マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:ハシタカノミコト

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Mission08 陰謀 エグザミネーション II

 

近代的な装飾と自然が調和された大広間にはヴォルドール大統領と対峙する男がいた。

 

それは、ひどく美しい男だった。

スッと伸びた鼻筋に柔らかな髪、服の上からもわかる均整の取れた肉体、纏う衣服は華麗ではあるが華美過ぎず、かと言って質素というわけでもない。

通りの良い声からは政治家や邪悪な侵略者というよりは、上品な聖職者に見えた。

 

「ウィンダミア宰相、ロイド・ブレーム……!」

 

美雲が偵察に出したツノゼミ型マイクロドローンから送られてきた映像を見て息を呑む。

ランドールで宣戦布告した時にも感じたことだが、カメラ越しでも畏怖が伝わるほどの威厳が彼には備わっていた。

 

「……なんで宰相が大統領官邸に?」

 

数時間前、首都の市場で聞いた『宰相がヴォルドールを訪問している』という噂を思い出した。

所詮は噂だと高を括っていたが、本当だったことに驚き、なぜ彼がここにいるか疑問だった。

 

「国の代表が同じ立場の人間の所に訪れる理由なんて決まってるじゃない」

 

「国家間での協議……ってことか」

 

「ええ、しかも秘密裏のね」

 

「なるほど」

 

そこですべての事象に合点がいった。

大統領官邸なのに侵入が容易だったこと、いや容易過ぎたこと。

おそらく極秘裏の協議が行われることを悟られないためにあえて最小限の警備に抑えたのだろう。

その代わりとでと言うように街中の警備が多い理由は、大統領官邸から注意を逸らすため

と結論に至った。

 

映像の中のふたりはソファに腰をかけたところだった。

話の内容を聞き逃さないため注視する。

この戦略的価値などないはずのヴォルドールにウィンダミアの宰相がいる。

その理由を、意味を知らねばならなかった。

 

 

 

 

 

 

「統合政府の統治も悪いことばかりではありませんでしたがねえ」

 

ドローンに搭載されたレーザーマイクが大統領の声を拾う。

想像通り、嗄れた(しわがれた)猫なで声をしていた。

 

「彼らの基地のおかげで雇用が生まれ、技術が移転されたのですから。平均寿命も延びましたし、社会も安定しましたからね。……正直、我々はさほど困ってはいないのですよ」

 

「そうやって飼い慣らしていくのが彼らのやり方です」

 

「……だとしても性急すぎやしませんかね、宣戦布告とは。我々はウィンダミアを中心とした経済圏の確立には同意しておりましたものを」

 

「我々には時間がありませんので」

 

仕立ての良いデザイナーズグラスをくい、と直した。

 

「たしか、ウィンダミア人の平均寿命は30年ほど……でしたかな?」

 

「ええ」

 

「……わかりました。今のヴォルドールの支配者はあなた方だ。大人しく従うとしましょう」

 

大統領はしばし黙考した後、わざとらしく芝居がかった仕草をした。

 

「敵も味方も、次元兵器でまとめて吹き飛ばしてしまう方々ですからな、ウィンダミアという国は」

 

「…………」

 

ロイドの眉がわずかに動いた。

同じようにしてスバルと美雲の眉も動く。

 

「よもやすでに持ち込んでいるとか?」

 

「まさか。ありえません」

 

「ではパラガナール遺跡に持ち込んでいるあの大仰な機械はなんです?」

 

「それは——」

 

「それは私の口から説明させてください」

 

ロイドの言葉を遮るようにして、言葉を発したのは、突然映像の中に入ってきた男だった。

 

 

 

 

 

 

その男に、スバルたちは見覚えがなかった。

彫像のように整っている、或いは整いすぎた端正な顔立ち。

細く切れ長な瞳は閉じられており、表情は読み取れない。

ロイドに比べて明らかに華奢な体つきをしているが、虚弱には見えない肢体。

菫色の豪奢な長髪は背中まで伸びており、一見すれば、美雲と見紛うほどの美しい髪をした男だった。

 

「初めて見る顔ね。誰かしら」

 

「……美雲に似てるな」

 

「何か言った?」

 

「いや、髪の色がな。美雲と同じ綺麗な菫色してるから似てるなって」

 

顎に手を当て、映像を見ながら黙考している。

 

「あら、それって褒めてる?」

 

「綺麗なもん綺麗って言って何かおかしいか?」

 

「フフッ、いいえ。ありがとうスバル」

 

いつもの妖艶さやミステリアスではなく、無邪気に、満足そうに、頬を少し染めてはにかんだ笑顔を見せた。

それを見たスバルの心臓が一際大きく跳ねる。

 

「……ッ。そ、それより会議の内容だ」

 

照れを隠すように無理やり話題を切り替えて映像を注視する。

男はゆったりとして、でも無駄のない洗練された動作でロイドの隣に歩み寄ると、ヴォルドール大統領へ礼をした。

 

 

 

 

 

 

「あなたは……」

 

会議への突然の乱入者にヴォルドール大統領は驚きを隠せないようだった。

半分閉じられていた目がしっかりと見開かれ、じっと真っ直ぐ見つめている。

 

「お初にお目にかかります。私はウィンダミア宰相補佐を務める、ジュリアン・ランヴェールと申します」

 

「宰相補佐……?」

 

「ええ。と言ってもほとんど雑用のようなものですが」

 

「ではその雑用で遺跡に大仰な機械を持ち込んだと?」

 

「いえいえ。あれはただの学術調査です」

 

「学術調査、ねぇ」

 

大統領は訝しむように目を細めて、テーブルの上に置かれたカゴからマタタビを取ってくちゃくちゃと噛んだ。

 

「ロイド様はプロトカルチャーの研究も行なっておりますので……ご存知ありませんか?」

 

「ああ、そういえば宰相殿は学者でもあらせられましたな。論文、拝読いたしました。滅亡寸前のプロトカルチャーが最後に創造した人類種がこのブリージンガル球状星団の民であり、よって我々こそがプロトカルチャーの正統な後継者である!」

 

大統領は立ち上がると、まるでブロードウェイのように芝居がかった演技をしてみせた。

 

「そのような話を信じておられるのですか?」

 

「その鍵を握るのが、あの遺跡かと」

 

ロイドが何かを確信しているような顔で微笑む。

 

「……それで、正当な後継者と証明してどうなさるおつもりなのか」

 

「文化的、歴史的な正当性を主張することで、我々ブリージンガルの民がこの球状星団を独立したひとつの経済圏として、地球統合政府と平和的に渡り合うというのが私の目標です」

 

「戦争に勝つのは武力ではなく文化。それを地球のリン・ミンメイが示したことはご存知のはずです」

 

「確かに。いやはや……」

 

大統領がかぶりを振った。

 

「なんです?」

 

「おふたりとも、まるで地球人のようなことを仰るのですな。騎士道を重んじるウィンダミアにしては珍しい……。いや失礼、失礼!どうも我々ヴォルドール人は個人主義でいけませんな。どうです?これからヴォルドールの民族舞踊でも。おふたりには気に入っていただけると思いますが」

 

「結構です」

 

「私も遺跡の調査があるので、これでしつれいします」

 

 

 

 

 

 

「遺跡調査、次元兵器に宰相補佐……情報としては上出来ね」

 

美雲は手元の端末で素早くデータをまとめると、潜入中の全員に送信した。

 

「次元兵器で吹き飛ばすって……どういうことだ?」

 

「——〈カーライルの黒い嵐〉よ」

 

「なんだそれ」

 

「7年前のことよ。ウィンダミアがまだ新統合軍の支配下だった頃、ウィンダミア空中騎士団が駐屯基地に格納されていたフォールド爆弾(ディメンション・イーター)を使用したの」

 

フォールド爆弾(ディメンション・イーター)って……嘘だろ!?」

 

フォールド爆弾(ディメンション・イーター)とは反応兵器を上回る最終兵器であり、文字通り次元を喰らい尽くす兵器である。

原理としては、起爆の際に重量子核崩壊による擬似ブラックホールを発生させ、威力圏内の全物質を取り込んだ後、それら全てを強制フォールドさせ消滅させるというものである。

 

「嘘じゃないわ。その結果、ウィンダミアの都市カーライルはその住民ごと完全に消滅した」

 

「……そんなことが」

 

「そう。だから私たちの任務はそんな被害を二度と出さないようにすることにあるの」

 

「だが、ウィンダミアに次元兵器を開発する能力はないはずだ」

 

「ウィンダミアにはね。でも球状星団の新統合軍には反応兵器も次元兵器も配備されている。その意味はわかるでしょ?」

 

「……ヴァールってことか」

 

その意味を即座に理解したスバルが苦々しげに呟く。

惑星破壊兵器だろうと反応兵器だろうと銃の引き金だろうと、それを使うのは人間なのだ。

それはかつてコンピューターによる反乱があり、そこから学んだ結果ではあるが、今まさに、人間によってコントロールをされる兵器というシステムそのものが人類に牙を剥こうとしているのだ。

 

「なら、とっととズラかろう。オレたちにはまだやるべき事があるみたいだからな」

 

スバルは身を翻すと、茂みをかき分けて来た道を引き返していく。

後を追おうとした美雲が、ふとまだ映し出されている映像を見た瞬間、真紅の双眸が見開いた。

映像に映し出されているのは先ほどの大広間のままで、ロイドと大統領の姿はない。

だが、ジュリアンと名乗った宰相補佐だけはまだ、そこに残っていた。

彼はソファに腰掛けたまま、こちら(・・・)を見つめている。

 

「……ッ!」

 

先ほどまで閉じていた彼の目はしっかりと見開かれ、美雲と同じ真紅の双眸を真っ直ぐこちらへ向けていた。

 

途端、美雲の頭の中が真っ白になった。

整理できない情報が氾濫し、思考が加速していく。

見えている?——ドローンは掌サイズであり距離が遠く見つかるとは考えにくい。

ウィンダミア人の視力でも見える位置に配置した訳ではない。

偶然?——たまたま一箇所を見つめ続ける理由がわからない。

 

そもそも今まで目を閉じていた彼がなぜ目を開いたのか。

その理由も普段目を閉じたようにしている理由もわからない。

そして何よりも、美雲の視線を釘付けにする彼の顔は似ているのだ。

他の誰でもない、美雲(自分自身)にあまりにも似過ぎていた。

 

映像を介しているというのに、まるで正面から向き合っているような圧を感じて肢体が震える。

 

「……恐れている?私が?」

 

震える手を抑えて映像を見つめる。

ジュリアンはまるで、それが見えているかのように微笑むと、数度、唇が動いた。

 

『見 つ け た』

 

「……ッ!」

 

読唇で読み取った言葉に戦慄を覚えた。

本能的な恐怖を感じ、ホログラム・スクリーンを消す。

手の震えは増すばかりで収まる気配はない。

全身から冷や汗がドッと吹き出した。

 

「——どうした美雲?」

 

「ッ!!」

 

ポンッと肩に置かれた手を振り払うようにして振り返る。

その美雲らしからぬ表情と動きにスバルは当然ながら驚きを隠せない。

 

「……!本当にどうしたんだよ?美雲らしくない」

 

「……何でもないわ」

 

「何でもないことないだろって。顔色悪いぞ」

 

「本当に何でもないの。さ、戻りましょう」

 

美雲は心配そうな面持ちで見つめるスバルを横目に侵入した経路をさっさと戻っていった。

 

「美雲……」

 

その場に残されたスバルは、美雲が消えていった茂みを見つめて、呆然と呟く。

その言葉は森のさざめきにかき消され、溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

大統領官邸へ侵入した後、スバルたち潜入組は映像を見たカナメの指示でパラガナール遺跡付近へ集合していた。

憔悴していた美雲は集合場所に辿り着くまでの間に回復したらしく、いつものように嫣然と微笑んでいる。

もっとも、それを見たスバルの心情は決して穏やかなものではなかったが。

 

「あれがプロトカルチャーの遺跡……デッカルチャーやねぇ」

 

そんなスバルをよそに、フレイアは眼前にそびえ立つ遺跡を見て呑気な感想を述べている。

確かに見上げるプロトカルチャーの遺跡は壮観であった。

学術調査が必要というのも頷ける。

だが、どう見ても現場は学術調査ではなく工事現場の様相を呈していた。

先ほどの現場の写真を〈アイテール〉へ転送したところ、それを見たアイシャが卒倒したと報告が伝えられたが、それも無理からぬことである。

 

ジャングルの中の遺跡に巨大な反応炉が接続され、そこかしこにパイプやケーブルが張り巡らされ、埋め込まれている。

発掘作業をしている人間たちに文化への敬意が欠片もないことは明らかだった。

 

「歴史的、文化的な正当性が聞いて呆れるわね」

 

「どうやら内部がプラント化されていると見て間違いなさそうですね」

 

偵察型ドローンから転送されたデータを見ながらカナメは大きくため息を吐きながら、メッサーはいつものように淡々とデータを読み上げ、そう言った。

 

「レイナ、セキュリティの方は?」

 

「全部ゴミ。カス。こんなんじゃ全然チクチクしない」

 

「ここは任せて!レイレイと私とで敵のシステムを掌握しちゃうよ!」

 

大きな胸を揺らしながら、どこからかジャキン!と工具を取り出したマキナがにっと悪戯っ子のように笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

レイナとマキナの言葉に嘘はなかった。

ふたりのコンビネーションは恐るべきもので、無数に張り巡らされたセキュリティを無効化し、掌握し、時には物理的に破壊して颯爽と遺跡内部を進んで行くのだ。

 

「「すげぇ……」」

 

レイナたちの様子を見ながら後方警戒に当たるスバルとハヤテはまったく同じ感嘆の言葉を溢した。

 

「あれがワルキューレの特殊ユニット〈MIX〉よ」

 

誇らしげにカナメが胸を張ってみせる。

 

「最初、あのふたりは水と油みたいな関係だったのよ?それをあそこまでするのには苦労したんだから」

 

「苦労したんですか」

 

「そりゃもう」

 

ハヤテの問いにカナメが苦笑いで返す。

 

「とてもそうは見えないけどな」

 

スバルの目には、レイナとマキナは最初から一対の存在として創造されたかのようなコンビネーションで先導しており、正直なところカナメの冗談なんじゃないかと思った。

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