でも相変わらずシリアス。でも中途半端に日常アンド癒し。
昼下がり。私、ルーテシア・アルピーノは朝食を済ませてからハンク・オズワルドの後ろをずっとついて歩いている。隠れてはいるけれど、きっとばれている。でも気にしない。こうしているのはただの暇つぶしで、わざとばれるように動いているから。
ハンク・オズワルド、歳は18。彼は私と同じく家族を治すためにあの倫理なんて糞食らえ、常識なんで海に投げ捨ててしまえと言う変態科学者の手駒となった、らしい。本人に聞いてないから本当かどうかわからないけど。
ともかく、境遇が似てるから仲良くなれそうな気がしないでもない。だからこうして暇潰しのついでに、話すきっかけを探している。自分から話しかけるのは苦手だから、どうして付いてくるのか、とでも聞いてくれればそこから会話が発展していくと思う。
「……!」
キッチンのドアを少しだけ開けて見ていたら、目が合った。一瞬だけ作業の手を止めたけど、すぐに興味なさげに作業を再開した。
……何度目かわからないこのパターン。話しかけられるのを待っていては絶対に仲は進まないことを理解した。
仕方が無いので、ドアを開いてキッチンに入り、自分から声をかけてみる。
「……何を、作ってるの?」
「クッキーだ」
こちらに顔も向けずに、数枚の鉄板の上に何かを載せて、それをオーブンの中へと放り込んで閉じた。
それからようやくこっちを向いてくれた……改めて顔を見てみると、なんともどこにでも居そうな穏やかな顔付きだ。こんな顔して平気で人を殺す事ができるなんて、やっぱり人は見かけによらない。
「なんでクッキー?」
今回の目的は仲良くなること。仲が深まれば、似た者同士で結託してあの変態に一泡吹かせられるかもしれないし。
「昨日病院に行った時にセインをタクシーがわりに使ったから、その代金として菓子を作ってくれと頼まれた。いくらか余分に生地を作ったから、お前も食べるか?」
お菓子なんてここに居てもほとんど出ない。出たとしてもあんまり美味しくない奇抜な物だし。
そういえば、この人が来てからは食事はこの人が作ることになっていたんだった。料理の味は今まで出ていたのと比べると随分良いものになってるし、お菓子にも期待していいかもしれない。
「涎が出てるぞ」
「あ……」
キッチンペーパーをちぎって渡される。真っ赤になった顔を背けて、涎を拭いた紙はゴミ箱へ。ものすごく恥ずかしい。こんな事、ずっと昔お母さんにされて以来だ。
恥ずかしさと屈辱からくる体の震えを隠せない。絶対に許さない。絶対にだ。
「とりあえず、いるって事いいんだな」
「うん」
しかしそれとこれとは話が別。食べたいものは食べたい。食べ物に罪はない。クッキーが焼けるのが待ち遠しい。
「あとは放っておけば焼ける。できあがるまではどこかで時間を潰してろ」
「一緒にいていい?」
「構わんが、珍しいな。いつもはゼストやアギトと一緒に居るのに」
「ゼストは休憩してる。アギトはあなたの事を嫌ってる」
「嫌われるような事をした覚えはないが」
「平気で人を殺そうとするのが好きじゃないみたい」
どうして人を殺しちゃいけないのかわからないけど、アギトは悪いことだって言ってる。殺人が嫌いらしいから、人を殺したことのあるハンクさんも嫌いらしい。殺そうとする姿勢も嫌いらしい。
私は、家族を助けるのを邪魔をする人なら殺してもいいと思ってる。だけど実際に殺したことはないから、嫌われてないんだと思う。
「そうか。まあ、そうだな。それが普通だ」
「私は気にしない」
邪魔なものを壊して何が悪いのか。それが建物でも人でも、邪魔なものは全部壊してしまえばいい。お母さんを助けるために必要なら、人でも物でも関係ない。
彼だって同じ考えのはず。同じ考えを持って、それを行動に移している。
「……その考えについては何も言わないが。少なくとも私を見本にするのはやめた方がいい」
まるで考えを見透かされたような一言。そういえばあの変態から、彼はロストロギアの影響で他人がどんな感情を抱いているのかを見ることができる、と説明されてたような。されてないような。
今気付いたけど、さっきと比べて目がおかしいような。まるで蛇みたいに瞳孔が縦に割れてる。
「なにも言ってない」
「見ればわかる」
思い出した、そういえば説明されたんだった。
「……なら。どうしてだめなの?」
「私は間違っている」
「どこが間違ってるの? 家族のために他人を殺すのは、悪いことじゃないと思う」
「いや。悪いことだ」
首を振って否定するけど、悪いこととわかっていながら辞めないのには理由があるんだろう。似た者同士だけあって、すごく気になる。それに、こういうことを聞く機会なんてほとんど無いんだし、仲良くなるついでに聞けることは全部聞いて見よう。
「ならなんでやめないの?」
「それ以外に方法がないからそうしてる」
「なら私もそうする。それ以外方法がないなら、そうするしかない」
「そうか」
……少しだけ会話してみたけど、すごく大きな壁を感じる。乗り越えられそうにないし、壊せそうもない大きくて分厚い壁に冷や汗が出る。
他人との付き合いがほぼ無いに等しい私には、これ以上踏み込むのは無理かもしれない……
「……」
「そろそろいい時間だな」
彼は失意に沈む私を無視して、手袋をはめオーブンに駆け寄る。私なんかよりもクッキーの方が大事らしい、ショックだ。
それにしてもいい匂い……ダメだ、また涎が出そう。喋ってたらお腹も減ったし。
彼が取り出した鉄板を傾けると、皿の上に薄黄色で、端が少しだけ茶色く焦げた美味しそうなクッキーが流れ落ちて行く。少し固めに焼いたのか、クッキーが皿に落ちるたびにカンカンと音を立てている。口の中にたまった唾を飲み込むと、ゴクリと音がした。
「……」
「待て」
気がつくと、焼きたてのクッキーに手が伸びていた。その手首を上から鷲掴みされて止められた。
ひょっとして、怒られるんだろうか。恐る恐る顔を見上げるが、さっきと表情は全く変わらない。少なくとも怒っているようには見えない。
「少し冷まさないと火傷するぞ」
「……」
屈辱だ。
ルーテシアに主人公をお兄ちゃんと呼ばせようと思ったけど流れ的に無理があった。妥協して主人公に人生の先輩兼保護者みたいな行動を取らせてみた。