スカリエッティのラボの扉を開く。それぞれがどういう働きをしているのか、よくわからない機械の群れと、いくつか並んだ『失敗作』の生体ポッド。そして、私の妹の入った生体ポッド……その前に、スカリエッティが居た。いつもは隣で作業しているウーノは見当たらない。一緒に居ればついでに話をしようかとも思ったが、それはまた後でもいいだろう。
「おや、どうしたんだい? 可愛い妹の見舞いかな? それにしては怖い顔をしているね」
「少し話がある。時間は取らせない」
「なんだい? 作業しながらでいいなら聞かせてもらうよ」
「そのままで構わない。話というのは、二つだ。まず一つ、お前はナンバーズに一体どういう教育をしている」
「どういう、と言われてもね。一般教養と社会常識、あとは任務を果たす上で必要な知識。戦闘技術。倫理観は邪魔になるから、あまり力を入れていないよ。チンクの事ならそうだね。彼女はああ見えて君が生まれた時位から稼働している。しかし彼女は戦闘機人、その存在は許されざるものだ。故に外部との接触がほとんどなく、触れ合うのは姉妹か私、あるいはゼスト・グランガイツだけ。ルーテシア以外は皆私の作品で、彼女からすれば皆家族だ。家族に欲情する者は居ないだろう? そういうことさ」
あのやりとりを見ていたのか。まあそうか、一応保険をかけてあるといっても私は元管理局員。裏切る可能性はゼロではない。ゼロでないなら警戒するのは当然。監視や盗聴など、むしろあって当然のものか。
「結局何が言いたいんだ」
「君を家族として見ているから安心しているだけ、ということだ。外部の人間に対してはおそらく普通の反応をするだろう。回答には満足してもらえたかな?」
家族、と聞いて思わず眉をしかめる。私は他人を受け入れられないし、他人に家族と思われたくもない。
「満足だ。あと、私の家族は一人だけだ。貴様らを家族と思うことは絶対にない」
「本人には言わないでおくれよ。彼女は案外デリケートなんだ、否定されたら傷つくからね。それでもう一つの質問は何かな」
妹に妙な事をしていないか、と尋問しようかと思ったが。どうやらその心配はなさそうだ。
「エリーの治療状況はどうなってる」
私の大事な妹。ただ一人の家族。仲間を裏切る事を代償に救済を約束させるほどに、大事な妹。治療がほんの少しでも進歩していれば、それ以上に嬉しい事はない。
「あまり芳しくない。脳から事件の記憶を消しても肉体との矛盾が発生する。記憶を消すのではなく封印し、アクセスを禁じる方法も取ってみたが、どうやってもプロテクトを破られてしまう。やはり人間の脳とは実に素晴らしいスペックを誇っているね……おっと、話が逸れた。現状、マトモな手段で彼女を治す方法は見つかっていない」
期待はずれだが、予想通り。マトモな、という前提条件がつけば治すことはできない。だがそうでなければ治すことは可能だ、と言いたいのだろうか。ただあまり褒められた方法ではないだろう。確実に法に触れる。人としてのあり方も問われる。
今更それがどうだと言うのだが。
「続けてくれ」
「君も管理局員だったなら、P.T事件のことは知っているね?」
「ああ」
有名な話だ。質量兵器以外ではほとんど。いや全く注目されていなかった辺境の管理外世界で起きた事件。高町なのは、フェイト・T・ハラオウンという非常に優秀な魔導師二名を管理局が発掘するきっかけとなった事件。詳細はともかく、そういう事件があったということを知らない人間は管理局には居ない。
確か事件の内容は、願いを叶えるというロストロギア、ジュエルシードを輸送中の船団がプレシア・テスタロッサに攻撃され、積荷のジュエルシードが地球のある都市にばら撒かれた。それを回収したのが高町なのはとフェイト・T・ハラオウン。当時の名だとフェイト・テスタロッサか。事件の最中のことは知らないが、結末はジュエルシードの制御に失敗したプレシア・テスタロッサが虚数空間に落ちて終了、だったはず。
「プレシア・テスタロッサの望みは、死んだ娘、アリシア・テスタロッサの蘇生だった」
「それは初耳だな。それで、それと私の妹と何の関係が?」
「そこでヒントだ。フェイト・テスタロッサが生まれるよりもずっと前に、プレシアは未亡人になっていた」
私の妹の治療手段と関係があるのなら、孤独に耐え切れずそこらの男に抱いてもらった。なんてつまらない解ではないだろう。となれば、フェイト・テスタロッサは普通の生まれではない。考えられるのは、娘をジュエルシードを用いない手段で蘇生させようとした結果できたモノ。
「クローンか」
「正解。彼女は娘の細胞からクローンを作り出し、自分の娘の記憶をインストールした。まあ、彼女は満足していなかったんだろうね。だから名前もアリシアではなく、愛情の欠片もないクローンを生み出すためのプロジェクト名と同じものになった」
通称プロジェクトF。汚れ仕事をやっていた時にその存在を知ったが。なるほど、フェイトという名前は偶然ではなかったらしい。そしてたった今、こいつがいかに狂っているかを再確認した。
「そうだな」
もし結果に満足できていたのなら、フェイト・テスタロッサはアリシア・テスタロッサであったはず。そしてP.T事件も起きなかっただろう。
「ちなみにエリオ・モンディアルもプロジェクトFの産物だ。私は直接関与していないがね」
「そんな事はどうでもいい。それよりも、エリーも同じようにするのか? 劣化コピーを作って、それに愛情を抱けずにこの手で処分しろというのか?」
冗談ではない。なぜ自分が最も大切にしているものを、自分の手で壊さなければならないのか。
「まさか。私の作るのはクローンだがあくまでも中身の無い器だ。その器に事件の記憶を消したオリジナルの脳を移植する。そうすれば肉体との矛盾も解消されて、めでたく完治だ。人格も行動も、細かな仕草も、それを司る脳がオリジナルのものだから、オリジナルと全く変わりない完璧なものとなる。どうだね?」
「……」
確かに私はエリーに治ってほしい。治って、人並みの人生を歩み、幸せになってほしい。だが、スカリエッティの提示した方法で、本当に治ったと言えるのか? 脳を抜かれて抜け殻となったエリーは? それだってエリーだ。だが脳を移植された治ったエリーもエリーだ。移植されたエリーは確かに、体がクローンだということさえ隠せば幸せに生きられるだろう。だが抜け殻は処分されるしかない。意志が無くとも、抜け殻でもそれはエリーだ。エリー『だったもの』とは見れない。
ポッドの中に浮かぶ妹を見る。だが、何も答えてはくれない。思考が停止する。
「君は今まで色んな物を切り捨ててきただろう。妹の肉体を切り捨てるだけで、君の望みが叶うんだ」
まるで悪魔の誘惑。耳を塞ごうとしても塞げない。聞きたくないのに、聞いてしまう。脳の奥まで染みこむ、甘美な誘惑。
「あ……ぁ」
頼む。
そう一言声に出せばいいだけなのに。その一言で私の家族は救われるのに、喉下で言葉がつっかえて出てこない。私に残った最後の人らしさが、言葉に出すことを拒否している。
一度言葉を飲み込んで、私はどうしたいのかを考える。私は妹を救いたい、そう思っていたはずだ。どのような形であれ、救われるのならばそれでいい。それでいいじゃないか。何を今更迷うことがある。倫理観など捨ててしまえばいい。それに、残った体はもう壊れているのだからいいじゃないか。事故にあった車を乗り換えるように、新品の体にすればいい。
そう、それでいいんだ。
「……たのむ」
「確かに、承ったよ。そうそう、世間一般は私のことを狂っていると言うが。その私が保証する。君も私と同じく、狂ってるよ」
これでいい。狂っていると言われようとも構わない。エリーの幸せこそが私の幸せなのだから。
「ああ、そうだ。ついでに一つ頼んでいいかい?」
「ッ、なんだ」
「クラナガンで輸送していたレリックと、もう一つ。私の目的を達成する上で重要なモノが困ったことに事故にあってしまってね。これから娘たちに回収に向かわせるが、君も一緒に向かってもらいたい」
「わかった」
レリックともう一つ、とは何だろう。まあ私には関係ないことか。
「ウェンディのライディングボードのスペアがある。それで現場まで移動して、ルーテシアの攻撃に巻き込まれない程度に離れた位置から見張りをしてくれ。もし捕まったら、その場で最適な判断を。殺傷も許可するよ」
「わかってる。やることはやるさ」
「ああ。しっかり殺ってくれたまえ。君の妹のためにもね」
……嫌なやつだ。本当に。
ハンクの妹
名前 エリーベルタ
年齢16歳
愛称 エリー
かなり重要な人物だが、本編中で言葉を発することはまずない。名前も適当。
あと、次回から主人公が本気出す