その日は、低い雲に太陽が覆われ、今にも雨が降り出しそうな、そんな曇天の空だった。
デルタ小隊をはじめとするラグナ支部に所属している面々がバレッタシティ郊外にある教会で一堂に会していた。
その最前列にはアーネストが立っている。
彼の見つめる先には、棺が一つ置かれていた。
「——彼は、勇敢な兵士だった」
しかし、安置された棺の中には何も入っていない。
とどのつまり、形だけの葬儀だ。
これは残された者たちが、死者と折り合いをつけるためには必要な物であると、アーネストは理解していた。
もとより戦闘機乗りの遺体を回収できる可能性は現代において限りなく低い。
二十世紀の頃に存在していた戦闘機と違い、エンジンに反応炉を積んでいる以上、誘爆すれば、機体はほぼ跡形もなく吹き飛んでしまう。
運良く誘爆を免れたパイロットだけが、帰るべき場所へ戻って来れるのだ。
「恐れず、怯まず、命を賭して己が譲れぬもののために戦い、力尽きた」
アラドたちの心にはメッサーと出会ってから、今まで過ごしてきた日々が去来していた。
個々人で日々の長さに差はあれど、その誰もが彼を信頼していた。
不器用でも、愚直に、真っ直ぐに、ただひたすらに任務に忠実だった男の背中を見てきた。
「……だが、これは終わりではない。彼の想いは受け継がれ、その覚悟は我らの魂を奮い立たせるだろう——」
彼がヴァールという病に侵されながらも、今日日まで戦い続けることができたのは、己に立てた鋼のごとき誓いがあったからこそだろう。
「——だから今は眠れ、我らが友よ。さらばだ、また会おう」
「メッサー・イーレフェルト少佐に敬礼!」
全員が敬礼をする中、メッサーの形だけの棺は送られていった。
◆
「殉職して二階級特進、メッサー・イーレフェルト少佐、か」
葬儀を終えたラグナ支部の人々が〈マクロス・エリシオン〉へ戻っていく中、スバルだけは、教会と同様に郊外に作られた霊園、その一角にあるメッサーの墓標の前にいた。
「……結局、お前には追いつけなかったなぁ」
「ここにいたのね、スバル」
振り返ると、そこには美雲が立っていた。
艶然とした笑みを浮かべているが、その声にはどこか元気がない。
「身体は、もう平気か?」
「ええ、平気よ。ありがとうスバル」
「なら、いいんだけどよ」
「それよりも、アラドが呼んでたわ。ブリッジに来いって」
「ああ、わかった。すぐ行くよ」
しかし、スバルは動かない。
その場に立ち尽くし、何かを考えるようにじっと、メッサーの墓標を見つめている。
「なあ美雲。誰かが死ぬってのは、いつまで経っても慣れないもんだな」
「……そうね」
「——家族を失くして、仲間を失くして、
「…………」
「命を奪って、奪われて、また奪って……その繰り返し。……本当、嫌になる」
吐き捨てるように呟いた言葉と、嫌悪感に歪んだスバルの顔を見た美雲はただ黙ってそれを聞いている。
風の吹く音だけが辺りに響き、やがて美雲が口を開いた。
「それでも貴方は戦うことを選ぶのかしら?」
「……少し違うな。オレにとっては、もう選んだ道なんだ」
スバルの脳裏には、フロンティアで出会ったたくさんの笑顔が、ラグナに来てから出会ったたくさんの人々の喜ぶ姿が走馬灯のように巡る。
根底にあったのは家族の仇を討ちたいという復讐心だった。
だがそれを塗りつぶすくらい眩しい笑顔で手を差し伸べるランカの姿もあった。
美雲の、ワルキューレの姿があった。
大切な人たちを守りたい。
その人たちが守りたいものを、自分も守りたい。
いつからか忘れていたことを、復讐したい相手と戦ったことで思い出すとはなんという皮肉か。
「オレの選択は間違ってばかりだったけどさ」
自分が何をしてきたかは、自分が一番よく理解っている。
奪った命がたくさんあった。
守れなかった命を見てきた。
両手で水を掬っても溢れるように、救えなかった命があった。
「それでも、後悔はしていない」
罪に悩んだ時があった。
もがき苦しんだ時があった。
理不尽な決断を迫られる時があった。
それでも、今ここに立っているということ自体が、自分自身の意志であり、覚悟だった。
でも、それすらメッサーの覚悟の前では甘かったと思い知らされた。
だから——
「オレはもう迷わない、何も諦めない。何かを失うくらいなら、最後まで抗う、足掻き続けてみせる。この命に代えても——」
奪うのも、奪われるのも、もうたくさんだ。
無くしてばかりの人生で、これ以上無くしてたまるか。
メッサーの墓前で、彼の様に鋼の誓いを打ち立てる。
ポケットから取り出したのは一輪の花。
惑星アルヴヘイムでしか生息していないという花……の造花を墓標に添える。
彼もきっと、この結末に後悔はしていないはずだ。
「——だから、あとは任せろ」
あの時、アル・シャハルでメッサーに返せなかった言葉に応える。
憂いを断ち切るように歩き出したスバルの後には、曇天の下、風に揺れる造花と、一雫の涙だけが残されていた。
◆
〈マクロス・エリシオン〉——ブリッジ。
そこにはアーネスト、アラド、アイシャ、スバル、チャック、ミラージュと美雲、そしてブリッジクルーの姿があった。
「全員集まったようだな」
グルリとブリッジに集まった一同を見回したアーネストが、どっかりと艦長席に腰をかけて、クルーの一人に指示を出した。
「今我々が置かれている状況を見直しておこう」
指示を受けてまもなく表示されたブリッジ前面の巨大なホログラム・スクリーンにはブリージンガル球状星団の星系図が投影されており、すでに惑星ラグナを除く全ての恒星がウィンダミアの手に落ちたと表すように赤く染まっている。
「過日の戦闘により、ワルキューレは美雲・ギンヌメールを除く四名が敵の手に落ち、メッサー・イーレフェルト少佐、
アーネストが、軍帽を目深にかぶり直して呟く。
その報告を聞いていたスバルとミラージュとチャックは苦い顔で、ただ黙って聞いていた。
「唯一の救いは、スバルとカナメさんたちの機転で、ひとりだけとは言えワルキューレを救出できたことだろう」
アラドもフォローするが、その笑顔にも声にも、どこか覇気がない。
顔色もどこか優れていないように見える。
「だが、落ち込んでいる暇はないぞ」
「そうだな、艦長の言う通りだ。ワルキューレを取り戻すためにも、俺たちは最後の最後まで戦わなきゃならん」
「「「……はい!」」」
「その意気だ。……それで、遺跡の状況はどうなっているんだ?艦長」
「うむ、それについては見て欲しいものがある。ブランシェット博士」
「はいはい、ちょっと待ってね」
アーネストに呼ばれたアイシャがキーボードをいくつか操作すると、スクリーン上の球状星団の星系図の中でも比較的居住者が多い惑星がピックアップされる。
その中には昨日の戦闘で出征したアル・シャハルも含まれていた。
「これは?」
「昨日の戦いで遺跡の出現が確認された惑星よ。全部で七つある」
また指示を出すと、今度はたった今ピックアップされた恒星のほかに球状星団に存在する大小様々な全ての惑星がピックアップされる。
「そして、これが昨日の戦闘で歌が聴こえたと報告のあった惑星」
「遺跡のない惑星まで歌が聴こえた、ということか」
「そういうこと。詳細はこっちのデータを——」
「艦長!ウィンダミアから全銀河に向けて映像が流されています!」
アイシャが話そうとしたところで、逼迫した様子のオペレーターの声が割り込む。
間髪入れずにメインモニターに表示された光景に全員は息を呑むこととなった。
*
「おいおい何の冗談だよ!」
「そんな……どうして!?」
「……たいしたプロパガンダだ」
動揺するチャックとミラージュ、苦々しげに舌打ちをするアラドと三者三様の反応を示す。
「ワルキューレが裏切ったなんて嘘だよな!隊長!」
「落ち着けチャック少尉。敵の情報を鵜呑みにする奴があるか」
「艦長……!」
「まだ裏切ったと決まったわけじゃないわ。だから決めつけは早計すぎる」
「ブランシェット博士も……」
アーネストやアイシャ、アラドはいくつもの戦いや死線を潜り抜けてきただけあり、最初こそ驚いてはいたものの、すでに平静を取り戻しているようだった。
その言葉を受けて、取り乱していたチャックとミラージュはようやく落ち着きを取り戻したように見える。
「だが、驚くのも無理はない、か」
目深にかぶりなおした帽子で目元を隠しながらアーネストは悔いるようにつぶやく。
「どう思う、博士」
「そうね、少なくともホログラムの類ではないわね。でも、あのカナメたちが本物っていう証拠もないのよねぇ」
「何言ってんだアイシャ。どう見たって本物のカナメさんたちだろ、あれは」
「根拠は?」
「勘」
「根拠なし、と」
「おいッ!」
カタカタとキーボードで何かを打ち込むアイシャに詰め寄ろうとするスバルの襟首を美雲が掴んで引き止めた。
「スバルも少し落ち着きなさい。アイシャ、私もアレは本物のカナメたちだと思うのだけれど」
「美雲まで……一体、何を根拠に」
「一緒に歌ってきた仲間だから。って理由じゃダメかしら」
「……はぁ。まあ美雲が言うならそうなんでしょうね」
「……納得いかねえ」
襟首を掴まれ、釈然としない顔で口を尖らせる。
すると、仏頂面のスバルの脇からチャックが顔を出した。
「仮に本物のワルキューレだとしてよ。なんで敵側に立ってるんだ?」
「洗脳……などでしょうか」
チャックの問いに答えたのは、一番後ろで顎に手を当てて難しい顔をしたミラージュだった。
「洗脳ってお前……」
「あら、奇遇ねミラージュ。あたしも同じこと考えてたわ」
クルリと椅子を回転させながら、足を組み替え、ミラージュたちの方を向く。
「いまどき人間を操る方法なんていくらでもあるわ」
そう言って、至る所に極秘事項と記載された資料をメインスクリーンに映し出す。
見出しには『インプラント技術によるゼントラーディ隷属化計画』と書かれていた。
「たとえば新統合軍で研究されていたインプラント技術とかね」
「新統合軍内部でこんな計画が……」
「結局技術不足で、自我まではコントロールできないってことが判明してからは凍結されたらしいけどね」
「ですがこれは対ゼントラーディの計画です。これでカナメさんたちを洗脳できるとはとても……」
「そうね、ミラージュの言うことも一理ある。でも技術は日進月歩、応用することで善にも悪にもなるの。これをベースに人間を操れる技術が生まれたとしても不思議じゃないわ」
「まるで見てきたような言い方だな、アイシャ」
「当たり前でしょ、経験者なんだから」
「マジかよ……」
かつて、自身が受けたインプラント・コントロールで自我に反して無理やり身体を支配された時のことを思い出し、どこか懐かしむような、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「——博士、これ以上推論を立てても仕方あるまい。この件に関しては、レディMからの情報を精査してからでもいいか?」
「ええ、構わないわ」
あたしもまだ調べたいことがあるし、と言ってアイシャはまたモニターに向かうと、何かの作業を始めてしまう。
「そういうわけだ。お前らはいつでも動けるように待機しておけ、以上だ」
「「「了解!」」」
アラドの指示で、その日のブリーフィングは終了となった。
ご無沙汰してます。久しぶりの更新です。
話の内容が決まっていても文章書けなくて四ヶ月くらい経っちゃいました……。
こういうことが多々あるかもしれませんが、気長にお待ちください。