マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:ハシタカノミコト

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Mission13 崩壊 レネゲード II

 

グラミアが民衆の前で演説をした翌日。

 

——惑星ウィンダミアⅣ、王都ダーウェント地下。

 

ひたりひたりと雫の落ちる音がその場に響いていた。

漂う空気は肌寒く、突き刺さるような冷気を纏って、溢れる吐息を白く染める。

電気を使うことが当たり前となった現代において、そこは、その空間は異質であった。

石造りの通路にはポツポツと等間隔に松明が設置され、申し訳程度に暗闇を押し退けている。

時折、隙間風が吹いては消えてしまうのではないかと揺らめていた。

さらに、その松明の等間隔と同じように配置された鈍色の格子戸が照らし出される。

質素なベッドしか備え付けられていないことから、そこが罪を犯した者、もしくはそれに準ずる者を閉じ込めておくための牢屋だと、見れば誰もが答えるだろう。

 

そんな無機質な地下牢の廊下を、その空間にとっては異質な純白の外套を纏った男が歩いていく。

松明の明かりに反射する長髪は菫色に染まり、半分ほど照らされた顔は鉄仮面のように貼り付けられた笑みを浮かべている。

ウィンダミア宰相補佐、ジュリアン・ランヴェールだ。

ジュリアンは一歩一歩ゆったりとした足取りで歩を進める。

コツコツと響く靴音が、水滴の音しか反響しない空間でいやに目立っていた。

 

やがてその歩みは徐々に遅くなり、やがてひとつの独房の前で止まった。

一歩踏み出したことで松明の明かりが独房の中を照らし出し、その中に閉じ込められた人物が露わになる。

 

「……てめぇ、どのツラ下げて来やがった」

 

そこには、ワルキューレを救うために単身敵陣に飛び込み、二桁を超える撃墜数を叩き出したものの、自身もまた撃墜されて戦闘行動中行方不明とされたハヤテ・インメルマンの姿があった。

しかし、彼の姿は決して無事とは言いがたく、それは表情からも読み取れる。

両腕は鎖によって繋ぎとめられ、まるで磔にされたイエスのようだ。

身につけた群青色のパイロットスーツは至る所が汚れており、まだあどけさが抜けない整った顔立ちは憔悴しており、やつれていた。

それでも闘争心だけはなくすまいと、格子戸越しに立つジュリアンを睨みつけ、語気を強めてみるものの、そんなハヤテの様子をジュリアンは意にすら介していないようだった。

 

「なに、昨日の演説の感想でも聞こうと思ってね」

 

外套の内側から取り出した鍵を差し込み、ガチャリという音ともに格子戸を開く。

中へと踏み入ったジュリアンが、ハヤテの傍に置かれていたホログラム・スクリーン投影用の端末を回収した。

 

「ハッ、フィクションだったら百点満点だな」

 

「ふむ、君にはそう見えたのかな?」

 

「ワルキューレが……カナメさんたちがそう簡単に裏切るもんかよ」

 

「なるほど、彼女たちを信頼しているんだね」

 

「どうせホログラムかなんか使ってんだろ。お前らお得意の風の歌は、ワルキューレには効かないからな」

 

「ッククク。それはどうだろうか」

 

ジュリアンは含み笑いを隠さずに声を震えさせながら答える。

 

「……なにがおかしい!」

 

「——いや失礼、言っても理解しないのは君たち人類の悪い癖だということを失念していてね。せっかくだ、論より証拠を見せてやろう」

 

そう言うと、ジュリアンはパチンと指を鳴らした。

静謐に満たされた空間に響く乾いた音は、あっという間に静寂に飲み込まれて消える。

が、それに反するようにいくつもの靴音が途端に反響し始めた。

それらはどんどん近づいて、やがてハヤテの捕らえられた牢獄の前で止まる。

松明の明かりに照らされてそこに立っていたのは——

 

「フレイア!?」

 

——ウィンダミアの流麗華美な衣装に身を包んだワルキューレだった。

闘争心を宿しながらも無駄なエネルギー使うまいと伏せがちだったハヤテの双眸が飛び出んばかりに見開かれる。

だが、逆にワルキューレはハヤテの悲惨な状態を見ても眉ひとつ動かさずにただその場に立ち尽くしたまま動く様子はない。

ハヤテを見つめる八つの瞳は光に照らされているが、その目に光は無く、ハヤテに視線を向けていると言うのに、瞳は虚空を見つめているようにさえ見えた。

ジュリアンの手によって何かをされたのは明白だろう。

 

「感動の再会……とはいかなかったようだね」

 

「——てめぇ!フレイアたちに何しやがった!!」

 

ジュリアンはただ薄笑いを浮かべて口元を歪ませている。

悦に浸るような表情と声色が、ハヤテの神経をさらに逆撫でした。

両手を拘束されていることすらも忘れて、ジュリアンへと食ってかかろうとするハヤテ。

だが、身体も精神も疲弊しきった今の彼に何ができると言うのだろうか。

拘束を解こうと暴れ、その度に鎖が擦れる音が、壁に叩きつけられる音が牢内に虚しく響いた。

 

「ククク、考えるまでもないだろう?」

 

細く切れ長に見開かれた真紅の瞳がハヤテを侮蔑するような眼差しで捉えていた。

 

「ワルキューレが操られない——なんてことはあり得ない。そういうことだ」

 

その言葉をうけて、邪悪な笑みを浮かべるジュリアンの向こう、後ろにいるワルキューレの姿を見たハヤテは、違和感があることに気づく。

カナメも、マキナも、レイナも、フレイアも、全員が共通して着けているものがある。

カナメは腕輪を。

マキナは首飾りを。

レイナは耳飾りを。

フレイアは髪飾りを。

青色のような、紫色のような、不思議な色を放つ装飾品を身につけているのだ。

それに気づいた瞬間、腕が、首が、耳が、頭が、彼女たちが装飾品を着けている部分と同じ場所に鈍い痛みがあった。

同時に伝わってきたのは、深い、深い哀しみだ。

みずからの意志を捻じ曲げられ、望まぬ歌を歌わされようとしている、そのような哀しみが、ハヤテの心を締め付けた。

 

半信半疑だった事実が確信に変わる。

ワルキューレは真に裏切ってなどいなかった。

ジュリアンの手によって洗脳されているだけなのだ。

 

だが、そんな考えを遮るような激しい痛みが思考を中断させた。

気づけば、ジュリアンによって前髪を掴まれており、無理やり上を向かされ、真正面からジュリアンと向き合う姿勢となっている。

 

「そして、君も彼女たちと同じ道を辿るのさ」

 

歪な笑みを浮かべたジュリアンの瞳が怪しく光る。

吸い込まれそうなほど深い赤の瞳がハヤテの瞳を見つめていた。

 

裏切りの姫(グィネヴィア)には、裏切りの騎士(ランスロット)が必要だからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——同日、惑星ウィンダミアⅣ・医療船内。

 

様々な計器類が置かれた部屋に白騎士——キース・エアロ・ウィンダミアは横たわっていた。

メッサーとの一騎打ちで敗北した彼は、昏睡状態に陥ったまま目を覚ます気配はない。

室内には生命維持装置を介して規則正しく呼吸をする彼の息遣いと、心拍を計測する音だけが響いていた。

 

そんな様子をガラス越しに見ていたボーグは肩を震わせて、固く握り締めた拳を力任せに壁へと打ち付ける。

眉間に寄ったシワと、赤よりも紅く染まったルンが彼の怒りを表していた。

 

「どうして白騎士様が……!」

 

医師からの話によれば、キースは命に別状はないものの、被弾時による負傷で右目の視力を失ってしまったそうだ。

その傷跡を覆うように巻かれた包帯姿が痛ましく、そしてウィンダミア人にとって最強の称号でもある『白騎士』の名を汚されたように見えて、それが、ボーグの怒りの炎にさらなる油となって注がれた。

 

「一体どれだけ奪えば気がすむッ……!」

 

「ボーグ……」

 

一緒に様子を見に来ていたボーグの師でもあるヘルマン・クロースが声をかける。

いや、かけようとした。

が、廊下の奥からゆっくりと歩み寄ってくる足音に遮られ、ふたりが振り返る。

 

「よっ」

 

そこに立っていたのは、空中騎士団の制服を纏ったヴァルターだった。

しかし、彼が身に纏っているのは、ボーグやヘルマンが着ているような暗緑色の空中騎士団の装束ではなく、かといってロイドやジュリアンが着るような白地の華麗な衣服でもない。

〈黒百合の悪魔〉と呼ばれる彼に合わせて仕立て上げられた黒い、そう"死神"のような黒い装束だった。

 

「どうしたどうした?白騎士が負けたくらいで、どいつもこいつもしけたツラしやがって。情けねえ連中だな」

 

「——貴様ァッ!!」

 

ヴァルターの軽薄な態度と言動が、ボーグの堪忍袋の緒を断ち切った。

激昂したボーグがルンを炎のように紅く染め上げ、ヴァルターへと掴みかかる。

が、避ける様子もなく、ただされるがままに胸ぐらを掴まれたヴァルターは、嘲るような笑みを浮かべてボーグを見下ろしていた。

 

「怒るってことは図星か?ホント、ガキはわかりやすいねえ」

 

「ふざけるなッ!貴様、なぜあの時、戦場にいなかった!?」

 

「なんの話だ?」

 

「あの時、貴様がいれば白騎士様が死神ごときに負けることなどなかった!デルタ小隊に遅れをとることなどなかった!!だというのに……貴様は何をしていたッ!!」

 

「あん?そんなもんデートに決まってるだろ?野暮なこと聞くなよ」

 

「ッ!貴様ァッ!!」

 

ヘラヘラと笑うヴァルターの軽薄な態度にボーグの怒りが頂点に達した。

掴んでいたヴァルターを突き飛ばし、怒髪天を突く勢いでルンを赤く染めたボーグが腰に差した剣に手をかけ、今にも抜き放とうとするが——

 

「よせ!ボーグ!」

 

「遅ぇよ」

 

——この場にいる誰よりも速く、制止しようとしたヘルマンが踏み出すよりも疾く、ヴァルターが先に動いていた。

鋭い眼光とともに白銀の一閃が閃き、ボーグの喉元に鈍色に輝くナイフが押し当てられる。

このまま手前に引いてしまえば、頸動脈をスッパリ切ってしまえそうなほど深く、深く押し当てられていた。

 

「やめとけよ、短い命をさらに短くする必要はねえだろ、ボーグ?」

 

「……バカな」

 

ボーグは我が目を疑った。

ウィンダミア人は地球人よりも遥かに身体能力が優れた人種である。

当然、視覚面においてもその優位は変わらない。

だというのに。

全てにおいて劣っているはずのヴァルターの動きがボーグには一切見えなかった。

一瞬たりとて目を離したつもりはない。

しかし、突き飛ばして柄に手をかけた瞬間、気づけば目の前に立つ軽薄な男に生殺与奪を握られていたのだ。

額から流れる冷や汗とともに、首元に当てられた冷たい刃の感触が伝わってくる。

 

「何で身体能力で劣る地球人に負けるんだって顔してるな」

 

ボーグの思考を読んだかのように、ヴァルターは勝ち誇った笑みを浮かべる。

猛禽類と猛獣を足して割ったような、筆舌に尽くしがたい狂ったような笑みだった。

 

「経験の差って言っちまえばそれまでだが……そうだな、俺とお前じゃ身につけてきた技術が違うんだよ、だからお前は負けた」

 

「技術だと……!」

 

「そう。お前のは『戦う』技術だ。だが俺のは『殺す』技術。辿り着く結果は同じでも、その過程が違うだけ結果はいくらでも変わるんだよ」

 

「どういう意味だ……!」

 

「お前、俺を突き飛ばした時こう思ったよな?『叩き斬ってやる』って。ならお前の行動は突き飛ばすんじゃなくて、床に倒すべきだった。相手の上を取れば多少の抵抗は受けても自分が有利に進められるからな」

 

「くっ……!」

 

「馬鹿正直に正面から叩き斬るのも悪かねぇが、本気で殺す気なら相手に抵抗させる隙は与えるんじゃねぇ」

 

ボーグの喉元に押し付けていたナイフを離し、肩を竦めて、クハハハハと笑い始める。

 

「……まあそもそも、だ」

 

ナイフを袖口に仕舞ったヴァルターの声色がワントーン下がる。

次の瞬間、今度は逆にボーグの胸ぐらが掴まれ、ぶつかるんじゃないかという勢いでヴァルターが顔を近づける。

ほぼゼロ距離で睨み合う態勢となり、ヴァルターの黒く濁った瑪瑙のような瞳にボーグの顔が反射した。

 

「地球人を恨んでいるくせに、何で地球人の俺に頼りきりなんだよ。あぁ?」

 

どこまでも低く鋭い声がボーグを鼓膜を揺する。

 

「いいか?白騎士が負けたのもテメエらがデルタ小隊に負けたのもテメエ自身の問題だ。経験だの技術だの以前にテメエらが弱いから負けた。そんだけだろうが」

 

「……ッ」

 

「また図星か?何か言ってみろよ。それともわかってて八つ当たりしてたのか?——ま、どっちでもいいがな」

 

先ほど自分がやった事と同じように、突き飛ばされたボーグは力なくその場に立ち尽くし、悔しさに歯噛みして拳を震わせる。

 

「俺の仕事は依頼主の意向に従うことだが……あんまり腑抜けた事言ってると後ろからドタマぶち抜くぜ」

 

指鉄砲を作り、バーンと撃つフリでおどけて見せるヴァルターだが、ボーグも後ろで殺気を放っているヘルマンにも反応が得られないのを悟ると、また肩を竦め、身を翻してヘルマンへと歩み寄る。

 

「まあ、そんなわけだ。弟子の教育はもっとしっかりしようぜ、マスターヘルマン?」

 

ポンとヘルマンの肩に手を置いたヴァルターは嘲るような笑みを浮かべると、高笑いを響かせながら、去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——同刻、王都ダーウェント。

 

寝室にはグラミアとロイドのふたりしかいなかった。

ベッドから半身を起こしているグラミアは目の前で傅くロイドへと視線を向ける。

 

「ロイドよ、昨日の我が声明による球状星団の反応はどうか?」

 

「はい、球状星団各地にて反ケイオス及び反ワルキューレ運動の活発化を確認いたしました」

 

「目論見通りという事か」

 

「——しかし、惑星ラグナは彼らの拠点という事もあり期待したほどの効果はなかった模様です」

 

「よい、少なくともこれで各惑星に潜む我らへの不満分子の炙り出しも出来よう」

 

過日の戦闘により、ウィンダミアは惑星ラグナを除く球状星団の各惑星を全て支配下——制風圏と呼称している——に置いたが、軍関係者がすべて投降、もしくはヴァール化したわけではなかった。

侵攻のたびにデルタ小隊とワルキューレの妨害にあったためである。

 

「——敵ながら実に強かな戦い方だと思わぬか?」

 

「? それはどういう……」

 

「我らの妨害をしつつ、ヴァールの治療により耐性をつけた者を反抗分子として残す。完全な支配から免れるためにな。——フッ、ケイオスの指揮官はよほど知恵が回るらしい」

 

「……イプシロン財団のベルガーによれば、ケイオスの指揮官はアーネスト・ジョンソンという男が務めているそうです」

 

「!」

 

アーネストの名前を聞いたグラミアの瞳が見開かれる。

 

「如何されましたか?」

 

「……そうか、敵の指揮官はあやつか」

 

「ご存知なのですか?」

 

「つまらぬ話だ。かつては敵味方に別れて戦い、ある時は師と仰いだだけのこと」

 

過ぎ去った刻を懐かしむように、グラミアは窓の外へと視線を向ける。

険しい面持ちをしたグラミアが、ほんの一瞬、とても穏やかな顔であったことにロイドは驚愕した。

それほどまでに、アーネスト・ジョンソンという男が、グラミアの中では大きな存在なのかと熟考する。

 

「アーネストが指揮官となれば、次の行動は予測できる」

 

再び険しい顔に戻ったグラミアがロイドへ向き直る。

そこに旧友を懐かしむ老兵の姿はなく、ただ民を守るための騎士で在ろうとする王の姿があるのみだ。

 

「全軍に伝えよ!」

 

過日のアル・シャハルの戦闘で状況は傾いた。

ワルキューレがウィンダミアの手に落ち。

ウィンダミアの支配下に置かれていない球状星団の惑星は、残すところラグナのみとなった。

追い詰められたケイオスとデルタ小隊は、背水の陣でワルキューレの奪還を行うか、ウィンダミアへの侵攻を行うだろう。

少なくとも、グラミアの知るアーネスト・ジョンソンならばそうすると断言できる。

だからこそ、次に取るべき行動は決まっていた。

 

(邪魔はさせんぞ、アーネスト!)

 

「翼を広げよ!大いなる風にかけて!」

 

 

 

——この日、ウィンダミア王国軍がラグナへ侵攻することが決定した。

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