしている姿が映し出される。

 

『逝っちまいな!』

 

ミサイルが発射されると思った刹那、下方から飛来したレールマシンガンの奇襲を受けたヴァルターは、機体をガウォークへと変形させながら、その攻撃を回避して、戦闘宙域から離脱していく。

ひび割れたモニターにはスバルをかばうように立ち塞がった機体が映る。

剣を加えた竜の頭骨を描いた〈VF-31〉。

デルタ小隊の隊長アラド・メルダースの機体だった。

 

「スバル!おいスバル!生きてるのなら返事をしろ!デルタ5!!」

 

通信機からアラドの声が響く。

うるさいくらいの声はスバルの耳に届いていた。

 

「ゲホッ……アラド、隊長」

 

喉から込み上がる熱く絡みつく液体が咳とともに吐き出される。

赤い塊が宙を舞った。

 

「!! 生きてるか!?」

 

「……なんとか」

 

「すぐに助けてやる!もう少し我慢しろ!」

 

〈VF-31S〉が剣を突き立てられ動かなくなった〈VF-31F〉を抱えて〈アイテール〉への進路を取る。

 

——いつのまにか戦いは終わっていた。

アステロイドベルト各ポイントで交戦していた空中騎士団は撤退し、ヴァール化した新統合軍の兵士たちも、再び歌い始めたワルキューレの力で鎮静化していた。

勝者はいない、互いに痛み分けのような結果だった。

スバルと同じように臙脂色の機体に青い〈VF-31J〉が牽引され〈アイテール〉へと帰還する。

推進剤が切れ飛ぶことができない機体の中でハヤテ・インメルマンは初めて人を殺めてしまったことを受け入れられず、そして仲間が瀕死の重傷を負ったことが信じられず呆然としていた。

 

 

 

 

 

 

〈アイテール〉へ帰投するコックピットの中で、朦朧とする意識のスバルの視界に美雲たちワルキューレの姿が映る。

ボロボロになったステージで歌い続けた女神たち。

その全員が心配そうにスバルを見上げていた。

脳裏に焼き付いたアイシャの言葉が蘇る。

 

『あなたが死んだら悲しむ人は沢山いるわ。その事は忘れないで』

 

「ごめん……美雲。ごめん……みんな」

 

自分はアイシャの言葉をわかっていなかった。

仇を討てるなら自分はどうなってもいいと思っていた。

だが、彼女たちの——美雲の顔を見て自分が間違っていたと、ようやく気づいた。

重たい瞼を閉じて、涙をこぼし、聞こえるはずもない謝罪を言葉にする。

朦朧とした意識は疲れ果て、やがてスバルは深い微睡みの中へと消えていった。

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