異世界食堂another またはエル君の異世界食堂メニュー制覇記   作:渋川雅史

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外伝6#マリッジブルー:エルネスティ・エチェバルリアの告白

「? おい銀色坊主、この図面、ここの計算間違ってないか?」

「え?…あ、本当だ…ごめんなさい親方。これは…」

 

「しっかし珍しいこともあるもんだ、あいつがあんな間違いをするとはよ…ここ10日で3件目だぜ

…体調が悪いようでもないしどうしたんだろうな?。」

「ヘブケン、あんたバカかい?」

「おい、そりゃどういう意味だ!?」

心底不思議そうに首を捻るダーヴィドの様子に心底あきれ果てたという表情でデレシアが言った。やや不機嫌な表情になったダーヴィドに何の遠慮も躊躇もなく続ける

「アディとの挙式までいよいよ二カ月を切ってるんだよ、マリッジブルーに決まってるじゃないか」

「あいつがかぁ!?…」

その言葉自体は知っているが・・半信半疑というよりは一信九疑という表情のダーヴィドにデレシアは更に畳みかける。

「アタシの大団長との付き合いはあんたみたいに長くないけど大団長がありとあらゆる意味で常識ってヤツをすっとばした変人なのはシルフィアーネの件でよーく分かったつもりさ。

だけど『結婚』はぶっちゃけそれすら凌ぐ人生の大事(おおごと)だろ?色々と悩む所や想う所があって当然じゃないか?」

「そういうもんかね?」

「そういうもんさ。ま、正直安心したよ、大団長も人の子だってことにね。」

「そーいやそうか。」

うんうんと頷き合うダーヴィドとデレシア…結論から言うとデレシアの推測は半分間違っていた、エルがアディとの結婚にあたって悩んでいるのは事実だったがその悩みの内容というのがおよそ普通ではなかったのである。

 

「父様、母様、おじい様、お聞きしたい事があります!」

ここはエチェバルリア家の食卓、久しぶりに帰ってきたエルの為にセレスティナが腕を振るった夕食の場でこの上なく真剣な表情のエルが口を開いた

「アデルトルートさんとの結婚に不安なのね?エルネスティ。」

ちょっとびっくりした表情でエルは母であるセレスティナを見つめた、そのあと父であるマティアスと祖父であるラウリに視線を移す、この問いかけがあるであろうことをあらかじめ予想し、穏やかな中に真摯…自分の不安に全身全霊で向き合おうとしてくれている3人にエルは心から感謝しつつ問いかける。

「はい、僕は父様も母様もおじい様も他の皆さんも見ての通りの人間です、アディはそんな僕で…というよりは僕だからいい、と言ってくれました‥僕はそのアディの想いを受け止める事を決めたんです、でも…父様と母様は職場結婚だったんですよね?…物凄く失礼な質問なのは承知の上でお尋ねします、後悔されたことはありませんでしたか!?」

「ないな」

「ないわ」

二人の即答に驚愕するエル、そのあと二人は互いに微笑み合う…その光景にエルは思う

「アア、ボクハコノ御二人ノ子供ニ生マレテ良カッタ…」

…ライヒアラでは事あるごとに未婚教職員を集めてのパーティがある、学部が違えば顔を合わすことがない広大な学園で出会いの場を提供する為だが、教師の多くは中~下級貴族や富農・豪商の家出身であり、家同士のやりとりの中であらかじめ相応の段取りがついているのものなのだ。

「あの時もワシが引き合わせた5人の候補の内、セレスティナの眼鏡にかなったのが婿殿であったのだよ」

「マティアスとは半年程お付き合いして、この人ならと決めたわ」

「私から求婚したのだが、あれは明らかに乗せられて、だったなぁ~」

ここでマティアスはエルをちょいちょいと手招きして耳元で囁いた

「それ以来夫婦生活の主導権を持っているのはティナの方さ、婿養子という立場を割り引いても『尻に敷かれている』という状況は否めないな~」

「やっぱり…」

「あーなーたー。」

「ま、これほど左様にわが奥方様は恐るべき御仁なわけだ。」

これ見よがしの男同士の会話に凄んで見せるセレスティナとそれに肩を竦めて見せるマティアス…そこに垣間見える二人の信頼関係にエルは脱帽せざるを得ない。ここでセレスティナとマティアスがエルを正面から見据えて口を開いた。

「あなたの父様はお付き合いを始めてから今に至るまで私にありとあらゆる事で『誠実』あるいは『誠意』を貫いてくれたわ。女として妻としてこれ以上何を望む必要があるかしら?」

「エルネスティ、『愛』そして『結婚』とは感情ではなく『意志』、特に男にとっては『義』だ。夫婦生活は決して平坦なものではない、私達にもすれ違いや喧嘩もままあった…結婚式という『儀式』はだから必要なのだよ、今後いかなる事があろうともお互いに誠意を貫いて行くと宣言する、すなわち『義』を立てることを近親者を含む多くの人たちと超越者に誓う為に!…逆に言えばそれほどの事を行わねば継続する事能わないのが結婚というものだと私は思う。」

「‥ありがとうございます父様!母様!おじい様!迷いが晴れました! 僕もアディ アデルトルートに誠実を尽くします、尽くし続けます!」

立ち上がってほぼ90度に一礼するエル!そんな息子&孫の姿に微笑みながら両親&祖父は力強く頷いた

「さあさあこの話はここまでにしましょう、料理が冷めてしまうわ」

「はい母様、いただきます!」

…セレスティナもマティアスもラウリも知らない、エルの言うアディに尽くすべき「誠実」の内容が一体何なのかは…

 

Menue-Z6:ビールセット&カツカレー再び

「皆さん、明日の『ドヨウの日』は僕とアディだけで行かせて下さい」

「…残念だが仕方ねえな」

「ヤボは言いっこなしだよヘブケン、二人だけで話したいことが色々あるだろうさ」

「披露宴用料理の相談と予約もしてきます、楽しみにしていてください!」

「そいつはいい!」

「異議なーし!」

バトソンを含む鍛冶師全員が唱和したのだった。

 

チリンチリン…

「いらっしゃいませ、洋食のねこやにようこそ!今日はエルさんとアディさんお二人だけなんですね?それに時間も」

「いらっしゃいエル君、頼まれた席は開けてあるよ。」

「ありがとうございますマスター」

「あ、そうか…もうすぐお二人は結婚するんだから色々お話をするんですよね?前にも申し上げましたがお幸せに!」

「ありがとうアレッタさん、アディを席に案内してください、僕は少しマスターと話がありますから。」

「はい、アディさんこちらへ」

「エルくーん、なるべく早くこっちに来てねー」

アディはエルを一度ぎゅっと抱きしめた後、アレッタの案内で一番奥の席へ向かった。

…オルヴェシウス砦で皆に振舞うパーティセットの中身はもう決めてある、正式な注文を書いた紙を渡された後店主が口を開いた。

「いよいよあの件を話すんだね?」

「はい…賭けみたいなものではあります」

「分のいい賭けかな?」

「五分五分でしょうかね」

「がんばれよ」

「ありがとうございます」

エルと店主はニカッと笑い合い、サムズアップを交わした。

 

 時間は17時少し前、お菓子と夕食の端境…アルトリウスがいるのはともかく何故か暦さんがカウンター席にいた

「うーん、少し夕食には早いよね?私ショートケーキとコーヒーにする。エル君は?」

「ビールセットをお願いします、大ジョッキで。」

「はーい、マスター注文入りました」

「了解!…流石に素面では無理か…」

店主の呟きにアルトリウスと暦が頷いた

 

「どうぞ、ビールセットとショートケーキセットです」

アディの前にはイチゴの赤も鮮やかなショートケーキとコーヒー、エルの前にはビールの大ジョッキと枝豆・ソーセージとフライドポテトが並ぶ

「じゃあアディ、乾杯しましょう!」

「うん、乾―杯!…へ?」

軽く打ち合わされるコーヒーカップと大ジョッキ、コーヒーカップに口をつけたアディは唖然とした表情で固まった。目の前でエルがゴクゴクと大ジョッキを飲み干しにかかっている。そして…

「ぷはぁーっ!やっぱりビールは生ジョッキに限りますね~・・・ねえマスター、こちらの生は何処のやつです?」

「×××ビールだよ。」

「ビンゴ!嬉しいですねぇ~!そうだアディ、枝豆食べてみませんか?流石に『丹波の黒大豆』とはいきませんが普通の大豆もオツなものですよ~」

「う、うん…」

鞘に入ったままの枝豆を渡されて困惑しているアディにエルは笑いながら「こうやって食べるんですよ」と言って鞘を抑えて中身を口に入れて見せる、基本器用なアディは直にまねして口に入れて…野菜の新鮮さと豆の甘味を併せ持つその味は素晴らしかったが、それ以上に彼女を困惑させていたのはエルのその場とビールセットへの尋常ではない(『エル君だからな~』で納得できるレベルではない)馴染み方である。

 もろもろの考えと記憶が頭の中をぐるぐると駆け巡った後、あてはまったのはギムレとガルド、ダーヴィド親方の姿…アディがボソッと呟いた

「なんだかエル君、オジサンみたい・・・」

・・・泣いているのか笑っているのか…べそをかいているような顔で笑っているエル。アディはその時のエルの表情を生涯忘れなかった、忘れられなかったと言っていい。

「ええそうです…ねえアディ、僕はオジサンなんですよ。あなたやキッドより少なくとも28は上ですから今40代ですね~」

普通なら「冗談ばっかり~」とか笑って流すような話だがアディは笑えなかった、エルネスティという人物はおよそ冗談とは無縁、彼の言動はいつでも『本気』なのである(それはそれでとてつもなく厄介なのだが)。更に困惑して黙ってしまったアディにソーセージとポテトを勧める。『量産品と冷凍もののはずですがこれもいけますよ~』という言葉の後、エルは一つ咳払いをすると口元は笑っているがまるで笑ってない目でアディを正面から見据えて口を開いた。

「アディ、これからオトギバナシに付き合ってください。」

「オトギバナシぃ~!?」

「はい、オトギバナシです、少し長くなります・・・あちら、セットルンドであなただけに話す 母様も父様もおじいさまも知らないオトギバナシです…。」

エルが語り始めたのは…この世界にかつていた‥生きていた「倉田翼」という人物の生涯である。

「‥彼が生まれたのは、遠い昔この国の中心だった…都があった地、今は古く巨大な墓とこれまた古い寺院が残るだけの街、名を『奈良県斑鳩(いかるが)市』という地でした」

「…『いかるが』ぁ~?なんでイカルガと同じ名前なの?」

「当然です、イカルガの名はその地の名をつけたんです。彼のルーツを」

「え、ええぇーっ!?」

 

エルの語りは続く、小学生の頃のポケットコンピューターとの出会い。プログラムの面白さにのめり込み、学んで、実行して、失敗して、学んで、改良して、実行して…やがてこれを職として「最終防衛ライン」の異名を持つ達人となって行く光景を…

 

「ぷろぐらまーって、構文士の事なの?」

「はい、アディも知っている通りこの世界は『電気』というもので動いています。ありとあらゆる動くものを制御する電気の術式ですね。

ところで彼にはもう一つの側面がありました、趣味の領域です。これがまた一風変わっていましてね…」

 

魔法も幻晶騎士も現実にはない世界、だが虚構の世界は魔法とロボットとそれらが活躍する物語があふれている世界、物語の中のロボット(『幻晶騎士と同じものだとまあ考えてください』とはエルの台詞)を形とした『プラモデル』を作るのが彼の趣味…

仕事と趣味、倉田翼はこの二つの、二つだけの世界に生きる人間だった。

 

その日も厄介な仕事を見事に捌いて次は趣味に没頭しようとした帰宅時での事故、そして死・・・最後によぎった思いは

「ああ、積みプラモ結局消化できなかったな~」

だった。

 

「普通ならこれで話は終わるんですがね、オトギバナシはこれからが本番なんですよ」

「…」

 

何なのかもわからない喪失感を持ちつつぼんやりと生きていたその幼児は運命の出会いをする、彼が今生きている世界は魔法とロボット(=幻晶騎士)が存在する世界!記憶が、或いは回路が繋がった!そして彼は動き出す、本物のロボットを手に入れ、これを操縦するという唯一無二の目的に己が人生の全てをかけて!

 

魔法を、剣を学んで…やがて魔法術式が魔法動力のプログラムである事を看破し、学んで、実行して、失敗して、学んで、改良して、実行して…

やがて鍛錬の途中、彼は屋根の上で家出を目論む双子の兄妹と出会った…

 

「彼のそこから先はアディもよく知っている通りです。」

アディの頭の中でエルの語ったオトギバナシがぐるぐると渦を巻いている…長いような短いような沈黙の後、彼女はようやく口を開いた。

「…じ、じゃあエル君はそのクラタって人なの!?」

「うーん、そうであるとも言えますし、そうでないとも言えます…確かに僕は彼の一番コアな部分―ロボットオタクと凄腕プログラマー―を引き継いで生きていますがセットルンドで生きてきた15年を超える人生は全て僕にとって事実あり真実です、僕はマティアス・エチェバルリアとセレスティナ・エチェバルリアの息子でアーキッド・オルターやバトソン・テルモネンの友人、銀鳳騎士団の大団長…そして今現在の所アデルトルート・オルターの婚約者であるエルネスティ・エチェバルリアです。」

…そう語るエルの顔をアディはじっと見つめていた。エルは相変わらず笑顔だったがそれは明らかに作り笑いだった、そんな表情のエルをアディは見たことがない…

「だからでしょうかね、こっちの…倉田翼の両親や兄弟、友人や仕事仲間達の事はあんまり思い出すことがないんですよ。薄情な話とは思いますがこちらで僕は完全無欠の死者ですからそのあたりは割り切っているつもりです。

…アディ、僕はこういう凄くおかしな人間なんです、この話を聞いても僕と…その…!?」

エルの言葉が途切れたのは、席を立ったアディがエルの後ろに立っていつもやっているように彼を抱きしめたから…あの時と同じく身体強化までかけて…アディは感じる、エルの震えを…だからアディはエルを抱きしめる、強く!強く!

「エル君、私わかったよ、親方やヘルヴィ中隊長にエル君が言った『僕はエルネスティ・エチェバルリア、あなたの見た通りの人間です』って言葉の意味…どうして私に打ち明けてくれたの?」

「…奥さんに人生の重大時を伏せておくのは…不誠実ですから…」

「うん、ありがとうエル君…私を信じてくれて。凄く嬉しいよ。

 私は『エルネスティ・エチェバルリア』が大好き!愛してます。」

それがエルの誠意へアディの全身全霊をかけた返答だった。エルの表情が花が咲いたように明るくなる…が

「あの、アディ…ちょっと苦しいんですケド…」

「あ、ごめんごめんエル君。」

アディのホールドに危うく落とされるところだったエルは席にもどったアディを前に大きく深呼吸をしたあとこういって席を立った。

「正直安心しました…で、安心したらちょっと気が抜けてしまいまして…お手洗いに行ってきまーす!」

 

ポツ、ポツ…

小用を足した後 手を洗うエルは蛇口を既に閉じているのに洗面台に落ちる水滴を見つけた。あれ?と思って正面の鏡を見てみると…

「…おかしいですね…なんで僕…泣いて・・あは・・・アハハハハ!」

洗面台に置いた手を突っ張らせ、仰け反ってエルは笑った…体の真っ芯、奥底から絞り出すような涙と共に彼は笑いながら号泣する!が…当然それは外まで聞こえる。

「エル君!…え?」

お手洗いから響くエルの尋常でない笑声に驚いて立ち上がろうとしたアディだったが、誰かに肩へすっと手を置かれたかと思うとそのまま椅子に座らされた…本当に手を置かれただけ、力を込めて抑えられているのでもないのに動けない…首だけで後ろを振り返り、肩に手を置いている人物を見上げる…それは美しい老婦人だった。若い頃の美貌は言わずもがな、年齢に左右されない美しさと強さを持った女性、圧倒されるとともに肩に置かれた手から感じられる凛とした優しさにアディの中にあった抵抗心は掻き消えてしまう…

「貴方はどなたですか?」

「私の名は暦、先代の妻でここを『異世界食堂』にした張本人よ。」

穏やかな笑顔と共に暦が名乗る

「俺の婆ちゃんさ。」

「またの名を『勇者ヨミ』わしの古い戦友じゃよ」

「え?ええぇーっつ!?」

…この店に流れる噂やアルトリウスの昔語り、一度だけ会ったアレクサンデルとのやりとり(ナンパされた!)で名前だけは知っていた、×十年前邪神を滅した4英雄の中核、ケタ外れの戦闘力と魔力を持つ勇者、邪神の断末魔の力でこの世界に飛ばされてねこやの先代と出会って結婚して…今は完全無欠のこの世界の住人…暦はそのままアディの両肩に後ろから両手を置いて語り始める。

「今はあのままにしてあげなさい、男の子は女の子に泣き顔を見られたくないものよ。特に愛する人にはね?…今彼はきっとこれまで経験したことのない感激に心も体も一杯になっているわ。そんな時、人間は笑うか泣くかしかないのよ。」

「…どうしてわかるんです?」

「私もそういう経験をしたから…私のオトギバナシも聞いてくれる?」

「…はい。」

「さっきアルは私の事『勇者』あるいは『英雄』と言ってくれたけど、私自身にとってそんな称号は正直疎ましいだけ…」

「どうしてです?私も騎操士(ナイトランナー)だから『勇者』なんて呼ばれる方は尊敬します、憧れちゃいます!」

「ありがとう。でもね、『伝説』というものには往々にして『タネも仕掛も』あるものなのよ…」

 邪神を滅ぼし、魔族を殺戮する為だけに最強最悪の鬼の子種で闇の巫女を孕ませることによって生み出された…否、作られた自分。ほとんど民族浄化に等しい邪神戦争の実態とまぎれもなくその中核であった『勇者』…否、殺戮機械に等しい呪われた存在…暦の淡々とした語りにアディは愕然とする。

 暦の語りは続く…文字通り流れ着いたこの地、国が大戦(おおいくさ)に大敗して命からがら大陸から戻ってきたという先代と出会い、ある勘違いから世話を焼かれた(飯を食わせてもらって)のが縁でついに結婚に至る二人の人生…

「私も自分のそういった出生と身の上は結婚式の前に全部話したわ。でもあの人は平然と…まああの人の知識と感覚ではよくわからなかったんだろうけど…受け入れてくれた…あの人がその時何て言ったと思う?

 

『へえ~お前もえらい目にあってきたんだな~ま、俺にはかかわりのない話さ、俺はこのねこやの看板娘で俺の嫁さんの暦しか知らないし興味もないしな~』

 

だって!…あの時の喜びを私は生涯忘れない!その夜私は精も根も尽き果てるまであの人を求めたわ…それ以外にその想いを現す術(すべ)を知らなかったから!…何度も昇りつめたけど、それすらあの時の喜びには届かなかった…同じくらいの喜びを感じられたのは産みの苦しみを超えて息子や娘たちをこの手に抱きしめた時だったわね…」

目の前の元女勇者が歩んできた人生の厚みに圧倒され、言葉をなくしているアディに暦はにっこりと微笑んで続ける。

「アディさんだったわね、今あなたはあの人が私にしてくれたのと同じことをエル君 あなたの婚約者にしたのよ…予言しましょうか、彼は絶対にあなたを裏切ったりしない、全身全霊をかけてあなたを愛してくれるわ」

ここで暦はそっとアディの頬に触れた、『あらあら』ともう一度微笑んでアディの耳元で囁く

「そう…あなた達、まだ肌を合わせていないのね?」

「…はい…どうしてわかるんですか?」

「女の肌は正直なのよ。」

真っ赤になってうつむいてしまうアディ。その耳元で暦は穏やかだが楽し気に続ける

「もう一つ予言してあげる、初夜は覚悟を決めなさい…彼は精も根も尽きるまであなたを求めてくるわ、私と同じようにね?」

「おいヨミ、もうその辺にしておかんかい。」

「ばあちゃん、さすがに少年少女にはきつすぎるよ」

ますます真っ赤になって縮こまってしまうアディに助け舟を出すアルトリウスと店主だった。

 

「あの…暦さん…」

「なにかしら?」

すーはーと深呼吸をして無理矢理に落ち着いたアディが決意を込めて口を開いた。

「私思うんです。暦さんが全部教えてくれた今、改めてエル君に何かしたい!先代さんが暦さんにそうしたようにエル君に『私はあなたの全てを受け止めたい』って態度で伝えたいんです!何かいい方法はありませんか?」

「そうねぇ~…じゃあこういうのはどうかしら?」

 

「わかりました!マスター、お願いします!」

「…それはいいが…アディさん、大丈夫かい?」

「はい!」

 

エルがなにやらバツの悪い顔でお手洗いから出てきたのは1分程後の事だった、

「アディ…その…ごめんなさい、みっともない…」

「お待たせしました、カツカレーと生ビール各2人前でーす!」

努めていつも通りの声と態度でアレッタがカツカレーと小ジョッキを配膳した

「アレッタさんありがとう!」

「え?カツカレー2人前って…ちょっとアディ!?」

エルが驚くのも無理はない、実はアディはここでカレーを注文したことが一度もないのだ。キッドやバトソン、エドガーやディートリッヒにダーヴィドといった男性陣や鍛冶士の女性陣が『美味い美味い』と言っているのも香ばしい香りもわかってはいたが、アディやヘルヴィは飯にどろりとかかったルーの色と有様がどうも好きになれなかったのだ。それは好みの問題だし、この店には美味いものは色々あるのだから気にすることではないとエルは考えていたのだが…そのアディがわざわざ自分の好物であるカツカレーを注文した、エルはその意味と眼前のアディの笑顔の意味を噛みしめ、飲み込みつつあえてもったいぶった態度でこんなことを言った。

「えー…こほん。アディ、カツカレーの美味しい食べ方を教えますね。ウスターソースをカツだけにかけます、僕はたっぷりかけるのが好きですがこの辺りは好みですね?」

「ふんふん…あ、はみ出ちゃった…」

長年の経験というか、見事にカツだけにウスターソースをかけるエルに対し、おっかなびっくりでこれをかけるアディの方はどうしてもはみ出てしまう…エルはそんなアディに笑いかけながらこう続けた。

「何も問題ありません、ルーにかかったところは味のアクセントになりますしウスターソースのかかったライスの美味しさは知っているでしょう?…で、こうルーとライスを混ぜてカツといっしょに口に入れるんです。」

カツとルーとライスを口にするエル。それを見ていたアディは自分のスプーンの上にあるカツとルーとライスに目をやり、一瞬の逡巡の後目をつぶって口に入れる。

ぱくり…

「…アディ、どうですか?」

もぐもぐ、ごくん…咀嚼し飲み込んだ後そのままうつむいてしまったアディに恐る恐る声をかけるが…ここでアディはいきなり顔を上げて叫んだ!」

「エル君ッ!」

「はいっツ!」

「私、これまでの人生損してたっ!」

「はあ?」

「とっても辛いって聞いてたけどそんなことない!いや、確かに辛いけどそれ以上にいろんな辛さや甘さが交じり合って!それがライスを包んで!更にソースのかかったカツの香ばしくてしっかりとした味が加わって!…んーっ!、とにかく美味しいーっ!!」

ぱくぱくぱく!ものすごい勢いで(口の周りをルーでべとべとにしつつ)カツカレーをかき込むアディを唖然として眺めていたエルはおもむろに自分のカツカレーを口にして気が付いた。

「甘口だ…マスターっ!」

凄い勢いで厨房に視線を回すエル、店主と目があった瞬間にサムズアップする!店主も笑ってサムズアップで応答するのだった。

あっという間にカツカレーを平らげたアディは生ビールのジョッキを掴んだ、エルが説明する間もなくごくごくとこれを干していく

「ぷはぁーっ!これが親方達やエル君が言ってた『のどごし』なんだね!?最―高っ!」

「アディ…オバサンみたいですよ…」

「オジサンに言われたくなーい!」

「…あは…はは…あはははは!」

「…うふ…うふふ…ははははは!」

暫しのにらみ合いの後、どちらともなく二人は笑い始めた。お互いの手を取り合って心から楽し気に笑うエルとアディ!そんな二人を店主と暦とアルトリウスは暖かく、アレッタは目を潤ませながら見つめていた…

 

チリンチリン…

「いらっしゃいアルフォンスさん、すぐカレーをお出ししますね。」

「うむ…おや、この香り…カレーを頼んだ先客がおるのだな…なんと!あの嬢ちゃんか?」

「まあ色々ありまして(笑)」

「いやいや、同好の士が増えるのは大歓迎じゃわい!わはは!」

「うーん、エビフライも美味しいーっ!」

「でしょうでしょう!?」

2杯目(エビフライカレー)をぱくつくエルとアディ(バカップル?)の有様にアルフォンスが大笑するのだった。

 

「あ、ちょっと待って」

「はい?」

支払を済ませた二人を暦が呼び止めた。しっかりと手を繋いだままエルとアディが振り向くと暦はまずアディの頬に優しく両手を添え、そのまま額に口づけた、そのあとはエルにも同じく頬に手を添え額に…びっくりした表情の二人に暦が微笑む。

「勇者の祝福。わたしのような存在のそれにどれだけ効果があるかは分からないけれどね…お幸せに。」

「ありがとうございます!」×2

 

 そしてしばらくの時が流れて…

 

「エル君…」

「大丈夫ですよアディ、僕に任せてください。」

「うん……あ!」

華燭の宴が終わった初夜、アディは暦の予言の確かさを思い知ることになった、エルのキス、舌、手、指…体全体に翻弄され、何度も頂点に押し上げられて『来てっ!』と懇願し、一つになった後は自分の中で弾けるエルを感じて更なる頂に昇りつめる!何度も何度も!

「はあ‥はあ‥はあ‥」

「あ…」

…やがて本当に精も根も尽き果てたエルが自分の体に倒れ込んで来た、アディは痺れ切った腕を背中に、足に腰をまわしてエルを抱きしめる…

「いや、動かないで…このままでいて…」

「アディ、重く…ないですか?」

「ううん、エル君の重さが嬉しい。私今体全体でエル君を抱きしめてるんだよ…私の中にいるあなたを…」

「…アデルトルート、愛してます。」

「私も愛してる、エルネスティ…」

 

…朝、瞼を開けたアディの眼前にはエルの笑顔があった

「おはよう。」

「おはよう、エル・・君・・」

「とっても素晴らしかったです、アディ…」

触れるようなキスの後、エルが言ったこの一言が昨夜の記憶を呼び覚ましてアディは真っ赤になる…あまりの恥ずかしさ故か逆切れした彼女はそのままエルにかみついた!

「エ、エ、エル君っ!なんであんなに手馴れてたのっ!?まさか私の知らない所で別の人とっ!?」

「そんなことがあり得ないのはアディが一番よく知ってるでしょう?」

平然と受け流すエルだがアディは止まらない

「じゃ、じゃあもしかしてあっちで…クラタさんだった頃に!?」

「惜しい!…実はですね、あちらの世界ではこっちで言う春画とか男と女のそーいう事を書いた話とかが質・量ともにこっちと比較にならない位発達してるんですよ~

 その頃の僕は、まあ当然ながらおよそ女の子と縁がなくて…でも人並みに性欲はありましたからそういったモノに随分お世話になりました(笑)。それにそういった題材を扱ったゲームのプログラム作成に関わった経験は数知れませんしね~」

けろっとした顔で説明するエル…怒るのがばかばかしくなったアディだったが顔だけは怒った表情でエルを抱きしめる。

「痛ッ!」

「え?…あ、ごめんエル君、私…」

エルの肩口には噛み痕、背中は爪を立てられ、掻き毟られた傷が複数…無論昨晩アディが刻んだ傷である。

「いいんですよ、アディが喜んでくれた証ですから…これからもいっぱいあなたが僕にこうするような事をしますよ、アデルトルード、僕の奥さん」

ぎゅっ!泣きたくなるような熱い想いに満たされながらアディはエルを抱きしめた

「そうだよ、エル君は私の旦那様なんだから いっぱい私を可愛がってくれなくちゃダメなんだからね!?…エルネスティ…あなた…」

今度は深く唇を重ねながらアディは想う…

『暦さん、素敵な予言と祝福ありがとう…あなたもこんな気持ちだった?…私凄く幸せだよ…』

 

更に歳月が過ぎて…

Menue-Z7:お子様ランチ

チリンチリン…

「いらっしゃいませ、洋食のねこやにようこそ!」

「アレッタさんこんにちは」

目の覚めるような美人に成長したアレッタがいつも通りの笑顔で迎えてくれる

「おういらっしゃいエル君・アディさん…そうか、ついに?」

「はい、この子の異世界食堂デビューです!さあご挨拶して」

「…こんにちは…初めまして…」

少し頭が白くなった店主が厨房から朗らかに語り掛けてくれる。

 

エルは改めて店内を見渡した。いつしか古株の常連は姿を見せなくなり、新たな常連がある者は賑やかに、ある者は淡々とこちらではありふれた、当人にとっては驚異の料理を食している…店主がいて、この店が異世界食堂である限り続いていく光景を…

「父様、母様、ここは?」

「ここは異世界食堂」

「とっても美味しい…私達の世界では食べられないものを食べさせてくれるお店よ」

『ご注文は?』

相変わらず気配を感じさせないクロが注文を取りに来た

「お子様ランチ3つ、いいですか?」

『…店長?』

店主がニカッと笑って親指と人差し指で丸を作った。

『注文受け賜りました、お子様ランチ3つ』

 

   「あいよ!お子様ランチ3つ‼」

 

                  完

 




完結です!

色々と批判もいただきましたが私としては異世界食堂&ナイツ&マジックのクロスオーバーでやりたいことはやりつくさせていただきました。

また新たなクロスオーバーを投稿しますので御贔屓の程よろしくお願いします!

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