プロトカルチャー遺跡に降下した彼女たちは、カクテルライトの光に身を包み、その衣装を変化させる。
美雲を筆頭に五つの歌が重なり、それは五重奏となってアル・シャハルの空に響いていた。
「……なに、この感じ?」
「やはり私たちの歌に反応している!?」
ウィンダミア人特有の感覚器官ルンが、痛みとも違う感触を感知し、フレイアの顔が不快感で歪む。
それに答えるようにカナメがホログラム・スクリーンに投影されるフォールド波形を見て、確信を持って呟いた。
事実、その言葉通りプロトカルチャー遺跡の表面には、ヴォルドールの時と似たような模様が淡く光を帯びて浮かび上がっていた。
*
それをアステロイドベルトに潜む〈アイテール〉から観測していたアイシャは目を輝かせて、食い入るようにそのデータを解析していた。
「やっぱりこの
フォールド波形は異様な波形を記録しており、それはまるでスバルと美雲、ハヤテとフレイアの四人が覚醒した時とほぼ同等のようにも見えた。
ガタガタと叩くキーボードと、川のように流れる文字の羅列を目だけで追い、その情報を次々と自称〈天才〉の脳が推論を立て、予測を立て、答えを探る。
だが、それにはまだ時間が必要そうにも見えた。
「みんな気をつけて!何が起こるかわからないわ!」
だから、なるべく多くの情報を得るためにも、彼らと彼女たちには無事でいてもらわなければならなかった。
が、そんなアイシャの願いとは裏腹に、彼らの耳に、聴き慣れた歌が響いた。
◆
シグル・バレンス内部には風の歌を捧げるための祭壇があった。
ドームほどの大きな広間には、中央にひっそりと祭壇だけが佇んでおり、その周りはただの空間だった。
その祭壇の上に、ハインツは立つ。
それが風の歌い手としての役目であるならば。
それが民を導く王族でありながら力に目覚めた者の責任であるならば。
この声が枯れ果てるまで、喉が裂けるまで歌うのみだ。
「なんだ……この響きは……!」
ハインツの見上げる先には壁画がある。
太古の昔、遥か五十万年前に存在していたとされるプロトカルチャー。
そして風の歌と並び立つとされる歌〈星の歌〉を歌うことのできる〈星の歌い手〉の壁画。
その壁画に取り付けられた、歌をフォールド波として増幅させるリングから歌が逆流してきた。
聴くたびに色を変える虹のような五重奏。
幾度となく記録映像で見てきたワルキューレの歌と、宰相補佐ジュリアンとよく似た顔立ちの女、美雲・ギンヌメールの姿がはっきりと見えた気がした。
「歌で遺跡を乗っ取るつもりなのでしょう。今こそ風の歌で対抗を」
ホログラム・スクリーンに投影されるフォールド波を見て、ニヤける口元を隠しながらそう言った。
ハインツはジュリアンを見ずに頷くと、瞳を閉じ、そして歌い出した。
◆
それは唐突だった。
ワルキューレの歌で遺跡は起動し、その力を発揮しようとしている。
その矢先に、幾度となく戦場で聴いてきたあの歌が、鼓膜を揺すった。
荘厳であり厳粛な雰囲気だというのに、どこまでも自由に吹いていくような、風のごとき調べ。
王や神に捧げるような、祈りにも似た歌が戦場に響いた。
「ぐっ……」
「この歌は……!」
スバルとハヤテがフォールドクォーツでできたイヤリングとペンダントに手を当て、渋面のまま苦悶の声を漏らす。
「ハヤテ!スバル!」
ふたりに比べて、歌の影響が少ないミラージュが名前を呼ぶが、それを遮るようにチャックの叫声が通信に割り込む。
「デルタ各機、敵機の反応を確認!奴さん降下してくるぜ!注意しろ!」
その直後、〈ARIEL.III〉が敵機を捉えた。
直上から降下してくる一個中隊規模の流星。
漆黒の翼を空に広げ、その身に白き剣を纏った
「なっ、空中騎士団!?もう見つかったってのか!」
「だとしても対応が早すぎます!まるで待ち構えていたとしか思えない!」
「落ち着け!ハヤテ、ミラージュ!目の前で起こったことが事実だ!」
スバルが鎮静させなければ、混乱のまま各個撃破されていたかもしれない。
それほどまでに鮮やかな奇襲だった。
誰もが予想しないタイミングでの風の歌、そして敵の出現。
ミラージュの言葉を借りるならば、敵はデルタ小隊とワルキューレが行動を起こすのを待ち構えていたのだろう。
「……とはいえ、これで作戦は全部パーになったわけだ」
スバルはニヤリと口角を上げて、引きつった笑みを浮かべた。
「アラド隊長!指示を!」
「そんなものひとつだけだミラージュ!ワルキューレを守れ!オールウェンポンズフリー!」
「「「「了解!!!」」」」
アラドの指示でスバルの〈VF-25F/TA〉を筆頭に三機の〈VF-31〉が大空から迫る〈Sv-262〉へ向かって飛翔した。
続いてアラドも飛び出そうと、スロットルを入れようとして、再び割り込まれた通信に阻まれた。
「アルファ・リーダーよりデルタ・リーダーへ!」
「どうした!?」
「新統合軍より入電!アル・シャハル市街地にてヴァール発生!防衛のために配置した部隊もヴァール化した模様!」
「なっ……!」
絶句。
ただただ絶句するしかなかった。
最悪の状況に、さらに最悪の状況が重なる。
風の歌が響き、空中騎士団が来襲、それに加えてヴァールまでも発生してしまった。
——戦力が足りない。
その答えにたどり着くのに時間入らなかった。
アラドの額を冷や汗が伝う。
引きつった口元からは、乾いた笑いしか溢れなかった。
「アラド!!」
今度は〈アイテール〉から立て続けに通信が割り込まれる。
アラドの脳は処理限界を超えてもはやパンク寸前だった。
「今度はなんだ!?」
「ヤバイわ!何かが出てくる!!」
「何かってなんだ!?」
「それがわかれば苦労しないわよッ!デフォールド反応増大!衝撃に備えて!」
アイシャの悲鳴と歓喜が入り混ざった叫び声が響く。
その言葉から数秒遅れて、"それ"は出現した。
◆
それは翼のように見えた。
それは玉座によく似ていた。
それは祭壇のようであった。
ワルキューレの歌と風の歌が響き、神々しさすら感じさせるほどの眩い輝きを発していく遺跡から、空間を切り取るようにして、それは現れた。
——神殿。
あまりにも巨大な、輝ける神殿が降臨する。
プロトカルチャーが紡ぎし神話の再生が始まろうとしていた。
◆
「プロトカルチャー……」
シグル・バレンスから、アル・シャハルの戦況を見ていたロイドは、人目もはばからずに涙を流していた。
当然だろう。
彼は信じ続けていたのだ。
ウィンダミア人に伝わる神話が、ただのお伽話ではなく、純然たる事実なのだということを。
学者たちが伝説だ幻想だとのたまってきたことが間違いで、我々こそが真実を語っていたのだという感動を感じていた。
ウィンダミア人はプロトカルチャーの正統なる後継者なのだと証明する大いなる遺産。
「ご覧になっておられますか?グラミア王。これが我らがプロトカルチャーから託されたものなのです」
「ああ……見える。見えるぞ。余の人生はこれで報われる」
彼らはこの時、この瞬間、人生の最高潮であったと言えるかもしれない。
◆
「フハハハハハハハハハ!!!」
神殿が降臨する映像を見たジュリアンは、普段の佇まいからは想像できないような高笑いを上げていた。
祭壇には、ハインツの歌とワルキューレの歌がぶつかり合うフォールド波の余波が暴風となって吹き荒れ、視界は眩く輝くリングによってほとんど白一色に染め上げられている。
そんな中であっても、ジュリアンは恍惚とも狂気とも思えるような笑みを浮かべ、神殿が現れたことに狂喜乱舞していた。
「
唐突に、電池が切れた人形のように、がくん、と上半身を折り、両腕をだらしなくぶら下げる。
「さあ、最後の扉を開きに行こう……」
顔を上げたジュリアンの瞳が開かれ、その紅い双眸が怪しく光った。
◆
「あ、ああ……」
知っている。
美雲は生まれて初めて、狼狽、という感情を知った。
「私は……」
覚えている。
あの神殿を、自分は覚えている。
知らないわけがないのだ。
幾度となく夢に見てきた。
どこかの星で、子守唄を聴かせるように歌っている夢を。
そこに立つ自分と、眼前にそびえ立つ巨大な神殿を。
——ルダ……ール、ロム………ン
どこからか、呪文のような声が聞こえたような気がした。
◆
「なんだ!?何が起こってやがる!」
状況は混沌を極めていた。
通信機からは怒号が飛び交い、眼前のプロトカルチャー遺跡からは神殿のような巨大構造体が出現した。
さらにはフォールドクォーツのイヤリングの影響でワルキューレの歌とウィンダミアの風の歌が干渉を起こし、逆流した感情がミキサーに放り込まれたようにかき混ぜられる。
——その時だった。
「ぐっ……!?」
輝きを増した遺跡の光が広がっていく。
衝撃波のような感覚と共に遺跡から発せられた光に飲み込まれ、気がつくと——
「……ッ!ここは……」
——黒い空間に立っていた。
そこには何もない。
何もかもがないのだ。
光も闇もなく、ただそこにある無が広がっている。
「な、なんね!?」
「これは……!」
声が聞こえる。
とてもよく聴き慣れた声。
美雲とフレイアの声だ。
ふたりの姿を探し視界を振り回す。
が、その姿は見えず声が聞こえるばかりだ。
いっそ探しに行った方が早いと動こうとしても、身体は金縛りにあったかのように動かない。
辛うじて動くのは頭だけだった。
「美雲!フレイア!」
叫ぶ。
だが返事はない。
しかしふたりの声は聞こえる。
まるで同じ空間に立っているのに次元が違う。
そんな錯覚を覚えた。
「どうなってるんだ一体……」
再び辺りを見回して、気づいた。
眼前に"何か"がいることに。
なぜ今まで気づかなかったのだろう。
おそらく"それ"はこの空間に来た時からあったというのに。
なぜ認識できなかったのだろう。
光も闇もない空間で"それ"の姿だけははっきりと見えているというのに。
見上げる。
あまりにも巨大な"それ"を
山よりも遥かに巨大で、人間などその巨躯の前には羽虫も同然だと思えるほどの何かを。
◆
その光景を見ていたのは、スバルだけではなかった。
美雲もフレイアもまた同じ光景を目にしていた。
全員が共通して思ったことはただひとつ、あまりにも巨大で、人間には到底敵わない高次元の存在だということ。
「……なんだよ、あれ」
「鳥……ううん、ヒト……なの?」
「…………」
呆然と、見上げて呟く。
それはヒトに似ていた。
それはトリに似ていた。
あるいは、翼を広げた人間のようにも見えた。
ただそこに在るだけだというのに、圧倒的な威圧感と、怖れを感じさせる"それ"が眼下を睥睨していた。
その足元には、遺跡から出現した神殿が鎮座していた。
まるで"それ"の玉座のように。
——ルダンジャール……ロム……マヤン。
また呪文のような言葉が響く。
その言葉を聞いた瞬間、スバルたちの意識は唐突にブラックアウトした。