マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:木野きのこ

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Mission09 覚醒 イグニッション Ⅴ

 

美雲の歌が鼓膜を、心を震えさせる。

無我夢中だった。

無心、ただただ無心で空を駆ける。

クリアになった視界が飛来するビームを、ミサイルを捉える。

世界がスローモーションに視えた。

今この瞬間は〈VF-31F〉がスバルで、スバルが〈VF-31F〉だった。

主翼も、尾翼も、エンジンも、機体の全てが手であり、足だった。

操縦など必要ない。

感じるままに動かすだけだ。

ビームの間を縫う、ミサイルの近接信管が反応する前に駆け抜ける。

もはや彼にビームも、ミサイルも、弾丸も、何もかも当たる道理はないだろう。

それほどまでに彼のパフォーマンスは完璧だった。

人々を魅了する、希望の運び手たるワルキューレの翼だった。

 

『しぶてぇ野郎だなぁオイ!!』

 

そんな〈VF-31F〉を墜とそうと、再びヴァルターが姿を現わす。

が、その〈Sv-262〉では追いつくことさえできなかった。

〈VF-31F〉はあまりにも速く鋭く、完璧なのだ。

ハッチから吐き出されるミサイルのことごとくが、推進力のみで振り切られ、空中で虚しく四散する。

 

『クハッ、やるじゃねぇか!ならコイツだァ!』

 

〈Sv-262〉が爆発的に加速する。

ヴァルターがリミッターを外したのだ。

熱核バーストタービンエンジンが炎を噴き上げる。

そのあまりの熱量に、スラストノズルが融解していくが、ヴァルターは気にも止めなかった。

彼にとって機体は消耗品であり、殺し合いの道具なのだ。

壊れたのなら直す、使えないなら乗り換える。

それだけの話だ。

 

——戦いたい、殺したい。

たったひとつの執念がヴァルターを突き動かす。

 

その執念が〈Sv-262〉を加速させ、追いつくはずのなかった〈VF-31F〉へ迫る。

 

「こいつ……!」

 

猛追する黒き凶鳥から逃げるように真紅の鳥が飛翔した。

この戦いを止めるために、ヴァールから新統合軍の兵士たちを救うために歌を運んで飛ばなければならない。

だが、それにはヴァルターが障害となっていることも事実であった。

 

——助けたい、生き残りたい。

たったひとつの想いがスバルを突き動かす。

 

大空を舞台に二羽の鳥が激烈な空中戦を繰り広げる。

それは遥か昔に繰り広げられた英雄(ジークフリード)邪竜(ファフニール)の戦いが再現されているようにも、見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『汚れた歌を……やめろ!!』

 

ボーグは苦悶の表情で、ビームガンポッドのトリガーを引いた。

もはやロイドもジュリアンの命令も関係ない。

目の前にいる女たちは、魔女だ。

このままでは空中騎士団は壊滅し、掌握したヴォルドール新統合軍も敵に戻ってしまう。

その確信があった。

だからワルキューレを討とうとしたのだ。

 

『——!』

 

が、その真紅のビームは、ワルキューレとの間に割り込んだ紺碧の〈VF-31J〉によって防がれた。

すでに限界に達しようとしていたピンポイントバリアがその役目を終え、消失し〈VF-31J〉の左腕が爆散する。

 

「フレイアと美雲さんの邪魔はさせねぇッ!!」

 

ハヤテが蒼天に吼える。

苛烈な瞳が真っ直ぐに敵を捉えた。

機体をガウォークからファイターへ変形させ、迫る〈Sv-262〉を迎撃する。

 

『くっ……!』

 

強襲が失敗したと悟ったボーグは即座に転身するが、その後ろからハヤテが迫る。

〈VF-31J〉に搭載されたフォールドクォーツが淡く輝き、機体の速度が増していく。

加速したGが内臓や骨を圧迫するが、ハヤテは無視した。

今やるべきことは、ワルキューレを守ること。

ヴァールからこの惑星を救うこと、取り戻したララサーバル大尉とその家族を守ること。

それ以外眼中になかった。

だから、それを阻む輩は誰であろうと叩き落とす。

その一心で機体を駆った。

 

「うおおおおおッ!!」

 

フレイアの歌が鼓膜を揺する。

視界の端を黄金の鳥が駆けていく。

あんな風に飛びたいと思った。

そう思った瞬間、フレイアの歌がさらに強くなった気がした。

〈VF-31J〉のフォールドクォーツの輝きが一層強くなる。

紺碧の機体は、真紅の機体のように黄金の輝きを纏い、空へ飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは——!!」

 

アイシャは思わず立ち上がっていた。

その光景をあんぐりと口を開いたまま、息を呑んで見つめる。

目の前のモニターには観測されたフォールド波形が映し出され、それが、さらなる活性化を見せようとしていた。

スバルと美雲が共鳴した。

ハヤテとフレイアが共鳴した。

ここまでは予想通りだ。

数値は予想外だったがそれは問題ではない。

だが、4人のフォールド波まで共鳴することは予想できなかった。

スバルとハヤテが共鳴する。

美雲とフレイアが共鳴する。

互いが互いを刺激し合い、彼らが目指す高みへと昇華されていく。

黄金の光を纏う2機が、2人の歌姫の歌を拡散していく、その歌は戦場を大きなうねりとなって包み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『いい加減墜ちろってんだ!!』

 

レールマシンガン、ビームガンポッド、ミサイル。

その全てが、一斉に〈Sv-262〉から吐き出される。

〈ARIEL.III〉が即座に演算を行い、叩き出した答えは"回避不能"

つまり避けられない、墜ちるしかないということだ。

事実、僅かに後ろを振り向いて視認するが、針の隙間もないほどの弾幕が迫っていた。

どれほど熟練のパイロットでも避けられないだろう。

 

「——だけどな!そんなもので墜ちたら……歌を届けられなかったら、オレが飛ぶ意味はないんだよ!!」

 

叫ぶと同時に操縦桿を手前に倒す。

機体がファイターからバトロイドへ急速に変形を行った。

ISCで相殺しきれなかった急減速と変形によるGが一気にのしかかる。

全身の骨がへし折れそうになるが関係ない。

生きてるのならそれで十分だ。

歯を食いしばり、操縦桿を引き続けて、機体を180度回転させ、弾幕から真正面に向き合う形となる。

 

「一か八かだ……!」

 

操縦桿を握り締める。

ここが、とっておきの武器の使い所だと思った

覚悟を決めて、迫る壁を見据え、そして——スバルの視界が閃光と爆炎で白く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

目標へと殺到したミサイルが大爆発を起こし、空を暗雲で染め上げる。

突き刺さったビームガンポッドとレールマシンガンがまるでアイアンメイデンのようだった。

 

「スバルさん!」

 

「スバスバ!」

 

「スバル……!」

 

「スバルくん!」

 

「…………」

 

ワルキューレが息を呑んで見つめる中、美雲は笑っていた。

奇しくもそれは、イオニデスの戦闘と同じ構図だった。

違うとすれば、美雲が動揺しているか、否かだろう。

だが美雲は理解(わか)っていた。

彼は生きていると、この程度では死なないと、その確信があった。

だからこそ、〈W〉のマークを指で作り、こう言った。

 

「フフッ……やっとお目覚め?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クハハハッ!木っ端微塵ってなぁ!!」

 

爆煙の中に佇む漆黒の機体から下卑た高笑いが響く。

レーダーから〈VF-31F〉の反応は消失していた。

確実に仕留めた、その手応えを感じていた。

辺りは爆煙に包まれているがじきに晴れるだろう。

そうすれば、わかることだ。

 

「破片のひとつでも持って帰ろうと思ったんだがなァ……やりすぎちまったか」

 

爆煙で悪くなった視界をザッと見回した。

その刹那、コックピット内にアラートが鳴り響く。

ロックオンされたアラートだ。

が、ヴァルターが対応する間も無く、ソレは爆煙を切り裂いて現れた。

 

「うらあああああッ!!」

 

黄金の翼が煙幕を切り裂き、まばゆい光が駆け抜ける。

戦いに熟知したヴァルターですら見切れぬ神業のごとき一閃だった。

すり抜けざまに両断された〈Sv-262〉の左腕部が下方で爆発する。

 

『何だとッ!?』

 

振り返ったヴァルターに映ったのは、黄金の翼と光の鎧を纏った巨人。

その手に握られているのは〈Sv-262〉に搭載されているロングソードであるとわかる。

色は違うが、見紛うはずもない。

それが、先の戦闘——イオニデスで彼奴の機体を貫いたものだと理解した。

 

(……ったく。可変戦闘機に剣を装備させるってどうかしてるぜ。ま、おかげで一矢報いることができたわけだが)

 

スバルは不敵に笑いながら、でも内心で感謝の言葉を述べる。

眼前の〈Sv-262〉も同じようにロングソードを展開して、構えていた。

 

『……このクソガキ!』

 

信じられなかった。

あの物量の攻撃を無傷で済ませることのできる機体は存在しないと思っていた。

ならば目の前の機体はなぜ無傷なのだ。

レールマシンガン、ミサイルの残弾全てを賭けた一撃がなぜ容易く防がれなければならないのだ。

 

『どんな手品か知らねぇが!!』

 

激昂したヴァルターの〈Sv-262〉が熱核バーストエンジンが火を噴き上げる。

融解したスラストノズルはもはや役には立たないだろう。

だが、前に進むには十分だった。

袈裟懸けに振り下ろされた一閃が、逆袈裟懸けに斬りあげた〈VF-31F〉のロングソードとぶつかり、閃光と稲妻が暗雲を切り裂いた。

 

「うおおああああッ!!」

 

今度は〈VF-31F〉の熱核バーストエンジンが火を噴き上げた。

フォールドクォーツの輝きが増していき、機体の出力がさらに向上する。

均衡を保たれていた鍔迫り合いは、だんだんと〈Sv-262〉が追い詰められ、そして弾けた。

逆袈裟懸けに斬りあげられた一閃が〈Sv-262〉の右腕も両断する。

 

『——クッ、この俺がァ!!』

 

両腕を失ったが、まだ脚が残っている。

腕がないなら蹴ればいいだけのことだ。

体勢を立て直し、スバルを狙い、再び機体を跳躍させる。

が、それよりも速くスバルは動いた。

斬りあげた慣性を利用し、右足を軸にその場で1回転。

そのまま横薙ぎに一閃を見舞い〈Sv-262〉の両脚が両断された。

肢体に加えて、推力すら失った機体では、さしものヴァルターも墜ちる他にない。

 

『なんだ……なんなんだテメェは!!』

 

落下するコックピットの中でヴァルターが吼えるが、それがスバルに聞こえるはずもなく、肢体を失った〈Sv-262〉は眼下のジャングルへ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「防空網に穴が空いた!撤収するぞ!」

 

上空制圧に専念していたアラドの指示が飛ぶ。

それに噛みついたのは、意外にもスバルであった。

 

「待ってください隊長!ヴォルドール新統合軍はどうするんですか!?」

 

「……ヴァールだからって殺されやせんだろう。俺たちは必ず救助に来る、違うか?」

 

「……了解」

 

アラドの言葉は正しかった。

空中騎士団の混乱は一時的なものであり、ハヤテがボーグを倒し、スバルがヴァルターを墜としたとはいえ、すぐに第二波が来る。

そうなれば消耗しているデルタ小隊に勝機はない。

今を逃して〈アイテール〉に帰還することはできないのだ。

そうと決まれば、スバルの決断は早かった。

 

「——そんじゃ、撤収するぜ美雲!」

 

「ええ!」

 

真紅の機体を見上げる美雲はいつになく晴れやかな、特級の笑みで答えた。

 


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