〈VF-25F/TA〉に牽引されながら〈アイテール〉への帰還ルートに入った〈VF-31F〉を、ホログラム・スクリーンを介してアーネストとカナメは見つめていた。
しかし、彼女の面持ちは険しく、その手は血が滲みそうなほど固く握られている。
「……ご存知だったんですね」
モニターを見つめたまま、カナメが問いを——いや、確信を持って口を開いた。
「定期的にデータを送る条件でな。アラドと俺、ブランシェット博士でレディMに話をつけた」
それの意味するところを察したアーネストは、表情を変えることなく淡々と事実だけを口にする。
「……無茶だったと思います」
カナメの声には憤りがあった。
だが、アーネストにでも、向こうのモニターで作業をしているアイシャに向けられたものではない。
自分に対する怒りだった。
かつて助けたと思っていた人は、実は助けられていなかった。
それに気づかずに、今日までのうのうと過ごしてきた自分自身に腹が立った。
「……俺もだよ」
アーネストは、目深にかぶった帽子をさらに深くかぶり直し、口惜しそうに呟いた。
◆
スバルとメッサーが〈アイテール〉へと帰還する頃には、格納庫は損傷した機体によってラッシュアワー状態となっていた。
いや、もとよりヴォルドールでの全力出撃でキャパシティオーバー寸前だったのだが、今回の一件で、完全に限界を超えてしまったようだ。
ただでさえ損傷した機体ばかりだというのに無理やり修理して出撃させた結果、損傷がさらに悪化。
虎の子であるデルタ小隊機は二機も中破に追い込まれた。
結果だけ見れば敗北もいいところである。
その状況を傍目に、スバルは、〈VF-25F/TA〉を格納庫へ収納すると、メッサーの元へと向かった。
すでに風防が開いており、メッサーは目を覚ましているらしく、ゆっくりと格納庫に降り立った。
が、彼は予想以上に体力を消耗しているのか、足をついた途端に体勢を崩した。
「おっと……」
「……ッ、すまない」
それを抱きとめるが、メッサーはひとりではまともに歩けないのか、脚が震えていた。
抱きとめた肩から彼の熱が伝わるが、明らかに平熱を越している。
あれだけのことがあったのだ、精神的にだけではなく、肉体的にも相当な負荷がかかっていたのだろう。
そう考えたスバルは何も言わずに、ただ肩を貸して、医務室へと進路を向けた。
すると、視線の先、格納庫の出口に何かを察したような顔で立つアラドの姿を見かける。
彼はこちらに気づくとゆっくりと歩み寄り——
「限界、だな」
「……はい」
——ただ一言、メッサーにそう告げるだけだった。
◆
〈裸喰娘娘〉にはハヤテ、ミラージュ、チャック、フレイア、マキナ、レイナが揃っていた。
あの後、ハヤテたちはすぐに解散、撃墜されたミラージュとチャックはメディカルチェックを受けて異常なしと判断されるや否や解散となった。
しかしあんな出来事の後に眠れるはずもなく、全員の足は自然と〈裸喰娘娘〉へと向いていた。
そうして集まった七人だが、その場は重い空気に包まれていた。
「スバルさんは……」
その空気を破るように口を開いたのは、バーカウンターに座ったフレイアだった。
「スバルさんは、メッサーさんを助けとったんやね」
「どういうことですか?」
フレイアと同じようにバーカウンターに腰掛けたミラージュが疑問を口にした。
「昨日スバルさんがすごく真剣な顔で調べ物をしてる所を見たんよ」
「あの資料嫌いのスバルが……ですか」
「うん、たぶんメッサーさんのことを調べてたんだと思う」
「何だよ……スバルもメッサーも、ひとりで抱え込みやがって……!」
「……話したくても、話せなかったのかもしれません」
「? どういうことだよミラージュ」
「ハヤテは、メッサー中尉はヴァール化の危険性があると言われて、信じますか?」
「それは……」
即答できなかった。
当然だ。
人間は突然告げられた事実をすぐに受け入れられるほど寛容ではない。
最初にどうしても疑念が挟まれてしまう。
嘘、冗談、洒落、妄言、虚言、戯言。
色々な言葉を邪推しては、その事実に直面することで初めて、現実だったと受け止めるのだ。
無論、全員がそうとは限らないが、少なくともハヤテ・インメルマンという人間は、突飛な話をされてもすぐには信じる人間ではなかった。
「それにスバルは元軍属です。不確定な情報で私たちを混乱させたくなかっただけなのかもしれません」
ミラージュは冷静だった。
だが、俯き加減で呟いたその言葉とは裏腹にその顔は理解はできても納得はできていないと言った表情だ。
すると——
「……ちょっと、風に当たってくる」
——ガタリと椅子を引いて立ち上がったフレイアが返事も聞かずに外へと出て行ってしまった。
◆
メッサーを医務室へ連れて行ったスバルは、〈裸喰娘娘〉へは帰らず、〈アイテール〉の甲板、そのヘリに腰掛け、遠くで静かに揺らめく海を見つめていた。
その隣には、同じように、そして当たり前のように美雲が座っている。
さあっと吹いた海風が夜色の髪と菫色の髪をを揺らす。
スバルも美雲も、互いに言葉は交わさずに、ただ無言の時間が流れていた。
そうしてどれくらい経っただろう。
傾いていた月が水平線の向こうに沈んだ頃、先に口を開いたのは美雲だった。
「あなたの隠していたことって、メッサーがヴァールに罹っていたことだったのね」
「……悪かったな。黙ってて」
「別に気にしてないわ。たしかに簡単に他言していい内容じゃないものね」
「……そう言ってくれると助かる。けど——」
「けど?」
「もしこの事をみんなに話していれば、結果は変わっていたのかな……ってさ」
「…………」
美雲は答えない。
ただ海風で乱れた髪を手櫛で整えているだけだ。
「——いや、悪い。〈もし〉とか〈たら〉とか〈れば〉とか……そんな話に意味ないよな」
「……そうね」
そっと肩を寄せてきた美雲が、スバルの手を握る。
その温かさが、どうしようもなく冷え切った
「でもねスバル。きっと、あなたが私たちに話していたとしても、この結果は変わらなかったと思うわ」
「だとしてもな……どうしても考えるんだ。あの時こうしてれば、ああしていればってな」
そう言ったスバルの顔は浮かないままで、目の前の空を見つめているのに、どこか遠くの空を見ているような、そんな気がした。
「スバル……」
(あぁ、まただ)
自分はまた、選ぶ道を間違えた。
間違えて、また選んでも、間違えて。
そうしてまた失った。
一度目は家族を。
二度目は上官を。
そして三度目は——戦友を。
「何でなんだろうな……間違えてばかりだ」
夜明け前の宵闇が終わりを告げ、海から太陽が昇る。
天を仰いだスバルの頬を一筋の涙が伝い、朝焼けに照らされる甲板に小さなシミが作られた。
この日、メッサー・イーレフェルト中尉のデルタ小隊除隊と、他星系への転属が正式に決定した。