「どうも最近、フェイト執務官が君のことを嗅ぎまわってるみたいだよ」
ドゥーエを覗くナンバーズ全員と、もう一人私の細胞を組み込んだ少女、ネームレス。プラス私とスカリエッティ、計十四人分の朝食を作っている最中、突如スカリエッティから話しかけられた。
「それで?」
嗅ぎまわっているからといって、どうこうする必要もないだろう。ヴィータ狙撃の証拠は何一つ残していないし、探られて痛い腹は二号かレジアス中将が教えない限り気にしなくてもいい。二号に関しては今のところ情報を漏らす素振りはないし、中将はそもそもコチラ側の人間だ。心配する事は何一つない。もし指名手配されても、困ることといえば堂々と命を狙われることくらいだし。
そんな事よりも話に気を取られて今作っている大量の目玉焼きをうっかり焦がしてしまわないかが心配だ。
「君の事を探るということは、同時に管理局のカーテンの内側も覗くということだ。つまり猟犬が動く。いや、既に命令が下されたそうだ。フェイト・T・ハラオウン執務官が猟犬の存在を知る前に始末せよ、とね」
猟犬、そういえばそんなのも居た。知りすぎた局員を上の命令で、犯罪者の犯行に見せかけて食い殺す、公的には存在しないとされている特殊な部隊。管理局員のほとんどが存在を知らず、知っている者のほとんどは猟犬の関係者。昔は自分もそれの一員だったが、別段感傷も何もない。そもそも彼女が食い散らされようとも私には関係……あるか。私の事を捜査している最中に死亡したとなれば、当然私の関与が疑われる。そうなれば指名手配、あるいは重要参考人として手配されるのは避けられない。私もやることはやっているのだし、言い逃れのしようがない。そうなるのは少しだけ面倒だ、買い物に行くのにも一々変装していかなければならなくなる。
「それで?」
だが、それがわかっていても私にはどうしようもない。私はあそこに所属して功績を稼ぎ、戦い方を学んだから、猟犬は手段を選ばずに相手を殺しにかかる事もよく知っている。爆発物を使う可能性もあるし、下手に近くに居たら巻き込まれてしまう。それに聖王教会の一件でなんとか猟犬の脅威から逃げられたのだし、また目をつけられるのは勘弁願いたい。
「ちょっと行って捕まえてきてくれないかな? 今日彼女がどこへ向かうかの情報は既に入手しているから、待ち伏せは簡単だと思うんだが」
「お前は私をなんだと思ってる」
焼けた目玉焼きと、ボイルしていたウインナーを並べられた皿に移し替えながら返事をする。エース魔導師を殺害ならともかく、猟犬から横取りして捕獲しろなどと、無茶にも程がある。絶対に無理とは言わないが、得物を横取りしたとなると私まで狙われることになってしまう。そんな事をやらせるなら、私などよりも遥かに戦闘能力に優れたナンバーズを何人か向かわせた方がよほど確実だ。それともこいつは私を殺したいのか?
「おはよー……あー眠」
「おはようセイン。丁度いいところに来たな、テーブルまで運んでくれ」
焼いていた卵を全部皿に移し終えた時点で、丁度起きてきたセインに皿を運ばせる。もし私の妹がマトモだったなら、こんなに大量の卵を焼くこともなかったし、こうしてアジトにコソコソと隠れている事もなかっただろう。ああ、全くどうしてこうなったのやら。
「はーい」
セインが食堂へ皿を持っていったのを見送ってからスカリエッティに向き直り、話の続きをする。
「第一、どうして捕まえる必要がある」
「それはもちろん研究材料さ。プロジェクトFの成功例であの年齢まで問題なく成長している個体はなかなか貴重でね。価値の分からない馬鹿な犬共に食い散らかされるのは惜しい」
「理由は分かった。しかし私が行く必要はあるのか?」
単純な戦闘能力で見るなら、私よりも戦闘機人の方が遥かに優秀だ。相手が単独ならば、ナンバーズ二人がかりで行けば容易に捕獲できるだろう。低ランク魔導師でもマトモにやり合うなら苦戦する私が行くなど、論外だと思うのだが。
「可能な限り証拠を残さずに事を終わらせられるのは君しかいない。それとも、無理と言うのかな?」
肩に手を置いて笑いかけられた。それは「拒否すれば妹がどうなるか。わかっているな」と暗に言われているようで……どうやら拒否権はないようだ。
「……できないとは言わないが。一人では厳しいな、クアットロとセインの随伴を許可してくれ」
クアットロが居れば街の監視カメラや人目は気にしなくてよくなるし、猟犬を撒くのにも使える。非常に便利だ。そしてセインはいつも通り回収用に。戦闘用のメンバーの随伴はおそらく許可してくれないだろう。こいつは私の本当の実力を見極めたがっている。
「もちろん許可しよう。彼女がどこを通るか予想したルートを後ほど君の部屋の端末へ送信しておくから、朝食後に見ておきたまえ」
「了解」
「期待しているよ」
引き受けたはいいものの。一体どうやって猟犬から得物を横取りしようか。こちらに予想ルートがあるということは必ず相手にも同じような物があるはず。ならばそれを中心に展開しているはずで、鉢合わせになるのは確実だろう……ならば衝突は避けられない。不幸中の幸いだが、相手は割りと話が通じる連中だ。どうにかして説得できればそれに越したことはない。が、何の対価もなしに説得するなどまず不可能……しかし私に彼らを納得させられるほどの対価は用意できない。
いや、一つあったか。金にも換えれば結構な額になり、金に換えなくとも様々な用途がある物が。どうせ私が持っていても使わないのだし、宝の持ち腐れ状態だ。それなら別に対価として引き渡しても問題ないだろう。
「ああ、そうだ。名無しを猟犬に引き渡したいんだが」
奴らに今の状態の彼女を引き渡した所で、すぐに戦力として運用することはできない。なぜなら性能としては既に完成しているのだが、実戦の経験がなく力の扱い方を全く理解していないからだ。起動してからまだ一週間と経っていないのだし、仕方ないと言えばそうなのだが。
だが、猟犬に入れば実戦経験も積めるだろう。実戦の中で自分のスタイルを磨き上げて、徐々に力の扱いを学んでいけばいい。ただ、隊員の多くが私の家族を殺したあのクズと同類なので、人格の形成には間違いなく悪影響があるだろうが。
「構わないよ。彼女は君にプレゼントしたんだし、所有権は君にある。どう扱うかは君の自由だ。親としては大事にしてあげてほしくはあるがね」
「反対はしない、そういうことでいいんだな」
「それが君の選択ならね。ただそうなると、セイフティが解除される可能性もあるからハッキング対策を厳重にしておかないとマズイかな」
「どのくらいかかる」
「君が準備している間には終わるだろう。それより朝食を食べよう。冷めてしまうし、準備する時間は多い方がいいだろう?」
「そうだな」
使ったフライパン等の調理器具を洗い場へ放り込んで食卓へ向かうと、既にこの施設に居る全員が席についており、それぞれが黙々と料理を口に運んでいた。セインとウェンディ、名無しに至ってはもう既に食べ終わっており、足りなかったのかトーストを新たに焼き始めていた。私も自分の席についてトーストをかじり、コーヒーを一口飲んで一息つく。
今日は忙しい一日になりそうだ、と。
ここらから原作崩壊開始。今更ですがね。