スカリエッティから支給されたライディングボードとは、なかなか便利なものだ。市街地で徒歩で武器を背負いながら移動していればかなり目立つ上に、狙撃地点の確保まで時間がかかってしまう。だがこれは空中を高速で移動でき、さらに音も出ない。空中戦力が出てこない任務であればこれほど役に立つものはないだろう。
さて、今回の私の仕事は地下に潜ったルーテシア及びユニゾンデバイスアギトの撤退支援。直接敵との交戦は避け、もしルーテシアが捕獲されそうになった場合は狙撃で気を引きつつセインに回収させる。事前に相談して作戦を練った結果の配置だ。
……ちなみにルーテシアが地下に潜ってからそろそろ一時間ほど経つのだが、先ほど敵と交戦するという連絡が入ってから何も返事がない。大丈夫だろうか。発信機の反応が動いているから、生きているとは思うのだが。
『こちらルーテシア。レリックの確保に失敗……追撃を振り切れそうにない。助けて』
「地下では援護のしようがない。地上に出ろ」
『わかった』
通信が切れた直後に遠方の道路が爆発し、大量の土砂を巻き上げた。おそらく地下から地面をぶち破って地上に出るのだろう。双眼鏡で覗いてみると、土煙の中から紫色の影が飛び出してきた。双眼鏡を置き、持ち歩くにはあまりに大きいサイズのライフルを構えてスコープを覗き込む。
「そちらの位置を目視した。派手にやってくれたな、敵が見えない。サーマルスコープなんて持ってきてないぞ」
あったとしても、付け替える時間がないし、調整する時間もないが。
『ああでもしないと捕まるところだった』
「捕まってくれたほうが、敵が動かなくて狙いやすいんだが」
『動いてる相手にも当ててよ。ヘタクソ』
無茶を言う。ここからルーテシアの居る位置までは一キロ以上離れている。数百メートル程度でも高速で動く相手に当てるなんて無茶が過ぎる。少なくとも私には難しい。
「当てられないことはないが。複雑な動きをしているのは無理だ。それより追撃だ、回避しろ」
『もっと速く言ってよ役立たず』
言われてから飛んできた鉄球を回避するのは、ガリューのおかげかあるいは本人の能力か。まあどっちでも構わない。敵に回らなければそれでいいのだし。
土煙を突破して出てきたのは、三名。一人は八神ヴィータで、あと二人はウイングロードを伸ばしてその上を走っている。片方はスバル・ナカジマ……もう片方は、誰だかわからない。
少なくともヴィータ以上ということはないだろう。ウイングロードを使うということは空戦は限定的にしかできないということだし、その上しか走らないのだから危険度も完全空戦可能なヴィータに比べれば低い。
よって、再優先排除目標はヴィータに決定。銃口を向け、スコープ内に捉えズームする。しかし、ルーテシアが反撃しているせいでそれを回避するために動きまわり、とてもではないが撃てない。
だが狙い所はある。六課に居た間、ただひたすら自分の部隊の訓練をしていたわけではない。他のところと連携するために行動のパターンを把握し、隙が生まれる瞬間もしっかりと観察してある。だからわかる。撃つべき瞬間はもうすぐ訪れる。
『どうして撃たないの。落とされる』
「動きが不規則で狙いが付けられないのと、射線が通らない。もう少し高度を上げろ」
二脚で安定している銃身は、呼吸と心臓の鼓動に合わせて少しずつブレる。息を一度大きく吸込み、止める。呼吸に合わせて揺れていた照準が停止し、レティクルの中心に高度を上げてきたルーテシアを捉え、完全に停止させる。意識を集中する。撃てるのは一瞬。速ければ弾丸はルーテシアを撃ち殺し、遅ければ目標をハズレるだけでなくこちらの位置を相手に晒す事となる。
ある種の賭けだが、こういう状況には慣れている。
『やっぱり役立たず……っ、追いつかれた!』
スコープの中でヴィータがハンマーを振りかぶるが、その動きはとても遅い。ナメクジが這うよりも遅く見える。だが、まだ撃たない。
ハンマーがルーテシアをかばうガリューに向け振り下ろされたその瞬間、トリガーを引く。衝撃が肩を貫き、発砲音が耳を鼓膜を殴り、硝煙が鼻を突く。直後にルーテシアが地面に叩き落とされ、先ほどまでルーテシアが居たその空間にヴィータが乗る。弾丸は一直線に進み、射線上に居た目標を貫通し、空中に赤い花を咲かせる。
「……ミス」
やはり空中で動いている敵を狙うのは無理があったようだ。腕一本を根本から引きちぎっただけで致命傷ではない。第二射を撃とうとしたが、落ちたのが丁度街路樹の陰とあっては見えない。他のやつを狙おうかと思ったが、丁度どれもこちらからは見えない位置に居る。
既にこの場所はバレてると考えて、相手側に狙撃手が居ないとも限らない。戦う上で最も厄介な奴の戦闘能力を奪えたのだし、最高とまではいかなくとも悪くはない戦果だ。ここは欲を出さず、すみやかに撤退するべきだ。
「掠り当たり。致命傷ではないが、戦闘能力は奪った。第二射は撃てない。セイン、ルーテシアを回収して撤退だ」
『はいはーい』
『痛い』
ルーテシアが文句を言ってくるが、文句を言えるということは軽傷ということだ。問題ない……そういえば、ほぼ死に体なのに文句を言っていた二号。あいつは今どうしているのだろう。見舞いに行くわけにもいかないし、スカリエッティに調べさせるか。
「死んでないだけいいと思え」
二脚を畳み、安全装置をかけて銃を背負う。それから薬莢を拾ってカバンに入れる。転落防止用の柵に立てかけていたボードを地面に寝かせ、その上に伏せ浮き上がらせる。ボードの頭を郊外に向け、使い捨てのロケットブースターに点火。一気にその場を離脱する。
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本当に、一瞬だった。何が起きたのかまだよくわからない。敵を叩き落としたと思ったらすごい衝撃がして。いつの間にか地面に向かって落ちてて。わけがわからない。とりあえず、状況を把握するために地面に手をついて立ち上がろうとするけど……つこうとした手の感覚がなく、そのまま地面に倒れる。気づけばグラーフアイゼンを握っている感覚もない。
「あれ?」
攻撃する時以外、いつだってアイゼンを手放すことなんて無かった。なのはの砲撃を受けた時だって手放さなかった。なのに、どうしてアイゼンを握ってる感覚がないのか。
恐る恐る腕を見ると、そこには……肩から吹き出す赤色以外何もなかった。アイゼンも、それを握る腕さえも。
「っ!」
「ヴィータちゃん!」
かなりショックを受けたが、その間にもリィンがバインドで止血してくれた。傷口が大きすぎて止血しきるのは無理だけど、それでもないよりはずっといい……その証拠に、出血は大分落ち着いた。頭も、少しは冷静になった。
よし、何をされたか把握しないと。私はさっき敵を叩き落として、その後に『ナニカサレテ』こうなった。たたき落とした奴が何かをしたようには見えなかったから、きっと視界外からの攻撃。落とされた直後に雷鳴が聞こえたから、かなり遠距離からの攻撃。
音が聞こえた方向へ視線を向けると、小さな光が遠くへ飛んで行くのが見えた。それが意味するのは……
「見逃された?」
そうわかった途端に、安堵し、さらに屈辱からくる怒りがこみ上げてくる。ベルカの騎士である自分が、何もできずに腕を奪われて。さらには見逃されるなんて、尋常でなく腹が立つ。見逃された事に安心している自分にも腹が立つ。
今までこんな屈辱を受けたことはない。何も負けたのが今回で始めてではない。だが、何もできずに負けて、トドメをさせる状況なのに捕まりもせず、かといってトドメも刺されないなんてのは今回が始めてだ。
「畜生……畜生!!」
屈辱に歯を食いしばり、残っている左手で地面を殴る。コンクリートの地面にヒビが入り、殴った手も痛い。失った右腕が尋常でなく痛むが、そんなのは関係ない。騎士としての誇りを、プライドを傷つけられた事のほうがずっと痛い。
「三尉! 大丈夫ですか!?」
「そう見えるか!」
そう怒鳴った所で、我にかえる。ティアナは自分を心配してくれているのに、どうして怒鳴ってしまったのか……どれもこれも、アタシを撃った奴のせいだ。てのは、言い訳でしかない。それとアタシ自身、視界外からの攻撃を全く警戒してなかったのもある。
「……すまねえ。アタシのミスなのに怒っちまって」
顔はわからなかったが、やり口は覚えた。もし次に出てきたら、絶対に叩き潰してやる。それこそ刺し違えてでも。そう心に誓って、意識を落とす。
報復フラグが立ちました