マクロスΔ 紅翼星歌〜ホシノツバサ〜   作:ハシタカノミコト

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Mission15 絶翔 グレンノツバサ III

 

 

 

——今あなたの声が聴こえる。

 

——「ここにおいで」と。

 

——淋しさに、負けそうな、わたしに。

 

 

 

 

 

「こいつは……!」

 

「カナメさんたちの歌……!?」

 

「でも、この歌は……!!」

 

〈アイテール〉の防衛に回るアラドたちデルタ小隊が、迫り来る無人戦闘機を薙ぎ払うのと、その"歌"が聞こえてきたのは同時だった。

虹色に輝く、ひどく美しい歌声が鼓膜を揺する。

反応弾の起爆によって途絶えていたメロディーと共に、その歌声が戦場に鳴り響いた。

 

「こいつら!急に動きが!」

 

「まさか、歌で士気を取り戻した!?」

 

それまで、バラバラに仕掛けてきたヴァール兵の機動が統制のとれた動きへと切り替わり、波濤のように攻勢をかけてくる。

そこに、歌によって士気を取り戻した空中騎士団の〈Sv-262〉も加わり、〈アイテール〉防衛戦はさらに苛烈な戦いへと変わった。

それだけではない。

 

「ふたりとも分析は後にしろッ!ぐっ……!」

 

唐突に、アラドたちを耐え難い頭痛のようなものが襲った。

それは、彼らがデルタ小隊に配属され、はじめて戦場に立った時に感じた痛み。

血管が膨張し、筋肉が肥大化し、アドレナリンが大量分泌されて、いわゆる「ハイ」になるような感覚。

久しく感じていなかったその痛みが、懐かしさすら覚えるその感覚が、ヴァール化の兆候だと気づくのに時間入らなかった。

 

「まさか、俺たちまでヴァールに……!」

 

「……嫌だ!私は……!!」

 

操縦桿を握る手に力が篭る。

かぶりを振って、その感覚を頭から追い出そうとするが、身体を流れる血が、巨人族の遺伝子が、闘争を求めてミラージュの中で暴れまわっていた。

 

「しっかりしろミラージュッ!ふんばりやがれ!」

 

「簡単に言わないでくださいッ!!」

 

温厚な性格であるラグナ人のチャックですら、ヴァール化の破壊衝動に突き動かされているのか、若干語気が荒い。

それでも、軽口を叩いて、理性を保とうと抗っていた。

 

「博士!美雲はどうした!?」

 

「歌ってるわよ!けど遺跡のフォールド波が想定より強すぎる!美雲一人じゃ全然歯が立たない!!」

 

通信機越しのアイシャも逼迫した様子で、押さえつけるような声でアラドの問いに答えている。

当然だ。

一番近くでワルキューレの歌を聴いてきたデルタ小隊でさえ、ヴァール化しつつあるというのに、ヴァールが蔓延する戦場に出たことのないアイシャが耐えられる道理はない。

それでもなお、彼女は歯を食いしばり、ヴァールの破壊衝動に、巨人族の闘争本能に耐えていた。

 

反応弾によって混沌と化した戦場に、歌という一石が投じられたことで、戦いはさらに泥沼へと突き進んでいた。

だが、それはもはや戦争ではなく、一方的な殺戮に近い。

否。

もはや、ただの蹂躙だった。

 

 

 

*

 

 

 

——今、あなたの姿が見える。

 

——歩いてくる。

 

——目を閉じて、待っている、わたしに。

 

 

 

 

 

聞こえる。

歌だ。

その歌を、メロディーを、歌詞を知っている。

この世界の誰もが知る伝説の歌姫の歌だ。

でも、その歌は決して闘争を生み出すためではなく、戦いを止めるためのものだったはずだ。

……いや、突き詰めれば、この歌は戦いに使われるものですらないのかもしれない。

何万年も昔に、異星人たちの街で流行った、当たり前の——ただのラブソングなのだから。

だというのに、

 

「ぐ……ぁ……!」

 

激しい頭痛に似た痛みがスバルの思考を鈍らせる。

集中しろ、気を抜くな、今は戦いの真っ最中で、極限の命のやり取りをしているのだ。

 

つんざくようなアラート。

直上から降り注ぐ真紅の重量子ビームを紙一重で回避する。

 

「どうしたァ!動きが鈍いぜクソガキ!」

 

「お前が元気すぎるんだ、よッ!!」

 

コブラマニューバから、そのまま人型へ変形。

あまりのGに骨が折れると錯覚する。

だが、まだ繋がっている。折れてはいない。

なら、大丈夫だ。

そのままカーソル内に漆黒の〈Sv-262〉を捉えてスイッチ。

両腕のレールマシンガンと、コンテナユニットのガンポッドが弾幕を張る。

 

「舐めんじゃねえッ!!」

 

ガウォークへ変形しながら、弾幕のことごとくを避け切った〈Sv-262〉が迫り、すれ違いざまに抜きはなった黄金の剣が、ガンポッドのひとつを切り裂いた。

 

「ぐっ……!」

 

パージしたガンポッドが爆散する。

爆煙に紛れて再び戦闘機へと姿を変えた〈VF-31F〉が空に飛び出した。

が、その飛び出した先に、今度は三機の〈V-9〉が待ち構えている。

 

「クソったれがッ!!」

 

さらにスロットルを入れる。

被弾するかは二の次だ。

墜ちなければ、それでいい!

〈V-9〉から放たれたビームが的確に、確実に、〈VF-31F〉の急所へめがけて放たれる。

しかし、それだけだ。

あくまでセオリー通りの攻撃だ。

そんな攻撃は何十、何百と見てきた。

見飽きているといってもいい。

だからスバルは避けるのではなく、さらなる加速を選んだ。

それが、ヴァール化しつつある本能が選んだのか、それとも理性ある自分が選んだのか。

それはもはや瑣末なことだった。

今はただ目の前の敵へめがけて加速、加速、加速。

相手の進行方向に出ることで、相対速度は二倍になる。そんな当然の道理は無視した。

一歩間違えば死ぬ、十中が十死ぬ。

狂気に等しい飛翔で突き進む。

 

「退けぇぇぇぇぇッ!!」

 

激突する刹那。

すれ違いざまに、機体出力をすべてピンポイントバリアに回す。

無論、いかに最新鋭の〈VF-31〉といえど戦闘機形態の可変戦闘機にピンポイントバリアを展開する出力はない。

しかし、そのようなリミッターはアイシャが機体に手を加える段階で、すでに取っ払っていた。

ジークフリードが持つ聖剣(バルムンク)のごとく光の剣と化した〈VF-31F〉がほんの少し機体をバンクさせて、その両翼で〈V-9〉を二機両断した。

 

「ルカさんのゴーストより弱え!生まれ変わって出直せ!ブリキ野郎!」

 

エンジンがダウンして、墜ちていくコックピットの中で、惑星フロンティアにいた頃、嫌という程行った対ゴーストシミュレーションで苦渋を舐めさせられた三機のゴーストを思い出して、スバルが吼えた。

上昇気流に乗った〈VF-31F〉が竜鳥飛びで戦線に復帰するのは、もう少し後の話である。

 

 

 

*

 

 

 

——昨日まで、涙でくもってた。

 

——心はいま……

 

 

——おぼえていますか、目と目があった時を。

 

——おぼえていますか、手と手が触れ合った時。

 

——それは始めての、愛の旅立ちでした。

 

——I love you, so

 

 

 

 

額を、頬を、胸乳を、汗が伝う。

ただでさえ集中力を要するステージ、戦闘開始から全力で歌い続けている美雲にも、限界が近づいていた。

戦場に響くカナメたちの歌は遺跡を介して増幅され、その圧力を増している。

 

「これがカナメたちの……あの娘の本当の力……!!」

 

けれど、膝は屈さない。

自分が仲間と認めた少女たちの歌なのだ。

こうでなくては、と余裕の笑みは崩さない。

たとえそれが、追い詰められている状況だとしても。

むしろ、たった一人の自分の歌に負けるのならば、いくら仲間と言われようと自分から願い下げだ。

だから、この程度で諦めてなるものか。

お楽しみはこれから、本当のショウはここからだ。

 

「聴かせてあげる!女神の歌をッ!」

 

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 

だが、ひとりのパイロットの奇跡的な戦い振りも、ひとりの歌姫の神がかったステージを持ってしても、艦隊の動きには、戦況には、何の影響も与えられない。

それほどまでに、圧倒的に、絶望的に、戦況はウィンダミアへと傾いていた。

 

「アラド少佐より入電!当該空域の新統合軍部隊はほぼ壊滅!残りはヴァール化した模様!」

 

「S.M.Sヘリオス大隊との通信も途絶しています!」

 

〈アイテール〉のブリッジを飛び交う怒号は、次々と壊滅していく部隊と、撃墜される仲間たちの報告に塗りつぶされつつあった。

一呼吸する間に、一つ部隊が壊滅する。

瞬きするたびに、ひとり、またひとりと墜ちていく。

地獄だった。

いや、地獄の責め苦の方が何十倍もマシかもしれない。

そう思えるほどに、この戦場には"死"が満ちていた。

それでも、艦を率いる長として、狼狽するような姿勢を見せるわけにはいかない。

 

「とはいえ、キッツいわね……!」

 

額の汗を拭ったアイシャは、かつて惑星ウロボロスで戦い抜いた時のような不遜で、不敵な笑みを浮かべる。

 

「美雲の歌は!?」

 

「ダメです!依然としてワルキューレの歌に対抗できていません!」

 

ティリスの声は、ほとんど涙声に近かった。

自分のキャパシティをはるかに上回る情報を処理させられている上、仲間たちが死ぬという事実に直面して、感情の整理が追いついていないのだろう。

しかし、それも仕方のないことだ。

アイシャの知る限り、この戦いに比肩するのは第一次星間大戦か、バジュラ戦役くらいしかない。

果たして、その戦いを経験した、もしくはそれと同等の戦いを経験したパイロットが、クルーが、このケイオスにどれだけいるというのか。

 

「しっかりしなさいティリス!あなたが潰れたらみんな死ぬのよッ!」

 

「わかってます!わかってますよッ!!」

 

球体型ホログラム・スクリーンを用いて戦場の航空管制を行うティリスは、言ってしまえば結節点だ。

戦場に展開する部隊と部隊をつなぐ鎹であり、混沌とする戦場において生命線なのだ。

その彼女が管制を放棄してしまえば、かろうじて首の皮一枚で繋がっている残存部隊も瞬く間に瓦解するだろう。

だから、決して折れるわけにはいかなかった。

 

(何か……何かこの戦況をひっくり返せる打開策を……!)

 

アイシャが"自称"天才の頭脳をフル回転させて、あらゆる可能性を模索する。

彼我の戦力差は決定的だ。

精鋭の第三戦闘航空団でも、この物量差をひっくり返すのは至難の業だろう。

ヴァール兵への切り札である美雲の歌とフォールド・ウェーブ・システムも、遺跡から発せられるフォールド波と響くワルキューレの歌に阻害されている。

このままでは自分たちがヴァール化してしまうのも時間の問題だ。

 

——そして、その予想は最悪の形で適中した。

 

「博士!」

 

「今度は何!?」

 

「〈グラシオン〉が……!!」

 

ティリスの言葉に耳を疑い、視線を真正面に向ける。

強攻型となったグリーンカラーのツーサード級マクロスがこちらへ回頭しつつあった。

目を剥いたアイシャの頬を、一筋の汗が伝う。

 

「まさか……ヴァール化……?冗談でしょ!?」

 

「〈グラシオン〉のマクロス・キャノン、こちらを照準!……直撃するコースです!」

 

山のような巨体が、ラグナの洋上に着水し、右腕部に搭載された砲塔が〈アイテール〉を捉えた。

 

「マクロス・キャノン、来ます!」

 

「博士!今すぐ離脱しろ!」

 

ティリスの報告も、アラドの退避勧告も、もはや何の意味もなかった。

ツーサード級とはいえ、その艦にはマクロスの名が刻まれている。

かつてマクロの空を貫いた一撃を持つ艦と同じ名を継承している以上、巡洋艦クラスのバリアも装甲も、何もかもが無力でしかない。

光が放たれ、ブリッジの人々は、誰もが己の死を覚悟し、魂が虚無の空間に消えてしまうのだろう、と感じた。

 

 

——その時だった。

 

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

空から一筋の流星が落ちる。

いや、流星の枠にはとても収まらない。

それは、もはや彗星に等しかった。

大きな、とても大きな彗星が、赤熱した尾(ダスト・テイル)を引き、ラグナへと降下してくる。

 

「最大戦速ッ!止まるなッ!!」

 

獅子のごとき咆哮。

通信回線から轟くその声に、全員が息を呑む。

光の奔流が〈アイテール〉に直撃すると思われた刹那、その彗星が——〈マクロス・エリシオン〉が盾になるように射線に飛び出す。

そして——

 

「ピンポイントバリア展開!最大出力!出し惜しみはなしだッ!!」

 

船体を覆うほどの巨大なエネルギーシールドが、マクロス・キャノンの一撃を防いだ。

激しい閃光と、紫電がほとばしり、ひるなかの空をさらに明るく染め上げる。

 

「まだまだァッ!!」

 

だが、それだけで終わらなかった。

マクロス・キャノンを防ぎきった〈エリシオン〉が強攻型へと変形し、ラグナの海へと落下しながら、船体を捻り、右腕部の〈ヘーメラー〉を突き出す。

 

「ぶちかませぇぇぇぇッ!!」

 

轟音と閃光と共に、カウンターのようにマクロス・キャノンが放たれる。

雷光のごとく疾るその一撃が、ヴァールと化した〈グラシオン〉めがけて飛来し、砲身を開いた右腕部を貫き、破壊した。

艦橋で舵を握っていたアーネストは、勝ち誇った笑みを浮かべて、エネルギーをすべて使い切りエンジンダウンを起こした〈エリシオン〉と共に海へと落ちた。

 

「〈グラシオン〉沈黙!……博士!艦長が、艦長が間に合いました!」

 

ティリスは歓喜のあまり、腰が抜けて椅子から落ちるかと思った。

 

「……まったく、どこまでも無茶苦茶だわ」

 

口では呆れたようにボヤくアイシャでさえ、安堵で口元が緩むのを止められなかった。

ブリッジクルーが口々に喜びを口にすれば、感極まりすぎて涙をこぼす者さえいる。

それほどまでに、彼らの中でアーネストの存在は大きかった。

援軍として間に合った事実が、彼らを奮い立たせた。

 

「〈エリシオン〉がこの程度で落ちるはずがないわ!再浮上まで時間を稼ぐのよッ!」

 

「「「了解!!!」」」

 

先ほどまでどん底に沈んでいたとは思えないくらいに、クルーの士気が、最高潮に達する。

そこには、誰一人諦めている者の姿はない。

アーネストが〈無冠の名指揮官〉と呼ばれる所以がそこにはあるように見えた。

 

そして——

 

「博士!〈エリシオン〉に続いて降下してくる反応があります!」

 

「!? まだ来るの!?」

 

ティリスの報告に耳を疑うが、敵の増援かもしれないという懸念は、即座に払拭されることとなった。

 

 

*

 

 

いくつもの流星が群となってラグナの空を駆けていく。

その流星群はやがて成層圏に達したことで、燃え盛る鎧を脱ぎ捨て、空へと身を躍らせる。

それは〈VF-31〉の編隊だった。

一個大隊にも匹敵する規模の〈VF-31〉が敵の防衛網を打ち砕きながら〈アイテール〉めがけて降下してくる。

 

「あれは……!」

 

もう何度目かわからない驚きの言葉を口にしたアイシャの目が大きく開かれる。

戦場に響く二つの歌とは異なるサウンドが響き渡った。

混沌としたこの場においても、たしかな存在感とともに奏でられる奇跡に、誰もが耳を傾けていた。

そして、そのサウンドは、一個大隊の先頭を飛行する三機の可変戦闘機から発せられている。

"Δ"の陣形を組み、戦場では目立ちすぎるサーモンピンクのカラーリングを施された〈VF-31J〉を筆頭に、ディープブルーの〈VF-31S〉とライトグリーンの〈VF-31E〉が掘削機のように敵陣を穿つ。

 

「いきますよピリカさん!」

 

「ええ!やっちゃいなさい、カイト!」

 

彼らの〈VF-31〉の両翼とコンテナユニットに搭載されたスピーカーが起動する。

それは、この戦場において明らかに不釣り合いな代物だった。

デルタ小隊の機体以上に、彼らの装備が戦いに向いているようには見えない。

だが、

だが、

だからこそ、彼らの求めている強さは、強くなる。

彼らの望む歌の力は、どこまでも高みを目指していく!

 

「ピリカさんの、歌を聴けぇぇぇぇッ!!」

 

——女神を目指した者たちの、来舞(ライブ)が幕を開けた。

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