異世界食堂another またはエル君の異世界食堂メニュー制覇記   作:渋川雅史

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6#偉い人を連れて行こう 後編

チリンチリン…

「いらっしゃいませ、洋食のねこやへようこそ!」

「アレッタさんこんにちは」

「エルさんいらっしゃい!…あ、またおいで下さったんですね陛下。そちらのお二人は王子様でしょうか?」

「うむ、わが不肖の孫二人だ。こやつらに美味いものを食わせてやりたくてな。今日もよしなに頼むぞ。」

「はい、マスターにお伝えいたします。それでは席に…」

「あ、ちょっと待って下さいアレッタさん。今日は席を選ばせてもらえますか?」

「ええいいですよ。」

 素早く店内を見渡したエルが珍しく席を自分で指示した、その隣にいたのは…

 

Menue-X7:スパゲッティetc&カルパッチョ

「どうもシリウスさん、ジョナサンさん、今日は横に座らせてもらいますね。」

「…ああ、よろしく」

 シリウスとジョナサンが怯むのも無理はない。目の前の一見人畜無害な美少年がいろいろな意味で突拍子もない規格外の権化である事を知らない常連はいない…エルの行動には一貫性が確かにあるのだがそれが本人にしか分からないので他者にしてみれば対応ないしつき合い方の見当がつかないのである…そんな二人にニコニコ顔でエルはこう言った。

「そんなに警戒しないでくださいよ、本日はスパゲッティをメインにした構成を考えていまして…その筋の権威というべきシリウスさんと腹心のジョナサンさんのお力を借りたいだけですから。」

「…そういう事なのかい?」

「はい、ぜひ各品のプレゼンをお願いします!」

「わかった、任せてくれ!」

 シリウスに礼儀正しく一礼するエル…筋を通して頼まれたシリウスの商人(あきんど)魂に火が付いた、胸を張って宣言した後ジョナサンを促してアンブロシウス&ウーゼル&エムリスに一礼する 。

「異国の先王陛下及び両殿下には初めて御意を得ます。私は東大陸王国・帝国・公国を股にかけた食品問屋『アルフェイド商会』次期当主シリウスと申します。こちらに控えるのは専属料理人のジョナサン…本日はエルネスティ騎士団長のご依頼により各メニューのご説明をさせていただきます…エルネスティ団長、メニューは決めてあるのかい?」

「はい、ペペロンチーノ、バジル、ペスカトーレ、カルボナーラ、ミートソースの予定です。」

「お見事!」

「?」×3

シリウスの商人としての本領発揮、プレゼンが始まった。

「私が今食べている『ナポリタン』は一つの定番なのですが、スパゲッティはかける、和えるといった調理法。なによりソースによって千差万別な味が楽しめます。祖父がこの店を訪れて以来わがアルフェイド商会はこの店の味を再現する事に心血を注いでソースと調理法を開発し、販売することで隆盛を得てきました。」

「…そいつは少しズルくねえか?」

 エムリスが突っ込むがその程度で動じるシリウスではない。

「その点についてはご亭主が黙認してくれています…もとはと言えば祖父が私達の世界でもこのスパゲティを食べたくて始めた事ですから…世界中から使える食材を集め、栽培を広め、それを独占的に買い入れて、調理法を再現する…もう10年以上続いている努力ですが、いまだにこちらの味には及びません」

「祖父殿の執念を感じる…」

「はい、そして今は私がそれを引き継いでいます。」

 方や王国、方や商会の後継者の定めを負った者…感じるものがあるウーゼルとシリウスはお互いに頷きあった。更にシリウスのプレゼンは続く。

「ペペロンチーノとバジルはそれぞれ香辛料と香草を炒めて味と香りを出した油を麺に絡めたものです、麺自体の旨味を楽しむのにこれ以上のものはありません。

 ペスカトーレはもともと漁師が作る海産物のごった煮のボリュームを増やす為、麺を混ぜたのが始まりだとか、海産物の旨さとこれに負けないトマト…私達の世界ではわが商会が探し当てたマルメットという野菜を使っていますが…その深みのある酸味が複合した味が見事です。

 カルボナーラは塩漬け豚の燻製とクリームで作ったソースに麺を絡めたもの。これもシンプルな味ですが濃厚さは他に比べる物がありません。

 そしてミートソース、祖父の大好物でありナポリタンと並ぶ定番!大量のひき肉をメインとしてこれもトマトと共に煮込んだソースは正直まさしく至高!と言うべきものです。

 いずれにせよ、それらすべてを受け止めるだけの力をこちらの麺―スパゲッティはもっているのです。」

 説明を終えたシリウスが再び一礼する。じゅる、とエムリスが舌なめずりをした。

「聞いているだけで生唾が出て来るぜ兄者…」

「全くだ。しかし惜しいな…お主のアルフェイド商会と取引できぬのが…」

「はい、私もフレメヴィーラ王国と取引できないのは残念です。大商いができるだけでなく商会にも更に箔が付くでしょうに。」

 柔らかく、丁寧に、しかし王族に向けて物怖じせず堂々と商品説明をするシリウスにアンブロシウスが口を開いた。

「お主を見ておれば祖父殿がどれほど腹の座った商人かよくわかる…たとえ商売になる可能性はなくとも応対に手は抜かないのは家訓と見たが如何に?」

「はい。『一見無駄と思える事の中に、商いの種は潜んでいる。それを見逃さず掴み取る為には何事に対しても丁寧に、そして注意深く語り、観察し、行動せよ』というのが祖父のモットーです」

 アンブロシウスはこの若旦那が率いるアルフェイド商会―この食堂の味の一端を受け継いだ者たち―との取引―食材の購入のみならず全く新たな作物の栽培を含めて―が始まったとしたらフレメヴィーラどころかセットルンド大陸全ての食文化が根底からひっくり返り、変貌するであろう事に戦慄せざるを得なかった…

「ご注文はお決まりだそうですね?」

 厨房から出てきた店主にエルが笑顔で答える。

「はいマスター、ペペロンチーノとバジルは大盛を3皿、ペスカトーレとカルボナーラとミートソースは普通盛り7皿をお願いします…で、ワインは何がいいでしょうか?」

「そうだな…色々混ざっているからロゼが無難だろうね。」

「よろしくお願いします、今日は僕たちも飲みますから!」

「そうか、エル君にキッド君にアディさん、バトソン君も成年に達したんだったね?おめでとう!」

 にっこり笑ってサムズアップする店主にキッド&アディ&バトソンも満面の笑みと共に一礼した。

「ありがとうございます!」×3

 店主が厨房に戻ったところでエムリスがキッド&バトソンに問いかけた。

「…なあキッド、バトソン、お前さんたちは確かスパゲッティを食った事があるんだよな?」

「はい!お‥私達が…」

「『俺』で構わねえよ、堅苦しいのは苦手なんでな」

「はい、俺達が食べたのは今シリウスさんが食べているナポリタンです。具とトマトソースで炒め上げた麺はすごく美味かったです!」

「ほかにも調理法があるって聞いてましたけど…ミートソースはともかく他に4種類もあるなんて!?驚いてます。」

「いやいや君たち、4種類くらいで驚かないでくれ。軽く10種類はあるんだから…」

ジョナサンの言葉にキッドとバトソンが絶句する。

「エムリスよ、ついでに言うが酒も美味いぞ。ここの葡萄酒はこの世界としては安い物だそうだがフレメヴィーラはおろか西方諸国のどこにもないであろう程の代物だそうだ…最高級品がどんな味なのか想像もつかんわい。」

「ふええぇぇ…」

「凄いですな…」

 アンブロシウスの言葉に驚く2王子。すっかりリラックスした様子の3人に『掴みはOK!』と心の中でガッツポーズをするエルだったがここで妙な事に気が付いた、アディが静かなのだ。はて?と振り向いてみれば…

「うふふふふ……」

「…ど、どうしたんですアディ?」

 いつもの『可愛いもの』症候群笑いのアディに半分引きながら問いかけるエル。アディはその笑顔のままにエルに向き直った。

「見て見てエル君、あの席の子達。」

「…なるほど新顔さんらしいですが、あれは…」

「ね、可愛いっていうより素敵でしょう?」

 足が完全に鳥のものであるのは気になるが、真っ白な羽を背中に持つ自分達と同じくらいに見える…傍目にも素敵なまでに打ち解けた少年と少女がそこにいた。

「きっと恋人同士だね?…(私もエル君とあんな風に)…エル君?」

 アディがぎょっとなったのはエルが彼女に同意して纏っていたふんわりとした空気がいきなり変わったから…その視線は二人ではなくアレッタが二人の席に持ってきた料理に釘付けになっている。

「お待たせしました、×××ッチョ2人前です。」

「わあ!来たよアーリウス。」

「うん!7日ぶりだねイリス。」

「お食事中すいませんお二方ッ!」

「はい?」×2

 アーリウスとイリスにいきなり声をかけるエル、その口調と表情に危険を直感したアディ&キッド&バトソンが慌てて席を立ったがそんなものをこの状態のエルが気にする訳がない。

「僕はエルネスティ・エチェバリルアと申します、再度お食事中に声をかけてすいません。…ちょっと教えていただきたいことがあるんです。」

 アーリウスとイリスは顔を見合わせたが、ここでアーリウスが思いついたように口を開いた。

「ああ、君が噂に聞く僕達とは違う世界からのお客さんなんだ?僕はセイレーンのアーリウス」

「私イリス!」

 屈託のない表情で答える二人だったが、エルは前世の記憶にある二人の種族名との違和感に戸惑う。

「あの、セイレーンって歌声で船を難所に誘って難波させるっていう…?」

「あー!その言い方酷―い!」

「ご、ごめんなさい!」

 頬を膨らませて身を乗り出したイリスに思わず謝ってしまうエル、ここでアーリウスが間に入った。

「まあまあイリス、人間の世界では僕達はそういう魔物だって噂が流布してるんだからしょうがないよ」

「でもすごく不満で心外!私達は歌が大好きなだけなのにー!」

「…そうなんですか?」

 エルに向かってこっくりと頷いたアーリウスが真顔で語り始めた。

「僕達セイレーンにとって歌と歌う事は生きる事そのもの…自分のテリトリーを主張するのも、テリトリー間で情報を交換するのも、つれあいを探して求婚するのも、全ては魔力を籠めた歌の力なんだ。」

「なんだか別の種族にはおかしな影響があるみたいだけど、べつに人間の船を沈めたくなんてないよ。だってそんなことしたってなんの得もないもの、食べられないし。」

「へ、へえ~…事実は物語より奇なり、ですね~」

感心するエル、ここでアディが割って入った。

「あのさっき『つれあい』って聞こえたけど、もしかしてあなた達は夫婦…もう結婚してるの?」

「うん!」

「ふえええーっ!?」

 アディだけではなくキッドもバトソンも驚いたが、アーリウス&イリスはきょとんとした表情でその様子を眺めている。

「僕達セイレーンはつれあいを見つけて巣立ちするんだから当然だよ。」

「アーリウスは卵から孵った時から知ってる仲だけど、とっても素敵な歌と声で求婚してくれたわ、だから私も力いっぱい歌い返したの。」

「イリスの歌と声も素敵だったよ。」

「か、可愛いーッ!」

 セイレーン独特のものらしいのろけとともに手を握り合って見つめあう二人の姿…それに感動して打ち震えるアディだった…。さて、ここでエルが本来の目的を思い出す。

「そ、そうだ。肝心な事を忘れていました・・・それ、カルパッチョですよね?」

「うんそうだよ。」

「初めて来た時驚いちゃった、人間が生魚を食べるなんて知らなかったから。」

「生魚を食べるのは僕達だけだと思ってたからね。でもこれは凄いよ、獲れた時にきちんと活〆をして、血抜きをした魚をさらに綺麗に捌かないとこんな味は出せないや。」

「かけている油や酢や香辛料や香草も素敵!私達ではこうはいかないもの…だからドヨウの日が楽しみなの!」

 マグロのカルパッチョをじっと見つめていたエルが…にへら~と笑った。その笑いを見たアディ&キッド&バトソンが真っ青になる。

「…でしょうね~いやありがとうございます!…アレッタさーん追…もがっ!」

「アディ!」

「キッド!バトソンはエル君を席に引っ張って!」

「わかった!」

 アーリウスとイリスに一礼したエルの口をキッド&アディが瞬時に塞ぎ、二人がかりで羽交い絞めにした。そのままの体勢でバトソンがエルを席に引きずり戻す…。

 

「もう、いきなり何するんですか!…って3人ともどういう表情ですかソレ?」

 ぷんぷんと頬を膨らませるエルだったが、この世の終りを見たような3人の表情に首をかしげる。

「…な、なあエル、お前あの料理注文するつもりだろ?…」

「もちろんです!」

「お願いエル君ッ!」

「それだけはッ!」

「勘弁してくれッ!」

 満面の笑みと共に宣告するエルに対し、アディ&キッド&バトソンはテーブルに頭を擦り付けて懇願する!さらにきょとんとするエル

「そんな大げさな…要するにちょっと変わったサラダですよ?」

「ちょっとじゃなーいっ!」×4

 今回はエムリスが加わった、エルが口を挿む前に3人は更にまくし立てる。

「わかってる、分かってるわ…この店で出るって事はこっちではありふれた料理なんだよね!?」

「はい!この国では『刺身』と言って生魚の身を切ったものを醤油とわさ‥専用の香辛料で…」

「わかった、わかったから…マスターが不味い料理を出すわけないもんな!?」

「そうですよ~」

「だよな、だよな…でも俺達、正直言って生魚を食べる勇気がないんだよ!」

 半泣き状態のアディ&キッド&バトソンに笑顔のエルが宣告した。

「では是非勇気を持って下さい、新しい世界が広がります!」

「エル~っ!」

「エル君~っ!」

「お願いです陛下、両殿下、エルを止めてくださいっ!」

「お、おう…銀の長よ、ここはダチの言う通りにした方がいい…」

「よいではないか。」

 アンブロシウス&ウーゼル&エムリスを拝み倒すバトソン、顔色がないエムリスがようやく口を開くが…そこへ是を唱えたのは、なんとウーゼルだった。

「あ、兄者ぁーっ!?」

「取り乱すなエムリス、エルネスティの言う通りだ。異世界まで来たからには新たな世界へ向けて前進あるのみ!」

「決まりですね!?アレッタさん、カルパッチョ2皿追加お願いしまーす。」

「はい承りました、マスター!」

「はいよ!」

「…やるわい。」

 この一事に一歩を踏み出す勇気を示そうとするウーゼルを見たアンブロシウスがニヤリと笑ったのだった。

 

「お待たせしました、カルパッチョです。」

 アレッタが持ってきた2皿を真剣な表情で睨む5人―エルはニコニコ顔なのは言うまでもない、その上アーリウスとイリスがわくわくと見つめていたりする―そしてウーゼルがおもむろにフォークを手に取った。

「では私が先陣を切る!」

 フォークを突き刺したマグロの切り身を一気に口へ!…5名が凝視する中、これを租借し飲み込んだウーゼルが愕然とした表情になる…

「お、おい兄者?」

「ウーゼルよ?…」

「…甘い…」

「はあ?」×2

「甘い、甘いですぞ陛下!エムリス!…何という事だ、生魚というのはこんなに甘味のあるものだったのか!?」

 ウーゼルの一言が5人の背中を押した、それぞれにマグロを口に…絶妙の処理とドレッシングで臭みを消された生魚の、噛めば噛むほど出て来る甘味と旨味に全員がノックアウトされたのは言うまでもない。

 

「…以前のさんまといい、この料理といい、完敗だ。この獅子王潔く『幻晶騎士から降り』ねばなるまい」

「じいちゃん…」

「何という事だ、強き騎操士ではなく市井の料理人が陛下を打ち負かすとは…もはやわれらはフレメヴィーラの水産物で満足する事が出来なくなってしまった…」

「…おいエル、なんだかすごい事になってるぞ?」

「みたいですね~」

『おまたせしました、ペペロンチーノとバジルのスパゲッティです』

 ここでクロとアレッタと店主が3人がかりでスパゲッティを運んできた、頃合いと見たエルが明るい声で宣言する。

「前菜は終了です、スパゲッティが来ました!陛下も両殿下も、深刻な話はそれぐらいにして大いに楽しんで下さい!」

「もっと深刻になりそうな気がするぞ…」

 真顔でアンブロシウスが呟くのだった…

 

「こ、この赤い香辛料は!?」

「唐辛子と言います」

「こっちの麺ってのは…こんな味だったのか…麺の味だけでもすげえ…更にこの香草!」

「この葡萄酒は…雑味が全くない…見事だ!いったいどのような酒蔵が醸造したのだ?」

「…工場での大量生産品なんです。」

 

「ペスカトーレをお持ちしました」

「うわあ具沢山!?」

「イカに貝にエビに…」

「こ、これ全部海産物かよ!?それにこの真っ赤なソース…」

「シリウス、これがお主が言っていた『トマト』という野菜から作ったソースなのか?」

「ええ殿下、こういう煮込み用の品種です。」

「煮込み用?」

「ほかに生食用や加工用や、用途に合わせた品種がありまして…」

「うーむ、奥が深い…」

 

『カルボナーラとミートソースです』

「すげえ、すげえ!ガツンと来たぜ!この濃いクリームもひき肉も最高だ!いくらでも入るぞぉーっ!」

「少しは落ち着いて食えエムリス、陛下も…」

「遺憾ながら今回はエムリスに同感だ、とても落ち着いてられぬよ!」

 

「食った!」

「美味かった!」

 ソースの一滴も残さず(パンで全て拭って食った)アンブロシウスとウーゼルが宣言した。

「満足していただけましたか?」

「無論だエルネスティよ。さて店主、土産に葡萄酒を一本所望したいのだが?…そうおもいきり腰の強いのがあればそれをもらいたい。」

「それはかまいませんが、お持ち帰りの際はお気をつけください。ガラス瓶ですので」

「承知した。」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ店主」

 ワインを取りに厨房に戻ろうとした店主をエムリスが呼び止めた。

「なあじいちゃんも兄者も、葡萄酒一瓶なんてケチなこと言わずによ、店主にフレメヴィーラに来てもらえばいいんじゃねえか?」

「おいエムリス!」

「殿下駄目ですよ、5日間はこっちの世界でマスターの料理を楽しみにしている人達がいるんですから!」

 ウーゼルとエルが窘めるがエムリスは止まらない。

「な、いいだろ店主?こっちに来て俺たちの国の食材でできる料理を教えてくれよ!…そう7日間でいいんだ!その間の報酬は無論出す!そうなればフレメヴィーラがセットルンド一(いち)の料理の国だ!」

 マルティナの縁もあってクシェペルカではさほどでもないが、その他西方諸国がフレメヴィーラを野蛮な『魔獣番』扱いしている事に内心穏やかでなかったエムリスがまくしたてる。

「困りましたね…」

 苦笑する店主の表情…その時フレメヴィーラの7人の頭の中に声がした

 

『それは駄目』

 

 静だが強く、絶対零度の冷ややかさがこもった声…次の瞬間7人は漆黒の闇の中にいた。目の前にいるのは、無論クロである…

「こ、ここは…あんたは一体?…」

 ずんずんと近づいて来るクロに正面から見据えられたエムリスはたたらを踏んで後ずさり、ついに腰を抜かしてへたり込んだ。そんな彼をクロは何の感情もない表情で見下ろす。

『ときおりあなたのように店主を自分のモノにしたがる者がいる。でもそれは駄目。あの店も店主もアレッタも『赤』の財宝、店と二人を守るのが赤からの依頼、そして今は私の意志…』

 クロの手がすう、と上がりエムリスに向いた。エムリスは完全に蛇に睨まれた蛙状態であり動くことも声を出すこともできない…がそこへエルが割って入った!

「ごめんなさいクロさん!エムリス殿下には僕がきっちり言い含めますっ!

だから今回だけはどうか許してくださいっ!」

 『赤』の一言で全てを察したエルはまさしく必死、クロの前に跪いて謝罪する!

「わしからもお詫び申し上げる、どうかこの不肖の孫を許してやっていただきたい」

「私からもお願い申します。」

 アンブロシウスが、ウーゼルが、続いてキッドもアディもバトソンも跪く。

「クロさんお願いします」×3

『…わかった。エルネスティ、あなたに免じて今回だけは許す。でも2度はない』

 そう言ったクロはすい、とエムリスの肩鎧にふれた…

 

「どうされました?」

 店主の声に7人は我に返った、そこは言わずと知れたねこやの店内。店主とクロとアレッタが並んでいた。店主が緩衝材に包んだワインをアンブロシウスに渡す。

「あ、いやなんでもない…代金はわしが払うが、心づけは受け取ってはくれんのだったな?」

「ええ、値引きもぼったくりもしないのがうちの方針ですから。またいらして下さい」

 

ごん!

 7人の後で扉がすい、と消えたと同時に顔面蒼白のアンブロシウスがエムリスの頭を拳骨で殴った!

「いてぇ…」

「こ、この馬鹿者が!あそこでエルネスティが割って入らねばお前はこうなっておったのだぞ!」

 続いてエムリス自身も蒼白になった。黒く変色した魔獣皮の肩鎧がさらさらと砂のように崩れ落ちて行く…崩れ落ちた黒塵は更に黒煙となり風に吹かれて消えて行った、跡形もなく…

「ぎ、銀の長よ…あの女給はいったい?…」

「黒の魔竜です。僕が以前お会いした赤の女王様の同族、あの世界で神としてあがめられる魔竜の一柱…」

「ひえええーっ!」

 目を回しかけたエムリスの襟首をアンブロシウスが掴んで引き戻した。

「考えなしに行動した結果がこれだ、よく覚えておくがよい!それからエルネスティに礼をせよ!」

「は、はいっ!銀の…エルネスティすまん、お前は命の恩人だ!」

 

…暫く後、王城でリオタムスが土産のワインの栓を抜いた際にエムリスは相伴に預かれなかったそうである。それが罰であった。

 なお、その後エムリスが少しはものを考えるようになったかどうかはいささか心もとない

 




今回は遅くなりました。

次回は一応の最終回です。

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