オリ主が逝くリリカルなのはsts   作:からすにこふ2世

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第16話

 

 

目が覚めてまず目に入ったものは、真っ白な天井だった。体にかかっているのは白いシーツ。顔に付けられているのは酸素マスク。となると、ここは天国でも地獄でもなく、ただの病院らしい。鬱陶しいマスクを外し、一度深呼吸する。そしてベッドの窓側に座っている女に声を掛ける。

 

「どうして殺してくれなかった」

「シグナムはトドメを刺そうとしよったけど、私とあんたの部下が止めたんや」

 

余計な事をする。あのまま死なせてくれれば良かったのに。

 

「ところで、なんで私を撃ったん。大体検討はつくけど、教えてもらいたいわ」

「腹が立った。自分の味わった苦痛の一片でも味わわせてやれれば、というのが半分。あなたを撃ったらシグナムが殺してくれると思ったのが半分」

「……ひどい男やな、あんたは」

「お互い様でしょう。そっちは人の内側を土足で踏み荒らした」

 

 人の気持ちを知りもせずに、知った風な口を聞いて、復讐はさせないと言ってきた。撃たれて当然とは言わないが、理性が飛んだのは自然なことだ。なにせ、この何年も積み重ねてきた物全てを否定されたのだし。積もり積もった怨念と、それによって生まれた感情は、理性を砕くには十分すぎた。

 だがあの場で彼女を撃ったのは賢くない選択だった。自分の頭を吹き飛ばせば事は簡単に終わっていただろう。今更後悔しても遅いが。

 

「大事な物を奪われたのはこれで二度目です」

 

 一度目は家族を奪われ、二度目は復讐の権利を奪われた。ここまで見事に奪い尽くされてしまえば、私にはもう何も残っていない。空っぽだ。

 

「何も生きていく理由がなくなったから、死のうとしたんです」

「妹さんはどうするん?」

「……それもやはり調べられていましたか。正気も理性も思考も何も残ってません。私が生きようが死のうが、良くなることも悪くなることもないでしょう」

 

 人は何かしらの目標を持ち、思考を巡らせ手段を模索し、理性で選択し、己を動かしてこそ人間と呼べる。私にも妹にも、目標なんて無いし目標を探すだけの思考も巡らせられない。そんなのはただの獣だ。人間じゃない。私も、妹もだ。

 

「私が死んでもあなたに何か損が出ますか?」

「……あんたの指揮する分隊を纏められん」

「彼らは私と違って大人です。上司に従うだけの常識はあります。纏められないにしても、大した戦力にもならないので切り捨てればいい」

「いいや。適切な運用をすればかなり強力や。それに彼らはあんたを慕っとる」

「いつ死ぬかは私の人生で、死のうとしたのは私の意思です。死ぬ権利まで奪わないでください」

「この頑固者」

「何とでも言ってください。綺麗事ばかり並べ立てて、全部結局は自分が損をしたくないだけじゃないですか」

「違う! あんたのためや。復讐なんかしたら、あんただけやなく妹まで人殺しの家族として罵られるんやで?」

「妹も罵られて腹が立つような思考能力は残っていません。私は全員殺したら死ぬつもりでしたし問題ありません」

「死んだ家族のために人生を棒に振るんか?」

「管理局が仕事をしないからこんな事をしようと思ったんですよ」

「……今は拘束中や。裁判の準備もしとる。あとはあんたが証人として出れば、有罪にできる」

 

 仕事もせず、偉そうに綺麗事ばかり言ってるのかと思ったら。なんだ、ちゃんとしてたのか。

 

「それはいい知らせです。仕事してないなんて言ってしまい、すみません」

「ヘンリー・グスタフ他四名。裁判で罪が確定すれば、牢に入れられるから復讐はできん。けど、報道は大々的にする。出て来てもまともな社会生活は送れんはずや」

「そうですか……」

 

 殺せないのは悔しいが、罪状が罪状だ。刑は無期懲役か死刑のどちらかだろう。結果として、奴らが後悔しながら死ぬのならそれでも構わない。と言う事にして、妥協しなければやってられない。法廷に武器は持ち込めないし、ロストロギアを使ったとしてもすぐ取り押さえられる。何にせよ、復讐は諦めざるを得ない。

 

「管理局、辞めるかな……」

「は?」

「知っての通り、私はあいつらをぶち殺すために管理局に入りました。管理局に入って、手柄を立てて偉くなれば、奴らに近付いて殺す機会を得られると思った。殺せないなら管理局にとどまる意味もありません」

 

 中将には、目的を理解してもらい、わずかながらとは言えその援助をしてもらった割に終始迷惑ばかりかけていた。結局、何一つとして返せていない。

 申し訳ないとは思うが、私にできることは何も無い。

 

「ちょい待ち。部隊はどうするん」

「任せます」

「裁判が終わったら?」

「速やかに死んで、保険金を妹の入院費に当てます」

「私の今までの説得は?」

「ずっと前から決めてた事です」

「……わかったわ、私を撃った事許そうと思っとったけど、やめや。罰として、機動六課がある間は私の下で働け! その後は管理局で死ぬまで働け! ええな!」

 

 窓が割れそうなほどの声量で叫ばれた。他の人の迷惑にならないかと少し心配したが、この病室は個室だったようだ。

 

「お断りします」

「どうしてそんなに死にたがるんや? 年頃の男なら、恋とか肉欲に溺れた生活とかそういうのに興味があるはずやろ? 人生を楽しまずに死んでどうするんや!」

「興味がないんです」

 

 あの日以来ずっと、そういう事とは全く縁のない人生を送ってきた。縁がないどころか、ずっと復讐のことしか考えていなかったせいか、そんな欲求は欠片も無かったから考えたこともなかった。なので、ほんの少しだけ考えてみる。自分が目の前の女を裸に剥いて組み敷いて、その上で腰を振る姿を。

 ……興奮するどころか、どうしても糞野郎と重なってしまい、言葉では言い表せないほど嫌な感じがする。道理で今まで考えて来なかったわけだ。こんな気分になるのなら、無意識の内に拒否していてもおかしくない。

 

「ところで疑問なんですが、どうして私にそこまで生きて欲しいんです? 赤の他人でしょうに」

「私も昔は家族が一人も居らんかった。けど……今は皆が居る」

 

 皆、とは。シグナム、ヴィータ、シャマルの三名か。あとはペット。

 

「それはとても感動的ですね。それで、私にも同じように家族がどこからともなく現れるとでも? それとも妹が正気に戻るとでも?」

 

 仮にそんな奴が出て来たとしても、ガキならともかくこの歳で家族として受け入れられる訳がない。妹に関しては、あのスカリエッティすら匙を投げたのだ。いくら時間を費やしたとしても、果たして治るものだろうか。

 

「そんな都合のええ話があるわけ無いって顔しとるな」

「現実的じゃない」

「ところがや。ええ話がある。私の家族にならんか?」

「……」

 

 思考停止、数秒の沈黙。瞬きを何回かして、彼女の顔をじっと見る。表情から真意は窺い知れない。思考を再開して、何をするのが最適かを導き出す。

 そして出した結論は、ナースコールを押すこと。きっと撃たれたショックで脳のどこかにダメージを受けたのだろう。でなければこんなことを言うはずがない。精密検査をしてもらったほうがいい。

 

『どうしました?』

「見舞客の様子がおかしいので、頭の検査をしてやってください」

「私はどこもおかしくないで!」

『……取り込み中のようですので、また後で向かいますね』

 

 一体どの口が言うんだ。自分を撃った相手を許すだけでなく家族になろうと誘うなんて、器が大きいとか、そういう次元じゃない。もはや聖人と崇められてもいい位の善人だ。感動した……が、彼女の考えは私には理解できない。わずか20年も生きていない短い人生だが、ここまで理解できないものは始めて見た。感動よりも、得体の知れなさから来る気持ち悪さのほうが大きい。吐き気を催すような気持ち悪さとはまた別種の……そう。不気味な感じだ。一体彼女は何がしたい。何を考えて私を家族にしたいと言った。考えても、全くわからない。

 

「正気ですか?」

「正気やし、本気や。目の前で自殺する人が居ったら助けるのが普通やろ。同じような境遇の相手なら尚更」

 

 同情か。不愉快だ。馬鹿にされているような気分になる。同じ苦しみを、絶望を味わったこともないのにわかったような事を言って。口には出さないが、私はこういう奴が一番嫌いだ。

 

「どうしてお前なんかと結婚しなくちゃならない」

「結婚!? いや、私は弟にならんかって意味で言うたんやけど……」

 

 弟か。どちらにせよ考えは変わらない。

 

「お断りします」

「なんでや」

「差し出される手を取るか払うか。選ぶのは個人の自由です」

 

 その手を払い除けることを選んでも、今の状態とさほど変わらない。手を取れば新たな人生が開けるかもしれないが、それは私にとって魅力的ではない。私は屑だ。屑は屑らしく、ゴミ箱へ投げ込まれるべきだ。

 

「その頑固さが気に入らんのや。なのはに頼んで叩き直してもらおうか」

「自分には関係ないのに、よくそこまで気を使えますね」

「……似たような境遇ってのを抜きにしても、仲間やろ?」

「認めた覚えはありませんが」

「頑固者」

「何回言ったら気が済むんです?」

「そうまで言うなら条件付きで諦めたる」

 

 条件付きなぁ……そんな物出されても面倒なんだが。

 

「今度の模擬戦でなのはに勝ったら諦める。負けたら強制的に、ずっと私の監視下に置く」

「こっちにメリットが一切ありません」

「それじゃあ……勝ったら復讐を見逃してもええ。これでどうや」

「留置場や法廷にいる奴に手が出せるわけがないでしょう」

 

 関係のない人物を巻き込めば話は別だが、無関係な多くの人間を巻き込むのは、できれば殺すのは最小限にしたいという考えに反する。甘い良心を捨てきれなかったからこんな事になったのだが、無関係の大勢の人間を目的のために巻き込むのはただのテロだ。私がしたいのはテロじゃなく、敵討ちだ。どれだけ言葉で飾り付けをしても、人を殺すという事に変わりはないが、敵討ちの方が殺す相手の幅は狭い。より正当性があるような気がするから、敵討ちをする。

 

「代わりに、あいつらを確実に死刑にしてください。あなたのバックに居る方の協力があれば、その位簡単ですよね。それだけがこちらの望む条件です」

 

 私が復讐をしようとするのも。いや、しようとしていたのも、家族を奪った奴らがのうのうと生きていることが許せないから。要は奴らが死ねばいいのだ。何も自らの手で殺さずとも、ほんの少しの妥協で。自らの手で殺す、という拘りさえ捨てれば奴らは死ぬ。それも、正当な裁きの末に。

 願っていた結末とは多少違うが、最善に近い結果だ。私が奴らを殺せば犯罪者となり死んでも保険金は出ない。口座も差し押さえられるだろう。そうなれば妹の治療は続けられない。だが奴らが裁判の末死刑になれば、私は満足して殉職できる。そうすれば保険金が出て、妹の治療を続けられる。

 

「……ええやろ。模擬戦は三日後。しっかり体を治すんやで」

「ええ。そちらもお大事に」

 

 もしもこの模擬戦に負けても、一生監視が付くというだけ。自殺は止められても、戦闘中に殉職する分には障害にならないだろう。死ぬための状況を作るのは簡単だ。スカリエッティを呼び出して、殺意を持って攻撃を加えればいい。そうすればセットで着いて来るであろう戦闘機人が殺してくれる。簡単なことだ。幸い、奴のアドレスは教えられているし。裁判が終わったら、殺されに行くとしよう。

 


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