マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:ハシタカノミコト

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Mission09 覚醒 イグニッション Ⅳ

 

後方から接近したミサイルが戦場の空にまたひとつ炎の花を咲かせた。

一体、何度迎撃したのだろう。

一体、何度旋回したのだろう。

とめどなく押し寄せるロックオンのアラートと警告の表示に脳が悲鳴をあげる。

それでも生きているのは、運がいいのか、実力なのか。

それすら考える余裕が今のスバルにはなかった。

ただ生き残る。

それだけを考え、実行に移す。

 

『どうしたぁ!?動きが鈍いぜフロンティアの卵野郎(クソガキ)!』

 

「クソったれ……!」

 

通信機から、神経を逆撫でするような男の声が響く。

黒百合の悪魔(ヴァルター)〉だ。

機体後方にピッタリと張り付き、単機で波状攻撃を繰り返す。

 

『今度こそ殺してやるよ!木っ端微塵にしてやるってなァ!!』

 

〈Sv-262〉から怒涛のようにミサイルが吐き出される。

機体を急降下、ジャングルの上空スレスレを滑空し、眼前に迫る山肌を盾にフレアを撒いて急上昇。

超高速のバレルロールで後方から狙撃されないよう相手との軸線をずらし続ける。

時間感覚はとうに麻痺していた。

戦闘が始まってから数分しか経っていないかもしれないし、すでに数時間が経過したかもしれない。

EXギアによる保護があっても、肉が、骨が、内臓が過負荷に悲鳴をあげる。

だが、それでもやるしかない。

 

(こんなところで死ねない……!)

 

再びミサイル接近のアラート。

フレアはもう尽きた。

レールマシンガンもミサイルも残りは多くない。

後はアイシャが用意したとっておきの武器だけだ。

しかし、使うタイミングを誤れば確実にこちらが墜とされる。

神経を研ぎ澄ませ。

敵の動きに集中しろ。

相手は機械ではない、人間だ。

どんなに強い人間であろうとも綻びはある。

それを狙え。

弾がなくなろうが、ミサイルがなくなろうが、最後に生き残ってさえいればいい。

 

その時だった。

 

「ぐっ……あ……」

 

全身を気絶しそうなほどの激痛が貫いた。

あまりの痛みに視界が明滅する。

被弾したわけではない。

ただペンダントの触れた部分がひどく痛んだ。

 

「あああッ……!」

 

パイロットスーツの上からペンダントを握り締める。

哀しみを感じた。

痛みを感じた。

絶望を感じた。

辛かった。

泣き出しそうだった。

逃げ出したくなった。

 

なぜ唐突にそれを感じたのかはわからない。

ペンダントを握り締めたのも無意識だった。

だが、それがスバルの記憶を呼び起こした。

デルタ小隊に入る前、フロンティアから出立する時に、ランカからお守りがわりに渡されたイヤリング。

想いを伝える石が使われているという耳飾り。

 

「……まさか……これが?」

 

胸元を見る。

そこにあるはずのペンダントは、パイロットスーツの上からでもわかるほど輝きを増していた。

遠鳴りのように美雲の歌が響く。

ウィンダミアの歌が響く。

その歌に耳を澄ました瞬間——

 

『隙だらけなんだよ!』

 

——粗雑な男の声が割り込んだ。

その歌に、声に集中してしまったスバルは、反応が遅れる。

そして、急接近した〈黒百合の悪魔〉から放たれたレールマシンガンが〈VF-31F〉へ突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『デルタ5被弾!』

 

通信機から管制官の緊迫した声が響く。

それを受けてステージで歌うワルキューレは全員が空を見上げた。

落下する一筋の流星。

真紅に輝く彗星は翼をもがれた英雄のごとく地表へと墜ちようとしていた。

 

「スバル!」

 

美雲が声を上げる。

だが、彼女に何ができると言うのだろう。

20メートルもある機体をたった1人の女性が受け止めるべくもない。

叫んだところで何かが変わるわけでもない。

それでも叫ばずにいられなかった。

約束はどうした、と。

ワルキューレを守るんじゃないのか、と。

 

林の向こうでは1人駆けて行ったフレイアが歌っている。

ヴォルドール首都で見かけた子供たちの両親がこの戦場に出ていて、ハヤテと戦っている。

それを止めるために歌う。

フレイアは自分にできることをやっている。

なら今、自分にできることは何か?

答えは決まっていた。

 

「————!」

 

歌う。

唄う。

謡う。

自分にできるのは歌うことだ。

彼は約束を違える男ではない。

そう信じる、信じてる。

だから美雲は歌う。

目覚めよ、目醒めよ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

蒼穹の空で輝く太陽の日差しを受け、ふたりの少年がシルバームーンと呼ばれる場所で昼下がりを過ごしている。

そんな日常の一幕だった。

 

ひとりの少年は夜空のような群青色の髪色にアシンメトリー——左右非対称な髪型が目を惹く容姿をしていた。

名を星那スバルという。

もうひとりの少年は青黒く艶やかな髪を後ろで束ね、その束ねた赤い紐が目を惹く青年だった。

名を早乙女アルトという。

彼らのことを知らない人間から見れば、姉と弟が優雅にティーブレイクを楽しんでいる、もしくは男と女がデートをしていると勘違いしてしまうだろう。

それほどまでに早乙女アルトと呼ばれる青年は美しかった。

 

アルトは手持ち無沙汰なのか、どこから取り出した紙をパタパタと折って何かを作っているようだ。

対してスバルはズーンという言葉が似合うほどに俯いており、顔を上げて何かを言いかけてはやめ、また俯く。

それを何度も繰り返していた。

 

「——呼び出しておいてだんまりはないんじゃないか?」

 

痺れを切らしたアルトがついに口を開く。

 

「そう……ですよね」

 

「いい加減事情のひとつくらい話せ。でなきゃ俺も何も言えない」

 

しばし黙考。

そして観念したのかゆっくりと話し始めた。

 

「ランカさんを……傷つけた、かもしれないんです」

 

「……そうか」

 

アルトの返事は短かった。

目の前に座る少年はがっくり肩を落として項垂れている。

それが6年前の自分の姿に似ていると思った。

ギャラクシー船団のスパイ疑惑をかけられた少女を、信じきれず、誰かの敷いたレールに従って、目の前のことだけ鵜呑みにして、傷つけてしまったあの時の自分と同じように心を痛めている姿と重なった。

 

「……お前、オズマ隊長の家に引き取られてからどれくらい経った?」

 

手元の紙を折るのをやめ、スバルと真正面から向き合う。

 

「……2年です」

 

「そうか、もうそんなに経つのか」

 

その一言には色々な意味が込められているようにも感じた。

アルトにとっては、スバルがオズマ家に引き取られてから2年。

スバルにとっては、フロンティア動乱で家族を失ってから2年。

長いようで短い2年だったと互いに思う。

 

「それがどうかしたんですか」

 

「いや、お前にとって隊長やランカは家族じゃないのかと思ってな」

 

「——そんなわけないじゃないですか!身寄りのなかったオレを引き取ってくれたオズマさんも、それを快く受け入れてくれたランカさんも、オレにとっては大切な家族です!!」

 

バンッと大きな音でテーブルを叩いて立ち上がる。

その音が静かなテラスにはあまりに響き、他の客から視線が殺到した。

しかしそれを全く気にせずに、立ち上がって見下ろすスバルと、座ったまま見上げるアルトの視線が交錯する。

そうやってすぐ感情的に、ムキになるところも、昔の自分にそっくりだと思った。

 

「——フッ、そうだよな。曖昧な答えを言ったらブン殴るつもりだった」

 

アルトは机の下に隠していた拳を、スバルの目の前で解いてみせた。

 

「お前がそう思ってるなら、ランカだって同じ思いのはずだ。なんてったって〈家族〉なんだからな」

 

血は繋がらずとも、心は繋がっている。

家族だから、一歩先へ踏み込んで行くし、踏み込まれたりする。

傷つくこともあるし、誤解もする。

でもその根底にあるのは、相手が大切だから、心配だからという想いがあるからだ。

 

そう言って、いつの間にか折っていた紙飛行機の先端をスバルへと向ける。

 

「だから、今理解すべきなのはランカの気持ちだろう?冷たい言い方かもしれないが、お前の気持ちはいいんだ。ただ、本当に大事に思っているなら、まずランカの気持ちを受け止めて、寄り添ってやれ。話はそれからだ」

 

かつて親友に言われた言葉を噛み締めるように繰り返す。

ふたりの少女の間で揺れ動いた少年の心と自分が本当は何者なのか、不安で仕方なかった心にひとつの答えを導いた言葉。

今の自分は、かつての自分にどう写っているだろうか。

そんなことを思い、アルトは苦笑いをした。

 

「ランカさんの気持ちを受け止めて、寄り添う……」

 

「俺から言えるのはそれだけだ」

 

「……アルトさんにも、そういう時があったりしたんですか?」

 

「ん、ああ——嫌という程な」

 

困ったように、でも、微笑むアルトの姿は、やはり美しかった。

もしアルトが女だったとしたら、惚れてしまうかもしれない、と思うほどに。

そんな彼の片耳にかけられた、紫とも青色とも似つかぬ深い色をしたイヤリングがキラリと輝いた気がした。

 

 

どこにでもある、誰にでもありえる普通の日常。

でも、決して色褪せることのない大切な時間。

いずれこの銀河にも訪れるその時間に想いを馳せて。

——遠い夢を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

どこかで、歌が聴こえた。

すごく懐かしい夢を見ていた。

あの頃は、まだ子供だった。

でも子供なりに充実した日々を送っていた。

今に不満があるわけではない。

ただ、久しぶりに会いたいと思った。

これがホームシックというものなのだろうか。

でも、まだ帰るわけにはいかない。

やるべきことがある。

——やるべきこと?

なんだ?

それはなんだ?

——そうだ、守らなければならない。

今度こそ守ると決めたのだ。

全てを賭して守ると誓ったのだ。

——誰を?

守るべき者の名は……。

 

「美雲!?」

 

目を覚ますと、眼前には鬱蒼と茂るヴォルドールのジャングルが迫っていた。

墜落しているのだ、とようやくわかった。

その耳にはたしかに美雲の歌が響いている。

 

「クッソおおおおッ!!!」

 

操縦桿を全力で引っ張り、機首を立て直す。

ガウォークで落下速度を必死に相殺する。

ジャングルに激突する寸前で、機体は持ち直した。

落ち着く間も無く、モニターに被弾したコンテナユニットが誘爆の危険があると示される。

即座にパージしたコンテナが後方で一輪の炎の花を咲かせた。

そして、その爆発の勢いすらも利用して、真紅の翼は、戦いの空へ舞い戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「スバルの機体が、光ってる……?」

 

〈アイテール〉ブリッジで逐次ワルキューレから送信されるデータを解析していたアイシャは目を剥いた。

メインのモニターでは自作の解析ソフトウェアが全力で処理に当たっている。

その横に設置されたサブのモニターには、戦場を観測するために出撃した偵察ゴーストが撮影した映像が映し出されていた。

アイシャが目を剥いたのは、その映像の中で、敵陣の只中を飛び回り、淡い輝きを帯び始めている真紅の〈VF-31F〉の姿だった。

 

「……この光、もしかして!」

 

さらに別のモニターを起動したアイシャは、目にも止まらぬ速さでキーボードをガタガタ叩く。

次々とウィンドウが表示されては消えることを繰り返し、フォールド波形グラフで、その手が止まった。

表示されるグラフは異様だった。

並べて表示されるワルキューレのグラフとは比較にならないほどの活性化を見せるスバルのグラフ。

それはすなわち、星那スバルがかつて銀河を救った英雄たちと同じ領域に踏み込もうとしている、確固たる証拠だった。

 

「そう、やっぱり……そうなのね」

 

天才科学者は、形の良い足を組み替え、不敵に笑う。

だが、その頭の片隅にはひとつの懸念もあった。

グラフは確かに活性化している。

しかし、それだけなのだ。

その先へと進むには限界を超えなければならない。

その限界をスバルはまだ破れていないのだ。

かつて銀河を救った英雄のようになるには、あとひとつ、最後の一欠片が足りない。

そのパズルのピースを求めて、アイシャは再びモニターに向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

未だに戦いは続いている。

ひとりのパイロットが奇跡的な戦いぶりを見せても、戦場すべての動きには影響はしないのだ。

そして、この戦場は今、ヴァールを鎮圧するためのワルキューレの歌と、ヴァールを操る風の歌が拮抗し、泥沼化していた。

これではダメだ。

このままではダメだ。

戦いを、ヴァールを止めなければならない。

だが——

 

「クソッ!歌が"遠い"!」

 

また無意識にペンダントを握り締める。

物理的な意味ではない、通信機から溢れる歌声ではない。

ワルキューレの心が、美雲の(こころ)が遠いのだ。

そうペンダントが感じ取った。

 

事実、フォールド因子受容体によって時空を超える歌声を響かせられるワルキューレだとしても、心まで超えることはできない。

彼女たちにできるのは、あくまで心を乗せて歌うことだけなのだ。

 

(考えろ、考えろ、考えろ!)

 

どうすればワルキューレの歌が届くのか。

どうすればヴァールに(こころ)が届くのか。

極限の状況下で追い詰められた脳が、思考を加速させる。

 

『これね、想いを伝える石が使われてるの。遠く離れてても私の想いがスバルくんを守ってくれるようにって、お守り』

 

ランカの言葉が蘇る。

 

『フォールドクォーツって言うのは、超時空物質——時間と空間に干渉できる宝石なの』

 

アイシャの言葉が蘇る。

 

想いを伝える石が使われたこのイヤリングから、この戦場にいる人間の想いを、感情を感じた。

ワルキューレの歌が聴こえた。

ウィンダミアの風の歌が聴こえた。

そしてフォールドクォーツは時間と空間に干渉できる宝石。

フォールド因子受容体から発せられた時空間を超えるフォールド波をこのイヤリングが感知したのだとしたらすべての辻褄が合う。

 

点と点が繋がり線となってひとつの答えを導き出す。

それは至極単純な答えだった。

このイヤリングはフォールドクォーツでできていた。

それだけのことだ。

 

「——ッ!」

 

夢がフラッシュバックする。

早乙女アルトがつけていた耳飾りと、今自分の胸にかけられたペンダントの形が似ていた。色が似ていた。

——もしかしたら。

そんな淡い希望を抱く。

いや、それではダメだ、

ワルキューレは、デルタ小隊はいつだって銀河の希望でなければならないのだ。

 

——希望の運び手が、そんな弱気でどうする。

 

アルトがそう言った気がした。

 

——スバルくんなら、できるよ。きっと。

 

ランカが微笑んでくれた気がした。

 

(……そうだよな。飛べば飛べる……やってみなくちゃわからねぇ!オレは……オレにできることをする!そうだろ……美雲)

 

首から下げられたペンダントを引き千切り、その耳に、イヤリングをつける。

耳飾りはそのように作られたのだから、そう使ってやるべきだった。

 

——刹那。

 

今までとは比べものにならないほどの、暴風雨のごとき負の感情の奔流が、想像を絶する痛みがスバルの全身を貫いた。

 

「ぐっ……ああああああああッ!!!」

 

ヴァールに苦しむ兵士の痛みと哀しみ。

死んでいく人々の絶望と悲痛な叫び。

この戦場に満ちるあらゆる哀しみが、人の業が、その全てが星那スバルと共にあった。

 

(これが……ヴァールの痛み……哀しみ……!)

 

頭が割れそうだった。

昇った血液が行き場を無くし毛細血管を突き破る。

目と鼻から血が流れ出ているのを感じた。

しかしそんなことは瑣末なことだ。

これ以上の血を流し続ける人々がこの戦場にはごまんといるのだ。

 

——相手の気持ちを受け止めろ。

 

アルトのアドバイスを思い出す。

そうだ。

受け止めるんだこの哀しみを、この絶望を。

この戦場に渦巻くすべての負の感情を受け止めろ。

 

——そして変えろ。

哀しみを喜びへ。

涙を笑顔へ。

絶望を希望へ。

死を生へ。

 

イヤリングの光が増し、機体が誰の目にもあきらかなほどの輝きを放つ。

黄金を纏う真紅の翼が、戦火の空に飛翔した。

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