マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:ハシタカノミコト

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Mission14 決戦 ラスト・フロンティア III

 

「仕留めきれなかったか」

 

フォールド空間の向こうへと消えた〈シグル・バレンス〉を追うように虚空を見つめていたアーネストが軍帽をかぶり直して、自嘲気味に呟く。

だが、言葉ほど残念そうには見えなかった。

 

「ったく、無茶し過ぎよ。ツーサード級でクォーター級の高速機動をやるなんて……!」

 

さすがは純血のゼントラーディらしく、シートに座るアイシャはボヤいているものの、強烈なGを受けた後だというのに平然としていた。

だが、アイシャの言う通りでもあった。

本来マクロス・ツーサード級であるこの艦は、旗艦運用が主であり、敵艦に超接近しての近接格闘などを想定していない。

ましてや高速機動による変形と砲撃を同時に、しかもツーサード級以上で行ったのは、後にも先にもアーネストだけだろう。

つまり、想定外に想定外を重ねた結果、この戦果を出せたということらしい。

 

「言っただろう?敵の意表をつくからこそ奇襲なのだとな」

 

「味方の意表までついてどうすんのよ……」

 

「だが、おかげで一矢報いることができた」

 

「結果論じゃない、それ」

 

「その通り、すべては結果論だ。我々のような傭兵(そんざい)は結果でしか判断されないのだよ」

 

「世知辛いわね」

 

「まったくだ」

 

二人揃って肩をすくめると、クックックと笑いを堪える。

 

「だが、依然として状況は危機的か」

 

一矢報いたとは言え、結果的には逃してしまったのだ。

奇襲に失敗した時点で、新統合軍は反応弾使用をすでに決定していることだろう。

そうなれば、あとは時間の問題である。

 

「〈エリシオン〉は再フォールドまで最低でも四十分はかかるわ。それを待っていたら手遅れになるのはわかりきったことだけど……何か手はあるの?」

 

クルリと椅子を回転させたアイシャは、足を組み替えながら、艦長席に座るアーネストへ振り返った。

 

「もちろんだとも」

 

腕を組むと、ことさら身体が大きく見えるアーネストは、自信満々に頷く。

その質問を待っていたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「〈アイテール〉単独で再突入!?」」」

 

格納庫に並ぶ〈VF-31〉のコックピットで待機していたスバル、ミラージュ、チャックがアラドからの報告を聞いて、声を上げた。

 

「ああ、そうだ。〈エリシオン〉はフォールドドライブのリチャージに時間がかかる。だが、悠長にそれを待っていたら新統合軍が反応弾を起動しちまう。——妥当な判断だろう」

 

驚きをあらわにするスバル達に対して、アラドは努めて冷静だった。

 

「ですが、私たちだけで追撃をするなんて……」

 

ミラージュの声には不安があった。

それは、デルタの副隊長となった責務から来るものなのか。

単純に、彼我の戦力差を比較して発した言葉なのか。

おそらくは、その両方だろう。

 

「なんだ?珍しく弱気だな"まっすぐ娘"」

 

アラドが、そんな様子のミラージュを、本人があずかり知らぬところで呼ばれる名前で呼び、茶化した。

 

「ッ!ふざけないでくださいッ!」

 

「はははっ、そんだけ叫ぶ元気があれば大丈夫だな」

 

「なんでそんなに余裕があるんですか隊長は!」

 

ずい、とカメラに向かって、眉間にシワを寄せたミラージュが顔を寄せる。

 

「そんな怖い顔すると、美人が台無しだぞー」

 

「チャック中尉は黙っていてくださいッ!!」

 

「はい!すいません!」

 

リラックスさせようとチャックが冗談めかして通信に割り込むが、それが逆に虎の尾を踏んだらしく、殺気立った形相で一喝された。

あまりに恐ろしかったのか、アラドとミラージュの会話の後ろで——

 

「殺気で殺されるかと思った……」

 

「そりゃ、クォーターとはいえ巨人族(ゼントラーディ)だからな」

 

「……やっぱり女っておっかねえ」

 

「それを言うなら巨人族(ゼントラーディ)の女だから、だろ」

 

「ハハッ、その通りかもな」

 

——と、スバルへ笑いながら話していた。

スバルがそう考えている言葉の裏には、同じく巨人族(ゼントラーディ)のクォーターであるランカや純血の巨人族(ゼントラーディ)であるクラン、アイシャの存在が起因している。

もっとも、その事実を本人たちは夢にも思わないだろうが。

 

「いいか、ミラージュ」

 

そんな彼らをよそに、鬼のような形相のミラージュを見て、流石にこれ以上茶化すのはマズイと思ったのか、アラドはヘラヘラとした顔つきから切り替えて、真面目な表情へと変わる。

 

「戦いってのは、なるようにしかならないもんだ。はなっから考え込んだって、いざ戦闘になったら、そんなことを考えている余裕なんてないだろ?」

 

それが、アラドの信条だった。

戦いにベストはなく、よりベターな選択をした者が勝つ。

臨機応変、当意即妙。

より柔軟に、機転を利かせる。

最高ではなく、最良の選択肢を選び、実行する。

どれもミラージュには苦手なものだ。

 

「それは行き当たりばったりと言うのでは……」

 

「何言ってんだ。むしろ想定通りに行く方が少ないだろ。特に俺たちみたいな"曲芸部隊"にはな」

 

その言葉には、幾度となくイレギュラーに見舞われてきた自分たちへの自虐が含まれているようにも聞こえた。

 

「ともかく肩の力を抜け。ラグナまではもうしばらくかかる。休んでおけよ」

 

ヘルメットを外し、リラックスする姿勢になったアラドが通信を切ろうとしたが、スバルによって遮られた。

 

「あ、隊長。ちょっといいですか」

 

「なんだ?まさか、お前も不安だなんて言い出すなよ」

 

「言いませんよ。それよりラグナまでもう少し時間がかかるんですよね?」

 

「ああ、そうだな」

 

とは言っても、十分はかからないだろう。と付け足す。

スバルは一瞬、考え込むように間を取ると、思いついたように、顔を上げた。

 

「なら、少しだけその時間をもらってもいいですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈アイテール〉格納庫上層部。

そこに備え付けられたフォールド・サウンド・ステージに立つ美雲は、静かに佇んでいた。

腕を組み、瞳を閉じ、呼吸を整えて精神を統一するように瞑想する。

この場には、もう誰もいない。

誰もが持ち場に足を運び、それぞれの仕事に就いているはずだ。

何も聴こえない静寂な空間。

より厳密にいうのならば、艦内放送や、空調の駆動音、自分自身の呼吸音と、静寂には程遠い音が周りは満ち溢れている。

だが、それすらも気にならないように——否、気にしないように、精神を統一しようとしていた。

 

(……寒い)

 

五人で立つために作られたステージにひとり立つ。

いままで幾度となくステージに立ってきて、その中でひとりで立ったことも少なくない。

だというのに。

慣れたはずのステージが、他のどんなステージよりも広くて、冷たくて、切なく感じたのは初めてだった。

経験したことのない感情に戸惑いながら、でも、それを誤魔化すように瞳を閉じて、心を落ち着けようとする。

いや、しようとした。

誰もいないはずの室内に響いた、カシュッ、という圧縮空気の抜ける音に思考を中断せざるを得ない。

だが、振り返らずに、コツコツと小気味よい足音が、自分の方へ歩み寄る音に耳を傾ける。

やがて誰かは自分の真後ろで止まると、一拍置いてから声を発した。

 

「美雲」

 

美雲の元に訪れたのは、スバルだった。

それがわかった途端に、強張っていた神経が解け、顔がほころぶような感じがした。

でも、そんなだらしのない顔を見せるつもりは毛頭ない美雲は、つとめて冷たい顔を作った。

 

「どうしたの?パイロットは可変戦闘機(バルキリー)で待機じゃなかった?」

 

「ああ、だけどラグナまでもう少し時間がかかるだろ?だからお前の顔を見にきた」

 

「どうして?」

 

「そりゃあ、ひとりのステージで寂しくないかと思ってな」

 

いたずらっぽく笑うスバルの顔は、見えない。

だが、その言葉に、美雲の背筋が少し反応した。

 

ああ。

どうしてこの男は、変に勘がいいのだろう。

飄々と振る舞い、人の心の機微なんて微塵も考えていないようにしか見えないというのに。

自分の本心は周りにはひた隠しにしているというのに、どうしてこの男だけは都合よく言い当てるのだろう。

嬉しさのあまり崩れそうになる表情筋に力を込める。

……ダメだ。

こんな姿を見せるわけにはいかない。

 

「ならそれは杞憂ね。私はいつも通り……寂しくなんて、ない」

 

「……そうか」

 

少し間を置いてスバルが返事をした。

直後、ドンッ、という衝撃が足を通して伝わってくる。

きっと、ステージに上がってきたのだろう。

だが、そんなことを考える間も無く、降ろしていた手が、スバルの暖かな手に包み込まれた。

 

「やっぱり震えてるじゃん。しかも冷たい」

 

「……ッ!!」

 

声が出そうになるのを必死に堪える。

あまりに突然すぎる行動に混乱し、手を振り払ってしまった。

自分でも驚くほど、自分らしからぬ行動だと思う。

なのに、どうしてだろう。

前は、スバルの手を握ってもこんな気持ちにはならなかったというのに。

 

——なのに、

 

「…………」

 

握られていた手が、ひどく熱い。

いや、手だけではない。

全身が、顔が火照って熱かった。

それに、さっきから早鐘のように打つ鼓動がうるさい。

こんな感覚は、初めてだ。

 

「弱さを見せないことは強さじゃないぜ、美雲。そんなのはただの強がりだ」

 

「…………」

 

スバルの言葉に応えられない。

これ以上話していたら、一言でも口にしてしまえば、自分が今まで守ってきた何かが崩れてしまうと思った。

だから、唇を閉ざして沈黙を選ぶ。

 

「……でも、聞いたところで、オレが美雲の弱さを肩代わりできるわけじゃない。それは、お前が乗り越えなきゃいけないものだからな」

 

一拍。

 

「だけど、これだけは言わせてくれ——」

 

「え?」

 

「どんな時でも——お前は独りなんかじゃない!」

 

その言葉を聞いた瞬間、たった独りで立つステージに、割れんばかりの歓声が響く。

そんなイメージが見えた気がした。

 

「オレがいる。ミラージュがいる。隊長も、チャックも、艦長も、アイシャもいる。いつだって、お前の周りには誰かがいる——だから、独りなんかじゃない!」

 

涙が、こぼれそうになった。

ずっと、独りで立ち尽くして震える自分のことを、どうしてこの少年はこんなにも理解してしまうのだろう。

不器用で、ガサツで、いい加減で。

本当は純情なのに、慣れているフリをするお調子者。

そのくせ、するっと人の心に入ってくる。

心地よい陽だまりのように暖かなこの少年のことを思うたびに、美雲の心は不思議な気持ちで満たされた。

気がつくと、少年のことを想っている。

気がつくと、少年のもとに訪れている。

初めて会った時からずっとそうだった。

だけど、この想いを、この気持ちを悟られると、負けのような気がした。

だから、

 

「……バカね。私がひとりな訳ないじゃない——」

 

と、あくまで強がってみせた。

いまや球状星団の残された最後の希望であるワルキューレ——もとい、自分が、そう簡単に弱さを見せるわけがないだろうと言わんばかりに。

でも、スバルの言葉のおかげで、ほんの少しだけ背負っていた重荷が軽くなった気がした。

 

「美雲……!」

 

あくまで自分のペースを崩さず説得しようとするスバルを制するように、豪奢な菫色の髪を翻して、クルリとターンをした。

 

「——でも、ありがとうスバル」

 

振り返った美雲は、頬を少しだけ紅く染め、とても晴れやかな笑みを浮かべていた。

ヴォルドールで見せたような特級の微笑みに、スバルの心臓が大きく跳ねる。

 

「……ッ!」

 

照れ臭いのか、耳まで真っ赤に染めて、でもそれを誤魔化すようにそっぽを向く。

 

「お、おう」

 

その様子が可笑しくて、美雲はつい吹き出してしまった。

 

(こんな時間が、ずっと続けばいいのに)

 

そうすれば、この心地よい暖かな時間を共有していられるから。

それが、叶わぬ願いだとわかっていても、そう願わずにはいられない。

 

だからこそ。

 

『〈アイテール〉各員へ通達。本艦はまもなくフォールド空間を抜け、ラグナ宙域へデフォールドします。パイロットは出撃準備を始めてください。繰り返します——』

 

艦内放送が流れて、現実へと引き戻されたことで、美雲はそれが終わったのだと、理解した。

 

「……時間だな」

 

「ええ、そうね」

 

フォールド空間を抜けた振動で(ふね)が揺れ、目の前に取り付けられたスクリーンの映像が切り替わる。

ふたりが見上げた先には、無数の星々が輝く海が広がり、いくつもの焔の華が刹那の瞬きとなっては消えていく。

その後方に控えた惑星ラグナの大気圏のブルーも、海のブルーも何度見ても美しい。

奇しくもそれは、以前、始めてラグナに訪れた時と場所は違えど同じ構図であった。

そう思ったスバルは最後に、こんな状況でなければ、と付け足す。

 

「カナメたちに歌を届けるわ、必ず」

 

見上げた美雲の顔からは迷いが消えていた。

そこに震えていた少女の面影などはなく、ただひとり残されたワルキューレのエースボーカルとしての、美雲・ギンヌメールの姿があった。

 

「ああ、オレも必ずワルキューレを取り戻して、帰ってくる」

 

満足げに頷いたスバルが小指を立てて美雲の前に差し出す。

それが意味するところを、何をやるのか、わからない美雲ではない。

否。

彼から教わったことを忘れるはずがない。

だから、

 

「約束ね?」

 

「約束だ」

 

星々が見守る中、青い惑星の輝きを受けて、ふたりの指が確かに絡まり、約束が交わされた。

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