異世界食堂another またはエル君の異世界食堂メニュー制覇記   作:渋川雅史

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待っていてくださった方はいますでしょうか?
ようやく書きあがりましたが、後味の悪い結末ですのでご容赦のほどを・・・


外伝4#或る入店拒否者の末路

 ズルズルズル…旧ジャロウデク王国西方領の峠道、雪の降る中ズタ袋を引きずる馬を引く3人の女性がいる。やがて彼女たちは峠道の半ば、一際谷の深い場所で馬を停めた。

「ここいらでいいだろうさ」

「どうどう…」

一人の言葉にもう一人が馬を御し、もう一人は馬とズタ袋を繋いでいた縄を切って中身を転がしたが、それは簀巻きになった人間だった。

 『屑!』『亭主を返しな!』『息子を返せ!』…打撲傷、裂傷、切傷だらけで血塗れ、更に右肩がひしゃげ潰れたその男を3人は更に罵りながら絶壁へと蹴り転がして行く。

やがてその男が何か口にしたのに気付いた1人が耳を聳てたかと思うと血相を変えて馬の所へ戻り、拾い上げた馬糞を彼の口にねじ込んだ。

「これでも喰らいなよ!…悪魔の所へ行っちまえ!!」

最後の蹴りで彼を谷へ蹴り落した彼女達は更に谷へ向け唾を吐きかけた後せいせいしたという顔で帰っていった。

 

「ひもじいよう…腹が減ったよう…なにか食べさせてくれよう…なんでもいいんだよう…」

 谷底、その男はまだ生きていた…耳朶を削がれた両耳はもう何も聞こえない、外鼻を削がれむき出しになった鼻腔からの冷え乾いた空気が肺を刺す痛みも、投石と犂 鎌で切られ殴られた傷と投げ落とされた石臼の上石で潰れた肩の苦痛ももう感じない。そんな彼が谷底で引っかかっていたのは…あのねこやの扉だった。

「お、おおお…」

 どこにそんな力が残っていたのか、男は扉のドアノブに手を伸ばしたが…その手はノブをすり抜けた、彼はそのまま転倒し這いつくばるだけ…死にゆく者が見るという走馬燈の中、ある記憶が彼の脳裏を支配した。そして彼は絶叫する。

「ハムサンドォーッ!タマゴサンドォーッ!コロッケサンドォーッ!…ツナサンドォーッ!!」

それがジャロウデク王国第一王子、カルリトス・エンデン・ジャロウデクの断末魔…最後の言葉だった。

 

Menue-Z4:サンドイッチ再び&ココア

チリンチリン

「いらっしゃいませ、洋食のねこやへようこ…」

「ふざけるなぁーッ!」

「きゃあーっ!」

身なりは豪勢だが酷く顔色の悪い新顔の男は、半ば警戒しつついつもの笑顔で挨拶したアレッタをいきなり怒鳴りつけたかと思うとその胸倉をつかみ上げた!

「ちょっとお客さん!」

只ならぬ声に店主が厨房から飛び出てきた、瞬時に目の前の人物は荒事も厭わない―時折来店する暴力団員より更にタチが悪そうな―上、理由は定かではないが精神的に追い詰められている事を見て取った。

「黙れ!貴様がここの首魁かぁーっ!…わがジャロウデクの祖廟にこんなものを作りおって、その分には捨て置かん!」

「落ち着いてくれませんかね?」

ギラリ!その男-ジャロウデク王国第一王子、カルリトス・エンデン・ジャロウデクは腰の短剣を抜き放ち、切っ先を店主に向けた。だが店主は怯まない、伊達に10年以上こういう客商売をやっているワケではない、弱みを見せたら負けだと瞬時に察してずいと更に前に出る!

『アレッタを放しなさい』

クロがすう、と歩み寄りカルリトスに手を翳したのを見た暦とアルトリウスが真っ青になった!

「アレクッ!」

「おう!」

どこをどう駆けたのか…次の瞬間カルリトスの右目にピタリ、とアレクサンデルのレイピアの切っ先が突き付けられていた。

「女給を放しなよ兄ちゃん……あんたが出ると大事になっちまう、ここはオレに任せてくれないか?」

『……わかった、大丈夫アレッタ?さあ…。』

「は、はい」

視線を微動だにしないアレクサンデルの後半の台詞はクロに向けられたものだった。

アレクサンデルのみならず店主の祖母であるヨミ改め暦の意を汲んだクロはカルリトスが否も応もなく手を放して床にへたり込んだアレッタを抱えてそのまま下がる。内心戦友二人と同様冷や汗をかいていたアレクサンデルはやれやれと胸を撫でおろしつつもそんな様子は欠片も見せずに台詞を続けた

「兄ちゃんよ、おいらは怒ってるんだぜ。こっちはかれこれ70年ぶりに死んだと思ってた戦友との旧交を温めてたんだ。旨い料理とあっちじゃ手に入らない旨い酒でな。その気分を台無しにしてくれたオトシマエをどうつけてくれるよ?

おーいヨミ、こいつこのまま殺っちまおうか?」

「ダメよアレク、ここはうちの人と今はこの子の店よ。血で汚すなんてとんでもないわ!」

「えーいいじゃねえか?おいらの腕は知ってるだろ。このまま目から脳ミソを貫きゃ血なんて大して出ねえよ。ちょいと拭けばいいだけ…」

「ばあちゃんの言う通りですアレクサンデルさん…こっちの警察―治安機関はすごく優秀でしてね。血痕があったら拭こうが洗おうが痕跡を検出する手段があるんですよ。まあ死体は扉の向こうに捨てられたとしても警察が入って『この店でなにか事件があった』なんて噂が流れた日には平日営業に関わりますし、商店街の他の店にも迷惑がかかりますから」

「ホントかよヨミ?」

「ええ」

…「科〇研の女」(店主は長年のファンだったりする)の定番シーンを思い浮かべつつ語る店主の言葉を暦に確認したアレクサンデルは『へえー』という表情とともに切っ先を目から頸動脈のあたりに移した。

「まいったね…この世界には魔法はないのにおいら達にとっちゃ摩訶不思議な『技術』があるとはアルから聞いてたが…じゃこいつどうする?」

「…そうですね、ちょっとしたものを出しますんでそれを食べてもらってお引き取り願いましょう。それでいいだろばあちゃん。」

「そうして頂戴。」

「あなたもそれでいいですよね!?」

「わ、わかった。」

この状況下では店主の念押しにカルリトスは頷くしかない。その有様を見たアレクサンデルが半ば呆れた様子で口を挟む

「かーっ、何か食わせてやるってか?なんつー太っ腹!流石にヨミの孫だ、恐れ入ったよ。」

「ま、私は料理人ですから」

アレクサンデルの揶揄をさして気にした風もなく肩を竦めた店主はそのまま厨房へ戻っていく。その背中にアレクサンデルはこんな声をかけた。

「そういうことなら代金はおいらが持つぜ…トドメを刺すにせよ戦利品として売り飛ばすにせよ、一旦剣を向けた相手には最後までかかわるのがオレのモットーなんでね。」

「まいどあり!」

「さあて」

抜くと同じく納める手も見せずにレイピアを鞘に納めたアレクサンデルは柄でカルリトスを4回叩く、トン、トン、トン、トン…

すると彼はいつの間にやら近くの椅子に座っていた。テーブルの向かいには先程から自分にレイピアを突き付けていた奇妙に長い耳の美青年が、すぐ横には今更ながら気が付いたが秘めた威圧感を持つ老女(先程の『店主』の祖母?)と老人が料理の皿を手に移動してきた…たった4回、軽く叩かれただけで椅子に座っている自分…ここでカルリトスはアレクないしアレクサンデルという目の前の美青年が人体の構造と機能-筋肉や骨、関節の動き、どこを打てば人体がどう動く―を知り尽くしたとんでもない剣の達人であることに思い至って戦慄した…ようやく異常事態に気が付いて質問を絞り出す

「…ここはいったい何処なのだ?」

「ここは『異世界食堂』、そして私はヨミ改め暦、ここを異世界食堂にした張本人」

「な…?」

 

…傲岸不遜の権化というべきカルリトスも暦の説明には完全に毒気を抜かれて絶句するより他はなかった。更に暦は続ける。

「そういえばあんたの名前を聞いていなかったわね、それから扉が祖廟に現れたとも聞いたけれど…」

「…余はカルリトス・エンデン・ジャロウデク、ジャロウデク王国第一王子・王太子にして摂政」

「…そういう王国は知らないけれど、先祖を祭る祖廟に扉が現れた事は一応お詫びするわ。あの扉は仕掛けた私にも出現する場所をコントロールできないから。」

「…」

頭を軽く下げる暦にやや鷹揚に頷くカルリトスだったが、ここで暦の一言に対して食ってかかる

「だがジャロウデクを知らぬとは解せぬ!セットルンド一の大国にして大陸全てを統一する唯一の正統なる国ぞ!」

「あんたヨミの説明を聞いてなかったのか?おいら達はそのセットルンドって世界を知らないんだぜ…」

「いや、知らなくもないがね。」

アレクサンデルの冷ややかな皮肉をアルトリウスが遮った

「我々が生きている東大陸と西大陸はあんたのセットルンド大陸とはかけ離れた所にある世界なんじゃが、そっちから来店している常連がいるんじゃよ、今日はもう帰ったがね。じゃからわしや一部の常連・それに店主はあんたの国の事を知っておるよ。大陸全土統一戦争を始めた挙句大敗したんじゃろ?」

「違う!、あれは逆賊どもに対する征伐、そのように言われる筋合いはない!」

「ほお、そこのところをこの年寄に詳しく聞かせてくれんかね殿下?」

「…はじまったなヨミ?」

「ええ、何十年ぶりかしら」

アルトリウスがその常連が誰なのかを伏せたのは当然だが、それでも『大敗』の言葉にカルリトスが再び激高しての語りをアルトリウスが巧みに誘導する…暦とアレクにとっては数十年ぶりに見るアルトリウスの誘導尋問による情報収集である

 さて、カルリトスが語っているというバイアスを除いたジャロウデク王国の現状は以下の通りである。

 カンガー関の会戦で孤独なる11国を各個撃破したジャロウデクではあったが、事態は更に悪化する。東方よりクシェペルカ・ロカール連合軍がついに自然国境を越えて侵攻を開始したのだ。

全戦力を西部戦線に集中している今、東方からの侵攻を防ぐ術はなかった。旧式機と老兵・少年兵の拘束旅団は戦闘での損耗率が4割を超え、ティラントー装備の打撃連隊は戦闘での損耗は1割程度だが魔力変換炉の酷使による稼働不能機が5割を超えて自壊状態、とても戦える状況ではない。東方領土は王都を囲むジーレ山脈の手前まで占領されたのだが、ここでクシェペルカから使者がやってくる、デルヴァンクールでの講和会議への招待である。

「来ないのは勝手だが、その場合占領地は当方(クシェペルカ・ロカール連合・孤高なる11国)で勝手に分割する。その上で再度戦端を開く」

と親書にあっては行かぬ訳にはいかない。かくてカルリトスは一度は占領したクシェペルカの王都へ敗戦国の代表として入ることとなった、十分に屈辱的なシチュエーションだがこれは序の口に過ぎなかった。

 まずロカール諸国連合・孤高なる11国の王侯が居並ぶ中、カルリトスは対面するエレオノーラに跪く事を強いられた。彼はまだ王位についていない王太子の身分であという名目である。歯噛みしながらエレオノーラに膝を屈して講和会議へ招かれた感謝を述べざるを得なかったのだったが示された講和条件は読んだその場で彼が気絶するほどの物だった。

 

1. 西部占領地は11か国にすべて割譲する。分割地の線引き配分はクシェペルカが責任をもって調整する。

2. クシェペルカ・ロカール連合軍は賠償金支払いと引き換えに撤退する、賠償額は―省略―とするが物納可、支払い完了まで占領地の貢納は賠償金の一部に充当する。

3. 戦争犯罪人はジャロウデク側の責任で斬首し、11か国側にその首を引き渡す。

4. 以後、クシェペルカ王国・ロカール諸国連合・孤独なる11か国はジャロウデクの王位を認めない、元首は大公に留まり国号も『ジャロウデク大公国』に改める。

5. ジャロウデク祖廟に存する年代記および系図の原本を捏造品と宣言し、クシェペルカ王国・ロカール諸国連合・孤独なる11か国代表の前で焚書する。

 

…1 2 3は想定内である、4は想定外であったが受け入れざるを得ないだろう、だが5は…ジャロウデクという国そのものの存続に関わる程の条件だったのだ!

世界の父(ファダーアバーデン)の復興というジャロウデクの大義名分は昨日今日出てきた話ではない、10代を超える歴代の王達が受け継いできた野望ないし野心でありその根拠こそがジャロウデク王家がファダーアバーデンの正統なる血統と伝える一族である事を記した「系図」とクシェペルカ王国・ロカール諸国連合・孤独なる11国の父祖達がどれほど悪辣にファダーアバーデンの領土を侵食し、その家を滅ぼしたか、それにジャロウデクがどう抗したかを謳った「年代記」なのである。(両巻とも門外不出、閲覧は王族のみ)

…無論事実はずいぶん異なる、ファダーアバーデンが魔獣からその領域を切り取って行くにあたっては実際に戦い、領域を切り取った臣下や将、豪族にその領域を安堵し、時に王として認めるのは当然のことであったし、一旦王として認められたからには絶対的な服従を強要される謂れはない。又ジャロウデク王家がファダーアバーデンの血統なのは事実だが傍流ではあったし、その衰亡にあたっては最も熱心な旗振り役だった。

つまるところそういった事を我田引水の限りを尽くして隠蔽改ざんしたシロモノがこの二巻なのである。もっとも誰が言ったか「嘘も百年つき続けると、ついた本人も信じだす始末」でありジャロウデクの王族にとってはこれが事実なのであった…笑うべき状況ではある。

11国の王達に水をぶっかけられて強制的に覚醒させられたカルリトスはずぶ濡れのまま声を嗄らしてその場の全員を罵倒し、抗議を喚いたが誰一人聞く耳を持つ者はいない。

当然である。「積徳」などという事をジャロウデクという国はおよそやったこともないしむしろそういったものを腹の底から軽蔑していた国である。11国もロカール諸国連合もそれぞれの間での国境や王位・公位に関する揉め事・紛争はままあることだがそれに土足で踏み込んで来ては自らの都合と利益を押し付けたうえで『謝礼』と称して領地や財物をむしり取られたことはどの国にとってここ数十年だけでも1度や2度ではない。こういった場合一国一国に対して個別交渉を行い切り崩しを図るのが外交のセオリーというモノだが今のジャロウデク、カルリトスにはそのツテすらない…実質追放されほうほうの体で王都に戻ってきた在11国のジャロウデク大使の内2人を怒りに任せて切り捨てて以降その他の8人はさっさと11国側に寝返った…彼ら大使がジャロウデクの横暴さの権化として着任国に蛇蝎のごとく嫌われていたのは確かだが、交渉の為の相手側のキーマンや担当者を知っているのは彼らだけなのだ、最悪の行為のツケは高くついたワケである。

「…どうやって年代記と系図の件を知った?…あれは門外不出の…」

「事あるごとに国内でその二つの内容を持ち出し、私達を『唾棄すべき謀反人の末(すえ)』と代々宣言し続けていて門外不出もないものですね?」

エレオノーラの冷ややかな言葉にカルリトスはぐうの音も出なかった…この件は寝返った大使達が詳細を暴露したものと確信したカルリトスだったがそれでどうなるものでもない、押し黙ってしまった彼をクシェペルカの近衛兵2人が引っ立てる形で退場させにかかる。

「放せ無礼者!これが一国の王…いや王子にして摂政へのクシェペルカの礼儀か!?」

「貴方に選択の余地などありません。それに負け犬に払ってやる礼など存在しない、さっさと帰って我々の命令を遂行なさい!」

エレオノーラの宣告に、流石にカルリトスは愕然とした、それは代々ジャロウデクの王が、そして彼自身が突き付けてきた最後通牒の台詞そのもの…そのまま会議場から蹴りだされるカルリトス…エレオノーラを始めとするクシェペルカの、ロカールの、11国の積もり積もったジャロウデクへの復讐が始まったのである。

 

「祖廟の宝物を明け渡す事は即ち国の魂魄を抜かれる事。本来受け入れるべきことではないが、この状況ではとても抗しきれまいな殿下?」

「…あ、あの謀反人の末、逆恨みのクズ共が!正統の王家に何様のつもりか!」

激高するカルリトスだが目配せを交し合うアルトリウス・アレクサンデル・暦の視線は冷ややかだった、3人の共通認識は

「こののぼせ猫につける薬はないのう?」

「ねえな」

「ないわね」

という事になる。

 

「ま、政治的事情ってやつは私らが口を挟めることじゃありませんがね、カルリトス殿下。

 あなた最近ろくなメシ食ってないんじゃないですか?

人生で一番まずいのは「寒い」事と「腹が減る」事とだそうですよ、これを食べて少し落ち着いて下さい。サンドイッチのセットとココアです」

クロがテーブルに置いたのはハムサンド・タマゴサンド・ツナサンド、そしてコロッケサンドである。そのあと店主がマグカップのココアを差し出した。更にクロはコロッケサンドをアレクサンデルの前に差し出した、更にココアを彼の前に置く。

「あれ、おいらは頼んでないけど?」

「それは私のおごり、この件での迷惑料よ」

「そっか、それじゃありがたくもらうよ…やっぱりコロッケはいいなぁ~このトンカツソースってやつが特にいい、パンに挟んでも最高だぜ!…ふぉい兄ひゃん、ほさっとしてなひで食ひなよ。」

「…うむ…!?!?」

暦の穏やかな笑み…それに数十年前の彼女の美貌が重なりガラにもなくドキッとしたアレクサンデルがわざとそっけない態度で礼を言うとコロッケサンドにかぶりついたままカルリトスに目の前のサンドイッチを勧める、その態度に内心むっとしつつも目の前の見たこともない程白いパンと挟まれた具に引き寄せられるように先ずはハムサンドを口にした

『燻製肉なのだろう!?これがか!?…ゆで卵だと!?どんな味付けだこれは!?…これはなんの肉なのだ!?…このコロッケというのは何だ!?…う、旨いっ!!』

ムシャムシャ・・・傍目にもまさしく餓鬼のごとく全てのサンドを詰め込んだかと思うとココアをあおる!その香ばしい苦みと甘さにカルリトスは卒倒したのだった。

 

「気に入ってくれたようで何よりだわ」

「どうぞ、おかわりです」

「…馳走になる」

人体の急所を心得たアレクサンデルにこっちに引き戻されゼイゼイと肩で息をついているカルリトスに暦が声をかけ、店主がもう一皿とココアを差し出した。2皿目で流石に余裕を取り戻したカルリトスが呟く。

「店主、どれも実に旨いがこの『ツナサンド』とはなんなのだ?今までこのようなものは食べた事がない。」

「ツナって海の魚の油漬けですよ。」

「な、な、な!」

流石に愕然として立ち上がるカルリトス(当然ながら海の魚など、いかに大国の王族とはいえ数えるほどしか食べた事はない)に対し店主は笑顔で手を振った。

「そう驚かんで下さいよ。こちらでは缶詰…と言ってもわからないでしょうがね…保存のきくお手軽な食材ですから。ま、どんどん食って下さい。」

更に目の色を変えてツナサンドに齧り付くカルリトスを暦は穏やかな笑みと共に眺めていた。

『客を見る目とちょっとした気配り、ますますあの人に似てくるわ…』

そう、興奮剤であるコーヒーではなく鎮静効果のあるココアを出す…ごく自然なその配慮に暦は孫の成長を見ていた、戦後の混乱期から闇市での営業、遅々とした復興を一変させた特需、そして高度経済成長…どのような時代であれ食材が足りない事は結構あったが、ちょっとした工夫で決して自分や家族にひもじい思いをさせたことのないあの人…邪神を滅する為だけにおぞましい方法で生み出された自分ではなく夫の血を受け継いでくれた孫の背中に思わず胸が熱くなる暦だった。

「ヨミよ、お前のダンナさん…先代は本当にいい男だったのぉ?」

「ええ…」

「…あーあ…少し妬けるぜ…」

しみじみとしたアルトリウスの言葉に目頭をぬぐう暦、その有様にあえて冗談めかした台詞を吐いたアレクサンデルは、その感慨を誤魔化すように目の前でごくごくとココアのマグカップを飲み干しているカルリトスに向き直るとこんな事を言った。

「で、王子さんよ。あんたこれからどうしたい?」

「?」

「命が惜しいかい?名が惜しいかい?…こいつは年長者のおせっかいだが、命が惜しけりゃ恥も外聞も気にせずさっさと逃げるこった。名が惜しけりゃ講和なんぞ蹴って戦いなよ。まあどっちにしたって行き着く先は変わりゃしねーだろうがね。」

「なんだそれは!?だいたい年長者とは!?」

「本当の事じゃよ殿下、こいつはこんな風体じゃがわし等より2~30年は年上さね…さあてアレク、おまえさん今いくつじゃったかな?」

「そいつは最高秘密さ、たとえお前さんにだって話せないね。特にヨミのいる所ではよ」

「……」

 

「さて店主、アレクサンデルとやら、馳走になったな」

「まいどあり」

ここでカルリトスは咳ばらいをした後胸をはってこんなセリフを吐いた

「ジャロウデク王国第一王子・王太子にして摂政カルリトス・エンデン・ジャロウデクの名においてこの地をお主に安堵することを宣言する!ありがたく受け取るがよい。」

「…そいつはどうも」

一応手を胸に一礼する店主だが、次のカルリトスの台詞には正直呆れた。

「ついては上納金を納入せよ、今日は売り上げの二分の一でよいが次には年収額を準備しておけ!」

「お断りしますよ。」

「何!?」

「こっちにも『みかじめ料』の名目で金をふんだくりにかかる連中はいますがね、そういうのにビタ銭一円たりとも払わぬってのがこの町のルールだ。」

「き、貴様!?…」

「アレク、レイピア貸してくれるかしら?」

「おうよ」

暦がアレクサンデルのレイピアを一振りし、空気を切り裂く。ギレムとガルドが斧を手に立ち上がり、タツジとオトラが指をポキポキと鳴らす、ロメオとジュリエッタが吸血鬼としての本性を現して強烈な魔気を叩きつける・・・夜の常連たちの殺気に満ちた姿を背中に立つ店主に対し拳を振り上げたままたたらを踏んで後ずさるカルリトス。この店の上りは相当なものになると踏み、あわよくば店主自身を連れ去ってジャロウデク再建の一助にしようなどとという思惑は完全に裏目に出たのだ。

そして彼は後ろにいた誰かにぶつかる、更に後ろから振り上げた腕をものすごい力で握られ、肩が外れんばかりの力でつるし上げられたのだ。

「痴れ者が来ておったの?」

「これは女王様。」

恭しく一礼する店主の視線に必死で振り返ったカルリトスの背筋が凍った。そこにいたのは言わずと知れた「赤」…深紅の髪と角に爛々と輝く金色の瞳、姿こそ女性だがとても尋常な存在ではない事は直に分かる。

「痴れ者、この店は妾の領域、店主もアレッタもわが財宝よ。その上前を撥ねようとはな?…そうさな、バルログへの褒美に持って帰るか。あれも最近人間を喰っておらぬからな~」

ふうー…吐いた息は紅く燃える炎。カルリトスは恥も外聞もなく絶叫した

「さ、先程の言葉はすべて撤回するっ!どうかお赦し頂きたいっ!」

赤が無造作に手を放してカルリトスは床に這いつくばった、その姿を一顧だにせず店主の引く席に着いた赤はこうのたまった。

「妾はこれからビーフシチューに取り掛かるのでな、貴様のような痴れ者に関わっている暇はないのだ。さっさと退散するがよい。…言っておくが今度妾の前にその顔を見せたら骨も残さず焼き尽くしてくれようぞ!」

「ひぃっ!」

脱臼していない方の腕でかろうじて立ち上がったカルリトスはほとんどこけつまろびつという体たらくで扉に向かったが、弱り目に祟り目…最後の災難がそこに待っていた。

チリンチリン…

「アーキッド様、今日はカレーというものに挑戦してみようと思います(^^)」

「気を付けて下さいよエレオノーラ様、あれは旨いですけどかなり辛…い…」

入ってきたのはキッドとエレオノーラだったのだ!

「…カルリトス…王子…?」

「…クシェペルカの売女(ばいた)がぁっ!?」

「エレオノーラ様っ!」

どちらがより驚いたかはわからない、身体強化魔法を発動させる間すらないキッドがカルリトスにタックルを食らわせるが距離が近い事から体勢を崩すまでには至らない、

「無礼者がぁーッ!」

「アーキッド様ッ!」

エレオノーラの悲鳴!カルリトスは短剣を振り上げキッドの背中に突き立てた…筈だったが、捨て身のキッドが唖然とする、痛みも何も感じない…その時カルリトスは自分の手を眺めていた…短剣が消えていたのだ、指4本と共にきれいさっぱりとである。

「あ…あ…あ…ギャァァーーツ!!!」

カルトリスは床に再び這いつくばって泣きわめく、その様を見たアレクサンデルが振り向いてみればクロがすう、と手を翳していた

「あーあ、結局大事になっちまった。」

ここで店主がすたすたと前にでてカルリトスを見下ろす。

「こちらには「仏の顔も三度」ってことわざがありましてね、私の事はともかく他のお客さんに手を出したとあっては寛恕できませんな。カルリトス王子、あなたは入店拒否にさせて頂きますよ!アレクサンデルさんお願いできますか?」

「いいぜ…ああうるさいな、喚くなよ兄ちゃん…あばよ!」

アレクサンデルは泣き喚くカルリトスの襟首を掴むとそのまま扉まで引き摺り、彼にしか分からないやり方でカルリトスを立たせるとアルトリウスが開けていた扉からこれを蹴り出したのだった。

「ま、待てェーッ!」

ようやく振り向いたカルリトスの前で扉が消えた、扉にしがみついた彼はそのままつんのめって倒れ伏す…

「…待て、待ってくれ…待ってくれ…詫びる…詫びるから…頼む……う‥うわあぁぁーっ!」

痛み以上の悔恨と喪失感に泣き伏すカルリトス。それが何なのかは分からない、だが確かに自分は何か取り返しのつかない事をしたのだ…頭でどれほど否定しようとも心と体の一番深いどこかがそう告げていた。

 

さて、怪我の手当てを済ませたカルトリスが最初に取り掛かったのは11国の言うところの「戦犯」…グスターボ独立中隊 その最後に残った15人を「処理」する事…彼らの労をねぎらうという名目で開いた宴で毒を盛ったのだ。

「ペッ!!!、野郎ども吐けッ!毒だァーッ!!」

ドロテオが尋常な武人でなかったところはグスターボに毒物の味についてもみっちり仕込んでいた事だった(若い頃敵国との交渉の席で毒殺されかかった事があったそうな)が遅すぎた、彼以外は全て喀血して崩れ落ちている。グスターボは一番近くにいたあの神官候補生の襟首を掴んで起こすが…彼は、

『どう…し…て…』

この一言を残してこと切れた。その彼を必死に揺さぶりグスターボは叫ぶ

「おい死ぬなぁーッ!死ぬんじゃねぇっ!お前にはまだカツドンを奢ってねえんだぞっ!」

…そこからグスターボは一匹の修羅と化した。後ろから剣を振り上げた近衛兵の喉に隠し持っていた太い針を突き立てると瞬時にその剣を奪い、次の2人の斬撃を彼を盾としてしのいだ後一人の親指を切り落とし、返す剣でもう一人の頸動脈を絶つ…1対多数の白兵はお手の物、止めを刺す事は初めから度外視して指を、腕や足の筋を、目を切り戦闘不能とする、切り伏せた者や鍔迫り合いに至った相手を盾とし切れ味の落ちた剣はそのまま相手に突き立ててその剣を奪う…死者と重傷者の山を築きつつ一歩一歩カルリトスに近づいていくグスターボだが終わりは唐突にやってきた、ついに彼も血を吐いたのだ。それでも更に3人を切り伏せた後どう!とぶっ倒れたグスターボに青くなった顔に憎々し気な表情を浮かべたカルリトスは近づいていく。

「クズが、てこずらせおって!」

ここでグスターボがカッと目を見開いた、そして血交じりの唾をカルリトスの顔に吐きつける!

「オレがクズ…ならあんたは外道…よ…あっちで待ってる…ぜ…」

「ウワァァーーッ!!」

カルリトスはグスターボに剣を突き立てる!、1回、2回、3回…ザク!ザク!ザク!…

「で、殿下、もう死んでおります!」

「やかましいっ!!死ね死ね死ねっ!…わははははーッ」

そしてグスターボの首を自分自身で搔き切り(剣2本を折った)その場に放り出すと死体を始末せよと言い放ち笑いながらその場を去った…生き残った近衛兵たちがどんな目でその背中を見ているかも知らずに…

 

グスターボ以下15名の首を差し出し、系図と年代記をデヴァンクールで焚書したカルリトスの右手の指4本がない理由をキッドとエレオノーラだけは知っている。憎々し気なその視線をエレオノーラはしっかりと受け止めていた。

 

 そして復讐を胸にジャロウデク王都に戻ったカルリトスを待っていたのはクーデターだった。玉座の間に入ってみれば遠縁の甥(王位改め公位継承権5位)の少年が玉座に座っている、何の真似だと誰何してみれば『もう我々は貴方を王改め公とは認めない』との返答、怒りと侮蔑のままに近衛兵達に『謀反人共を殲滅せよ!』と命じたのだが、彼らの剣は全て自分に向けられた。

「貴様ら、このカルリトスの恩を忘れたか!」

「恩、恩ですと!?」

近衛隊長がカルリトスにつかつかと歩み寄ると鞘に入ったままの剣で彼を殴り倒した

「王国を守る為に勇戦した騎操士達をあのように殺した貴方にそんな事を言われる筋合いはない!今度は我々の番ですかな!?」

そして即決裁判が行われた、カルリトス・エンデン・ジャロウデク及びカタリーナ・カミラ・ジャロウデクは全身分を剥奪の上「追放」=法の保護外に置かれたのだ。その印として頭は剃り上げられ2度と髪が生えないよう有毒の魔獣油が塗られ、破門者として大神官により両耳と鼻がそぎ落とされたのだった。

 

「…大神官、貴様もか!?」

「殿下、いやカルリトス。息子の恨みを晴らさせてもらいますぞ…あんたが毒殺した神官候補生はよんどころない事情で別れた先妻の子でしてな…」

「な!?ギャァァーーツ!」

 

そして2人は素っ裸で城門から叩き出された。町の住人や村人が2人を見つけるなり石礫の雨あられで追い立てたのは当然だが、彼らは乞食をすることも身を売る事もできなかった。乞食や売春婦にもそれぞれの仁義と縄張りがあり「追放者」を受け入れる事などありえない、彼ら及び彼女らに袋叩きの目にあって街道をさまよっていたカルリトスとカタリーナだったがたまたま成功した美人局(つつもたせ)が罠となった、獲物の分け前での口論の挙句カルリトスはカタリーナを撲殺してしまったのだ。

「あ、兄上…」

「うわぁぁぁーっ!…カタリーナ…カタリ…ギャァーツ!」

血塗れで自分を見上げるカタリーナの顔にグスターボの死にざまを見てしまったカルリトスは彼女をズタズタになるまで殴り続けたのち我に返った…ついに妹を手にかけた挙句どこをどう走ったかある村にふらふらと入ってしまった彼は呆けた顔で外にいる者は誰一人いない村の道を歩くうちに2階から複数の石臼が投げ落とされ、うち1つが肩を砕く!倒れ伏し絶叫してもだえ苦しむ彼に三々五々と現れた村人達…ほとんど女性、男は戦争から帰ってこなかった…犂鍬鎌その他もろもろで袋叩きとなり、冒頭の状況につながるというワケである。

 

…やがて扉が消え、支えを失ったカルリトスの骸は谷底へ落ちていった。願ってもないごちそうに群がる食肉獣たち。骨の髄も脳みそも啜られ、ばらばらになった骨…春がきて草が繁茂してそれを覆い隠していった…

 絨毯一枚にも満たない骨が散らばったその土地…それが10代にわたる妄執の果てにジャロウデクの最後の王が得た全てだったのである。

 




こういう雰囲気の話は書く方もしんどいということに改めて気づきました。
いうなればこれはナイツマ世界の架空歴史もの、好き嫌いがはっきり分かれる代物だったようです。

私はジャロウデクを春秋戦国時代の秦、クシェペルカを同時代の斉のイメージで考えています。秦という国は「周王家だけが行い得る筈の天を祭る儀式を建国以来代々密かに行い続け」天下に対する野心を持ち続けてきたとか(by宮城谷昌光)…その帰結が始皇帝による統一となったワケですが…カルトリスはこれにしくじった始皇帝=秦王政にして「悔い改めなかったスクルージ(by C.ディケンズ)」のイメージでキャラを作りました。
 
次回は「新年営業の来店者たち」です。
異世界食堂のフォーマットに従い、料理を素直に楽しんでくれる方々を書くつもりですのでもう少しお付き合いください

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