「見てろよ……ワルキューレにデルタ小隊!」
降下した〈Sv-262〉群の1機を駆るボーグ・コンファールトが傲然たる表情で
後方に控えていたテオとザオの機体も同じように打ち上げ、ラグナの夜空にウィンダミアの紋章が煌びやかに浮かんだ。
「空中騎士団、見参!」
「やり過ぎだぞボーグ」
ボーグがマスターと師事するヘルマン・クロースがその行為を嗜めるが、その声色は昂ぶっており、とても諌めているようには聞こえない。
「陽動作戦ならば、これくらい派手にやるべきです!」
「はっはっはっ!その通りだな!……む」
ヘルマンの駆る〈Sv-262〉が接近する半ダースほどの敵機とその後方から接近する5機の機影——デルタ小隊を捉えた。
「どうやらうまく引っかかってくれたらしい!」
「テオ!ザオ!調査は任せたぞ!」
「ダー!」
「我がルンにかけて!」
ボーグの後方に追従した2機の〈Sv-262〉がアクティブステルスを展開して、一団から姿を消した。
と、同時に迎撃に出た防衛部隊とデルタ小隊が展開する。
「白騎士……」
「……死神」
戦闘を飛行していたメッサーとキースが互いに宿敵の名を口にする。
途端、その2機の熱核バーストエンジンが炎を噴き上げ、編隊から飛び出し交戦状態に入った。
両者の援護のために、一斉に放たれたミサイルによってラグナの夜空に季節外れの特大の花火が打ち上がる。
ここに、ヴォルドールに続く戦いの火蓋は切って落とされた。
◆
〈マクロス・エリシオン〉艦橋の下にあるステージでワルキューレは待機をしていた。
ホログラム・スクリーンには超望遠カメラが捉えた戦場の様子が映し出されている。
その戦場を見ていた美雲は、敵機が射出したスモークで作られたウィンダミアのエンブレムを見て不敵に微笑んだ。
「人のステージに土足で乗り込むなんて……いい度胸ね」
その目は迫り来る敵の、その向こうを覗いているようだった。
ウィンダミアが持つ風の歌。
ヴォルドールで手にした勝利は、完璧な勝利かと聞かれれば疑問符がついた。
スバルと共鳴し、フレイアと共鳴してもなお届かなかった頂きは自分の想像より遥かに高かった。
なら、その頂きに辿り着くにはどうすればいい。
考える必要はない。
スバルに言ったのだ、考えるより行動しろ、と。
——そう、言ったのだ。
ならば歌うだけだ。何度でも、何度でも。
「美雲」
そんな様子の美雲を察したのか、カナメがポンと肩に手を置いて制する。
「気持ちはわかるけど今は抑えて、風の歌が響いてからが本番よ」
「……ええ、わかっているわ」
美雲は振り返ってフワリと微笑むと、またホログラム・スクリーンへと視線を戻す。
彼はまだ戦場に出ていない。
風の歌が響いて、彼が戦場に出て、始めて本当の意味でステージが幕を開けるのだ。
◆
夜空を見上げれば、星の瞬きに混じって炎の玉が煌めいては消える。
すでに空では空中騎士団と防衛に出た第13中隊とデルタ小隊が交戦を開始していた。
その空域を臨む〈アイテール〉の甲板に1機の機体が格納庫から引っ張り出される。
白地に真紅と黒のラインが入り、大型のデルタ翼を持った機体だ。
翼の先端に取り付けられた双発式回転エンジンポッドと機体上面に取り付けられた旋回式砲塔が動作確認をするようにグルリと回る。
コックピットに搭乗するパイロット——星那スバルは、久しぶりのその感覚に戦闘が始まっていることを忘れ、昂ぶっていた。
「スバル、〈VF-25〉の調子はどう?」
モニターには、〈エリシオン〉艦橋で戦場の分析を行うアイシャの姿が映った。
「良好だ。これならいける」
「そう、それならよかった」
「……いやよかったじゃねーだろ。オレは〈
「あ、あら?そうだったかしら?」
ホホホホ、と誤魔化すように笑うアイシャを半目で睨みつける。
「と、とにかく!わかってると思うけど!」
パンッ!と手を叩いて、この話は終わりだと言わんばかりに仕切り直そうとする。
スバルもその意図を汲んだのか、はたまた戦闘の最中にこんなことをしている場合ではないと考えたのか、深いため息を吐くと、アイシャの言葉に耳を傾けた。
「その〈VF-25〉は一度解体して、あたしが新しく設計し直した
「それはさっき格納庫で聞いた。今までの〈VF-25〉とどう違うのか教えてくれ」
「そうね。まず中身はすべて最新世代——つまり〈VF-31〉のものに差し替えているわ。エンジンも含めてね。理論上、出力だけなら同等よ」
「理論上……ね。それはあんまり期待しないほうがよさそうだ」
「それを補うためにバカ高いトルネードパックを標準装備にしたんだから感謝なさい」
「そりゃどーも」
話を聞きながらも、スバルは機体システムの
「ま、今まで通りの感覚で操縦してくれればいいわ。ただ、現行機に比べれば所詮は間に合わせの機体よ。過信はしないように」
「……善処するよ」
「デルタ5、進路クリアです。
通信機から、ニナの声が聞こえてくる。
どうやら発進準備が整ったようだ。
スバルは操縦桿を握りしめるが、そこでふと思い出した。
「
「え?ああ、そういえば言ってなかったわね。その機体の新しい開発コードは〈VF-25F/TA〉ペットネームは〈メサイアバルキリー・トルネードアドバンス〉よ」
「なっげぇ……」
「文句を言わない。——それと、メッサーのこと頼むわね」
「……ああ、わかってる」
アイシャの言わんとしていることを察したスバルは今なお戦いが続く空を見上げ、口元を引き結んだ。
任せろ、と言ってモニター向こうのアイシャにサムズアップをして通信が終了する。
再び操縦桿を握りしめたスバルは、始めてこの機体に乗った時のことを思い出して口角を上げた。
(さあて、久しぶりのコンビ再結成だ。気合い入れていこうか、相棒!)
「〈VF-25F/TA〉、デルタ5
〈VF-25F/TA〉の熱核バーストタービンエンジンと両翼のエンジンポッドが火を噴き上げる。
〈アイテール〉の甲板を滑り、ラグナの夜空に救世主の翼が舞い上がった。
◆
戦域から離れたバレッタシティ近郊、洋上に群衆から離脱した〈Sv-262〉はいた。
ステルスを起動してレーダーを欺き、機体下部に取り付けられたフォールド波計測装置を水面に向け、探るように飛び回る。
戦域を見上げた〈Sv-262〉のパイロット、テオは飄々と笑ってみせた。
「フフッ、やってるやってる。さあて、遺跡はどこかな?」
ホログラム・スクリーンにはセンサーが捉えたフォールド波の波形が表示されているがアクティブ反応はまだない。
が、その代わりというようにレーダーが超高速で接近する機影を捉えた。
テオとザオが驚愕の表情で接近する方向へ視線を向けると、ソレは一直線に現れた。
◆
熱核バーストタービンエンジンが炎を噴き上げ、大型のデルタ翼が大気を切り裂いて急行するが、まだ先は長い。
モニターにはレーダーと〈アイテール〉から逐一送られてくる戦況が映し出されるが、それを見たスバルは眉を顰めていた。
(敵の動きがおかしい……)
スバルの疑問はもっともだった。
襲撃してきたウィンダミアは1ダース——つまり約12機が降下してきた。
対してこちらは、最優先で修復した〈VF-31〉が5機、辛うじて修復が終わり、迎撃に出たアルファ、ベータ小隊の混成部隊が半ダース。
合わせても11機しかいないのだ。
さらに言えば〈白騎士〉と〈黒百合の悪魔〉も出撃している可能性が高く、〈白騎士〉はメッサーが抑えるとしても〈黒百合の悪魔〉を抑えることのできるスバルがいないとなれば、そちらに戦力を割かねばならず、確実に戦力が足りないと考えていた。
だが、戦況はどちらに被害が出ることも、傾くこともなく、戦闘開始から15分が経過した今も続いている。
何より、空中騎士団が積極的に攻撃をしていないようにも見えた。
「どうなってんだ……?」
その時だった。
視界の端で、戦域より離れた海上で何かが煌めいた。
ほんの一瞬の輝きだった。
見間違いかと首を傾げて〈ARIEL.III〉のレーダーを見るが、その位置には何の反応もない。
民間人、警報無視の密漁船、もしくは敵機。
あらゆる可能性が浮かんでは消える。
「…………」
メッサーが気がかりで空を見上げた。
戦闘が始まってからすでに15分以上。
いつヴァールになるとも知れない彼を放置しておくわけにもいかないが、空中騎士団の動きも、戦域外に存在する何者かも気になった。
「……不確定要素は潰しておくか」
通信回線を開き、戦闘中であろうアラドと繋ぐ。
「なんだスバル!手短に言え!」
「アラド隊長、敵の動きが妙です。戦域から離れた位置にも何かいます。もしかしたら敵の作戦の可能性があるんじゃないですか?」
「あぁ?そんな反応はこっちは確認してないぞ!?」
「念のため調査します。不確定要素は潰しておくべきだ」
「あ!おいスバ——」
一方的に通信を切ったスバルは、操縦桿を傾けると、一路を何かがいるであろうポイントに向け、加速した。
*
視界が戦域外でこそこそ動いていた影を捉えた。
それはよく見慣れた機影。
ウィンダミア空中騎士団の〈Sv-262〉だった。
「やっぱりウィンダミアの連中か。さしずめ陽動作戦ってところか?」
熱核バーストタービンエンジンがさらに加速し、海面スレスレの低空飛行で真っ直ぐに2機の〈Sv-262〉へ向かって飛翔する。
『!?』
『テオ!敵が来た!』
『わかっている!どうやら勘のいいヤツがいるらしい!』
2機の〈Sv-262〉が左右に散開し、挟み込む。
放たれた
「甘いッ!」
——ファイターからガウォークへと急速に変形し、脚部エンジンと両翼のエンジンポッドを海面へ向けて、まるで跳ねるように水柱と共に飛び上がった。
『コイツ……!』
『風を……読んだ!?』
再びファイターへと姿を変え、天へと向かう〈
しかしそれを遮るように高高度からレールマシンガンが降り注いだ。
「なっ!?」
咄嗟にバレルロールで回避する。
完全に意識の外からの攻撃だった。
あと一瞬反応が遅れていたら、きっと蜂の巣にされていただろう。
戦闘機同士の戦闘におけるセオリーを抑えた的確な射撃だと震える。
一筋の冷たい汗が頬を伝った。
「——増援か」
降りてきたのは2機の〈Sv-262〉。
ヴァルターではない。
暗緑色に白いラインで縁取られた一般機だ。
『マスターヘルマン!』
『カシムもいるのか!』
後方から〈VF-25F/TA〉追従するテオとザオが喜びの声を上げて名を呼んだ。
『お前たちの方に向かう敵機が見えたのでな』
『手を貸そう。お前たちは調査を続けるんだ』
『ダー!相手はかなりの手練れです!お気をつけください!』
『ご武運を、マスターヘルマン!カシム!』
「! 逃すか!」
テオとザオの駆る〈Sv-262〉が離脱しようとするのを察したスバルは、ガウォークへ変形し宙返りを行なって追撃しようとするが、後方から接近するミサイルによって追撃を断念し迎撃を余儀なくされる。
『お前の相手は我々が務めよう』
『邪魔はさせん!』
「っぶねぇ……モテる男は辛いなぁ!まったく!」
後ろから迫る2機の〈Sv-262〉を一瞥し、ニヤリと口角を上げて笑ってみせた。
◆
「はぁ……はぁ……」
視界が明滅した。
目の前を飛ぶのは暗緑色に黄金が縁取られた〈
——白騎士だ。
身体の真芯が熱い。
動悸も呼吸も荒い。
奥底からふつふつと沸き上がる衝動を理性が抑え込む。
だが、昨日の戦闘で疲弊した精神で何が抑えられるというのだろうか。
明滅していた視界は赤く染まった。
神経は熱に浮かされて感覚がなくなっていた。
最後の理性が必死にメッサーの精神を繋ぎ止める、
——殺セ、殺セ、殺セ、殺セ、殺セ。
——壊セ、壊セ、壊セ、壊セ、壊セ。
(ぐっ……うるさい!俺は……俺は……!)
頭の中に響く声を振り払う。
だが、その声は鳴り止まない。
通信機から聞こえてくるアラドやチャック、ハヤテ、ミラージュの声が遠い。
「まだ……俺はッ!!」
歯を食いしばり、前を向く。
「——ッ!」
顔を上げた先——〈Sv-262〉のゴーストだけが回転しこちらを狙っている。
それが、引き金となった。
拡大した意識が敵意を捉え、内に眠るケダモノが目覚める。
血管が肥大化し、毛細血管までもが脈打つ。
全身の筋肉が、全てを壊すために膨張する。
血走った双眸は、敵を殺すことのみを見つめている。
「ウォアアアアアア!!!!」
理性という名の鎖が千切れた獣は解き放たれ、ヴァールへと変貌した死神の咆哮が宵闇の空に轟いた。
どうも作者です。
今回は更新に時間がかかった上にスランプ気味でうまくかけなかったような気がします。
今後時間があれば加筆修正すると思いますので、よろしくお願いします。
余談ですが、若干ウィンダミア側のキャラが掴みきれてない感が否めない……。