先んじて〈アイテール〉へと帰還を果たしたアラド、チャック、ミラージュは、機体を降りるとその足でブリッジまで駆け込んだ。
「状況はどうなった!?」
「……出撃した部隊の七割が帰還ってところね。残り三割は撃墜されたか、捕まったか……」
クルリと椅子を回転させ、苦い顔のアイシャがアラドたちを迎える。
その後ろのモニターでは、今まさに死地からの脱出を図ろうとする〈VF-25F/TA〉と〈Sv-262〉の戦いが映し出されていた。
チャックとミラージュがそれに目を取られる中、アラドは状況を整理すべく、アイシャとの会話を続ける。
「……ワルキューレはどうなった」
「通信不能よ。殺されてはいないでしょうけど……」
「……そうか」
「ええ。確認できる限りでは、スバルが最後——」
それはつまり、アラドたちが脱出する前に飛び出したハヤテは逃げ切れなかったという事だ。
それを聞いたチャックとミラージュは止められなかった事を悔やむように、拳を握りしめて、壁に叩きつける。
「——そのスバルも逃げ切れるかどうか……」
アイシャが振り返り、つられるようにアラドもモニターに目が移る。
モニターの中の戦いは、佳境に入っているようにも見えた。
後方から迫るミサイルとビームの弾幕を、シザーズや旋回ビーム砲塔による迎撃を行いながら〈VF-25F/TA〉が逃げ回り、右翼のエンジンポッドから煙と炎を吹き上げながらもなんとか善戦している。
が、次第に追い詰められつつあった。
「アラド隊長!今すぐ助けに行きましょう!」
「……行ってどうする?」
「え?」
「ミサイルも弾薬もエネルギーも尽きた状態で出撃して、何ができる?」
「それは……」
アラドの容赦のない言葉の数々に、ミラージュは口をつぐむ。
しかし、顔を上げたミラージュは、微塵も諦めていない顔で、美しくも苛烈な瞳で、アラドを正面から見据えた。
「……それでも!何かできることがあるはずです!」
啖呵を切るように吐き捨てると、ミラージュは踵を返してブリッジを飛び出していった。
「止めなくてよかったの?」
「止めたところで止まるヤツじゃないさ。ウチの〈まっすぐ娘〉はな」
アイシャの問いに答えたアラドは、やや諦め気味に肩をすくめてみせた。
現状、最良の手は送り狼の迎撃を行うスバルを置いてアル・シャハルを離脱する事である。
だが、すでにワルキューレを見捨ててまでも離脱した手前、そんな命令に誰が納得するとも思えなかった。
だから、スバルが送り狼を迎撃すると信じ、〈アイテール〉に戻ってくるまで待つ。
これがアラドにできる最大限の譲歩だった。
◆
「はぁ……はぁ……はぁ……」
スバルの額を汗が伝う。
一体どれほどの時間戦ったのだろう。
〈ARIEL.III〉の操縦補助システムをシャットアウトし、ミサイルの迎撃を、レーザーの回避を、すべて手動に切り替えてから、どれほどの時間が経過した?
もう、その感覚すら麻痺していた。
生存にとって致命傷になり得る攻撃のみ回避に専念した結果、機体の各所に被弾痕が穿たれ、〈VF-25F/TA〉は見るも無惨な姿に変わり果てている。
それでも生きていた。
まだ生きていた。
生きなければならなかった。
生きて、美雲を連れて帰らなければならなかった。
「スバル……!」
「黙ってろ、舌噛むぞ!」
加速、加速、加速。
ほとんど飾りになってしまった右翼のエンジンを補うように左翼のエンジンポッドと、熱核バーストエンジンが唸りを上げる。
このまま敵を連れて帰るわけにもいかない。
なんとか、追って来れないようにする必要があった。
スバルの脳裏に浮かんだのはふた通りの方法。
ひとつはこの場で〈Sv-262〉戦うこと。
そしてもうひとつは〈アイテール〉の射程範囲内まで逃げることである。
(どうする……考えろ。星那スバル!)
〈Sv-262〉と正面切って戦うことは可能かもしれない。
だが、成層圏上層部のランダムな気流の中、エンジン一発を失った状態では思うようにバランスを取ることはできないだろう。
ましてや相手は十全の機体だ。
戦闘機として戦うことができない以上、機動力がある方に軍配があがる。
それは後者の案にも言えることだった。
〈アイテール〉の射程範囲に逃げ切るためには機動力が必要だ。
マシントラブルで速度が落ちている以上、相手の虚をつかない限り勝算はないだろう。
仮に逃げ切れたとしても、相手は単機。
しかし、単機だからと侮るわけにはいかない。
第一次星間大戦の折、圧倒的戦力差のあるゼントラーディ軍との戦いを覆すべく、地球側が考案した戦術に、可変戦闘機を敵中枢に送り込み、一点突破をする、俗に言う〈ヒカル・イチジョー・ドクトリン〉と言うものがある。
この戦術思想に則って作られた第四世代以降の可変戦闘機は、フォールドブースターを用いることで、恒星間侵攻すら可能であり、反応弾や次元兵器を用い、敵指揮艦を粉砕することを想定されて作られた。
事実、新統合軍の情報統制によって秘匿されているが、今なお生きる伝説と呼ばれるイサム・ダイソンが、第四世代の名機〈YF-19〉を用いて地球本星首都に単機侵攻、中枢の〈マクロス〉を制圧せしめたという記録が残されているのだ。
エースパイロットと優れたバルキリーならば、これだけのことができる。
並大抵のパイロットならば、そんな芸当はとてもできないだろう。
だが、今後方から追いかけてきている〈Sv-262〉は少なくとも、並みのパイロットではないことは、理解できた。
だからこそ、逃げ切るにしても、せめて対艦兵装の無力化を行い、追撃が不可能にしなければならない。
追い詰められるほど加速していく思考に脳が追いつけず、スバルの鼻から血が伝う。
それを拭うと同時に、敵が動いた。
ミサイル接近のアラート。
いくつもの、幾多ものミサイルが〈VF-25F/TA〉に迫る。
「くっ……!」
さらにスロットルを入れる。
限界を超えて酷使される熱核バーストエンジンをスキャンをした〈ARIEL.III〉から悲鳴のようにけたたましく警報が鳴る。
だが、そんなことにいちいち耳を傾けている余裕はない。
——それがいけなかった。
「……ッ!!」
突如として、爆発と振動がコックピットを揺らした。
〈ARIEL.III〉が、トルネードパックの左翼エンジンが暴発したと、誘爆の可能性があると、示唆する。
振り返れば、左翼先端のエンジンポッドは右翼エンジンポッドよりも激しく損壊していた。
被弾したわけではない、装甲が中から外へ抉れているところから、内部が損壊したのだろう。
あれではもう使い物にならない。
「……おいおい、冗談だろ!?」
口元が引きつる。
土壇場でさらなるマシントラブルに見舞われ、呪われてるんじゃないのかと愚痴をこぼす。
しかし、即座に切り替えたスバルは、トルネードパックのミサイルランチャーセーフティを全て外すと、後ろから迫るミサイル群と、その背後に控える〈Sv-262〉を睨みつけて叫んだ。
「——だったらコイツを持ってけ!!」
スイッチ。
獣がくびきから解放されるように、デッドウェイトと化したトルネードパックをパージした〈
それだけにとどまらず、パージされたトルネードパックのミサイルランチャーから残された残弾が怒涛のように吐き出され、空になった装甲はミサイルを防ぐチャフとなって空に爆炎の花を咲かせた。
『なに!?』
上空へと打ち出されたマイクロミサイルが、
『この程度の攻撃……!』
しかし、ボーグもこれで墜とされるような
ロックオンされたミサイルならばいざ知らず、ただばら撒いただけのモノに当たる道理などない。
怒りに染まっていても、ルンは風を捉え、ボーグにミサイルの雨に当たらずに抜ける一筋の道を視せる。
『うおおおおっ!!』
舞うように突き進む〈Sv-262〉はたったの一発も当たることなく、すべてのミサイルを回避する。
コックピットのボーグは勝ち誇った笑みを浮かべ、前を向くが、そこに〈VF-25F/A〉の姿はなかった。
『フフフ……なっ!?や、ヤツはどこに!』
レーダーに反応はなく、有視界内には機影すら見当たらない。
一瞬、墜としたのかという考えがよぎるが、左方向からけたたましく鳴り響くアラートにそれは否定された。
トルネードパックを破壊したことで発生した爆煙から、
どうやら爆煙を煙幕がわりにしていたらしい。
戦闘機の〈Sv-262〉に無理やり速度を合わせるために並んで飛ぶ〈VF-25F/A〉の熱核バーストエンジンが悲鳴に似た唸り声を上げる。
その右手には、機体上面に装備されていた旋回ビーム砲塔が握られており、あろうことか砲身を掴んで振りかぶっていた。
「もひとつオマケだッ!!」
振り下ろされた旋回ビーム砲塔が強引に〈Sv-262〉の左翼をへし折り、上面に装備された対艦兵装のミサイルパックを叩き潰す。
さらに、ビーム砲塔に内蔵された小型の反応炉が誘爆し、〈Sv-262〉の熱核バーストエンジンを機能不全に追い込む。
追撃どころか、飛行すらままならなくなったボーグの〈Sv-262〉は錐揉み状に回転しながら、サンドブラウンの地表へ向かって落ちいていく。
『おのれ……おのれデルタ小隊ッ!!』
落ちていくコックピットの中で、叫んだボーグの言葉はアラートにかき消され、アル・シャハルの空に溶けていった。
*
戦闘を終えた〈VF-25F/A〉はもはや出撃前とは似ても似つかぬほどボロボロになっていた。
右腕は二の腕から先が消失しており、頭部のグリーンのゴーグルは砕け、中のカメラアイが露出している。
装甲の至る所に被弾痕が穿たれ、黒ずんだフレームがひしゃげている部分さえある。
酷使された脚部エンジンは黒煙を吐き出しており、未だに機体を支えているのが不思議なくらいだ。
でも、それでも、生きていた。
生きて、アル・シャハルを出ることができた。
希望は繋がった。
メッサーの戦いは無駄ではなかった。
カナメたちワルキューレの覚悟は無意味ではなかった。
「……ふぅ」
「お疲れ様、スバル」
「……ああ。本当に疲れた」
安堵のため息とともに、シートにもたれかかるスバル。
肉体も精神も、極限まで削られた身体はとっくに限界を超えていた。
美雲の様子を見たかったが、そんな気力すら残っていない。
ただ、あれだけ無茶な戦い方をしたというのに、平然としている美雲は、バルキリーのパイロットとしてもやっていけるんじゃないかと思った。
そして、限界を超えていたのは〈VF-25F/A〉も同じだったようで、ついに熱核バーストエンジンが油の切れたブリキ人形のような音を立てて停止してしまう。
あわや落ちると思われた刹那〈VF-25F/A〉の残った左手を、臙脂色の〈VF-31C〉がすんでのところでキャッチしてみせた。
ホログラム・スクリーンに映し出された呆れ顔のミラージュを見て、スバルは力なく笑うと、最後の気力を振り絞って弱々しいサムズアップをする。
「……ナイスキャッチ」
「まったく……無茶しすぎです」
はぁ、と盛大なため息を吐くと、ミラージュはその手を掴んだまま〈アイテール〉への帰還ルートへと入る。
それをモニターで見ていたアラドたちは、安堵に胸をなでおろすと、ラグナへの帰投準備に入った。
「スバルとミラージュを回収次第アル・シャハル宙域を全力で離脱する!いいか!俺たちは必ずワルキューレを取り戻さなきゃならん!それだけは忘れるなよ!」
この敗北を忘れぬために、刻み付けるようにアラドが宣言する。
それを聞いたアイシャも、チャックも、ブリッジクルー全員が頷いた。
通信機越しにそれを聞いたミラージュもスバルも美雲も同じ気持ちだろう。
——必ず助け出す。
彼女たちを置いてくる前に、たしかにそう言ったのだ。
約束は果たすためにある。
だから——
「待ってろよ……ワルキューレ」
——二度と失わぬために、覚悟を決めるように呟いた。
◆
アル・シャハルの攻防戦から数日後。
〈マクロス・エリシオン〉のブリッジには艦長であるアーネストをはじめとして、オブザーバーのアイシャ、デルタ小隊のアラド、ミラージュ、チャック、スバル。
そして、ただひとり救出されたワルキューレのメンバー、美雲が集まっていた。
だが、誰一人として会話をすることもなく、一点を見つめている。
全員に共通して言えることは、目を剥き、唖然としたまま、言葉を失ってしまっているということだ。
彼らの視線の先にあるのは巨大なホログラム・スクリーン。
ブリッジのメインを担うそのスクリーンには、ウィンダミアから銀河ネットワークをハッキングして発せられた映像が流されている。
現国王、グラミア・ネーリッヒ・ウィンダミアが聴衆の前に立ち何かを演説しているのだが、ただのひとつの言葉すら、彼らの耳には届かない。
映像が切り替わり、グラミアの側に立つ人間へとカメラが移る。
それを見て、スバルは唖然としたまま、絞り出すような声で呟いた。
「嘘、だろ……?」
グラミアに傅く少女たち。
白と金を基調とした民族衣装のようでありながら、流麗華美な衣服に身を包んでいるが間違いない。
見紛うはずがないのだ。
たった半年とはいえ、死線を共にくぐり抜けてきた仲間を間違えるはずがない。
だから、映像に映る彼女たちがホログラムでも偽物でもないと、どうしようもなくわかってしまう。
グラミアに傅く少女たちはワルキューレである、と。
「ワルキューレが……裏切った……?!」