レジアス・ゲイズ。時空管理局地上本部の最高責任者。階級は中将。彼が着任してからミッドチルダの治安は大幅に改善し、民間から一般局員からと広い層から大きな支持を得ている。そして、地上の戦力向上のために非魔導師の戦力化……要するに質量兵器での武装した兵士を採用しようという危険思想の持ち主、と空と海から認識されている。しかし、地上本部には高ランクの魔導師が非常に少ないためその発想は悪くない。ガジェットに対してもその効果は魔法攻撃よりもずっと高いし、対魔導師にも質量兵器は撃たれてから回避は間に合わず、防御しても効果が薄い物が多い。実際に質量兵器運用第一小隊という部隊が設立され、それからわずか一週間経ってから初の実戦投入で犯罪者を皆殺しにして人質を救出するという大戦果を上げた。
人を……主に私を犯罪者と呼ぶのは気に食わないが、そこさえ目をつぶればその政治的手腕、人の能力を見る目は確かだ。素晴らしいと称賛してもいい。
その人を見抜く目のお陰でヴィータが殺されかけてしまったが……それはハンク・オズワルド個人がやったことだ。恨むべきは中将ではないし、もう既に彼は死んだ。
まあ……そのせいで呼び出されているのだが。
「八神はやて二佐。八神シグナム二尉。なぜ呼び出されたかはわかるな」
まあ、何が言いたいかというと性格と口は悪いがやることはキッチリやる優秀な人間……だと思う。きっと。だから、私への処分も自分のやるべき仕事をキッチリとやるつもりなのだろう。
「民間人の殺傷……です」
シグナムが苦々しく呟く。シグナムがトドメを刺したわけではないが、致命傷を与えたのは間違いない。
「わかっているのなら話は早い。資料は見せてもらった。機動六課は本日午後、地上本部の管轄下である海上に、デバイスの信号調査の名目で出撃。今回地上本部にわざわざ呼び出したのはうちの管轄内だったからだ……まあその位はわかっているだろうからわざわざいう必要もないか。そして高町なのはと八神はやては現場に居た戦闘機人と交戦。八神シグナムはその付近で海底に潜っていた民間人『かもしれない』負傷した人間に、ろくな警告もせず殺傷設定で攻撃……結果、その民間人『かもしれない』人間は、魔力暴走を起こし死亡……間違いないな?」
かもしれない、という部分をやけに強調する中将。一応怪しいとは思っているようだが……しかし重い処罰は逃れられないだろう。
「はい」
「魔導師は、人間に攻撃する場合原則として非殺傷設定を使用する事になっているはずだが。何か正当な理由があってそうしたのか」
「……」
「私は事実の有無を確認している。答えは、あったか。なかったか。その二つに一つだろう。答えろ」
「ありません……でした」
ギリ、と歯を食いしばる音が聞こえそうなほど苦々しい顔をしてシグナムが答える。フォローしてあげたいけれど、下手な事を言う訳にはいかない。下手な事を言えばむしろ逆効果になりそうだから、最低限のフォローしかできない。
「しかし中将。彼は戦闘機人と共にあのエリアに居ましたし、あの海域はダイビングスポットでもなんでもありません。状況としては、犯罪者である可能性のほうが高いかと」
「あくまでも情況証拠にすぎない。もしかすると強制されてあの場に居ただけ、という可能性も否定出来ない。それに攻撃もされなかったのだろう? それでは罪に問うことはできないな。それ以前に奴がした犯罪行為といえば、貴様への傷害行為位だろう。しかしそれも高町なのはの私刑を見逃すという事で清算済み。それを罪の問うのなら、高町なのはを懲戒免職し、さらに逮捕状を出さなければならないな……別件で奴の罪を問うというのなら、証拠を提出してから言うのだな。それに、仮に奴が犯罪者だったとして警告なしに殺傷設定で攻撃してもいいという理由にはならないな。他に言い分はあるか?」
「いえ……」
「全く……奴は最低限の人員と予算、そして魔導師で無いにも関わらず最高の結果を出していたというのに。貴様らときたら、潤沢な予算に立派な隊舎を与えられてさらに優秀な魔導師ばかりを集めておいて何だ、今までの功績は石ころを手に入れて。どこの誰かもわからない小娘一人を拾い。ただの木偶を壊すだけ……そしてメンバーの一人はどこかへ消え、一人は撃たれて重傷を負い事実上の戦線離脱。一体何だ? 貴様らは木偶の集まりか?」
「返す言葉もございません……」
確かに、彼の……彼の部隊の出した成果は非魔導師の集まりとしては非常識なまでに大きい。『あり得ない』とも言い換えられるほどに。設立されてわずか一週間で空の隊員でも手を焼くような立てこもり犯を皆殺しにして人質を救出。その後には地上本部に侵入した戦闘機人二体と交戦し、その二体を捕獲……結局逃げられたが。さらにその後には、逃走した犯罪者五名を追い、皆殺しにして余計な被害者を出すことを防いだ……メンバーに限ってだが、犠牲を出さずに。
対して私たちはといえば、中将の言うとおりひどい有様だ。レリックを集め、ヴィヴィオを拾い、ガジェットを破壊するだけ。そしてヴィータが抜け、フェイトちゃんがどこかへ消えた。
「処分は後の会議で決定し次第伝える。八神シグナムはそれまで自宅謹慎とする。八神はやて、貴様にも管理責任がある。同じく自宅謹慎しておけ。その間の機動六課の業務は次席の者に引き継ぐように……全く。惜しい奴を亡くしたものだ」
「……もし謹慎中に、ガジェットが現れたらどうするおつもりですか」
言われてばかりも癪なので、少し手を噛んでみる。さすがに新人達とリミッターのかかったなのは一人では、多数のガジェット相手は厳しいだろう。なのは一人ならともかく、新人のフォローもしながらとなると……
「貴様ら二名を除く機動六課の隊員の行動は制限しない。ただし、貴様らの謹慎中は監視と抜けた戦力の補填のため、出撃時には地上本部から一部隊派遣する」
「お言葉ですが、地上本部の魔導師では、ガジェットに対して有効な戦力にはならないと思います」
私がそう言うと、中将はそれを見越していたかのように口角をクッと引き上げて小さく笑い、こう言ってきた。
「派遣するのは質量兵器運用第二小隊だ。魔導師ではない」
質量兵器運用小隊。最悪なまでに聞き覚えのある部隊名だ。つい最近までは、ごく短い期間だけ質量兵器運用分隊という名前で機動六課に併合され、そして一つの事件で五名の隊員の内一名が死亡し、一名が重傷を負い、さらに隊長が辞任したことで解散した部隊。管理局に残った二名を頭に据え、人員をつぎ込んで再編成されていたとは聞いたが、まさかうちに派遣するなんて。
「そんな、設立したばかりの部隊を使うのですか?」
「これは決定事項だ。貴様が口を挟む余地など存在しない。わかったらさっさと帰れ。私は忙しい」
「そういうわけです。お引き取り下さい」
傍に立っていた副官のオーリス三佐が間に入り込み、私たちを早く帰らそうとしてくる。口を挟む余地がない、とハッキリ言われてしまったからにはこれ以上どうすることもできない。
ずっと何も言わないでいるシグナムの手を引いて、執務室から出て行き、廊下を歩く。すれ違う地上本部職員からはクスクスと小さな嘲笑が向けられ、その度にシグナムが引いていない方の手を血が出るほど握りしめていた。
「申し訳ありません……私の個人的な感情のせいで、主に多大な迷惑をかけてしまいました。この責任、どう取ればいいか……」
地上本部の建物の外に出て人が居なくなった途端にシグナムが頭を深く下げてそう言った。
「気にせんでええよ。ハンク君……いや、ハンク・オズワルドは確実な証拠はないけど、ヴィータを撃った犯人やった。それが死んだのは、ええ知らせや。少なくとも、一人については警戒せんでもええようになったんやから」
そうでなければ、あんな発言をするはずがない。彼は私のことを嫌いと言っていたし、彼の性格からしてわざわざ嫌いな人間のことを心配するとは思えない。だから彼が犯人で間違いないと思う。
だから、シグナムのやったことは……間違いではあるけれど、完全に悪であると否定は出来ない。家族の仇を討つことが悪であるなら、彼も悪だ。
だから、彼は処分された。依願退職という形ではあるけれど、実際は処分だ。小さいけれど実績ある一部隊の隊長という席を退かされた……切り捨てられたのだ。地上本部が特例を作り、空と海に対し付け入る隙を与えたくないがために。
私もシグナムを、機動六課の体制維持のために処分しなければならないのだろうか。
ヴィータが抜け、フェイトちゃんも消えた今。これ以上の戦力の喪失は、事実上の無力化に等しい。できればそれは避けたいけれど、現実は優しくない。私を支援してくれている主な人たちは、空と海の派閥に属している人が多い。そして派閥の頭は、やはり陸に借りを作ることを良としないだろう。結論は、やはり切り捨てられる……
着実に削り落とされていく六課の戦力。そして入り込む中将の息のかかった異分子。
ハンクが休む=六課の修羅場になりつつある。