誰も幸せにならない終わり方
ずっと小さい頃の子供の頃の記憶しかないけれど、私には兄が居る。というよりも、居た。記憶が途切れる前の、大きな背中。事故にあって、両親は死に。私はずっと意識のないまま、生きているとも死んでいるとも言えない状態で病院のベッドの上で何年も過ごしていた。
ついこの前意識が戻ったけど、それまでずっと病院のベッドの上で眠っていた私を、この歳になるまでずっと育ててくれた兄。いくら感謝の言葉を並べても足りない位に感謝している。けれど、その言葉を捧げようにも兄はもうこの次元世界のどこにも居ない。生という壁一枚を隔てた向こう側、その気になれば行けるほどに近いのに、この世のどこよりも遠い場所にいる……義父曰く、私を助けるために命を落としたのだという兄は、私が会いに逝くことは望まない。
だから、せめてものお返しに、名も刻まれていない墓石に花を置く。
「せめて、笑った写真の一枚でも置いていってよ」
そして文句を一言。兄が私に残してくれた物は、贅沢をしなければ一生暮らせるだけのお金と、この体と、写真が一枚。そしてその写真には、義父と、兄と仲の良かったという綺麗な女性と、仏頂面の兄。写真に写っている義父以外の二人は既に他界。死んだ理由は碌なものじゃないとだけしか教わっていない。それ以上の事は何度尋ねても今はまだ知る必要がないと言われて、義父から聞き出すのはあきらめている。
まあ度々街で会う管理局の人から、本当の事情は教えてもらっているからわざわざ教えてもらわなくてもわかってるけども。当人が話したくないのなら、無理に聞き出すこともない。
生前の兄が使っていた名前、ハンク・オズワルド。調べてみれば、大きな功績を上げて、エースという側面で名前が知られていた。でも八神さんから聞く話によれば、兄は義父のテロ行為に手を貸し、友人と家族の両方を一度に奪った大犯罪者。レジアスさんから聞く話によれば、引退後は後釜を任せようと思っていたほど優秀な部下。様々な顔を持っていて、どれが兄の本当の顔なのかはわからない。もしかすると、そのどれもが本物ではないのかもしれない。ただ一つ本物と言い切れるのは、その行いの全てが私のためということ。
だったら、その思いに答えてやるのが、妹の義務だと思う。でも。
「私は元気だから、気にせず地獄でしっかり迷惑かけた人達への償いをして頂戴」
私一人のために数えるのも馬鹿らしくなるほどの人に迷惑をかけて、傷つけて、償いもせずに死んだ兄。そこまで大事に思ってくれていたのは妹として嬉しいし、守ってくれたことにも感謝してる。
けど、私だけが助かっても兄が居なければ結局私の本物の家族はもう居ない。結局私はひとりぼっちで、多くの犠牲になった人たちへの罪悪感を抱えて生きていかなくちゃならない。そんな重石を抱えて、果たして幸せになんてなれるものだろうか。幸せになってもいいんだろうか。
「君が元気に生きていれば、それが最高の弔いになる。そのために彼は死んだのだし」
「あんたが兄さんを変な道に引きこまなきゃ、私も何の重石も感じずに済んだのだけど」
いつの間にか後ろに立っていた義父に返事をする。加害者でもない私が負い目を感じているのに、全ての元凶が一切の罪悪感なしにこうして堂々としているのはどうも腹が立つ。
「君を治せるのが私以外に居なかったからね。彼が幸せになるには、私が手を貸す以外に無かった。そもそも君は、私達の起こした行動に直接関与したわけじゃない。負い目を感じる必要は全くないのだよ」
「動機にはなったでしょう。それに、死人が幸福なんて感じるもんですか」
苦労して治療した妹の立っている姿も見れずに、一人で死んでしまって。自分が死んでも私が治ればそれでいいとでも思っていたんだろうか。我が兄ながら、なんて馬鹿な。
「君がそうして二本の足で立ち、自分の頭で考えて、こうして他愛無い会話をする。彼が望んだのはまさに今の君だ。望みが叶うのは死んだ後でもいいと言ってたし、天国か地獄かのどちらに居るのか、そもそも死後の世界があるのかどうかの議論は置いておいて。きっと満足しているだろう」
「……そうかしらね」
そうだといいのだけれど……実際はどうなのか。それは兄本人にしかわからない。
打ち切りっぽい終わり方ですが、これにて完結となります
新しく書きたいものはありますが、手が空けば、要望のあったはやてルートも書くかもしれません