あの後、家事が終わったチャックと共に、我らがデルタ小隊の前線基地〈マクロス・エリシオン〉へ向かうと、あれやこれやとするうちに昼になった。
食堂で何を食べるか決めあぐねていると、ポケットの携帯が震える。
「うん……?」
取り出して発信者を見ると、これまた意外、メッサーからだった。
「スバルだ」
「スバル・ホシナ少尉。本日1400より模擬戦闘による試験を行う。パイロットスーツに着替えて1330までに格納庫に来るように」
簡潔に用件だけ述べると、一方的に電話を切られた。
話を聞いてないという可能性は考えないのかメッサーは。
「何だったんですか?」
先ほど食堂でバッタリ会ったミラージュが脇から覗き込んでくる。
「メッサーからだ。模擬戦闘の試験をやるんだと……こりゃ昼飯はお預けだな」
時刻は12時を回ったところだ。
今から飯を食べたとしても試験の時までに消化しきれないだろう。
新統合軍に入りたての頃はフライト前に食事を摂って、それで何度吐いたことか。
腹の虫が食べ物を寄越せと喧しくがなりたてるが、この際仕方ない。
「ああ、デルタ小隊に入る通過儀礼みたいなものですね。私もありました」
どうやらデルタ小隊の入隊試験のようなものらしい。
新統合軍にもあったけど、どこにでもあるんだなぁ。
「へぇ、その時の結果は?」
「……言わなくてもわかるでしょう」
なるほど、負けたらしい。
アル・シャハルの時に少しだけ戦いを見たが、ミラージュは操縦が型にハマりすぎる傾向がある。要はマニュアル通りってやつだ。
だが、センスは悪くない。磨けば光る宝石の原石のようなものだが、まだ時間は必要だろう。
人間、一朝一夕には強くなれないからな。
「相手にとって不足はない。まあ見てろ」
ミラージュの肩をポンと叩き、食堂を後にする。
オレはそのまま更衣室へ向かい、パイロットスーツに着替えると、格納庫へ向かった。
◆
格納庫で、模擬戦闘の準備に動き回る整備士たちを眺めること1時間半。
圧縮空気が抜ける音と共に扉が開き、中からメッサーとチャックがパイロットスーツを着て現れた。
「時間通りだな」
「よっスバル。試験頑張れよ」
「あれ、メッサーはわかるがなんでチャックなんだ?」
「審判だ」
ああ、なるほど。模擬戦で撃墜とかの確認はよほど当たらないと自分じゃわからないからな。
オレがそんなことを考えている横で、メッサーはタブレットを取り出して黙々と語り始める。
「ルールを説明するぞ。内容は俺と星那少尉の一騎討ちだ。制限時間は5分、先に撃墜した者を勝者とする。審判はチャック少尉に任せる」
「ウーラ・サー!」
「了解」
「それでは各自機体に乗り込み待機せよ。以上だ」
メッサーはまた簡潔に述べて自分の機体のところへさっさと向かってしまった。
質問とか受け付けないのか?別にないんだけどさ。
確認くらいしてもいいんじゃないか?
「スバル、先に言っとくがメッサーは強いぞ」
「……知ってるよ」
ニシシと笑いながら忠告してくるチャックだが、そんなこと言われんでもわかってるさ。
アル・シャハルで見た時、メッサーの機体だけ飛び抜けて動きが違っていたからな。
「じゃあがんばれよ」
そう言ってチャックも自分の機体の元へ向かう。……オレも行くか。
椅子に置いてたヘルメットを肩で担ぐように持ち〈VF-25〉の元へ向かう——
「……あれ?」
——が、そこにオレの機体はなかった。
代わりに見たこともない真紅のラインが入った〈VF-31〉が鎮座している。
「オレの〈VF-25〉は……?」
ポツリと呟いた言葉に反応するように、コックピット内に上半身を突っ込んで作業していた整備士が顔を出す。
「ようスバル!お前用の〈VF-31〉は今最終調整中だ、もう少し待ってくれ!」
今、目の前で作業をしているのは、ハリー・タカスギ。
デルタ小隊の整備士で性格は軽いが腕は確かなやつだ。
昨日の夜〈裸喰娘娘〉で初めて会ったが、なかなか憎めないやつですぐ意気投合した。
が、そんなことは今どうでもいい。
大事なのはオレの〈VF-25〉がないことと、ハリーが言っていたオレ用の〈VF-31〉という言葉だ。
「ハリー、オレ用の〈VF-31〉ってどういうことだ?」
「聞いてないのか?お前の〈VF-25〉はアル・シャハルでの戦闘でぶっ壊れたから〈VF-31〉に乗り換えさせるんだと」
そのせいで急に引っ張り出したから調整がまだ終わってないんだ。と言いながらハリーは作業に戻る。
「……なんてこった」
確かにフロンティアからの長旅をさせた上に戦闘で頭と左腕が壊れるまで酷使させてしまったが、まさかお釈迦になってしまうとは……。
「オレ〈VF-31〉の操縦シュミレーションなんてやったことないんだけど?」
「ぶっつけ本番でやるしかねえな」
「……ありえねえ」
ハリーは作業をしながら他人事のように話す。
いや、実際他人事なのだろうが、ぶっつけ本番でなんて簡単に言ってくれるなよ。
操縦方法もよくわからない機体で戦場に出るなんて自殺に等しいんだぞ。
ヘルメットを取り落とし、頭を抱えて悶絶する。
だが、ここまで来てしまった以上、もう後には退くことは許されない。
ミラージュにも見てろなんて啖呵を切った手前、使い慣れた機体がないからまた今度なんて、口が裂けても言えない。
賽は投げられたのなら後は転がり続けるしかないのだ。
◆
そして待つこと数分。ハリーが機体から降りてくる。
「悪いな、手間取っちまって。でも、バッチリ調整しといたぜ!」
「おう、やるだけやってみるわ」
人間、割り切れば意外と強いもので、たった数分ではあるが、気持ちも切り替えられ、何とかなるような気がしてきた。
根拠のない自信というやつだろうか。
ハリーと入れ替わるようにして機体に乗り込むと、待機状態のシステムが解除され、〈READY〉と表示されモニターが切り替わる。
それと同時にカタパルトが作動し、アイテール甲板へ機体が引っ張り出された。
メッサーとチャックも同様に甲板へ並び、オレの真紅のラインの〈VF-31F〉黒のラインの〈VF-31F〉黄のラインの〈VF-31E〉が平行に並ぶ。
操縦桿を握り、フットペダルでスラスターの可動域のチェックを行う。
モニターには機体がオールグリーンで表示され、異常なしとでる。
さすがハリーだ。いい仕事をする。心なしかエンジンも調子がいい。
やがてアイテール前方のカタパルトが下がり、〈VF-31F〉のランディングギアと接続された。
「こちら〈マクロス・エリシオン〉メッサー中尉、チャック少尉、スバル少尉。準備はよろしいでしょうか」
モニターにオレンジ髪の女性が映し出される。
確か昨日のハリーと同じで〈裸喰娘娘〉で会ったニナ・オブライエンだったか。
「こちらデルタ2問題なし」
「デルタ3同じく!」
そこでふと気づく、オレのコールサイン決まってないな。
すると、ニナの通信に隊長が割り込むように入ってきた。
「スバル、お前のコールサインはデルタ5だ。今日からそれを使え」
「了解、デルタ5問題なし」
「では、
最後にもう一度操縦系統のチェックを行い、操縦桿を握りなおす。
「サンキュー。
カタパルトが作動し、機体がアイテールの甲板を滑る。
ISCによりGが軽減されているとはいえ、やはりこの感覚はいつまで経っても慣れない。
甲板から射出されると同時にエンジンを噴かし加速、前進翼が風を裂き、下からの揚力を受けて浮き上がる。
後方からはメッサー、続いてチャックと射出され、オレに追従する形で飛行する。
このままバレッタシティを抜け、市街地へ被害の出ない海上に着いたところで、オレとメッサーの一騎討ちの模擬戦が始まる。
◆
2機のバルキリーは、海上へ着くと互いに違う方向へ飛行を始める。
模擬戦の開始の合図は、互いがすれ違った瞬間から始まるのだ。
ある程度距離を取ったところで旋回し、互いの機首が相手を捉える。
距離にして約800m。
可変戦闘機ならば一瞬で詰められる距離だ。
スバルの目の前にはメッサーが駆る黒い〈VF-31F〉が迫りつつある。
レーダーもそれを捉え、いつでもロックオンできる状態が作られる。
互いに距離が縮まっていき、そして——交差する刹那、視線が交わされた。
手加減はしない、全力で叩き潰す、と。
直後、スバルは操縦桿を引き、機首を斜め上方へ傾ける。
そのまま熱核バーストエンジンを噴かし、メッサーの〈VF-31F〉の背後を取るためシャンデルする。
模擬戦である以上、可変戦闘機最大の武器であるミサイルを使用することはできない。
そうなれば必然的に使える武器は互いの腕部に搭載されたレールマシンガンのみとなる。
それを当てるには相手の背後、もしくは正面を取る必要がある。
正面から撃ち合えば良くて相討ち、下手をすれば敗北は免れないだろう。
ならば自然と選択肢は限られてくるのだが——
「うおっ!?」
——想定より早い機体の反応速度と、急加速したGで内臓が揺れる。
それもそのはず、スバルにとって〈VF-31F〉は初めて乗る機体であり、カタログスペックをいくら知っていようとも、その身体には今まで乗ってきた〈VF-25〉の癖が残っている。
その感覚が抜けきらないまま操縦すれば、驚いてしまうのは必定であり、仕方のないこととも言える。
しかし、相手であるメッサー・イーレフェルトにそんな言い訳が通じないことなど、スバルは理解していたし、するつもりもなかった。
だからこそ、じゃじゃ馬とも揶揄できるような機体を慣らすため、歯を食いしばって、そのGに耐え忍ぶ。
(……負けられないんでなッ!!)
さらにエンジンを噴かし、加速する。
ISCがフル稼働し、本来かかるGを軽減させるが、それを除いても相当量のGが身体を、内臓を圧迫する。
ほんの数秒の出来事が永遠にも感じられるような時間が終わりを迎えると同時に、シャンデルが終了した。
視界の正面にいるはずの〈VF-31F〉をロックオンカーソルで狙うが、スバルは我が目を疑った。
(デルタ2が……いない!?)
初動で背後を取る機動をかけたにも関わらず〈VF-31F〉機影がなくなっているのだ。
そして驚くのも束の間、後方からロックオンされたアラートが鳴り響く。
振り返るとそこには見失ったはずの〈VF-31F〉がいた。
(なっ……!いつの間にッ!)
シザーズを行い、〈VF-31F〉にロックオンをさせないよう立ち回る。
が、メッサーは撃たず、ただスバルに追従するだけだった。
付かず離れず、ピッタリとスバルの後方に機体を付ける。
(狙ってるってことか。確実に墜とせるタイミングを……!)
ならばと言わんばかりに、スバルは操縦桿を手前に引き、機体の脚部のみを前方に展開、半ガウォーク形態で急制動をかける。
メッサーがオーバーシュートし、今度はスバルが背後を取る形になった。
またしてもISCがフル稼働し、全身の血が逆流しそうになるGを軽減させる。
(もらったッ!!)
トリガーを弾き、両腕部のレールマシンガンを〈VF-31F〉の両翼へ向けて放つ。
しかし、〈VF-31F〉はまるで舞うように、針の穴を通すように、銃撃の隙間を連続でロールして回避する。
(さすがはエースパイロットってところか……)
常人にはできないような機動を平然とやってのけるメッサーにスバルは素直に感心する。
しかし、感心するのも束の間、〈VF-31F〉が急激に加速し右方向へブレイクする。
そのままスバルと同じく半ガウォークで制動をかけ、捻り込むようにして〈VF-31F〉に背後を取られた。
(捻り込んで来やがった……ッ!)
再びシザーズを行おうとするが、それを妨げるように機体にアラートが鳴る。
先ほども聞いた、後方からロックオンされたアラート。
今度は避けられない、そう覚悟したスバルの脳内に1つの回避マニューバが思い浮かんだ。
(……やってみるか。チャンスは1回だけだ)
深呼吸し、操縦桿を握りなおして、精神を集中する。
〈VF-31〉がレールマシンガンを撃ってくるのをを待つ。
とにかく回避運動に徹し。機が熟すのを待つ。
(まだだ……まだ耐えろ……)
シザーズを繰り返してロックオンカーソルを誘導し、ブレイクするが、ハイ・ヨー・ヨーで追いつかれる。
次の瞬間、〈VF-31F〉からレールマシンガンが放たれ、スバルが待っていたチャンスが訪れた。
(見よう見まねだけど……なッ!)
下方から上昇気流が流れてくる。
後方からは模擬弾が飛来する。
刹那、スバルは機体のエンジンを全てカットし、上昇気流の流れに乗った。
それは、かつて惑星フロンティアで一度だけ見た回避マニューバ。
操縦方法だけ教わり、実戦に投入する機会がなかった技。その名は——
「——竜鳥飛びッ!!」
フワリと不規則な軌道で持ち上がる真紅の〈VF-31F〉がレールマシンガンの弾を全て回避し、エンジンを切ったことによる減速で、黒の〈VF-31F〉が下をくぐり抜ける形でオーバーシュートする。
「もらったッ!!」
熱核バーストエンジンを再点火し、太陽を背にメッサーへ向かい突っ込んでいく。
下方からはメッサーが機体の機首を上げ、スバルへ向かって一直線に飛んでくる。
互いに次の一撃が最後になると確信した。
引きつけ引きつけ、確実に模擬弾が当たり、回避不能なタイミングで放てるようトリガーに手をかけたまま待つ。
回避すれば負ける、臆せば撃たれる、この一瞬に全てをかける。
互いの距離がどんどん縮まっていく、永遠とも思える時間が過ぎ、そして——
機体のロックオンカーソルが相手を捉える。
トリガーのタイミングはほぼ一緒だった。
両者同時に放ったレールマシンガンは、一直線に飛び、機体の風防から尾翼まで一直線に被弾する。
——勝者となったのは——黒の〈VF-31F〉だった。