蛇を引きずりながら、スカリエッティの居る研究室の前まで到達した。何度も壊されまくったせいで、足の再生が上手くいってないからやけに時間がかかってしまった。足と同じく、いびつに再生した腕で扉を開く。
「よう、スカリエッティ」
「……ああ、おかえり」
後ろから声をかけると、スカリエッティは一瞬だけ作業の手を止めてこちらに振り返った。そしてすぐに作業を再開し、猛烈な勢いで彼の正面のディスプレイがスクロールし始める。
「ひどい有様だが、よく勝ってくれた。正直終わったと思ってたのだがね」
「自分でも勝つとは思ってなかった」
本当は時間稼ぎをするだけで終わる。終わらされるはずだったのだが、これは正直想定外の事態。無論、良い意味で。この体がどれほど死から遠いのかも改めてわかったし。
いびつな形の腕を這いまわる蛇の刺青を眺める。前の持ち主は頭をぶっ飛ばしたら死んだが、私はそうではない。これは蛇との相性が良いからか、それとも侵食の度合いが大きいからか。まあ、そんな事はどうでもいい。悲願を達成できるのならば、それは何を代償に支払ったとしても、良いことだ。
「最後は手を抜いたように見えたが。そこはどうなのかな、シスター・シャッハ」
「命をかけた決闘において手を抜くなど、相手への侮辱になります。そのようなことは絶対にありません。ただ、人の形をした人ではないものを見て驚いて、隙を晒したのは事実。一生の不覚です」
化物扱いされて傷ついたりはしない。私が化物なのは、純然たる事実だ。むしろそれは良い。人には出来ないことでも、化物ならできる。化物だから勝てたのだ。
「じゃあ、スカリエッティ。こいつは置いていく。私は上に出て、部隊の足止めをする」
「待ちたまえ。もうじきに日が昇る。ゆりかごの調整ももうすぐ終わる。ゆりかご内部には君の使える武器を置いてある。武器が有る方がやりやすいだろう?」
「つまり、次はそこで戦えと」
「ああ。この施設の防衛も必要だが、アレが空に上がらなければ我々の目的は達成できない」
なるほど。それが司令官からの命令ならば、兵士である私はそれに従おう。それに、確かに武器がなければ私は殴るしか能のない化物だ。武器があれば、自分自身の運用の幅も広がる。
「任務了解。元々、正面からの殴り合いは私の趣味じゃない」
他に手段があるのならば、優先してそちらを使うべし。正面切っての殴り合いは馬鹿に任せ、自分は安全なところから火力を投射する。もしくは馬鹿が注意を引いている間に致命の一撃を叩き込む。それが元々の私のやり方だったというのに。私は一体いつからこんな馬鹿のやることをする馬鹿になったんだ。
スタイルが決定的に変わったのは、この前地上本部の倉庫に盗みに入って愛用の銃を壊されたところだろうな。それが元通りになるのなら、エースを相手にした場合の勝率もコンマ以下の確率だが大きく上昇するだろう。敵を前にした時に取れる選択肢が多いというのは、それだけで有利につながる。
「転送する。そこを動かないでくれ」
三秒ほど。足元に魔法陣が浮かび上がり、一瞬光りに包まれて目を閉じる。そして眼を開くと、今度は知らない場所。目の前にはクアットロ。足元には大量に散らばる銃火器の数々と、デバイスらしき剣が数本。
「誰っ!? って、あなた……少し見ない内に随分とひどい格好になりましたわね」
「格好については、研究所で一悶着あってな。わかるだろう? まあ少し時間を置けば戻る。いきなりで悪いが、ゆりかご内部構造のデータを寄越せ」
「データねぇ。いいけど、空に上がるまでの時間に頭に入るかしら?」
「五分で覚える」
足元に転がっていた、刀の形をしたデバイスを拾って、それに入れるように頼む。その間に使用する武器を吟味して、蛇に咥えさせる。愛用していたボルトアクション対物ライフルはさすがに特注品だったから無かったが、それより凶暴な見た目の武器があった。ディエチの使っていた大砲と、航空機の機関砲に使われるようなサイズの物も。一体どこからこんなにかき集めてきたのか、全くもって謎だ。謎だが、これだけ武器があれば心強いか。扱いきれるかどうかはともかく。
「インストール完了。ドクターも心配性ですわ。このゆりかごに侵入できる奴なんて居るはずがないのに」
「いや、一人確実に来る」
ガジェットや対空砲火程度で沈む事はない奴を一人知ってる。スカリエッティもそれを知っていて、ここに置いてある武器もそのために用意したものだろう。通常の魔導師を相手にするには過剰過ぎる武装。
「家族と友人を奪われて怒り心頭の奴がな」
あの魔力量、天才と言われる才能、積み重ねてきた実戦経験。それにより作り上げられた実力が、さらに家族を奪われた怒りで強力になるのなら。その程度の障害は容易く抜けてくるだろう。私でさえ数多の障害を乗り越えて復讐を果たしたのだから、彼女にそれが出来ないわけがない。怒りの力というのは、本当に人を強くする。
「友人はともかく、家族ねぇ……血はつながってないのに?」
「誘拐する時に目を見た。アレに血の繋がりの有無は関係なく、本当の家族としてガキを見てた」
同じ思いをさせてしまったことは申し訳ないと思うが、それでも私にはいかなる犠牲を払ってでも果たしたい目的が有る。家族を助けるという願いが。ただしそれは相手も同じ。だから必ず来る。
私も、偽物の家族でも家族と思うことができれば、もう少し楽に生きられたかもしれないな。色々と、もう遅いが。
「……それで、来るとして勝算は?」
「全力で殺しに行く。それしか無い。そのためなら、多少ゆりかごの中が壊れても問題ないだろう?
銃を取り、グレネードを腰に括り付けて、剣のデバイスを持ち、蛇に爆薬を飲み込ませる。これで、私のできる戦いの準備は、頭に地図を叩き込むだけ。
「艦の運行に支障を来さない程度なら」
「そのためにデータをもらう。あと負けても私が死んで、お前も捕まって、船が落ちるだけだ。安心しろ」
「まあ、あんたが死んでも聖王が居るから。消耗させるだけ消耗させれば、その後が有利になるかもしれないわ」
「聖王。あの子供か」
私が攫った少女。ヴィヴィオ、と呼ばれていたか。
「そうよ。何か疑問でもある?」
「いや、何も」
さて、しかしそれはどうなのだろうか。私が恐らくやって来るであろう高町なのはを殺せば、一人の人間の、偽ものとはいえ親を殺すことになる。と言っても今まで何百人。下手をすれば千を超える人を殺してきた。今更一人殺すのがなんだというのか。今更何故そんなことを疑問に思うのか。あと少しで私の人生の望み全てが叶えられる。それを思えば何を迷うことが有るのか。
「子が親を殺す。なんてドラマチックかしら」
ああ、そうか。 迷っているのは殺すことではない。殺させることか。
あの少女に人が殺せるとは思わない。ましてや、仮にとは言え自分の親など。となれば何かしら記憶か人格の操作か、あるいはフェイトのように強制的に操りでもするのだろう。それが彼女に親を殺させる唯一の方法だ。
彼女が親を殺したとして、その後正気に戻ったら、一体どれほどの苦痛となるか。自分の家族を失う苦痛は知っている。だが、自分の家族を殺す苦痛までは知らない……心の痛みしか知らない私ですら、想像できないほどの苦痛。
「その必要はない」
データの記憶が完了した。そして、多くの様々な感情の幕を通してもわかるほど研ぎ澄まされた、一際遠くから殺意を歓迎する。
そんな悪趣味なことはさせない。親を殺したら間違いなく恨まれるだろうが、それが原因で殺されても構わない。復讐は個人の権利。私がその権利を行使し、果たしたのなら、他人もその権利を持ち、果たすのを禁ずることはしない。できない。
「私はそのためにここに居る」
「期待しないで待ってるわ」
全身に武器をぶら下げて立ち上がり、歓迎に向かう。しかし……肉片一つ残らずに消し飛ばされたら、今度はどうなるのだろうか。さすがに死ぬだろうか。