「やあ、お帰りなさい」
スカリエッティの研究室へ入ると、いつもと同じように背を向けたまま挨拶をされた。
「トーレが死んだ」
「知ってるよ」
……それがどうしたと言わんばかりに、平然と返事をされる。声だけでなく、心もまるで風の吹いていない湖面のように穏やかだ。血は繋がっていないが、一応は自分の娘だろうになんとも思わないのだろうか。薄情なやつだ。
そうは思っても口には出さず、蛇を指さして一つだけ質問をする。
「一応死体は持って帰ったが、どうする」
トーレ他ナンバーズの活躍のおかげで敵はこのアジトの近辺まで到達できていない。押されつつあるが、埋葬する時間位はあるだろう。
「ご苦労様。そこの台の上に置いておいてくれ」
「わかった」
蛇を手術台の上に載せて、消す。すると蛇の腹の中に溜まっていた血と臓物と肉、それと機械が台の上にぶちまけられ、むせるような血の匂いが部屋に充満する。その匂いを嗅いでも、スカリエッティは黙々と作業を続行する。何をしているのかは知らないが、娘が死んだことすらどうでも良くなるほど集中できる大事なことなのだろう。
「スカリエッティ。私はこれから何をすればいい」
トーレの死体を回収しようと脱走してきたはいいが、その目的一つ達成したら、あとはもう何も思い浮かばない。もう十分すぎるほど働いたとはわかっている。だが、それでも。何かしなければとは思う。その何かが思い浮かばない。
「何もしなくていい。君はもう十分働いた。家族の傍に居てあげなさい」
「……わかった」
考えても見れば、射撃と体の頑丈さ以外に取り柄のない自分が武器を失ってできることなど何もない。戦場に出たところでそのまま死ぬだけだろう。もう非力を通り越して無力だ、惨めすぎて笑えるものなら笑っていただろう。
入ってきた扉からそのまま外に出る前に、一つだけ聞いておこう。望みは薄いが。
「なあ、スカリエッティ。トーレを生きかえらせるのは……」
「無理だよ。死んでから時間が経ちすぎてる」
「そうか」
フェイトを生きかえらせることができたから、彼女ももしかしたら……と思ったが。やはり無理だったらしい。少しだけ期待していただけに、万に一つの可能性も無いと断言されては気も落ち込む。
「わかっているとは思うが、言わせてもらうよ。トーレが死んだのは誰のせいでもない、彼女本人が油断したからだ」
「……わかってる」
戦場で死は誰にでも平等に訪れる。必然に、あるいは理不尽に。実力不足、無謀な指揮、敵の策略、油断などによって。理由は様々だが、今回に限っては彼女本人の油断だろう。目に見えないほどの早さで飛び回っていれば狙撃など当たるはずがなかっただろう。油断して動きを止めたのが悪い。
そうはわかっていても、納得がいかないのは。きっと彼女のことを気に入っていたからだろう。
「少し休む。何か仕事ができたら呼んでくれ。出来るだけのことはしよう」
今度こそ部屋を出て行く。いくら後悔しても、死人は戻ってこない。辛い過去に引きずられる位なら、目先の幸福な現実を見よう。もう少しで家族が、私の愛しいエリーが戻ってくるのだ。これほど喜ばしい事が他にあるだろうか? いやあるはずがない。他人が一人死んだ位の事は、きっとすぐに忘れられるだろう。
「……もうすぐ。もうすぐだ、エリー」
部屋の外で待っていた名無しを見て、呟く。そうだ、こいつも犠牲になる……他にももっと、私の望みのために巻き添えで死んでいった人間はいる。幾つもの死体の上にある幸福。それでいいじゃないか、トーレだって数ある死体の一つに過ぎない。
「……ご主人様」
愛しい妹の声で、そう呼ばれる。背筋が寒くなる。大事な人の顔なのに、大事な人の声なのに。その中身は全く別のもの。その違和感に、吐き気がする。
「うっ……!」
口を抑えて、えずく。
「大丈夫、ですか?」
「その声で喋るな。その顔で私を見るな」
こいつはただの器だ。外側だけがあればそれでいい。中身はいらない。中身があるから、傷ついたような顔をする。その顔で見つめられると、妹に責められているようで、悲しくなる。中身は別物なのに。
「言っただろう、私を見るな」
「申し訳、ありません」
「喋るな。黙って後ろを向いて、自分の部屋に戻れ」
「……」
「よし」
言われたことには従う。まるでロボットのように。それでいい、そうであれば、まだ拒否反応は無い……部屋に戻ろう。そうすれば、少しは休める。そう思っていたところで、何か強烈な感情をぶつけられる。疲労のせいで反応が遅れ、そのまま誰かに殴られた。
「オズワルド!」
なかなかに、痛い。痛覚が戻っているおかげで、少しだけ怯む。
そして、そのまま持ち上げられて壁に押し付けられる。下手人を見ると、それは見覚えのある小さな少女。元、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。小さな体で私を持ち上げられるのは、移植された素体のスペックか。
「見つけたよ、この人でなし!」
「……ああ、それでどうした」
持ち上げられたまま、見下ろしたまま話す。人でなしだからといって、なんだと言うのか。すでに体は人の物じゃない。心も常人のそれとは違う。それは自覚している。
「また私と同じ被害者を出すつもり!」
「そういう話なら、するつもりはない。それよりも、なぜお前がここにいる。外で戦ってたはずじゃないのか?」
「質問に答えて」
「答えるつもりは無い。それよりも、命令だ。離せ」
そうと言った途端に、セーフティが発動して首にかけられていた手が緩められ、地面に降りることができた。掴み上げられたせいで、服に皺がついてしまった。気にするほどのものじゃないが。、
「質問には答えなくていい。魔力が切れたんだろう、休んで回復したら再出撃しろ」
「……ッ!」
もし魔力が残っていたら、いちいち殴りかかった後に締め上げたりせず、肉体強化をかけて一発で殴り殺していただろう。そのほうが面倒が少ない。
「自分一人の望みのために、どれだけの人を不幸にするつもり!?」
「邪魔をしなければ誰も不幸にならない」
「その子はどうなの!」
後ろを向いて、こちらを見ず。黙ったままの名無しを指さすフェイト。
「器になるためだけに生まれてきたんだ。役割を果たせて本望だろう」
「そんなのは、ひどすぎるよ!」
「……お前は家族が居るからそうと言えるんだ」
「なら、作ればよかったじゃない! あなたはそれさえ拒んだ!」
……それを言われると、言い返せない。実際に、一度は提案されたのだ。打算塗れとはいえ、家族にならないかと言われて手を差し伸べられた。それを拒んだのは自分自身。
言葉に詰まり、その代わりに感情だけが昂っていく。
「何か言ってよ!」
「そいつに聞けばいい! 私の選択が、そいつにとってどうかなのか! 答えろ名無し!」
もしも不満が無いなら、法や人道的観点以外には何も問題は無いはずだ。
「本来なら廃棄処分されるはずだった私が、何かの役に立てるというのならば。それ以上に嬉しい事はありません」
「……そう。でも気に入らない、あなたのやり方は絶対に認めない」
「認める認めないは勝手だが、邪魔はするな」
話し合っても平行線。お互いに歩み寄るつもりがなく、答えが交わらないとわかっているのなら、これ以上無駄なことはない。 無駄なことに労力を費やすより、残り少ない時間を未だ目を覚まさない家族と共に過ごそう。
「疲れたから休む。お前も休め。大事な戦力だ」
「気持ち悪いこと言わないで。寒気がする」
「そうか」
互いに背を向けて別れる。なんとも、無駄な時間を過ごした。
かなり遅れましたが、更新は今後も完結するまで続けますのでご安心ください。
遅れた理由は、オリジナルの方が好調なのでそっちを優先したかったからです。感想は締め切ります。