「ありがとう。私のために、こんなに色々と買ってくれて……」
八割程度の買い物を終え店から出た後に、トーレがそう言ってきた。こんなに、とは言うがせいぜい紙袋一つ分程度の化粧品と普段着だ。それほど多くはない。額にすればそれなりのものだが、それでもたかが知れている。どうせそんなに使うことのない金だし、それだけで喜んでもらえるのなら私も悪い気はしないので、素直にそう言ってみる。
「喜んでもらえて何よりだ」
今回の買い物では、大体管理局に勤めていた頃の一ヶ月分の給料の半分程度ほど使った。その半分以上をトーレのための買い物が占めている。量はそれほどでもないのだが、店の質が非常に高かったから買い物の費用も高くなってしまった。
「でも、かなり高かったと思うんだが……よかったのか?」
「気にするな」
だがまあ、それを気にしているわけではない。元々金使いが荒いというわけでもなく、妹の治療費にと貯めていた金が自由に使えるようになったのだから、資産はそれなりにある。それこそ最新型のデバイスをいくつか買えるほどに。それに加えて、トーレには命を救われたのだし、むしろこの程度では礼としては全く不足と言ってもいい。だからトーレが気にする必要などどこにもないのだ。
口下手なせいで今の考えを短くするのは少し難しく、口には出せないが。
「そうか……意外と財布のヒモが緩いんだな」
「今日は特別だ」
そう、特別だ。今まで妹以外の誰かのために、自分から何かをするという事をしたことがない。例え頼まれても断ってきた。なのに、今日はいつもと違いこうして『他人のために』行動している。これは、以前の私からすればあきらかな異常だ。あるいは変化とも考えられる。これを異常ではなく変化と捉えるならば、その原因はエリーが治るという確信を得られたからか、それともトーレの事を特別だと思っているからか……あるいは両方か。
特別……その特別がどういう意味で特別なのかは、買い物をしている三時間の間ずっと考え続けていたから、よくわかる。しかし。
「まだ、ダメだ」
まだやらなければならない事が一つ残っている。それを後回しにはできない。それを終わらせるまでは、心を理性で封じ込めよう。あとほんの少しの辛抱だし、耐えられるはずだ。エリーのことだって、六年間ずっと耐え続けたのだから、短くて一ヶ月。長くて一年と無いだろう。きっと、持つはずだ。
「どうしたんだ、ハンク」
……私の目を覗き込む心配そうなトーレの顔を見ると、彼女を思うこの気持がどういうものなのかがよくわかる。
「なんでもない。心配しないでくれ」
だから、笑顔を作り、目を閉じて視界を塞ぐ。普段は隙になるからとほとんどしない行動を、あえてする。これ以上彼女の顔を見つめていると、マズイと思ったから。既に心に罅は入っている。求めればすぐに手の届くところに彼女は居る。彼女の顔を見ていると、罅が広がって、求めたいという思いがさらに漏れ出てくるから。
彼女と一緒になりたいという思いは確かにある。が、それよりもまず家族だ。妹一人助けられずに、どうして赤の他人のため心を割り裂けようか。優先順位は絶対に変わらないし、変えられない。
「本当に? 刺された傷が痛むんじゃないのか?」
「大丈夫だ」
顔は見ずに、手を取って引っ張るように歩き出す。彼女の手はとても温かく、その温もりは罅へと染み入るように胸へと沈んでいく。二、三歩進んだ所で腕がピンと張った所で引っ張られ、肩を掴んで振り向かされる。
「ひょっとして、私と一緒に居るのが嫌なのか?」
「そうじゃない」
むしろ、一緒に居て欲しい……。そうは言わない。そうは言えない。そういうのは相手を抱きしめながら言う言葉だ。しかし、共に居て欲しいのは彼女も妹も同じ。だが私の腕は二本しかない。この二本の腕で一度に抱きしめられるのは、一人しか居ない。そしてこの腕で最初に抱きしめる相手は六年前から決まっているのだから、今ここで彼女の思いに応えることはできず、また彼女に思いを伝えることはできない。
「じゃあ、なんなんだ?」
だからせめて、一度離した手を今度は強く。しっかりと握る。温かい。その温かさ、柔らかさに思わず笑みがこぼれる。作りものではない、心からの笑みが。
「あ……」
「今日は少し寒いな」
本当は寒いなんて全く思わないが、なんの理由もなく手を握るのは不自然なので適当な理由をでっち上げて言ってみる。
「そうだな」
トーレも手を振り払うこともないので、嫌がられては居ないらしい。だから、このままで。隣に立ってまた歩き出す。できれば、こんな平和な時間がずっと続いてほしいものだ。
まあ、そんなのは無理だとわかっているが。
????「この気持ち、まさしく愛だ!」
あと関係ないけどちょいとしたエロ話をまた書いている。エロを書くと表現力が増すという話を聞いたから試して見てるのさ。けど、難しいね、やっぱり。