マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:ハシタカノミコト

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Mission09 覚醒 イグニッション III

 

スバルが飛び出した空は、戦場だった。

当然である。

アラドたちと共に大気圏へ突入したアルファ、ベータ小隊は、デルタ小隊とワルキューレを援護するために、迎撃に出たヴォルドール新統合軍の〈VF-171〉部隊と熾烈な航空戦を展開していた。

そこで改めてアラドたちの操縦技術が凄まじいことを再認識させられる。

空は針の先ほどの隙間もないくらいに火花が咲き乱れており、その迎撃をくぐり抜けて、無人の〈VF-31〉を無傷で、しかも4機も届けてみせたのだ。

自分なら確実に被弾してしまうだろう。

そう思った。

 

「繰り返す。俺たちの任務はワルキューレの護衛だ。ワクチンライブを決行し、ヴァールを鎮静化、突破の血路を開く。宇宙(そら)で〈アイテール〉が待ってるからな。1人も欠けることなく帰るぞ!」

 

アラドが現状と目標を簡潔に、しかし的確に述べる。

それに全員が答えようとした時だった——

 

「!?」

 

——デルタ小隊全員(・・)の背筋が震えた。

ゾワリと、身の毛が一気によだつ。

草原を駆け抜ける一陣の風のように透き通ったやすらぎの歌。

それがランドールで聞こえたフォールド・ソングだと気づくのに時間は要らなかった。

 

「なんだ……?何か聞こえねぇか?」

 

「……まさか、これがハヤテとスバルが言っていた?」

 

初めて耳にした歌にチャックとミラージュは驚きを隠せないでいる。

それもそうだろう。

ワルキューレのような万華鏡のごとく色が変わり、兵を鼓舞するようなサウンドではなく、例えるならオペラやオーケストラのアリアのように荘厳で厳粛な雰囲気の中、静聴するような歌が戦場の空に響いているのだ。

似つかわしくないと考えるのも道理である。

 

「間違いない……」

 

「あの歌だ……!」

 

スバルとハヤテは驚いて目を剥き、揃って首に下げたイヤリングとペンダントを握り締める。

 

「これが……風の歌か」

 

「隊長!歌が聞こえるってことは、俺たちもヴァールになっちまうってことなのか!?」

 

特殊な体質を持つワルキューレや、スバルとハヤテが聞こえたというならいざ知らず。

ただヴァールへの耐性が高いというだけのチャックやミラージュにとって、その言葉は口にしたくもないし、聞きたくもない言葉だった。

それでもチャックが口にしてしまったのは、あまりの事態に気が動転していたかとしか言いようがない。

 

「落ち着け!ワルキューレがついている!」

 

それをアラドが叱咤して、喪失しそうになる戦意を叩き起こす。

 

「とにかく、全員脱出することを最優先に考えろ!家に帰るまでが潜入任務だからな!無事に帰れたらクラゲラーメンを奢ってやるぞ!」

 

アラドの軽口に自然と笑みがこぼれた。

と、同時にアラートが鳴り響く。

レーダーには戦域外から接近する一個小隊の反応を視認した。

それがウィンダミア空中騎士団なのは言うまでもない。

 

「おいでなすった!全機フォーメーション・エレボス!!」

 

アラドの掛け声に合わせて、6機の〈VF-31〉が空を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

前方からはウィンダミアの空中騎士団が接近しつつある。

しかしメッサーは表情は険しく、額に脂汗を浮かべ、肩で息をしていた。

 

(まだだ……まだ、こんなところで終わるわけにはいかない……!)

 

視界が明滅し、ボヤける。

動悸と呼吸が荒くなる。

それでも握りしめた操縦桿と意識だけは手放さない。

 

身体の真芯からふつふつと衝動が湧き上がる。

 

——壊セ、壊セ、壊セ、壊セ、スベテ壊シテシマエ。

 

(違う!俺は……!)

 

首の皮一枚で繋ぎ止めた理性を守るために精神をすり減らす。

 

霞む視界の中、戦場で歌い続ける彼女の姿を捉える。

全てはあの人のため。

あの日、この命と消えかけた理性を繋いでくれたあの人に報いるため。

まだ終わるわけにはいかない。

 

「!」

 

空中騎士団から黄金のラインに縁取られた機体が突出する。

鋭角的な機動と常軌を逸した加速には見覚えがある。

 

(白騎士……!)

 

装甲で覆われた風防の向こうに、遺跡で対峙した獅子のような男が見えた気がした。

 

『勝負だ!死神!』

 

「くっ!デルタ2、戦闘を開始する(エンゲージ)!」

 

ヴォルドールの空に、死神が吼えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この歌……」

 

「ヒリヒリ、痛い」

 

「フレフレ……これ」

 

「うん」

 

ワルキューレは、ステージの上から戦場の空を見上げるように見ていた。

戦場を圧する、ひとつの歌。

聴覚だけではない。

フォールド因子受容体(レセプター)が、ルンが、身体の全てが感じ取っていた。

 

「ハインツ様の……ウィンダミアの歌……」

 

覚えている。

忘れるはずがない。

祖国で幾度となく聞いた言葉。

哀切で、それでいながら荘厳な、あの歌を。

 

「風の歌……でも、この歌、色がない」

 

「ランドールの時と同じ……ううんあの時よりもずっと強い」

 

手元のフォールド波チェッカーを確認していたマキナが、緊張の声を上げる。

 

「まさか、遺跡と呼応してるということ?」

 

カナメの問いに、マキナはこくんと頷く。

見上げる先には、つい今しがたまで潜入していたパラガナール遺跡が佇んでいる。

だが、その遺跡の表面に張り巡らされた模様は発光しており、この戦場に響く歌が、何かしらの影響を与えていることは明白だった。

 

「おそらく遺跡のフォールド物質がアンプのようになって歌声を増大させているのね」

 

ノイズ混じりのホログラムスクリーンが現れ、ワルキューレから逐一転送されるデータを分析するアイシャがワルキューレの前に現れた。

 

「解析はこっちで受け持つわ。あなた達はいつも通りかましちゃいなさい!」

 

ぐっとモニターに向かってサムズアップをするアイシャ。

こうなったアイシャはどこまでも頼りになる女性だと、カナメは知っていた。

だから迷わない。

ここはステージという名の戦場なのだ。

ならば自分たちのやるべきことはたったひとつ。

 

「いくわよみんな!」

 

「はい!」

 

少女達の声が唱和する。

戦場に蔓延するヴァールから救うため、ワルキューレのライブが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいわね、盛り上がってきた」

 

そんな中でも美雲は笑っていた。

いや、だからこそ笑っていた。

彼女が気にしているのはただひとつ。

ウィンダミアの歌が、自分たちのフォールド波を上回ったという事実だけだ。

ワルキューレに敗北は許されない。

戦争が始まる前も、始まった後も銀河の希望である彼女たちに退くことは許されない。

ランドールでの戦いは確かに勝利した。

だがそれは試合に勝って勝負に負けた戦いに過ぎない。

なら次こそは、完全なる勝利を目指すのが道理だ。

試合にも勝負にも勝つ。

美雲の頭の中には、それしかなかった。

ミサイルが当たる?

爆撃圏内にいる?

そんなことは関係ない。

負けて生き恥を晒す方がよほど屈辱だ。

だから美雲は歌う。

誰よりも前に立ち、誰よりも高みに立ち、誰よりも歌う。

 

「聴かせてあげる!女神の歌を!」

 

だからこそ、歌う彼女の姿は美しいのだ。

だからこそ、彼女はエースたり得るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

超高性能機である〈VF-31〉の先制攻撃が成功したデルタ小隊であったが、それでもまだ、敵の数は圧倒的だった。

半数以上をたたき落としたが、次の瞬間にはこちらを捉えたミサイルとレーザーが嵐のように迫り来る。

そんな中、増援として〈アイテール〉から降下してきたケイオス第5小隊の〈VF-31A(カイロス)〉3機が続けざまに炎の流星となって消えた。

 

「——ッ!」

 

視界の端でそれを捉えたスバルが息を呑む。

だが、戦友の死を悼む前に機体を上昇させ、索敵に移る。

レーダーに敵影はない。

いや、その逆だろう。

敵の数が多すぎて、彼らを墜とした機体が判別つかないのだ。

 

「第5小隊の連中は確か機装強化兵(サイバーグラント)の部隊だったはず……」

 

機装強化兵(サイバーグラント)——サイボーグである彼らに太刀打ちできるパイロットは多くない。

個人差はあるだろうが、肉体を機械化することで、本来ならば懸念すべき肉体の保護を度外視した機体操縦が可能となり、残された生身の部分である脳や内臓はEXギアシステムで保護することによって、彼らは生身の人間にはできない高G機動による戦闘が可能なのだ。

そこにBDIシステムが加われば鬼に金棒という言葉では比喩できないほど圧倒的な戦力となる。

 

しかし、その強さを持つ彼らでさえ一瞬のうちに倒してしまうことができるのは——

 

「来やがった……!」

 

——空を黒く染め上げる凶鳥。

漆黒の翼に白き華を持つ〈Sv-262〉。

ウィンダミア空中騎士団が駆る可変戦闘機(ファヴニル)だ。

スバルの家族の仇でもある〈黒百合の悪魔(ブラック・サレナ)〉の機体だ。

 

あろうことか真正面から接近する機影を捉える。

しかしコンピュータが捉え、補整した映像はボヤけてARヘルメットに投影される。

敵はいつものようにアクティブステルスを使用しているようだ。

こうなれば機械を頼るよりも、肉眼を信じる方が幾分マシだ。

ヘルメットを脱ぎ捨て、後方へ放り込むと、操縦桿を今一度、強く握りしめる。

スバルの瞳に覚悟の色が宿った。

 

「デルタ各機!〈黒百合の悪魔〉はオレがやる!手を出すな!」

 

そう叫んだのは、決して功名心からではない。

ましてや憎しみでも、敵討ちでもない。

そうしなければ、次の瞬間には誰かが死んでいる、と感じたからだ。

今の任務は生きて帰ること。

誰1人欠けることなく、ラグナへ帰還すること。

自分にできることをただひたすらにやる。

勝てるかなんてどうでもいい。

ただ、守るべき者のために負けられない。

 

熱核バーストタービンエンジンが炎を噴き上げる。

前進翼が風を切り裂く。

真正面から接近する黒い鳥に向かって同じように一直線に。

疾風纏う真紅の翼がヴォルドールの空を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

フレイアの額を玉のような汗が伝う。

それが起こったのは、ワルキューレが歌い始めてからだった。

 

「な、何ね……」

 

何かを感じ取ったのか、鮮やかなピンク色をしたハート型のルンがくすむ。

 

「モヤモヤ……ツンツン……歌が重い」

 

「……!フォールド波が乱れちゃってる」

 

レイナもマキナも、手元のフォールド波チェッカーを見て、息を呑む。

 

「遺跡が……私たちの歌に反応してる!?」

 

カナメが緊張の声を上げる。

遺跡と手元を交互に行き交う視線の先にあるフォールド波チェッカーが弾き出す数値は異様なほど跳ね上がっていた。

原因はわかっている。

ウィンダミアの——ハインツの歌だ。

フォールド空間を通して歌を響かせる彼女たちの歌は、同様の原理で響く歌の干渉を受ける。

これは、ワルキューレが発足する前から何度も繰り返された実験で既に証明された。

が、その歌同士が干渉することで何が起こるかについては、データは不足している。

事実〈アイテール〉のブリッジではモニターに向かったアイシャが目を爛々と輝かせ、ものすごい勢いでデータの解析を行っているところだ。

何しろ、今のヴォルドールの空は、史上初の、ヴァール干渉能力を持つふたつの歌がぶつかり合うフィールドなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………)

 

美雲は、ちらり、と傍で歌うフレイアを見た。

思ったよりは、はるかに歌えている。

自分が敵国の一員になった、ということも、祖国があのような卑劣なことをした、という事実も受け入れて歌えるのは一流の証明だ。

 

(でも、足りないわ)

 

一流など、この広い銀河にはごまんといる。

当たり前であり、ありふれた存在だ。

天才、と呼ばれる人物を美雲はいくらでも見てきた。

才能にあぐらをかく者もいれば、弛まぬ努力を続ける者もいた。

一流で、天才で、努力して、喉が枯れるほど歌って。

それでも辿り着けない、頂。

その頂きを目指していた。

共に輝ける者を探していた。

だが、フレイアのルンは輝いていない。

それは彼女の歌が、よくある天才と同じで、ルーティンワークを——これまでのトレーニングをただ模倣しているだけに過ぎないと表していた。

そんなことでは、頂に辿り着くなど夢のまた夢。

 

(それなら、いらない)

 

それでは美雲は輝かせられない。

そしてそれは、見上げる空で戦闘を繰り広げ、真紅の軌跡を残して駆ける少年も同様だった。

パイロットの腕は一流だろう。

だが、それだけだ。

飛行機を飛ばすことなどパイロットならば誰でもできる。

しかし、彼はパイロットでありパフォーマーなのだ。

ワルキューレというステージに彩りを添えるバックダンサーなのだ。

ただ戦うだけでは意味がなく、戦場で戦う相手を魅力する飛び方をしてこそ、真価を発揮するのだ。

 

(まだ、足りないわ)

 

彼はそのことに気づいているのか。

いや、気づいているならとっくに目覚めているはずだ。

彼の中で眠るフォールド因子受容体(レセプター)が。

 

(それなら——)

 

目覚めるまで歌を響かせるだけだ。

何度も、何度でも。

 

(私が——欲しいのは!)

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