マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:ハシタカノミコト

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Mission13 崩壊 レネゲード III

 

「失礼します」

 

圧縮空気が抜ける音ともにドアが開き、艦長室にスバルは足を踏み入れる。

刹那、その先の光景に度肝を抜かれた。

艦長室は、一面に畳が敷かれ、塗り壁が施されており、『浅草』や『西荻窪』、果ては『ミンメイ』と書かれた提灯が吊るされていれば無理からぬことだろう。

何しろ扉一枚を隔てて世界がガラリと変わっているのだ。

驚かない方が少数派だろう。

室内をよく見れば、床の間まで用意されている周到ぶりで、『色即是空』と書かれた掛け軸と、生け花が飾られている。

壁にはいくつもの浮世絵が掛けられており、『北斎』『国芳』などと作者の名前も書かれていた。

ここまで『和』を前面に押し出した部屋は日系地球人であるスバルも見たことがない。

あるいは、友人である早乙女アルトの実家に行けば見られるだろうか。

そんなことを考えながら、ただ圧倒されていた。

 

「よく来たなスバル」

 

室内にはアーネスト、アラド、アイシャの姿があり、部屋の中央に設置されたコタツの中に入っていた。

 

「……何やってるんですか、隊長」

 

「何って、コタツに入ってるんだが?」

 

「いや、見りゃわかりますよ。そうじゃなくて!状況わかってます!?」

 

「そうカッカするなよ、ミラージュじゃあるまいし。まあ座れって」

 

いつものようにクラゲ・ジャーキーを咀嚼するアラドがポンポンとコタツの空いている場所を叩いて招く。

それを受けて、スバルは渋々と言った顔で座った。

 

「今の話だがな。こんな状況だからだよ」

 

「は?」

 

「メッサーがいなくなったことは確かに哀しいし、ワルキューレが敵の手に落ちたこともわかっている。だがな、だからって深刻な顔をしても問題は解決しない。だろ?」

 

「そりゃそうですけど……」

 

「だったら今は少しでも休んで英気を養うべきだ。お前だってそれくらいはわかってるはずだがな」

 

クラゲ・ジャーキーを食べ終えたアラドが、コタツの上のココナッツ大福をひとつ手に取り、口に運んだ。

 

「要はメリハリをつけろってことよ。ずっと気を張ってても疲れるだけよ?」

 

そう言ったアイシャは、胸をコタツの天板に押し付けるようなだらしない恰好で、同じようにココナッツ大福を口内に放り込んだ。

 

「いや、お前はだらけ過ぎだろ」

 

「君をここに呼んだのはいくつか理由があるが……まずは落ち着きたまえ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

未だに状況を受け入れられないスバルに、手慣れた手つきでお茶を注いだアーネストが湯のみを差し出す。

ほのかに湯気が立つ番茶を飲むと、少しだけ心が落ち着いた気がした。

 

「さて、それじゃあまずお前をここに呼んだ一番の理由だが——」

 

スバルへと向き直ったアラドが、ホログラム・スクリーンの投影された小型端末を取り出し、天板の上を滑らせる。

受け取って確認すると、それは書面のようになっており、一番上には『辞令』と表示されていた。

 

「——星那スバル少尉。本日付で中尉に昇進だ」

 

「昇進?」

 

「ああ、次の作戦から俺の副官になってもらう。コールサインはデルタ5から2に格上げ、以降の小隊の指揮はお前が執れ」

 

「は、はあ……」

 

「おそらく次の戦いはウィンダミアとの決戦になる。そうなると三空司令代行として、小隊のお守りだけをしているわけにもいかないからな」

 

「いや、でも……」

 

「不服か?」

 

「不服っていうよりも、もっと適任なヤツがいるんじゃないかと」

 

「……ミラージュか?」

 

「はい、アイツはオレたちの中じゃ一番しっかりしてます。ミラージュだったらオレは背中を預けられる」

 

実力はまだまだですがね。とおどけたスバルがまた湯のみを持って番茶を口に運んだ。

 

「それに、隊長の言う通り次の作戦が決戦なら『白騎士』や『黒百合の悪魔』が出てくる可能性がある。そうなった時、ヤツら抑えられるのは隊長を除けばオレくらいです」

 

その言葉に、驕りはなかった。

これまで何度も矛を交えてきて、頭も身体が理解していた。

あのメッサーでさえ相打ちに持っていくのがやっとの相手に、ミラージュやチャックでは役不足は否めない。

ミラージュは型通りの操縦技術を何とかしなければあっという間に負けてしまうだろうし、チャックは機体の特性上、本格的な戦闘には向かない。

そして、頼みの綱だったハヤテは行方不明になってしまった。

こうなっては、自分が彼らを相手にするしかない。

そう思ったから、自然と口にしていた。

 

「そんな連中の相手をしていたら指揮を執る暇なんてないですよ」

 

「ま、確かに一理あるな」

 

「そういうワケなんで、副隊長の話はナシでお願いします」

 

「……しょうがねえな。だが、昇進の話まで蹴るなんて言い出すなよ?正当に評価されての結果だ」

 

「分かってます。そっちに関しては受領するってことで」

 

「なら、いい」

 

そこで話を区切るように、アラドは少し冷めてしまった湯のみを手に取り、番茶を口に運んだ。

 

「それじゃあお前をここに呼んだ二番目の理由だ。もっとも、お前が副隊長になると見越して話をするつもりだったんだが、せっかく来たんだ聞いていけ」

 

アラドがアーネストへ目配せし、それを受けた彼が、その大きな身体を頷かせた。

スイッチが小さく見えるほど大きな手で、ホログラム・スクリーン投影装置に電源を入れる。

途端、室内が薄暗くなり、掘りごたつの上に一枚の大きなスクリーンが映し出された。

そこにはいくつものデータが表示され、作戦指示書のようなものもある。

その文字の羅列を見たスバルは、ウンザリしたような顔で湯のみの番茶を啜った。

 

「この間のウィンダミアの演説後にレディMとコンタクトを取ったところ、この作戦指示書が届いた」

 

「……いや、作戦指示書って言いますけどね艦長。これ内容を要約すればワルキューレを取り戻せとウィンダミアを打倒しろとしか書いてないじゃないですか」

 

「作戦立案は現場に任せるというのが、今回の方針らしい。そのための支援ならば惜しまないと言っている」

 

「敵の狙いもわからないのに支援って言われても」

 

「いいえ、敵の狙いはわかっているわ」

 

いつのまにか、顧問らしく座り直したアイシャが、言葉を継いだ。

 

「奴らの狙いはラグナ(ここ)よ」

 

当然の帰結である、というようにはっきり告げた。

アーネストもわかっていた、というような顔で腕を組んで大きく頷く。

 

「ワルキューレを籠絡し、守りも手薄になった俺たちを潰すならそうだろうな」

 

「それ以外にも理由はある」

 

そう言って、今度はアイシャがホログラム・スクリーンを投影する。

複数のグラフや映像が映し出されるが、そのほとんどは専門的なものばかりで、かろうじてブリージンガル球状星団を表しているというのは伝わった。

 

「この間、ウィンダミアの声明で見せる機会を無くしてたけど、ようやくお目見えね」

 

「こいつは……フォールド波形の計測結果ですかな?」

 

「さすがアラド、鋭いわね」

 

「伊達にワルキューレ創設から関わっちゃいませんよ」

 

クラゲ・ジャーキーを咀嚼するアラドはどこから誇らしげに、呟いた。

 

「アラドの言う通り、これは球状星団全域のフォールド波形を計測したものよ。見ればわかると思うけど——」

 

「見てもわからねえよ、簡潔に説明してくれ」

 

いつ以来だろうか。

アイシャは落ちこぼれを見るような目でスバルを見つめ、盛大なため息を吐いた。

 

「——はぁ。要はアル・シャハルでワルキューレが歌ってウィンダミアの風の歌が聞こえた。その時に遺跡が大きな反応を示して、同時刻に、ラグナの遺跡でも同じ波形が計測されている。他の惑星に比べて、ラグナの数値は桁外れに大きいの」

 

「それって球状星団の遺跡が繋がっているってことか?」

 

「そう考えるのが妥当ね。そもそもこの球状星団自体人為的なフォールド断層で守られていたプロトカルチャーの隠れ家みたいな所なのよ?やたらめったらに人類種の数も多いし、彼らはここで何かやっていた、と考えるべきでしょうね」

 

「んで、それを目ざとく見つけたウィンダミアが上手いこと利用してる、と」

 

「ええ」

 

アイシャが頷くと、スクリーンを操作し、回転させた。

もうひとつ、ラグナのとほぼ正反対の位置で輝いている星がある。

 

「そして、連中の母星であるウィンダミアにも、同様の波形が記録されている。もちろん、ラグナと同規模でね」

 

「つまり、こういうことだな」

 

アイシャから発信された情報を整理するようにパンッと手を叩き、アラドがまとめに入る。

 

「ウィンダミアがヴァールを起こすたびに歌が聞こえる。その歌は球状星団の遺跡と呼応していて、その中でもでかい遺跡がラグナとウィンダミアにある、つまりウィンダミアはヴァールと遺跡を使ってこの球状星団で何か企んでいる、と。そういうことですね?」

 

「そうね、概ね間違っちゃいないわ」

 

「だから狙いはラグナ(ここ)ってわけね」

 

「なるほど、それでか」

 

アーネストは得心がいったと言わんばかりに、ただでさえ巨大な体を、大きく頷かせた。

 

「それで新統合軍は、ラグナの遺跡を指向性反応弾で爆破する、と言ってきたわけだな」

 

「「「!?」」」

 

一同が瞠目した。

 

「ちょっと!それ初耳!」

 

「いくら指向性って言ったって市街地のど真ん中ですよ。……正気ですか奴ら」

 

「ロクでもない作戦思いつきますね、新統合軍は……」

 

三者三様の反応を示すが、新統合軍に不満があるという点では共通していた。

そんな時。

ホログラム・スクリーンが切り替わり、ブリッジに詰めているミズキの顔が表示される。

 

『艦長、今よろしいですか?』

 

「ああ」

 

『新統合軍の連絡船が着艦許可を求めています。艦長に大事な用件があるとか……』

 

「ほう」

 

スバル、アラド、アイシャの三人が顔を見合わせて、目を丸くした。

 

「噂をすれば……ってやつか」

 

『どうしますか?』

 

「許可してやれ、直接出迎えよう」

 

『わかりました』

 

通信が終了し、ホログラム・スクリーンが閉じられる。

アーネストはコタツの上に置いていた帽子を目深にかぶりなおし、口角を釣り上げて豪快に笑った。

 

「さて、諸君。新統合軍のメッセンジャーがどんな顔か拝みに行くとしようか」

 

つられるようにして、アイシャとスバルも不敵に微笑み、アラドは齧っていたクラゲ・ジャーキーを食いちぎって、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「新統合軍参謀局2部、ラウリ・マラン少佐であります」

 

訪れた新統合軍の将官は、一言で言うならば抜け目がない男に見えた。

切れ長の瞳にのっぺりとした鷲鼻と額を出すようにきっちりと分けられた髪型が特徴的な中年男性。

応接室へと通されたマラン少佐と机を挟んでアーネスト、アラド、アイシャが相対し、その後方で護衛のようにスバルが控えている。

 

「ケイオスラグナ支部、〈マクロス・エリシオン〉艦長、アーネスト・ジョンソン」

 

「デルタ小隊及びラグナ第3戦闘航空団司令代行、アラド・メルダース少佐だ」

 

「デルタ小隊及びワルキューレのオブザーバーを務めるアイシャ・ブランシェットよ」

 

「いや〜、わざわざ艦長自らがお出迎えとは痛み入ります。話には聞いておりましたが本当に大きな——」

 

「それで、どんなご用件で?」

 

マラン少佐の言葉を遮るようにして、アーネストは言葉を継いだ。

そのままどっかりと応接用のソファに腰掛ける。

どうやらアーネストに歓迎する気はさらさらないらしい。

マラン少佐もそれを察したのか、バレない程度に肩を竦めると、同じようにソファに腰掛ける。

持参したタブレットをいくつか操作し、作戦指示書と書かれたホログラム・スクリーンが投影された。

 

「新統合軍総司令部よりの通達です。惑星ラグナのプロトカルチャー遺跡を破壊することが決定しました」

 

マラン少佐の口から発せられた言葉にアーネストもアラドもアイシャもスバルも、もう驚かなかった。

どちらかと言えば、落胆の方が大きいだろう。

ほんの少しだけでも、反応弾による爆破作戦の中止に期待したのだから。

 

「あまり驚かないのですね」

 

「そちらこそ、我々の情報網を甘く見ないことだ」

 

「……なるほど、レディMですか」

 

「あの遺跡はこの惑星の人たちにとって信仰対象よ。それを地球人が吹き飛ばしたら、ラグナの人間がみんなウィンダミアに寝返るかもしれないって考えないの!?」

 

ダンッ!とテーブルを叩いたアイシャが身を乗り出して抗議する。

 

「それだけじゃない!あの遺跡からはエネルギーシャフトが惑星の中心に向かって伸びている!下手をすれば地殻変動が起きる可能性だって!」

 

「あなたの懸念は最もですが、今回は指向性戦術反応弾を使用しますので、大気圏内の被害は最小限度で済みます。ラグナ人も球状星団を救うためなら理解していただけるでしょう。それとも代案があるのですか?ブランシェット博士?」

 

「被害がどうとかって以前の話なのよ!」

 

「落ち着けアイシャ!コイツら新統合軍がそんな事考えるわけないだろ!」

 

「でもッ!」

 

さすがにこれ以上はマズイと判断したスバルが、アイシャを羽交い締めにして取り押さえる。

が、そこはさすがの巨人族(ゼントラーディ)とでも言うべきだろうか。

マイクローン化しているというのに、成人男性の膂力を容易く振り払い、抗議をしようと暴れる。

 

「……今の発言は聞かなかった事にします。何と言われようとも、我々にはこの銀河を守る義務があるのでね」

 

「それで守るべき惑星を犠牲にしてたら世話ないぜ」

 

ついにアラドも我慢できなくなったのか、わざと聞こえるような声量で憎まれ口を叩いた。

 

「何か?」

 

「いえ、何も」

 

「ブランシェット博士の言う通り、これは被害以前の問題だ。故に承服しかねる。おそらくレディMも同じ意見だと思うが?」

 

「そのレディMの顔を立てて報告に来たのですよ」

 

「何?」

 

「本来ならば了承を得る必要もないこと。既に工作部隊は派遣済みです。準備を着々と進めております」

 

「そんな!」

 

「チッ……」

 

「……ホント、ロクでもねえな」

 

「それでは、用件は伝えたのでこれで失礼します。——ああ、お見送りは結構ですよ」

 

手早く荷物をまとめたマラン少佐は、もう一度敬礼をすると、足早に応接室を後にした。

 

その場に残されたアーネストたちは、ただ苦虫を噛み潰したような顔で、拳を握りめていることしかできなかった。

 

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