鏖殺の英雄   作:たらすこん

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 今回えらく難産でした・・・亀更新許してください、何でもしますから!
 北陸行ってたり色々あったけど、やっぱり一番の問題は書く速度ですなあ
 戦闘じゃないと筆のノリが悪すぎるのは今後の課題ですね・・・そして次は待ちに待った戦闘だヒャッハー!!蓮太郎くんは強く生きて・・・

※ 9月13日 主人公の口調を変更


第二話 遺産

 2031年 東京エリア 中心部ーー

 

 何事にも表と裏、光と影が存在する。二元、両義、太極、陰陽ーーー清濁併せ呑む事が為政者に求められるのは、とどのつまりは()()()()()

 人の営みのみならず、天地に遍く敷かれた普遍にして絶対の真理。

 二つの顔は切り離せない。どちらか一方を躍起になって抑えにかかっても、それはより強くなって顕れる。どころか、もう一方まで巻き添えにして諸共消えてしまうだろう。

 

 聖天子が治める東京エリア(ここ)であってもそれは例外ではなく。「奪われた世代」と「呪われた子供たち」の間の融和を望む彼女の為政の一方で、子供たち(ガストレア)への憎悪は未だ根強く。子供たちへも分け隔てなく慈愛を注ぐ彼女の治世となってからは、むしろ地下へと潜り過激になったという見方もあるように。

 

 改善と改悪は一体となっており、如何にしても切り離せない。

 故にこそ、臣民を統治する為政者はまずその理を何よりも重く受け止めなければならないのだ。

 重要なのは、他方を絶滅することではないのだと。

 

 善悪聖邪を飲み下しつつ、合理性という縄で国家を縛る、その両面を理解したうえで共に制御するという技術こそ、人心を掌握し長き治世をもたらす第一歩であるという事を。

 戒め、胸に刻まねばならぬ常識は、しかし当たり前であるが故になんと難しい所業であるだろうか。

 

 己の強権で目障りな法を抹消できる。うるさい民意を黙らせられる。税を貪り欲を晴らし、邪魔な相手を正当な勅命により粛清できるーー()()()()()()()()()()()() 。

 そのことを自覚した瞬間、感じる恍惚と背徳はまさに悪魔の誘惑だろう。なにせもたらされる快感が容易に想像できてしまうのだから。

 手にした権力が麻薬と化す。あればあるだけ、所有者を幻惑にかかる毒林檎。

 我欲と責務がせめぎ合う、果てなき戦いが幕を開ける。そうしてひとたび負けてしまえば最後、二度とは誇りは戻らない。いかな名君であれ天の加護を失い、暴君へと堕落していくのみ。

 

 それら権力に取りつかれた中毒患者は、もはや人類のお家芸と言ってもいい。

 絶対王政、民主主義、貴族制、共和政、宗教国家、軍事政権。いかな形態を選択しようと無慈悲に、そして平等に訪れる暴君(かいぶつ)

 

 無論、この東京エリアもその限りである。どれほど正しい法の下でも腐敗の発生は防げない。

 現実として、この聖居にも権力の奴隷が数多く存在していた時期があった。

 それこそまさに雲霞の如く、大半が誅された今となっても原因は完全に取り除かれたわけではない。というより、改善できない領域でもある。汚職、不正、欲にかられた不義不徳。人が人がある以上、それらは決して無くなることはない。

 逆接すれば、それらを捨てた者は、もはや人類という分類(カテゴリー)から外れていると言えるだろう。

 聖者とは常に、人類種から逸脱している。

 そう、だからーー

 

 断言しよう、()にだけはそれがないと。

 森羅万象何事にも、例外は常に存在する。

 正義の具現とは即ち現象、平均値を逸脱した存在はその時点で、光り輝く英雄(モンスター)となるのだ。

 我欲、獣欲、含有率は等しく零。

 その身に宿すは武装した鋼鉄(けつい)、ただ一つ。

 己は民の盾であり、己は祖国の剣であり、己は運命を裁く者であるとーーその瞳に宿した恒星(たましい)が宣している。

 鋭い眼光は太陽よりも熱く、天地よりもなお重めかしい。

 

 自衛隊統合幕僚長、轟八色。

 自衛官としての頂点にまで昇りつめた男が、深く、静かに、言霊を発した。

 

「捨て置けば東京エリアが壊滅するーーであれば、我々が取るべき手段はただ一つ」

 

 すなわちーーケースの回収。

 

「そのためならば、官民問わず人員を募るべきだ。無論俺も、事の秘匿性は承知している。しかしこれは東京エリア、ひいては日本のみならず、人類の存亡にかかわる話である以上、職務上の領分に拘らず、我々の力を結集するべきだろう。」

 

 そのためならば自身が先頭に立つことも辞さぬ決意に満ちた言葉。民の安寧を願う英傑の言葉に、騒然としていた会議室が水を打ったように静まり返る。

 決して声を荒げたわけではない。自然と滲み出た人間性の格が、周囲の動揺を鎮めていく。

 

 元々この会議は聖天子が招集したものだ。それ自体は、そう珍しいことではない。

 並みいる閣僚らを浮足立たせたのはその主題。

 「七星の遺産」と呼ばれる触媒ーーステージⅤを呼び寄せる破滅の嚆矢となり得る遺物が、あるガストレアの体内に取り込まれたのだ。

 無論、この事は未だ公表されていない。パニックを避けるため、聖天子はおそらくステージⅤが現れるギリギリの段階まで報道管制を引き続けるだろう。

 

 だが現状、当該ガストレアの現在位置を捕捉することさえ出来ていない。最後に捕捉されたのは未踏査領域と東京エリアの境界付近。

姿を隠しているのか、或いは監視機器の知覚範囲から遠ざかっているのかーーつまりその個体は、身を隠す何らかの手段を持っているということである。

 

 もしもそのガストレアが感染爆発(パンデミック)の引き金となれば、間違いなく東京エリア(ここ)は、幼子がその身を喰らわれ、愛するものが変じた怪物に民が引き裂かれる地獄と化すだろう。

 

 誰もが皆、あのような光景を二度と見たくないと思っている。事実そうした光景を想像したのか、血が滲むほど拳を握り締めた者もいる。そんな出席者の心中を推し量ってかーー

 

「させんよ」

 

 否と、呟かれたその声に宿るは灼熱。

 時が止まったーー息が止まる。

 空気が変わったーー揮発していく絶望感。

 大いなる発言者に、誰もが耳を傾けた。

 

「問題はない。ガストレア(やつら)はすべて、一体残らずこの手で倒す。もはや誰一人であれ奪わせんーーそう、二度とな」

 

 それは、溶鉱炉で煮えたぎる鉄のようなーー

 或いは、爆発し続ける太陽の中心核のようなーー

 

 聞き入れるだけで意識を焦がす誓い。聖天子も、首相も、他の高官も例外なく、痺れるような震えが総身を駆け抜けていく。

 悩みも憂いも消し飛んだのは、たった一つの理由から。この男がいる限り、東京エリアは不滅であると、信じさせる鋼の意思(えいゆう)がそこにいた。

 

 決して幻覚ではない。あらゆる不条理をねじ伏せて、英傑はそれを成し遂げてしまうだろう、それこそ思い描く限り最良ともいうべき結果で。

 轟八色とはそういう男だ。己に厳しく、民を愛し、そのためならば如何な地獄にも立ち向かう、絵物語からそのまま抜け出してきたかと錯覚する、奇跡のような軍人なのだ。それはこれまで起こってきた数々の事件と、その際の彼の武功が証明している。

 だからこそーーああ、()()()()()

 

「勿論聖天子(わたくし)も、貴方を疑っているわけではありません。ですが轟統合幕僚長、肝に銘じておいて下さい。誰もが皆、貴方のように強くあれる訳ではないということを。」

 

 誰もが彼の輝きに焦がれてしまう。何故なら彼は、太陽のように全てが光り輝いているから。

 だが同時にそれは、近づく者の身を灼き、目を眩ませる。それは即ち、現実から乖離してしまうという事。

 先程の言葉は、彼に向けたものではない。むしろその周りーーすなわち彼へと焦がれる者へ向けた言葉である。

 

 英雄が存在を許されるのは、いつだって夢物語の中だけなのだ。

 彼のような男が存在していることのほうがイレギュラー。常人にはその後塵を拝することが精々であり、決して英雄になろうなどと思ってはいけない。

 

 それ故にーー己だけは、この男に()()()()()()()()()。たとえどれほどこの男が眩しかろうと、その輝きに目を潰されてはならないのだと、その身で東京エリアを背負う少女は己を鼓舞した。

 

「無論先刻承知している。だがそれでも、()()()()()()()()()()()()()

 

「轟、貴様はーー」

 

「いえ、天童補佐官。よいのです」

 

 聖天子(かのじょ)の辿る道が王道であるとするならば、英雄(かれ)が征くは覇道。

 臣下と共に歩むのが彼女の為政者としての在り方であるとすれば、ただ一人で世界(みち)を拓くのが彼の人生。

 余りにも対照的であるが、それ故に互いを高く評価し、そして彼は彼女に()()している。己に呑まれぬ大器を持つ者として、対等であると認めるゆえに。

 

 もしも聖天子が暗君であったならば、即座に彼は革命を起こし、新たな国家元首として東京エリアに君臨したであろう。天をも衝かんばかりの覇気が、何よりそれを物語っている。

 

 聖天子の称号を継いで以来、彼女はずっと、目の前の男との死闘を繰り広げてきた。

 目に見える形ではない、だがれっきとした純然たる闘争ーー即ち、どちらが最高権力者の椅子に座るかという、為政者としての器の競い合い。

 一般の権力闘争のような暗闘があった訳ではない。だが、目の前に天地の総てを背負わんとする英雄(かいぶつ)が居ることの、なんと恐ろしいことか。

 常に喉元に刃を突き付けられるようなーー或いは激発寸前の火山を目にしているかの如く。

 

 だからこそ彼女は前へと歩みを進めることが出来たとも言える。

 彼という最大の障害を乗り越えることが出来るからこそ、無数の困難を踏破し、己の理想とする社会へと少しずつでも近づくことが出来ているのだ。

 

「ーーーーこの件については、くれぐれも伏せるようにして下さい。みだりに国民を不安にさせてはいけません。そして一刻も早い事態の解決を。何としても、東京エリアでの大絶滅は防がねばなりません」

 

「「「「「「「「「「「はっ」」」」」」」」」」

 

 そうして決意を秘めた者たちは、己が職務を全うするために動き出す。

 

 無論、この男もその例外ではなく。

 

「ーー捜索範囲の拡大も必要だがそれだけでは絞り込めん。研究機関に協力を仰ぐべきだろう」

 

「ガストレアの能力の解析か。どういう手段で監視をすり抜けたにせよ、確かに対策は必要だ。だが果たして間に合うのかね」

 

 ガストレアの生態は複雑怪奇。様々な生物のDNAを取り込む、進化論を嘲笑うがごとき悪魔の所業。気が遠くなるほどかけて獲得したその種固有の能力を、瞬く間の進化により簒奪する。一応の完成形であるステージⅣともなれば、その因子は多岐に渡る。轡田の懸念は、その事実を知る者としては当然のものといえる。

 しかしだからこそーー

 

「奴がステージⅠである内に叩く。今ならばまだ間に合う。」

 

 写真を見る限りでは件のガストレアはモデル:スパイダー ステージⅠ--獲得している能力としては、おそらくは粘着性の糸の生成。

 今ならばまだ間に合う。一刻も早く、犠牲者が出る前にこの個体を撃滅しなければならない。その為にーー

 

「俺が出撃る(でる)。」

 

「----なるほど」

 

 轟八色の刀が振るわれるーー即ちそれは、東京エリアに迫る災厄が、絶対の守護神により祓われるという事。

 「狐狩り事件」、「モルフォ蝶事件」ーーつい先日東京エリアに迫った大量絶滅の危機さえ、この軍人(えいゆう)は粉砕してのけたのだ。

 であれば必定、彼の刃は今度の敵をも打ち砕くだろう。

 

(ーー恐ろしい)

 

 轡田の抱いた感想が()()だった。

 東京エリアを幾度となく救ってきた英雄に対する感想がこれなのだから、我ながらどうかと思う。

 だがしかし、己のような凡人にはどうしたってこの男のような生き方はできない。そして()()()()()

 

 皆のために、誰かのためにーー成さねばならぬことを実行する。

 当たり前で単純で、何より大事なはずなのに、分かっていても行うのは難しい。なぜなら、()()()()()()()()()()ーー

 どだい人間という生き物は、間違っていることが気持ちよく感じるようにできている。早寝早起き、好き嫌いなく食べる、毎日コツコツ努力を重ねるーーやらなければいけないとわかっていても、惰眠を貪るのは気持ちがいい。好きなものだけ選り好みしたい。できることなら努力などせず暮らして生きたい・・・他にも他にも。それはもしかすると、正道を歩むことが難しい現実に適応した、生物としての進化なのかもしれないがーー

 

 何の躊躇もなく、己が命を懸けると宣言するその気概。守るべき民のために、正義の為に、刃を振るい悪を討つ。

 そんなことを常に実行し、義務を、使命を全うしてきたその姿ーー己が心臓は、()()()()()()()()()()()()()()()()()と言わんばかりのそれが、轡田には人外(なにかおそろしいもの)に見えたのだ。

 

 

 

 そして正午ーー

 

 南中した太陽が、道行く人々に容赦なく照り付ける。春といえども汗ばむほどの陽気の中、その熱量(たいよう)さえも凌駕する存在が一つ。 

 

 勾田公立大学ーーその広大な敷地にある施設を結ぶ歩道を、一人の男が歩いている。

 

 敷地が広ければ行き交う人もまた多数。だがその悉くが彼を前に道を譲るのは、件の男が特徴的な制服に身を包み、腰と背に帯刀しているというだけではないだろう。

 さながら聖書の伝承の如く自ずから裂ける人の海。其を往くのは、慈愛に満ちた聖者に非ず。憤怒(ヴァジュラ)を抱き、邪悪を滅ぼすーーこの苦界において奇跡(せいぎ)を体現する鋼の使徒(あくのてき)ーー即ち、轟八色その人である。

 

 何もかもが規格外な存在を前にして、只人は畏敬の念をまず抱く。そして自然現象に古代の人間が神を見出したように、畏敬と信仰、恐れと憧憬は常に一体である。

 それは彼に対しても例外ではない。

 

 視線を向けられただけで体の芯が熱を持ったような錯覚。この人の目に映った事さえ誇らしいと叫びだしたくなるーー人が人に魅入られる瞬間とは、まさにこの時を指すのだろう。

 彼の周りが陽炎により揺らいでいるとさえ思えるほどの決意(ねつ)ーー人の形をした超新星。

 

 故に誰もが、彼の前では道を譲る。運命(せかい)に挑む主役(えいゆう)を前に、脇役はただ平伏するのみーーーー

 

 

 そうして轟は、遂に目的地へと足を踏み入れる。

 勾田大学附属病院ーーその霊安室。さながら悪魔の顎門のようにぽっかりと、病棟の廊下に漆黒(くうどう)を晒している。もっとも、意図してそうなった訳ではない。単に、階段があまりに急なだけである。

 

 生と死の狭間。生者と死者が交わる唯一の場所。聖域にして静謐であり、この敷地内で人の出入りが極端に少ない施設。

 何故ならここに運ばれてくるのは息絶えたものだけーーそしてここは底無しの洞(ボトムレス・ピット)、ひとたび呑み込まれればそこから帰ってくる者など絶無。

 

 だがこの黄泉比良坂に住まう者がいるーー日本におけるガストレア研究の第一人者にして、この病院の法医学教室の室長である室戸菫その人である。

 

 何のつもりか、扉には悪魔のバストアップが刻まれているーー趣味だとすれば、住人のセンスを疑う・・・事実として、室戸女史が奇人の類であることは否めない。

 部屋中に充満したミント系の芳香剤は、恐らくは死臭を消すためのものだろう。或いは、それ以外の臭いを嗅がずに済むようにしているのかーーどうあれ、長居したくなるほど居心地の良い部屋ではないことは間違いない。

 

 無論轟は、その程度で物怖じする繊細さなど持ち合わせていない。鋼の精神は決して揺らがない。

 故に床一面緑色のタイルが敷き詰められた部屋へと足を踏み入れる。

 

 だが果たしてこの部屋に、日本最高峰の頭脳の持ち主がいるのだろうか。

 乱雑に積まれた弁当の容器は、どれも空。それらの山は、いまにも崩れそうな危ういバランスを保っている。

 

 下着とドイツ語で何事か書かれた黒板が同居する混沌の具現のような光景を前にしても尚、ここが叡智の牙城であると断言できる者などいる筈もない。

 

「----室戸菫は何処だ」

 

「ここだ」

 

 振り向けばそこにあるのは裸体。

 落ち窪んだ暗い眼窩。その背丈は180㎝ほどの筋肉質な体。頭髪を完全に剃られた頭部からは皮膚が摘出された跡が生々しく残っているーー見知らぬ男の死体。

 

「ーーそこまで堕ちたか」

 

 躊躇なく、轟は抜刀の態勢に入る。目的を忘れたわけではない。念頭に置いたうえで尚、死者の尊厳を侵すのであれば悪として討つと、言葉よりも雄弁にその眼が語っている。

 

 「相変わらず冗談の通じない、まったくもって面白みのない男だね君は。君の頭の固さときたら、タングステン合金でさえ負けるんじゃないか? 頭蓋に超バラニウムでも詰まっているのかい? というか、今もって生存しているのが不思議なくらいだよ。柔軟さを失った生物は滅びるのが定めだろう? 大体死者の尊厳などというが、死人は喋ることなどありはしない。既に死んだ者(ボディ)がものを考えたり話したりするものか。そんなものは、生者(いつか死ぬもの)の妄想だよ」

 

 白衣姿の女が、遺体の背後から現れる。死人のように蒼褪めた肌。そこにいるのに今にも消えてしまいそうな存在感は、さながら幽霊のように儚げで、同時に不吉。

 伸び放題にしている前髪で目元が隠れてしまっているが、ダイヤの原石のように磨けば光る美貌がそこにある。

 この奈落(アビス)に住まう者としてはなるほど確かにふさわしい。絶妙なバランスで、生と死の狭間をその身に体現している。

 

「君がここに来るとは珍しい。てっきり英雄様は悪を討つ事にしか興味が無いと思っていたが、まさか死体愛好(ネクロフィリア)のケがあったとは知らなかったよ。だがここにいる死体(かれら)は渡さんぞ? 他所をあたるがいい」

 

 室戸菫ーー彼女を前にして己のペースを保っていられる者は少ない。人間嫌いを標榜する彼女は、己の姿を煙に巻く手段を、そして相手に嫌われる術を心得ている。何故なら彼女は人間との接触を病的に嫌う。故に相対する者は、彼女の言の葉に惑わされてはいけない。その点、決して揺らがぬ不屈の英雄(ひとでなし)は彼女の天敵といえるだろう。

 

「抜かせ、貴様の趣味に付き合うつもりはない。まして己の歪みなど先刻承知している」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()ーーそれがどれだけ異常なことか。

 凡そ人間としての幸福など、轟八色は望んでいない。

 彼が望むのはただ一つ、厳格な法則(ただしさ)によって支配された世界ーー功ある者には信賞を。罪を犯したならば必罰を。才能には然るべき評価が与えられ、無能はそれに相応しい扱いを受ける社会。

 

 だが現実は、彼の望むものとは真逆、不条理によって支配されている。

 納めた税が為政者の手元を巡り、二度と日の目を見ない事はそう珍しくない。

 明日を夢見る幼子が、次の日には冷たくなり二度と起き上がらぬ事など、外周区では日常茶飯事。

 ガストレアを憎むくせに、いざ奴らが来れば一刻も早く遠ざかるように祈るだけ。そのくせ「呪われた子供たち」には平然と殺意を向ける腰抜け共。

 

 見るに堪えぬ糞袋の存在を黙認する社会。地獄に堕ちるべき咎人が裁かれぬ世界ならば。

 

「ーー悪を討つ者が必要であるというならば、この手で裁くのみ」

 

 然るべき罰は、あらゆる悪を滅した後に受けると決めている。

 

「相も変わらず、君の頭の中は悪の絶滅(それ)しか無いのか? 医師としては一度精密検査を受けることを勧めるよ --それで、今日は一体何の用かな? こう見えて忙しい身でね、君と不毛な議論をするつもりなど無いのだよ」

 

「----あるガストレアについての情報が欲しい。対象はモデル・スパイダー ステージ1。残念ながら写真と僅かな体組織片しか無い」

 

「----ただのステージ1にそこまでするとは思えないな。一体そいつは何をやらかしたのやら」

 

 ステージ1相手にこの男が出張るとすればそれはおそらくーー

 

「モノリスの磁場を超えて奴は東京エリア内に侵入した。問題は、この個体が今も発見されていない事ーーそしてもう一つ」

 

「ーーー七星の遺産かね。あれを使うなど、お前はそこまで堕ちたのか、轟・・・!」

 

「ーー知っていたか。そして、あれの封印を解いたかと問われれば否だ。()()がこの国の為になるのであらば、遺産だろうと()()だろうと俺は使う。微塵の躊躇なく、一片の慈悲もなく。だがしかし、今遺産(あれ)を兵器として運用するには不確定要素が多すぎる」

 

「運用・・・だと・・・? あれが()()()()()()か、分かって言っているのか・・・?」

 

「無論。責めは永劫、無間で受けよう。それでも俺は、この決断が世界を拓くと信じている」

 

「狂人が・・・! 」

 

「その通りだよ。俺は一度として、己が人間としてまともであるなどと思ったことはない。英雄などと買い被りも甚だしい。俺はただ、世界を許容することが出来なかっただけの壊れた生き物に過ぎん」

 

 適応する(あくをゆるす)ことが出来ぬ故に壊すのだ。世界(じゃあく)を討ち砕き、新たな世界を齎す為にーー

 

「ーー件の個体が未だ発見されていないとすれば、それはおそらく糸を使って滑空しているからだろう。未だ発見されていない以上、それ以外にも擬態や迷彩の類は持っているかもしれんがね」

 

「もしそうだとすれば奴が滑空を止めて地上に降りてきた時が問題だ。何としても早急に片をつける」

 

「見えない感染源か・・・ぞっとしないな」

 

「だが俺には()()()。見えるのであれば殺すことも可能だ」

 

 不可視、不死、絶対防御、未来予測、一撃必殺ーー笑止。その程度、この男の前では何の意味もないーー抜山蓋世、頼むべきは剛力なり。

 

()()()()()()()

 

「お前の歩む道には、悲しいほどに救いがないな、轟」

 

「不要。我が心臓は、誰かのために生きて死ぬ。その為だけにあると知れ」

 

 軍靴の奏でる鋼鉄(ひびき)を残して、世界に挑む怪物が去っていくーー

 




 聖天子を立てるより自分が上に立った方が効率がいいと感じていれば、轟君は迷わず革命起こしてました。悪を討つ為だからね、しょうがないね。
 というか割と今のままの東京エリアだと革命起こすかの瀬戸際って感じですね。少しでも悪への追及が緩んだり、或いは聖天子の判断にブレや迷いが生じたら「勝つのは俺だ」します。
 ただ同時に、自分の覇道とは異なる王道を往く君主として期待もしています。こいつなら俺とは異なるやり方で、世界を変えられるのではないかという感じで。なので、己の障害とならない限りは彼女の下で働いてます。
 何パターンか書いてたんですが、聖天子に光の奴隷インストールするのが実は結構楽しかったですね。
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