何週間かぶりに、管理局の制服に袖を通す。さすがに短期間で調達は無理だったので、辞めてから管理局に返さずに、寝巻きがわりに着ていたものにアイロンをかけたものだ。思えば管理局を辞めてからというもの、過ごした時間は極めて短いものではあったが、その密度は今までで最も濃く。復讐のために日々をただダラダラと生き続けていた時期と比べれば、なんともあっという間に過ぎていったような感じがする。そう感じた理由はおそらく、管理局員から犯罪者側への立ち位置の変化もあるが、希望の一つも見えない真っ暗闇の人生の中からようやく一つの希望の光を見ることができたから、という理由の方が大きいだろう。やっと掴んだ一つの希望。労働環境に不満は多々あるが、たったひとつでも希望があれば私は文句を言いつつも働こう。
地毛よりもやや黒めの髪色のカツラをかぶり、目元にうすくラインを引き、メガネをかけて目を細め、カラーコンタクトで瞳の色を変え。さらに表情を微笑みで固定すれば、変装は完了。化粧台の上に置いたスタンガンを懐に仕舞って、部屋を出る。あとはセインに評価してもらって、これでいいかどうかを判断する。
「誰だよあんた」
部屋の外で待っていた、爆薬の入ったバッグを抱えたセインに言われる。普段自分のことをよく見ている者が見て、自分とわからなければ変装は成功だろう。機動六課の連中とはそれほど深い付き合いはしていない、これでバレることはないはずだ。
「私だ」
「いや、うん。そりゃそうなんだろうけど。完全に別人だよ。声のトーンと喋り方さえ変えたら本当に誰だかわかんなくなるんじゃないかな」
評価は上々。ならば、このまま機動六課へと向かって速く仕事を終わらせてしまおう。アインヘリアルの破壊も、あまり時間をかけていればうまくいかない可能性もあるのだし。
「そのための変装だろう」
「……変装上手だねー。それで食べていけるんじゃないかな」
「それで生活はしたくないな。」
こんな技能が役に立つのは、潜入行動の場くらいだろう。それをするのは管理局か犯罪組織か。どちらにせよ平和な生活とは程遠い。私はそんな事を望んでは居ない。
「ともかく、準備はできたことだし。行くとしよう」
「はーい」
セインを連れて駐車場へ。それからセインを車のトランクに入れて、自分は運転席に座り、エンジンをかけ、車を発進させる。今回のプランは、変装と偽造した身分証……質量兵器運用小隊の補充要因のもの……を持って機動六課へと正面から侵入。補充要員が来るという偽の情報は既にスカリエッティが流してくれているから、怪しまれることもないだろう。午前中は新人として訓練をし、アインヘリアルの破壊の情報が入り混乱しているところで目標を確保。その後柱を爆破し、混乱に乗じて離脱する。
実に大雑把な作戦だが、正面から火力をぶつけて奪取するよりかはマシだろう。
二時間ほど運転をし、市街を通って機動六課の隊舎へと到着。関門でチェックを受けるために、一度車を停止させる。セキュリティもまさか正面から進入するとは思っていないのか、警戒の色は見られない。今のところは大丈夫のようだ。
「作戦開始」
『了解。じゃ、検討を祈るよ』
セキュリティが詰め所から出て着て、近寄ってきたところでセインに指示を出す。おそらくトランクから車体をすり抜けて地面に潜ってくれているだろう。この車は少し車高を低くしてあるから、遠くから見た程度ではわかるはずがない。
セキュリティに窓をノックされ、声をかけられる。
「失礼、身分証を見せてもらっても?」
「少し待ってください……はい、どうぞ」
財布から偽造した身分証を抜き出し、手渡す。スカリエッティの作った身分証が粗悪品でなければまずバレることはないだろう。セキュリティが機械に身分証を通すと、表情も換えずすぐに戻してくれたところを見ると、問題はなさそうだ。
「ジャック・オブライエン一士ですね。念のため車の中を改めさせてもらってもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
エンジンを切り、車を降りてキーを渡し、車の点検をさせる。車両保険と仕事に必要な書類以外は車に載せていないので、何かを言われることもない。
「はい、もういいですよ。手間をかけさせてしまい申し訳ありませんが、規則ですので疎かにする事はできないんですよ」
「わかっています。仕事をサボってテロリストを中に入れたらここに立つ意味がありませんからね」
「ご協力とご理解に感謝します」
「じゃあ、私はこれで」
渡していたキーを受け取り、再び車に乗り込んで地下の駐車場へと走らせる。第一関門は突破。ここからは第二関門。それから施設に堂々と入り、事務室へと進む。新入りは、普通なら事務所で手続きをしなければならない。
不自然でない程度に緊張を見せつつ、廊下ですれ違う人に挨拶をし、堂々と事務室へと入る。室内の注目がこちらへ集まる……が、見知った顔はほとんどない。知り合いは四号一人だけ。
「おはようございます。質量兵器運用小隊の補充要員として参りました、ジャック・オブライエンです」
「ああ、おはよう。話は聞いてるよ……それにしても、早いね。まだ予鈴も鳴ってないのに」
書類の山に埋もれていた女性が背スジを伸ばしてこちらを見る。以前見た時よりも、若干やつれて目の下に隈ができているが、彼女は四号……もといエレーナ・ルーダス伍長だ。私が辞めてからは彼女が質量兵器運用小隊の隊長、この前の戦闘で死人が出ただろうし、さらにヘリも損傷している。その苦労は想像を絶するものだろう。
まあ、一新人としてこの場に来ている私にとっては、本来知るはずもないことなので、いつも通り普通に振る舞う。バレている様子はない。第二関門は突破したと見ていいだろう。
「ご迷惑でしたか」
「いや。勤勉なのは結構なことだ……私はエレーナ・ルーダス。階級は伍長で、この小隊の隊長をつとめている。掃き溜めにようこそ。歓迎するよ」
歓迎されても、半日としない間に出て行くのだが。
「掃き溜めとは?」
「この隊は設立から何人も死者、重傷者が出てる。設立時のメンバーも私ともう一人以外誰も残っちゃいない。そんな危険な場所だから、誰も来たがらない。だから他所で使いものにならない連中をかき集めて、なんとか隊の形だけを成しているから掃き溜めだ」
そんな事を知りもせず、気だるそうに説明を続ける四号。もとい伍長。今は隊長か。私が後任を任せたせいと、私が暴れているせいでひどく苦労しているようだが、罪悪感は微塵もない。嫌ならやめればいいだけの話なのだから。
「始業まで時間があるな。八神二佐のところへ案内してやる。一応はここの頭だ、挨拶は済ませておけ」
「わかりました」
想定通りの展開。おそらくは次が最終関門。そこさえ抜ければ目的は達成したも同然だ。
伍長が立ち上がり、大きく伸びをしてからこちらに歩いてくる。ドアを開けて彼女を先に廊下へ出したら、自分もその後ろをついて部屋から出て行く。
「こっちだ。最近荒れてるから、機嫌を損ねないように注意しろよ。腐ってもここで一番偉い人間だ、機嫌を損ねたら面倒なことになる」
「何かあったのですか」
知っているがあえて尋ねる。聞いておいたほうが自然だろうし、内側の人間からの情報は精度が高い。今の状況がどういうものか、事前に知らされていた情報とどれほどの差異があるのかを確認したり、新しい情報を仕入れることができるのは非常にありがたい。
「身内をやられて、また別の身内がそれでキレて大問題を起こして連帯責任で処分されかけた……で、その下手人が、うちの前の隊長かもしれないってことで、こっちに飛び火してきてる」
「……」
なかなか面白い状況になっているらしい。機嫌が悪い時ほど人間は注意が散漫になるものだから、最終関門も簡単に突破できるだろう。
その後は無言で後ろをついていき、時々通りすがる顔見知り達に会釈をしながら進んでいると、隊長室に到着した。伍長がドアを乱暴にノックする。
「エレーナ・ルーダス伍長です。新人を連れてきました、入ってもよろしいでしょうか」
「ええで。入って」
許可を得たところで、カードキーをドアの横の機械に通してロックを解除し、ドアに触れて扉を開く。中に居たのは、八神はやて。八神シグナム、リィンフォース……と、副官のグリフィス准尉。最後に何故か、聖王教会のカリム・グラシアとシャッハ・ヌエラ。イレギュラーだが、戦闘をするわけではないので気にはしないでおく。
「機動六課へようこそ。新人君。ジャック君やったっけ?」
「はい」
「……」
沈黙し、目を細めてしばらく私の顔を睨むように見てくる八神はやて。変装は完璧のはずだ、体臭も薄めた香水でごまかしてある。バレることはないはず。他のやつも気付いている様子はない。問題はない。堂々としていればいい。
「あの、小官の顔になにか……」
「うん? ああ、ごめんな。誰かに似とるような気がしたんやけど。気のせいやったわ。下がってええで」
「……失礼します」
一礼して部屋を出る。一瞬バレたかと思ってヒヤリとしたが、やはりというか何というか。ザル警備にも程がある。あまりの警備のゆるさに、誘い込まれているのかと思うほど。だが、仮に誘い込まれているとして。包囲を食い破って脱出することは、ここまで来た以上もはや不可能。目を切り替えたら抑えこんでいるロストロギア反応が出て即拘束という事になりかねないので、確認はできない。今は経験により培った勘を頼りに動くほかない。
「どうだ。緊張したか」
「はい。八神二佐だけだと思っていたので。まさか聖王教会のお偉方まで居らっしゃるとは」
「予言がどうのこうの言ってるのは聞いたが、私たちには関係のないことだう」
……予言、とは何だろう。おそらくカリム・グラシアのレアスキルのことなのだろうが、口ぶりからしてその内容までは知らないようだ。下手に聞いて勘ぐられるよりは、沈黙を保つほうがいいだろう。
ここに来た時と同じように、四号の後ろを着いて歩く。途中でターゲットを連れた高町なのはとすれ違ったが、わざとなのか天然なのか見向きもされなかった。何か話していたので集中して聞いたが、自分が仕事をしている間は部屋で待っているように、というような内容だった。高町なのはの部屋はわかっているので、奴さえ居なければ確保は容易だろう。
それでは、時間が来るまでは管理局員として訓練に励むとしよう。
ハンクの名前の由来
そう大した理由があるわけではなく、知っているキャラクター、あるいは人物から雰囲気にあったものを選んだだけという適当ぶり。
ハンク=バイオハザードのハンク。死神という渾名から選んだ。
オズワルド=リー・ハーヴェイ・オズワルド。有名な暗殺者で、名前の響きも気に入ったので。
しかし偽名である。
はやてが気付きかけたのは、ハンクへの憎しみが可能にした一種の奇跡。しかしハンクの変装スキルが高すぎるせいで気のせいだろうという結論に至ってしまった。