ヴォルドール低軌道上、惑星を眼前に臨む宙域に進出していたアラドとチャックはあまりの光景に愕然としていた。
「潜入チームとの通信、いまだ回復せず!おまけにVFLレーダーは敵さんで真っ赤です!」
「まるで哨戒機のバーゲンセールだな。アイツらしくじったんじゃないだろうな?」
「そう考えた方がいいんじゃないですか?」
「……敵さんの方が一枚上手だったってことか」
ヴォルドール低軌道上にはおびただしい数の光点が編隊を組んで飛び回っている。
それは敵の侵入を察知した新統合軍とウィンダミアが防空網を強化したということを意味していた。
「……さて、猫が出るか鮫が出るか」
◆
「はぁ……はぁ……」
引き金を振り絞る。
手にした突撃銃から弾丸が放たれる。
秒間何発という嵐が眼前の物陰に隠れる操られた新統合兵士へと殺到する。
銃声が遠かった。
おかしい、こんなに近くで持っているのに。
——燃える街が見えた気がした。
両手が熱い。
おかしい、銃身が赤熱するほど撃ってはいないはずだ。
——血に塗れた手が、屍の山が見えた気がした。
「オれ……は……」
——血に塗れた自分の姿が見えた。
光が広がっていく。
——差し伸べられたのは白い手だった。
◆
「サー…尉、メ……ー中…!メッサー中尉!」
「……ッ!」
虚ろだったメッサーの瞳の焦点が戻る。
額には脂汗が浮かび、衣服は汗でベッタリ張り付いていた。
右腕の上腕に巻かれた包帯が赤く染まっている。
そこで自分が今惑星ヴォルドールに潜入中であり、新統合軍兵士との交戦で負傷したことを思い出した。
「メッサー中尉、ひどい汗」
カナメが心配そうに覗き込んでいた。
「……大丈夫です。まだやれます」
「でも……」
「先を急ぎましょう」
右腕の傷を抑えながら、銃を杖代わりに立ち上がる。
「始めるわよ!私たちの、ワルキューレのステージを!」
そんな時、彼らの後ろから声が響いた。
凛と響く芯の通った虹色の声。
振り返った先には、いつのまにか姿をくらましていた美雲とスバルの姿がそこにあった。
「クモクモ!スバスバも!」
「フレイアたちに何かあったの!?」
「話は後ですカナメさん。レイナ、ハヤテたちの場所はトレースできてるんだろ?」
「当然」
レイナは得意げな顔で胸を張った。
差し出されたホログラム・スクリーンにはハッキングされた映像と地図が映し出されている。
映像の中のハヤテたちは赤毛の騎士たちに追い詰められているようだ。
「なら先を急ぐぞ……ぐっ」
「! メッサー、その傷……」
「……かすり傷だ。お前に心配されるまでもない」
額に汗を浮かべながら、それでもメッサーは不敵に笑ってみせた。
無理をしているのは明らかだが、それ以上スバルは追求をしようとはしなかった。
「……上等。急ぐぞみんな!」
◆
「茶番は終わりだ。フレイア・ヴィオン」
騎士たちから向けられる視線は苛烈だった。
だが、たった今現れた金色の髪を持つ騎士はその比ではなかった。
研ぎ澄まされた、生きている剣そのものではないか、と思うほどに視線も、肉体も、殺気も何もかもが苛烈だった。
身体が、動かない。
ただ立っているだけなのに筋肉が強張り、骨が震え、ガチガチと歯が音を出すのを必死に堪える。
それはハヤテとミラージュも同様だった。
蛇に睨まれた蛙のように、肢体を強張らせたままただ金色のたてがみを持つ獅子の如き男を見ているだけに留まる。
呼吸をするという生命活動さえ許さないというほどの圧が辺りを押し潰さんとしていた。
「キース……エアロ・ウィンダミア様……」
やっとの思いで絞り出した声が、眼前に立つ男の名を紡ぐ。
もはや言葉ではなく、音と形容できるような声しか出なかった。
「ウィンダミアの裏切り者。薄汚い新統合政府の犬とつるんでいる——大逆の罪人だ」
いつのまに、キースと呼ばれた男の手に銀色に輝く刃が握られていたのか、わからなかった。
その声は氷のように冷たく、無機質で、その瞳は鋭かった。
冷たい切っ先が、フレイアの喉を狙っている。
「その震えるルンごと首を切り落として、祖国の大地に帰してやろう。それが同じ風の中で生まれた者としての、せめてもの情けだ」
キースが横一閃に振りぬくために構える。
銀色の刃が閃く。
フレイアはその恐怖に耐え切れず、瞳を閉じた。
——だが、いつまで経っても痛みが伝わることはない。
あるいは、すでに切られたのではないかと思った。
それを確かめるように、フレイアは恐る恐る目を開いた。
◆
スバルはメッサーたちと合流後、ハヤテ一行救出作戦の算段を伝えた後、ひとりで行動していた。
というのも、ワルキューレは直接戦闘するわけではなく、あくまで戦術ライブによる撹乱——ミンメイ・アタックのための準備が必要であり、負傷しているメッサーも真っ向から身体能力に優れるウィンダミア人と対峙はできないと考えた末の結論だった。
「つっても……オレだって身体能力は人並みだっての」
洞窟の天井を走るパイプの上を、ぶつくさ文句を溢しながら走る。
眼下には暗闇でよく見えないがハヤテたちがいることは確認できた。
ウィンダミアの騎士たちに囲まれているということも理解できた。
気づく様子はない、ならば後は奇襲をかけるだけだ。
だがほんの一瞬、眼下で何かが閃いたように見えた。
光に反射する銀色の光。
ならばと脳が結論を出す。
ハヤテたちが携行した閃光手榴弾ではないなら騎士たちが持つ物だ。
それは自身の背中に背負っている物と同じだと加速した思考が導き出す。
「クソッタレ……!」
パイプから飛び出す。
下までの距離は約10メートル。
迷っている暇はなかった。
背中に架けた剣を抜きながら、剣を持つ金色の髪の男めがけて飛び降りる。
「でりゃあああああッ!!!」
「!?」
金色の髪の男——キースのルンが光る。
迷わず彼は飛び退いた。
直後、鉄と岩がぶつかる甲高い音が洞窟内に響き渡る。
恐る恐る目を開いたフレイアの瞳に見知った背中が写った。
「スバルさん!?」
「よぉフレイア。無事で何よりだ……」
振り向くスバルの額には脂汗が浮かんでいた。
いつもの軽薄な微笑みだが、どこか力が——というか覇気がない。
「スバル……さん?」
よく見ると、スバルの足は小刻みに震えていた。
振り下ろされた剣を持つ手も震えている。
当然だろう。
そもそもスバルが飛び降りた高さは地上2階建てのビルとほぼ同様の高さだ。
いくら訓練を積んだ元軍人とはいえ、受け身もなしに着地をすれば、最悪、足の骨が砕けてもおかしくはない。
それをウィンダミア人でもないスバルが耐えたのはひとえに彼の根性と気合いによるところが大きい。
そして、得てしてそういう現象を体験した者や目撃した者は口を揃えてこう言うのだ——
「案外……なんとかなるもんだな」
ニヤリと犬歯と闘争心を剥き出して目の前に立つキースを見据える。
——火事場の馬鹿力と。
「へっ、遅えよ」
「悪い悪い。でも主役は遅れてやってくるもんだろ?」
スバルとハヤテ、視線だけ交わして互いに軽口を叩く。
刹那、視界の端が閃いた。
反射的に構え、横薙ぎに振るわれた剣を受け止める。
「うおっ!?……あっぶねぇ」
「我が風を読むか……貴様が死神か?」
至近距離でキースと鍔迫り合いを繰り広げる。
「残念ながら人違いだ。俺はそんな悪人面じゃねぇ!」
膂力に任せてキースの刃を押し返し、そのまま弾いて、後ろへと飛び退く。
それを援護するかのように後方から突撃銃の弾丸がキースへ向かって降り注いだ。
「!?」
空色の双眸が見開き、ルンが反応する。
「キース様!」
赤毛の騎士——ボーグ・コンファールトが叫ぶ。
しかしキースは動じずにただ剣を構え、そして振るった。
「「「!!!???」」」
その瞬間は敵も味方もなく、全員が息を呑んだ。
キースはあろうことか、振るったその一閃で、自分に当たる弾丸を全て切り落としてみせたのだ。
その光景にスバルもハヤテもミラージュも、あのメッサーでさえ驚愕を隠せずに唖然とする。
「……あ、ありえねぇ」
あんぐりと口を開けたままハヤテが言葉を漏らす。
まさに開いた口が塞がらない状態だった。
「この風……。フッ、そこか死神!」
キースはルンを輝かせながら不敵に笑うと、二、三度壁を蹴ってスバルが移動してきた高さ10メートル地点にあるパイプへと飛び乗り、そのまま暗闇へと姿を消した。
「——マズいッ、抜かれた!メッサーそっちに行ったぞ!!」
「了解した、こちらで対処する。お前はハヤテたちを守れ」
「言われなくても!」
ハヤテとミラージュを庇うように、ボーグとの間に割って入る。
「フン、所詮犬が一匹増えようが二匹増えようが同じこ——ッ!」
腰の剣を抜きながらボーグが歩み寄る。
が、スバルが持つ剣を見て、その双眸が見る見る見開かれていく。
「貴様、その剣をどこで手に入れた……」
ボーグの声が震える。
恐れではない、いやその剣を見たことによる畏怖はあった。
だが、それを上回る怒りが声色に含まれていた。
「お前らの宰相補佐殿からのプレゼントだよ。なんだ、欲しいのか?」
わざとひけらかす様に、その剣で遊んで見せる。
後ろに立つ同じ顔をした双子の騎士も、ボーグの奥で控える壮年に見える騎士とがっしりした体格の良い騎士も、それを見て唖然としている。
(こいつら、この剣を見たら目の色変えやがった……一体何だってんだ)
「薄汚い地球人がジュリアン様の剣に触れるなど……」
ボーグの声は完全に怒り一色に染まっていた。
外套の上に降ろされた三つ編みの髪の先にあるルンが真っ赤に染まる。
「ボーグ、ルンを抑えろ!」
後ろに控えていた壮年の騎士がボーグを制するように前に身を乗り出し、声を上げる。
「マスターヘルマン!なぜ止めるのですか!?」
「冷静になれボーグ。あれは敵の挑発だ」
「ですが——!」
「何をしている!」
不意に鋭い声が辺りに響く。
その声を受けてボーグを始めウィンダミアの騎士たちの動きが止まった。
スバルたちの視線の先、洞窟の出口らしき場所には一人の男が立っている。
白を基調とした華麗な衣服と外套。
均整の取れた肉体と、デザイナーズグラス。
ふわりとした白銀の髪は光を受けて煌めいている。
それは間違いなく大統領官邸で見た男——ロイド・ブレームだった。
「ロイド様……」
「私は捕獲しろと命じたはずだ。ワルキューレについては知りたいことがあると」
大統領官邸で見た時の穏やかさはなかった。
苛烈な視線と声音でそれを測ることは容易い。
一歩、また一歩と階段を降りるたびに、どうしようもない圧と呼ぶべき何かがスバルたちを押し潰そうとしていた。
そこで確信する。
こいつは強い、と。
今しがた相対したキースと同等、いやそれ以上の手練れだとスバルの元軍人としての勘が戦士としての直感が告げていた。
「裏切り者など殺してしまえば済むこと!」
「我々にはオーモンド条約を遵守する義務があるのだ!」
今すぐ処刑するべきです、と声を荒げるボーグを一喝する。
「第二次統合戦争の戦時条約など……!」
「では条約を破るか?それでは新統合軍と同じだ。我々は自ら定めた条約を破る奴らとは違う」
ロイドに諭され、ボーグは苦虫を噛み潰したような面持ちで一歩下がった。
その時だ。
歌が、聞こえてきた。
聞き慣れた、あの歌声。
虹色に輝く女神の旋律。
スモークとカクテルライトが洞窟内を一斉に照らし出す。
ホログラムによって作られたワルキューレの陽動のための戦術ライブが始まったのだ。
「スバルくんお待たせ!」
通信機から待ち侘びていた声が聞こえる。
敵に捕まらないように時間を稼ぎワルキューレの陽動ライブと共に脱出をする。
すべて作戦通りだった。
「待ってたぜカナメさん!」
響く歌声に銃声が轟く。
「走れ!」
スバルの鋭い声、そして手にした短機関銃から騎士たちの足下に打ち込まれる銃弾。
スモークが稲妻をまとってスパークする。
そのチャンスを彼らが逃すはずもなく、スバルたちは全速力で洞窟を抜け出した。