マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:ハシタカノミコト

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Mission14 決戦 ラスト・フロンティア I

 

新統合軍が、戦術反応弾を使用するとわかってからの〈ケイオス〉の動きは早かった。

球状星団に散らばる各支社やライバル会社の〈S.M.S〉までかき集め、果ては各惑星の生き残りの新統合軍すら吸収し、混成部隊を仕立て上げたのである。

これもすべてはレディMの素早い情報提供があってこそできる芸当だろう。

そのレディMも、今は新統合軍の作戦決行を一秒でも遅らせるべく、交渉(ネゴシエーション)をしているだろう。

事態はアラドの言う通り、決戦の様相を呈してきていた。

 

そして、その結果、新統合軍から戦術反応弾使用を宣告されてから、わずか一日で、ここ惑星ラグナに球状星団史上最大規模の戦力が集中することとなった。

無論、ワルキューレの裏切ったかもしれないという可能性が阻害しなかったと言えば嘘になる。

だが、それ以上にワルキューレに救われたという事実が彼らを突き動かしたのだ。

 

その彼らが集まった〈マクロス・エリシオン〉ブリーフィングルームで、ウィンダミアとの決戦に向けた作戦会議が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「続いて作戦概要の説明に入る」

 

ブリーフィングはつつがなく進行していた。

新統合軍が戦術反応弾を使用している事を伝えた時に、多少の動揺は見られたが、ほとんどの人間は平静だった。

〈ケイオス〉や〈S.M.S〉に所属している人間の大半は元新統合軍だっただけに、やり方を知っていたからかもしれない。

もっとも、元新統合軍とはいえラグナ人であるチャックは内心穏やかではいられなかっただろう。

 

「まず、レディMからの情報により、ウィンダミア王国軍は、現在アル・シャハルに集結中という情報が送られてきた」

 

室内中央の巨大な球体ホログラム・スクリーンが文字や写真、映像の羅列から切り替わり、簡易CGモデルを用いた3Dイメージが投影される。

 

「アル・シャハルに?」

 

「そうだ星那中尉。敵はすでに我らの目と鼻の先まで迫っている」

 

惑星ラグナと惑星アル・シャハルは距離にして約30光年離れた位置にある。

これはかつての技術を基準にすれば途方も無い距離だが、〈フォールド〉という技術が発達した昨今においては、たった30光年しかない。という言い方に変換されるのだ。

ほぼ真正面、手の届く距離に敵がいると言えば分かりやすいだろうか。

 

「攻めてくるのも時間の問題ってわけか……」

 

「その通り!だが、ただ待ち構えている我々ではない!侵攻が始まる前に、こちらからアル・シャハルへ奇襲を仕掛ける!先手必勝だ!」

 

軍帽のツバを持ち上げ、アーネストが口角を吊り上げて豪快な笑みを浮かべる。

 

「戦力の配置はどのようにするのでしょうか?」

 

「作戦はヴァールに耐性のある俺たちラグナ支部を中心に行う」

 

ミラージュの問いに答えたのはアラドだった。

 

「奇襲部隊として〈マクロス・エリシオン〉単独で出撃、俺たちデルタがワルキューレを奪還した後、〈マクロス・グラシオン〉と〈マクロス・メガシオン〉を中心とした混成部隊の半分を強襲に回す。そして残りはラグナ(ここ)の防衛だ」

 

アラドが手慣れた手つきでホログラム・スクリーンを操作すると、中の3Dイメージが縦横無尽に動き回り、アラドの説明を補助するように視覚的な情報を発信する。

 

「いくら耐性があるって言っても、さすがに敵陣のど真ん中にオレたちだけで出撃は無謀なんじゃないですか?隊長」

 

「何も全部倒せってわけじゃないぞスバル。俺たちデルタの任務はあくまでワルキューレを奪還することだ。そこは間違えるなよ」

 

アラドもアーネストも戦力差があることは百も承知だった。

だからこそ、最低限の任務を果たすための少数精鋭を率いて、正面切って戦うよりも可能性のある奇襲を選んだのだと言う。

もとより、たったひとりで戦況を左右することなどできるはずもない。

たとえひとりで百機墜とそうが、その倍以上の人間が動いているのが戦いだ、戦争なのだ。

そんな当たり前のことは誰もが知っている。

だから、スバルは決意を固めた顔で頷くことで返事をした。

 

「ワルキューレの捜索はあたしの方で受け持つけど、あなたの力も貸してもらうわよ、美雲」

 

「ええ、任せて」

 

「……まだ何も言っていないんだけど?」

 

「あら、私の力が必要ってことは、歌えってことでしょ?」

 

それが当然のことだと言わんばかりに、美雲はあっけらかんと言った。

 

「……ええそうね、その通りよ」

 

「だったら、私は全力で歌うだけ」

 

いつだって変わらないことだ。

どこだって変わらないことだ。

ただ自分にできる事をひたすらにやる。

それだけのことだ。

だから、いつものように、妖艶な笑みを浮かべ、自信に満ち溢れた居住まいで、言葉にした美雲だが、

 

「……たとえ、ひとりでもね」

 

そう言った彼女の顔に、ほんの一瞬だけ暗い影が落ちた。

しかし、そのことに誰も気づかない、当の本人でさえも。

 

「……美雲?」

 

——否。ただひとり、スバルを除いては。

 

 

 

 

 

 

その後、ブリーフィングはつつがなく終了した。

集まっていた人々が解散していく中、スバルはキョロキョロと辺りを忙しなく見回している。

 

「どうかしたんですか?スバル」

 

「いや、美雲がいないと思って」

 

「美雲が自由行動なのはいつものことだろ?何言ってるんだよスバル」

 

スバルの肩に手を乗せ、やれやれというジェスチャーをして肩を竦めるチャックの手を払った。

 

「そうじゃねえよ。チャックたちは気づかなかったのか?」

 

「何がだよ」

 

「……気づいていないならいい」

 

ブリーフィングルームに姿は見当たらないと察したスバルは、駆け足で部屋を出て行こうとする。

 

「ちょっと美雲探してくる」

 

「あ、スバル!隊長が待ってろって言ってたじゃないですか!」

 

「内容知ってるからオレはパスでいい」

 

ミラージュの制止も聞かずに、後ろ手を振りながら階段を駆け上がり、そのままブリーフィングルームを後にした。

それと入れ替わるようにして、アラドが入ってくる。

 

「スバルのヤツ、どうかしたのか?」

 

「さあ?美雲がどうとかって言ってましたけど」

 

「それより隊長、どうかしたんですか?」

 

「ん、ああ。昨日スバルには話したんだがな——」

 

アラドの口から紡がれた言葉に、ミラージュは飛び上がりそうなほど驚いていたが、アラドはあくまで平静だった。

 

「——どうだ?やれそうか」

 

「……やります」

 

ミラージュは、小さく、だが力強く頷いて、眼が覚めるような敬礼を返した。

メッサーやスバル、ハヤテのように翔べないことはわかっている。

自分が至らないことも、自分が一番良く知っている。

それでも、スバルはこんな自分に背中を預けてくれると言ったらしい。

その期待が、不思議と重荷に感じなかった。

ミラージュの祖父と祖母は星間大戦のエースパイロットで、父と母もパイロットだった。

そんな生粋のサラブレッドの彼女に向けられる期待がどれだけ大きく、どれほど重いかなど、当の本人以外には想像もできないだろう。

生まれた時から、新統合のエースになると周囲は信じて疑わなかった。

けれど、今のミラージュは紆余曲折を経て、正規軍ではなく、〈ケイオス〉にいる。

ここにいる仲間たちは自分のことを、特別視しない。

向けられる期待も、全てミラージュ自身への期待だ。

だったら、その期待に応えよう。

マクシミリアン・ジーナスとミリア・ファリーナの孫娘ではなく、ミラージュ・ファリーナ・ジーナスとして。

 

そうして。

ミラージュは視線の先にある、ホログラム・スクリーンを見つめる。

全てが始まった惑星(ほし)アル・シャハルのホログラムを。

思えば、あの時の世界は単純だった。

ヴァールはただの災害でしかなく、自分たちはそれに対応する専門家。

もう、ひどく遠い昔のことのように思えた。

気づけば、いつのまにか戦争になり、戦火が広がって、誰かが生き残った分、誰かが死んだ。

次の戦いでも、きっとそれは避けられないことなのだろう。

だが、それでも自分たちには為すべきことがある。

それを果たすために、戦おう。

それが、死んだメッサー中尉への、散っていった仲間たちへの手向けだと思った。

それくらい果たせなくて、ハヤテに顔向けできないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリーフィングルームを飛び出したスバルは、〈エリシオン〉艦内を駆け回って美雲を探したが、ついにその姿を見つけることはできなかった。

 

〈エリシオン〉を後にしたスバルは、バレッタ・シティ市街地を抜け、〈裸喰娘娘〉近くの浜辺に腰掛けて、夕暮れに染まる海をひとりで眺める。

 

「どこに行ったんだ美雲のやつ……」

 

ゴロンと浜辺に寝そべり、茜色の空を見上げる。

スバルの脳裏に引っかかっているのは、ブリーフィング中に垣間見た、美雲の顔だ。

普段の彼女からは想像できないほど、虚ろで、からっぽな微笑みが、今も瞼に焼き付いている。

これまで色々な美雲の表情を見てきたスバルだったが、あんな顔は見たことがなかった。

 

「想いを伝える石……か」

 

耳から外したイヤリングを掲げてまじまじと見つめる。

光に反射するフォールドクォーツのイヤリングは光を受けて万華鏡のように色を変えながら、風に揺れる。

きっと、これが美雲の根底にある想いを伝えてくれたんだろうと思った。

チャックたちが気づかずに、自分だけ美雲の異変に気づいたというのも合点がいく。

 

「……もう一度、美雲の想いを教えてくれ」

 

祈りのように。

願いのように。

僅かな望みに縋り、そっと左耳に"それ"をつける。

知りたかった。

何が美雲の顔を曇らせるのか。

聞きたかった。

何が彼女の心を葛藤させるのか。

 

——刹那。

 

また、キインという音が聞こえた気がした。

 

きっと、これが繋がった証だ。

意識を自分の内面へ向ける。

四拍、かっきりと息を吸い込み、二拍止めて、四拍吐き出す。

友であり、仲間であり、大切な家族である姉の想い人から教えてもらった瞑想の技法だ。

もっとも、素人のスバルにその極意を理解できるはずも、真似できるはずもない。

だからこれは、形だけのものだ。

けれど、それでも知りたかった。

ほんの一欠片でも、触れたかった。

彼女の、心の片鱗に。

 

四拍吸って、二拍止め、四拍吐く。

丹田に気を集中させる。

肚の底から出る、己の魂を込めた息を吐き出す。

四拍吸って、二拍止め、四拍吐く。

ゆっくりと、心がほどけていく。

スバルの心が、世界に溶けていく。

四拍吸って、二拍止め、四拍吐く。

世界とスバルの境界線が交わる。

美雲と世界の境界線が交わる。

スバルと美雲の境界線が交錯する。

 

(美雲……!)

 

空虚な微笑みの中に見えた哀しげな瞳を、思え。

その瞳が何を見て、感じて、写していたのかを。

 

——再び、キインという音が鼓膜を揺すった。

 

「……寒い」

 

声が、漏れる。

 

「……私は……ひとり」

 

自然と、スバルは肩に手を回して、己を抱いていた。

煌びやかな舞台に立ち尽くす菫色の髪をした少女。

観客もなく、バックダンサーもなく、共に立つ仲間もなく、ただ煌びやかなだけのがらんどうなステージに立っている。

そんなイメージが、見えた。

 

(見つけた……)

 

やっと、わかった。

彼女が感じていたものの正体を。

やっと、理解した。

孤高の存在が見てきた世界を。

理解して、心が締め付けられた。

 

気がつくと、夕日は水平線に消えていた。

黄昏に覆いかぶさるようにして夜の帳が下りる。

イヤリングを外して、ゆっくりと立ち上がる。

ようやく触れられた。

孤高であり孤独な少女の心の片鱗に。

握りしめたイヤリングを手に、踵を返す。

一番星が輝く空の下、少年は駆け出した。

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