異世界食堂another またはエル君の異世界食堂メニュー制覇記 作:渋川雅史
「お、おいエル、どこへまで行くんだよ…?」
「大丈夫です、もうすぐですから!」
肩車したバトソンに軽く答えてキッドとアディを従える形で疾走するエル。バトソンとの出会いを彷彿させる有様に3人が感慨を覚えたのも束の間、先を走るエルは市街地を出ると森の中にずんずんと入っていく…ここで3人は奇妙なことに気が付いた。道ができているのだ、雑草や灌木が切り開かれていて3人がこの体勢で走るために整備されているとしか思えないのである。キッドが思い切ってエルに聞いてみると…
「はい、この日の為にカルダトアを拝借して道を作っておきました!」
…そういえば魔導兵装の試し撃ちをしたいからと言ってカルダトアを借り出した事があった…
「いいのかよ!?」
「問題ありません、道を作る為に撃ったのでなく撃ったら道ができるように試し撃ちをしましたから!」
「そういう問題かぁ?」
「さあ着きました!」
「「「な、なんだよこれ!?」」」
森の中にぽつねんと立つ扉を見て絶句する3人だったがなんの躊躇もなくすたすたと扉に近づいていくエルを慌てて追う。
「・・猫の絵?ちょ、ちょっとバトソンどうしたのよ」
アディがふらふらと扉に近づいていくバトソンに声をかけるが、彼は止まらない。扉に触れて熱心に調べる
「エル!なんだよこの扉、一枚板じゃなくて組み合わせでできてる?こんな綺麗な継ぎ目見たことないぞ!?…こんなになめらかな表面、どんなカンナとヤスリ掛け、と艶出しを塗ればこうなるんだ!?それにこのドアノブ!真鍮だけどどうやったらこんな綺麗な曲線と模様が作れる!?鍛造は無論鋳造だけでも無理だよ!」
「バトソン、今注目するべきはそこじゃないと思う…」
「ふっふっふっ…これは異世界への扉!向こうにあるのは『ねこや』という名の「この世界に存在しない料理店」なのですよ!詳しいことは中で説明します、さあ『異世界食堂』へレッツラゴー!!」
「お、おいエルーぅ!」
「エル君―っ!」
アディのツッコミは完全に宙に浮いた。扉の前にいたバトソンの腕を引っ張りつつ、ひとかけらの躊躇もなくドアノブに手をかけ扉を開けて中へ進むエル!キッドとアディが半ば反射的に後を追って中に飛び込む。
Menue-X2:カキフライ&エビフライ
チリンチリン…
「いらっしゃいませ!洋食のねこやへようこそ。」
「こんにちはアレッタさん、お話した通り友達を連れてきました!」
「はい、毎度ありがとうございますエルさん!皆さん予約席へどうぞ!」
「おやアディ、どうしました?」
「エエエエル君ーっ!何処なのここぉーっ!?」
「だから『洋食のねこや』、またの名を異世界食堂です。」
「ム、ジャマ、ドケ。」
「「「ひいいいぃーっ!!」」」
「あ、すいません『オムライス』さん。すぐ移動しますから。
ここにいては邪魔です、さあ予約席へ行きましょう」
『予約席(日本語)』と書かれた札が立っているのはカウンター近くに作られた4人席、ホストとしてエルが3人を一人ずつ席に案内し、椅子を引いて座らせると自分も席についた、アレッタがすぐにレモン水とおしぼりを持ってくる。
「注文は任せてください。予約した通りエビフライとカキフライ、テリヤキチキンとポークジンジャーを各2人前、パンとライスは2つずつで。それから取り皿を4枚お願いします、それから締めにソフトクリームを4つ」
「はい、マスター注文入りました、予約通りです!」
「了解!」
「さあて、料理が来るまで質問を受け付けますが…どうやら僕から説明した方が早そうですね?」
半分放心状態の3名にエルはこの店のあらましを嬉々として説明するのだった。
「・・というわけで、この店が異世界と繋がるのは7日に一度、それ以外はこの世界の人達に向けて営業しているそうです。」
「わかった、わかったよエル…」
「さっき奥から顔を出した人が料理人でご主人なんでしょ?なんでこんな営業してるのよー」
「そもそも異世界をつなぐ扉なんて…どーいう魔法だよ?そんな凄い魔法が使える人がなんで料理屋なんてやってるんだよぉー!?」
「ああそれはですね…」
バトソンもアディもキッドも、すっかり脳みそがウニの状態である……『人間』のお客はまだわかる。大きなガラスの盃で酒?を飲んでいるバドソンや親方に何となく似ている小柄で逞しい男2人や得体のしれない長く伸びたものを食べている美男子&クリームで飾られた菓子らしき何かを食べているドレス姿の美女の長くとがった耳も……許容範囲である。
先程道を譲った言葉を話す巨大なトカゲや獅子の頭を持つ歴戦の戦士(向こう傷の残る逞しい体躯からしてそうとしか思えない)、鳥もも肉を肴に大きな酒瓶を乾している頭に角を持つ大柄な男女(夫婦?)や下半身が赤い蛇となっている女性…彼らの常識からすれば魔獣としか思えない存在が暴れるでもなく食事をしている光景などというものは理解の限度を超えている。その点をエルに尋ねると…
「あの人たちは魔獣ではありません、僕達とは異なる世界、国で生きているそういう種族の方々なんです。ね?ロースカツさん、テリヤキさん。」
「おいおい、いきなりこちらに話を振るかね?」
「…さてはそのためにこの位置の席を予約したな?食えん奴だ。」
「はい!常連最古参のお二人に色々助けて欲しくてここを取りました!」
にこにこと笑いながらカウンター席の二人――魔法剣士であるアディとキッドには分かる、見事な白髪と白髭 白いローブ姿の老人はとてつもない魔力を持っている事が、色あせたマントを羽織り腰に反りのある刀を差した初老の男性はエルですら足元にも及ばない剣士である事が――と話すエル。3人は改めてエルの底知れなさを思い知るのだった。
「ま、よいか。この店の作法やルールを知らぬ一見客にこれを教えるのも、問題を起こした連中に対応するのも我らの役目だからな。」
「いつの間にやらそうなってしまったのう…少年少女よ、あの者たちを恐れる必要はないぞ。みな一見ではなくそれなりの常連なのでな、この店のルールはわかっておる。」
「ここは料理や酒、菓子を楽しむ店。あちらの事情を持ち込んでの喧嘩・戦はご法度。これを破った者にはきつい罰が下る。」
「…どんな罰です?」
キッドが訪ねた。ここの店主が腹の据わった人物であろうことはこの店を見ていればわかる、しかしああいった魔獣と見紛う存在と戦って勝てるような力を持っているようには見えない。
「おや、ちょうどいい。あの席の鬼(おうが)の夫婦の言動を暫く見聞きしているといい。ご法度を破った者がどういう目にあうかわかるはずだ」
テリヤキの言葉にキッドはもとより、エルを含む外3人もその耳目を向けた。鬼の夫婦に近づいていく人物がいる。背丈はエルと同じくらいだろうか、だがネズミを思わせるその顔はとても子供とは思えない。
「あの人は何です?」
「旅小人(はあふりんぐ)だよ、あいつは特にネズミと呼ばれておる・・何故かはすぐに分かるだろう」
「これはタツジの旦那にオトラの姐さん、その節はどうも。へへへ…」
「ネズミじゃねえか。よくもまあぬけぬけと俺たちの前に顔を出せたもんだな?」
「それは言いっこなしでさあ、あっしだって食われたくはありませんや。そのための代価は充分お支払いした筈ですぜ。それとも俺をここでとっつかまえて頭から齧るおつもりですかい?」
「けっ!そいつができない事を知っててぬかしやがる。」
「ここでそんな事をしたら古株の常連達が黙っちゃいないんだろ?第一あんた一匹の肉と引き換えに入店拒否を食らってこの『ろうすとちきん』や『しょうちゅう』を飲み食いできなくなるなんざ割にも何も合うもんじゃない、まっぴら御免さ!」
「だいたい食い逃げで入店拒否を食らってドアノブに触れねえてめえが、今回は誰に取り入って扉を開けてもらいやがった?」
「ヒヒヒヒ…ちょうど扉を使おうとしていた同族の料理人のつれあいに出くわしましてね、お相伴に預かった次第でさぁ。」
「だったらそっちのテーブルへ行きなよ、あたしらの目の届かない処へね!」
「酒がまずくなる、消えろ!」
「へい退散いたしやす、まあ縁がありましたらまた扉を開けてくださいましよ。」
「つまりあの扉に『入店拒否』されて、二度とこの店に入れなくなるんですか?」
「そうだ、二度とここの料理が食べられなくなる。」
「それはきついですね~?後悔は一生ものです。」
「おいエル、ここの料理ってそんなに美味いのか?」
エルとテリヤキのやり取りに割って入った大食漢のバトソンが、ゴクリとのどを鳴らして尋ねるのにエルが胸を張り断言する。
「それはもう!僕もこちらのお二人も請けあいます!
テリヤキチキンとポークジンジャーはそれぞれ鳥肉と豚肉を焼いたものですが、この世界にしかない『醤油』という調味料をメインにして味付けしているんです!特にテリヤキは砂糖と醤油を混ぜて…」
「「「砂糖っ!?」」」
半ば夢心地という雰囲気で歌うようにテリヤキを語るエルに3名は腰を抜かさんばかりに驚いた。言うまでもなくフレメヴィーラでは砂糖は薬並みの貴重品である。
「肉や魚は特にそうなんですが生では味も香りも立ちません、火を通しすぎれば硬くなりしかも味が抜けてしまいます。ここのマスターはそれぞれの食材について『食感を保ちつつ、最も美味しくする』火の通し方を見切っておられる達人なんですよ!溢れる肉汁とそれに負けないくらい強い醤油や砂糖、唐辛子やしょうがの味が混ざり合って…うううーっ!考えただけで生唾が出ます!」
エルの解説に食い入る食べ盛りの3人!だが…
「エビフライとカキフライ、これは何と海産物なのです!!」
「海産物だってぇーっ!?」
「そんな…そんなのって…」
「なんで…だよ…」
エルの宣言に更に驚愕する3人だが、バトソンとアディ&キッドの驚きのニュアンスが違っているのを説明に夢中のエルは気づかない。
「十数年ぶ…じゃなくて生まれて初めての海産物!海のエビは川エビの数倍の大きさがあり味はもっと濃厚です!カキというのはこの時期しかメニューに出ない貝です、たっぷりの汁を含んだ大ぶりの身!絶妙の火加減で活性化した汁の味にタルタルソースかウスターソースをかけたものを一口で!…」
「お待たせしました!エビフライとカキフライ、テリヤキチキンとポークジンジャーです!」
エルの力説に答えるようにアレッタが料理を運んできた。油の爆ぜる匂いと熱せられた醤油の立てる匂い、二種類の香ばしく素晴らしい匂いにエルとバトソンは嬉々とした表情でこれをのぞき込むがアディ&キッドの表情はなぜか硬い。
「うわあ、パンとライスは4等分、照り焼きと生姜焼きは4つに切り分けてくださったんですね?ご配慮ありがとうございます!今取り分けますから…ってアディ キッド、どうしたんですか?」
ここでエルはようやく二人の表情に気づいた、きょとんとしたエルに対して悲しさと悔しさと怒りの混ざったような複雑な表情を互いに見合わせたオルター兄妹は絞り出すような声を出す。
「エル、俺たちはそのエビフライとカキフライってやつはいいよ。」
「エル君とバトソンで分けて。」
「ど、どうしてです?完全無欠の内陸国であるフレメヴィーラで海産物なんて馴染みがないのは当然です。でも一度食べてください、本当に美味し…」
「海産物が旨いわけないッ!」
「海産物が美味しいわけないわッ!」
「キッド…アディ…?」
いきなり立ち上がってエルに食ってかかる二人!その眼には涙があった…今まで見たことのない二人の姿に呆然とするエルとバトソン…店の中も一瞬静まり帰った…荒く肩で息をつきつつ座り込む二人…
どのくらいの時が流れたか、二人が口を開いた。
「悪い…エル…」
「ごめん…エル君…」
「どうしてです?僕、なにか二人に悪い事をしました!?二人をそんなに怒らせて、悲しませるような事を言ったりしたりしたんですか!?」
今度はエルが二人に詰め寄った。キッドとアディは再び顔を見合わせた後エルに向き直り、重い口を開いた。
「エルは俺たち二人がセラーティ侯爵の妾腹…庶子だって知ってるよな?」
「はい、本妻や異母兄との関係もあって屋敷を出てライヒアラのあの家に住んでるのは…学園に入ってすぐ教えてくれました。」
「ほんの短い間だったけど私たち、屋敷にいたことがあるの…」
内陸国であるフレメヴィーラ王国で水産物と言えばマス・ナマズ・ウナギといった川魚や川エビ&カニと言った淡水物が一般的であり、料理法としてはマスについては塩焼き、ナマズ・ウナギは野菜との煮込み、エビ・カニは多めのバターで炒めるといったところである。
又この世界の人類はセットルンド大陸の全体を知らない。東のボキューズ大森界の奥や彼方がどうなっているのかは無論の事、西方諸国も西および南北に広がる海の向こうがどのような世界であるかを知らない。ましてやフレメヴィーラ王国の99.9%以上の国民にとって「海」とは、その存在を学校で習い、大陸地図にも載っているが一生実物を見ることもない、かかわりのない世界なのだ。塩も岩塩で自給できるのだから当然だろう。
そんなフレメヴィーラにも旅の商人が海産物を持ち込む事がある。無論干し物や燻製であり必ずしも質の良いものではないが世の中「希少性」が価値をもつ場合は多々ある、「海産物を食べる」という事をステータスとするという習慣がフレメヴィーラの一部…上級貴族や富豪…には確かにあるのだ。
(余談ながらエチェバルリア家にはそういう習慣はない。それなりに裕福な家なのだが教育者の家系らしいというか『虚栄の為の不味い食事など人生の無駄遣い!』というのが伝統である。その体現者であるエルの母 セレスティナ・エチェバルリアは家族に美味しい食事を作ることにプライドをもっている人であり、旨くもないのに無暗に高価な食材など見向きもしないのだ)
セラーティ家もそんな家の一つである。現当主であるヨアキムの嗜好・人格とは特に関係なく侯爵家の伝統として祝祭や記念日に海産物を食卓に上げるという事なのだが、そういった日はキッドとアディにとって屈辱と悲痛の日だった。
セラーティ家の本妻は虚栄心の強い女性である、二人の母親であるイルマタルに対しては強烈な敵意と侮蔑をもちつつ体裁にこだわって普段は「無視」以外はそれを表さないが祝祭日や記念日には露骨なまでにそれを示すのだ。
具体的にはそのような日には何かしらの理由をつけてイルマタルと双子を外に出して食卓に参加させない、その上で翌日の食卓で祝祭の際の海産物を使った料理がどれほど素晴らしかったかを滔々と称賛し、参加できなかった(させなかった)イルマタルをあてこする、あるいは参加しなかったことを口を勤めて非難するのである。この際侯爵自身は何も介入しないし嫡男のアートスは消極的に母親に賛同してイルマタルに侮蔑と憐憫の笑いを浮かべるのみ、バルトサールに至っては母親の尻馬にのってキッドやアディを母親と同じく言葉で弄り、時には暴力をふるうこともあった。
ある時見かねたステファニアが祝祭時の料理の一部(燻製のパイ包み焼きだった)を取っておいてイルマタルと二人に渡してくれたことがある、その時イルマタルは涙ながらに遥か年下のステファニアに頭を下げた上で料理を全て2人に食べさせてくれたのだが、それはお世辞にも美味しいものではなかった。2人はそれから「狐と葡萄」そのままに「海産物は不味い物」「母様や自分たちを虐める連中の食べる物」と信じてきたのだった…
「ごめんなさいッ!」
席から立ちあがったエルがキッドとアディに頭を下げる……そして二人は衝撃を受けた、ポツ、ポツとテーブルの上にできる染み…エルは泣いていたのだ…
「僕は…キッドとアディをびっくりさせたくて…喜んでくれるって思いこんで…二人に酷い事…無神経な事を…本当にごめんなさいっ!」
2人の記憶の中でエルはいつでも笑っていた、朗らかに、不敵に、時に陶酔して、狂気を孕んで…。母様と自分たちを無視し、蔑み、虐める者たちを見返してやりたい、母様を守りたい、強くなりたいと思いながらどうしていいか分からなかったあの頃、突然自分たちの前に現れたエル…強くなる方法を教えてくれただけでなくセラーティ家に絡むすべての事がもうどうでもいいと思える程素晴らしい世界を二人の前に開き、導いてくれたエル…バルトサールの陰湿な企みを文字通り切り裂いて自分達を助けてくれたエル…そのエルが泣いている。自分達がエルを泣かせたんだ!
「わかってる!エルは俺たちを喜ばせてくれようとしたんだよな!?嬉しいんだ、真っ先に俺たちを誘ってくれた事!」
「泣かないで!エル君は何も悪くないよ!私達が話さなかったのが悪いの!」
「キッド、アディ…僕の事許してくれますか?…」
「「当然!」」
「ありがとう!」
まだ涙が浮かんでいた目を拭いて無理に笑うエルの手を引っ張るように握る二人!口を挿めなかったバトソンもまた涙目を腕で拭った。
「じゃあこの二つは持ち帰りにしましょう、僕が持ち帰って…」
「駄目ですッ!!」
横合いからいきなり声がかかった!見てみればアレッタが泣きそうな表情で立っている。
「お、おいアレッタさん?」
彼女のいきなりの大声に店主が厨房から顔を出した、そちらにまず向き直ってアレッタが叫ぶ。
「給仕がお客様に意見するなんてルール違反なのは分かってますマスター!でも黙っていられませんッ!」
そしてアレッタは決意に満ちた表情でキッドとアディに歩み寄っていく…
「キッドさん、アディさん、見てください」
アレッタは髪をかきあげた…予想していたエルはともかく他の3人は息を呑む。彼女の角は…頭から生えていた…
「アレッタさん…それ…本物の角…なの?」
「はい。私、魔族なんです」
アディの唖然とした呟き…そしてアレッタは語る。七十年前の邪神戦争と魔族の敗北、破れた魔族の境遇、僅かな加護を受けただけの自分、両親の死により貧しい魔族だけの村から出ざるを得なくなる、王都での失業と貧困の日々…
「もう盗みをするか、身を売るか、飢えて死ぬかのどれかしかないって思っていた私の前に現れたのが『異世界食堂』の扉でした。迷い込んだ私は夢を見ているんだって思いこんでいて、マスターが朝食用に残しておいたスープを食べちゃったんです。厨房でそのまま眠ってしまっていた私を朝になってマスターが見つけてくれました。
最初は魔法使いのお屋敷に迷い込んだと思いました、だったら殺されても文句は言えない…。覚悟していた私にマスターは『二人で食う方が旨いだろ?』ってモーニング 朝食を作ってくれたんです。
私あの味を一生忘れません!ふわふわで香ばしくてバターたっぷりのパン!暖かいスープと食べただけで体全体が綺麗になるんじゃないかと思える野菜!とろとろのオムレツとカリカリの燻製肉! マスターにとってはいつもの、なんてことのない朝食だったと思います。でも私にとってそれは初めて見つけた『希望』だったんです!世界にはまだこんなおいしい食事があるんだって!私はそれを食べられる、食べていいんだって!
そんな私をマスターは給仕に雇って下さいました、あちらの世界の暮らしは決して楽じゃないけど前みたいには苦しくありません。だって7日目には私はあちらの世界のどんな王様や貴族より素晴らしい食事ができるんです!
私の人生はマスターと出会って変わりました、マスターが作る料理が変えて下さったんです!
キッドさん!アディさん!だからお願いです!マスターのエビフライとカキフライ食べて下さいっ!海産物でつらい事があったのは聞いてしまいました。でもマスターの料理を食べればそんなものはきっと吹っ飛んじゃいます!マスターの料理にはそれだけの力があるんです!」
「お嬢さんの言葉に同意だな。」
『カレーライス』が静かに、だが確信をもって頷く。
「異議ナーシッ!!」
『カツドン』が高らかに咆哮する。
…20年前、公国の命運のかかった重要な船団護衛任務とクラーケンの襲撃、殿(しんがり)となってクラーケンと相打ちになる乗艦、ただ一人流れ着いた無人島、島に生息する野獣・魔獣との戦い、糧を得るための闘いと彷徨、そして『異世界食堂』の扉と先代店主 カレーライスとの出会い、7日後のカレーライスを支えに生き抜く日々。1回目、2回目、999回目、1,000回目、1,001回目…
「ま、7,000日をただ待ち続けるのと、7日待つのを1,000回繰り返すのはまるで意味が違うという事だ。前者であればとっくにこの身はあの島の砂になっておっただろうよ。」
「…20年…」
唖然とつぶやくキッドにカレーライスがにやりと笑いかける。
「カレーは旨い!全く飽きることがない!そして新たな発見がある。エビフライもカキフライもロースカツもメンチカツも、カレーに合わぬフライものはまずない!ましてやここの店主の作るものだ。先代の味を引き継ぐだけでなくもはや超えておる!食ってみよ!」
…20年前、邪神戦争の後も東大陸の一画を牛耳り王を気取る、4英雄の一人との闘いと決定的な敗北、戦利品として剣奴に売られる、闘いではなく事実上の公開処刑……魔獣:マンティコアが相手、自信も覇気も失った中で出会った『異世界食堂』の扉、先代店主との出会い、自棄(ヤケ)で注文した「勝てる料理」に店主が出してくれたカツドンと「『カツ』は勝つ・勝利(Victory)に通じる」の言葉、覇気を取り戻してくれた料理と料理人、なまくらのたった3振りでついた勝負!
「『人生で一番いかんのは腹が減るという事と寒いという事ですわ!…ひもじい、寒い、もう死にたい。不幸はこの順番でやってきますのや』」
「なんだそりゃ?」
「僕が昔読んだ物語の中の、人生を逞しく生きてきた強いおばあさんの台詞です。」
「名言だ!」
感慨のこもったエルのツッコミ?にカツドンが豪快に笑う!ひとしきり笑った後アディに向き直った。
「人生ってやつは妙なもんだ、たった一つの出会いで生き死にが決まることもある。おまえさんの今回の出会いはそこまで深刻じゃあるまいが、食わなきゃ一生の大損だぜ!」
「……」
「…みんな…常連さんはマスターの料理に惚れ込んでるんですね?エルも…」
バトソンのこちらも感慨のこもった言葉に店主が照れ臭そうに頭を掻いた、エルも頷く。そしてオルターの双子は決意の視線を交わして頷きあった、思いは一つ!
『ここまで言われて食べなかったら、自分たちはもうエルの友達だなんて言えない!』
ざくり、エビフライにフォークを突き刺して一気に口にほおりこむ!
「キッド!アディ!」
「うわーっ待て待てっ!なんと早まったことをっ!!」
2人の決意と覚悟を感じて歓喜の笑顔で叫ぶエル。だがその後ろで『エビフライ』がこの世の終わりのような悲鳴を上げた!
「「!?」」
そのままガツガツと租借しゴクリと飲み込んだ、言葉が出ない・・やがて二人は顔を見合わせた。
「…何よキッド…泣いてるの?…バカ…」
「…アディだって泣いてるじゃねーかよっ!?…」
エルの言う通りだった、カリカリの表面とぷりぷりとした身は噛むとぷっつり千切れてその味が口の中一杯に広がっていく!熱にうかされたようになって2本目に伸ばした手がガシ!とエビフライにつかまれた…
「何するんだよ!」
「放してっ!」
「ならん!早まるなっ!・・エビフライは旨かったのだなっ!?」
鬼気迫るエビフライの表情に思わず怯む二人…エルすら口をはさめない…エビフライはそのまままくしたてる!
「そうだ、エビフライは最高だ!だが二人とも何故あと5秒いやさ3秒待てなかったのだ!なぜタルタルソースをかけずに食べてしまったのだっ!生涯初めてのエビフライが最高を超える至高のものでなかったのは何たる不幸!私がここにいながら何たる無念!エビフライを超える物、それこそ「タルタルソースのかかったエビフライ」なのだぁーっ!」
「落ち着いてくださいエビフライさん!エビフライはまだあります!食べてしまったエビフライは戻ってきませんが更に食べる事はできるのです!」
「そうであった!確か君の名はエルネスティだったな!?エルネスティよ、直ちにタルタルソースをエビフライに!」
「了解!ついでにカキフライにも!・・いや半分はウスターソースを掛けなくては!」
「何だと?」
「ご存じないんですか!?海産物のフライについてはタルタルソースに一歩を譲るウスターソースですがカキフライだけは別!この酸味と香辛料の味がカキのスープを活性化した味はタルタルソースより上かもしれません!」
「何とぉーっ!?」
エビフライの勢いに完全に巻き込まれたエルがまくしたて、その場の雰囲気に更に油を注ぐ!他3名が唖然とする中でエビフライ&カキフライにタルタルソース&ウスターソースを細心の注意を払って(!?)かけていく二人……
「『鍋奉行』が二人いるな……」
そう店主は苦笑するのだった。
「どうぞ!」
「「「いただきます……」」」
初めこそエルの勢いに引いていた3人だったが、食べ始めればそんなことは全く忘れてしまった!ガツガツガツ…
「どうでしたか!?」
「どうでしたかって…、こんなの…旨いって以外にどういえばいいんだよ…」
ひとかけらも残さずエビフライ&カキフライを平らげた3人にエルが問いかける、放心状態で目を潤ませているバトソンが先ず答えた。
「海産物って…こんなに美味かったのかよ…俺たちがこだわってたアレってなんだったんだよ…」
「…ステファニア姉様には悪いけど、あんな辛くてボソボソした燻製や干し魚をありがたがってる人間の気が知れないわ!バカみたい!」
「異議なし!!!」
「喜んでもらえて嬉しいです!」
キッドとアディの高らかな勝利宣言にエルが感激するが…その光景を見た店主が眉を顰めた…不思議に思ったアレッタが問いかける。
「マスター、どうしたんですか?」
「いや、ちょっとな…」
さて、少し落ち着いたバトソン、キッド、アディはいたって現実的な疑問をエルに呈した。
「なあエル、その…大丈夫なのか?…その、代金…?」
「エルは俺たちより俸給は多いだろうけど…」
「海産物…それも生の…をこんなに…それ以外の料理も…高いんじゃ?」
「ああその件ですか。心配無用です!エビフライとテリヤキチキンとポークジンジャーが一品銅貨8枚、カキフライが銅貨9枚ですので、締めのソフトクリームを合わせて…銀貨7枚ですね。」
「「「はいいいぃーっ!?」」」
金貨5枚とか10枚とかの返答を予想していた3人は盛大にズッコケた。
「エ、エル君…冗談よね?」
なんとか立ち直ったアディが引きつった笑顔で確認するが、エルはいたって涼しい顔で「説明」を始める。
「冗談なんて言いませんよ。フレメヴィーラの貨幣は常連の方々が支払う王国・帝国・公国の貨幣より銀銅の含有率がいいそうで、交換率は『メンチカツ』さんに確認してもらいましたから。
この店がある国は島国で、海産物はすごく豊富なんですよ。それにこちらの世界では食材を冷やしたり凍らせたりして保存する『技術』が発達しているんです。
氷を必要としないすごく性能のいい、移動だってできる『氷室』が至る所にあると考えてくださいね?」
「「「ひええぇーっ!?」」」
氷河や万年雪を頂く高山が近しいフレメヴィーラでは氷室は珍しくない。相応の家では必ず備えているが(エチェバルリア家、オルター家、テルモネン家にもあるし地域が共同で持っているのも珍しくない)切り出した氷を使う以上冷やせる温度には限界があるし、ましてや氷室が移動できるなど想像がつかない。しかし『エルのいう事でしかも異世界だからな~』と納得するより他はなかった。
ここでいきなりオルターの双子がポケットを探り始めた。そして卓上に銅貨を並べる
「4枚、アディそっちは?」
「こっちも4枚よ、ぎりぎりね?」
「どれか追加でも?だったら僕が…」
「ううんエル君、私達が買いたいの。母様への贈り物に。」
「母様にここの料理を食べさせたいんだ。俺たちはもうセラーティの食事なんて何もうらやましくなんてないって!」
「そうですか…しかし困りましたね…」
フライ類は時間がたって冷めると味が落ちるものが多い…カキフライなど特に…先程持ち帰ろうと言ったのは言うなれば非常手段であって推奨できる話ではないのだ。当然あちらには電子レンジもオーブントースターもない。
「何か冷めても大丈夫な品はあったでしょうかね?…」
縋るような二人の視線にメニューを持ってきてもらって見なおそうと考えた時である。
「エルネスティ、何を考える事がある!エビカツサンドを注文すればよいのだ!」
エビフライの言葉にびっくりして振り向くエル。
「で、でもメニューには載って…!?…これが裏メニューというやつですか!?」
「その通り!お主達は確かキッドとアディだったな?側室として辛酸を舐めた母上にこの店の料理を食べさせたいという心根や良し!このハインリヒ、微力ながら手助けするぞ!
店主、この二人にエビカツサンドを!無論持ち帰りだ!」
「はい了解!」
「「「「ありがとうございます!」」」」
何処か嬉しそうな店主の声。そして4人はエビフライに深々と頭を下げるのだった。
「でも代金は俺とアディが払います。幾らでしょうか?」
「分かっているとも。そうでなければ意味があるまい!代金は銅貨6枚だ!」
「コホン。さて、仕切り直しです
次はテリヤキチキンとポークジンジャーですが、その前に付け合わせの野菜とそこのパンを食べて下さい。」
3人が注目する中、再稼働したエルの「仕切り」が始まった。
「「「どうして?」」」
「まあこちらの『作法』というやつです。」
「「「へえ、そうなんだ~」」」
次の料理に期待しつつ、特に考えることもなくまずキャベツの千切りを口にした3人の目の色が変わった!マヨネーズのかかったそれの鮮度と歯ざわりと甘さ!次に横のトマトを口にした時、未知のその酸味と鮮烈な甘さに頭が真っ白になる。
ほとんど夢うつつといった状態でロールパンにバターを塗って口に入れたのだが、その柔らかさと香ばしさ、豊かな甘さが3人を完全にノックアウトしたのだった。
「どうです、美味しかったでしょう?」
「エ、エルぅーッ!!!」
切れたバトソンがいきなり満面に笑みを浮かべたエルの襟首をつかみ上げた!オルターの双子は今それを止める気力もない。
「どうしてくれるんだよっ!今の…今の野菜とパンの味で、エビフライとカキフライの…あんなに美味い味が全部!口の中から消えちまったじゃないかぁーっ!!」
「ええ、そのための付け合わせとパンですから。」
エルはつかみ上げられながらバトソンに平然とカウンターを見舞う。バトソンがエルを放し、へなへなと椅子に倒れこんだ。エルは更に追撃のジャブを繰り出す。
「さあさあ真っ白になっている場合じゃないですよ。前の料理の味をリセットしたからには次のメニューへレッツラゴーです!」
「お、お、おまえなぁ~っ!」
バトソンはほとんどやけっぱちという風でテリヤキチキンとポークジンジャーにフォークを突き刺し、二つ同時にかぶりついた!その時、「ああもったいない…」というエルの声を聴いたような気がする…
エルの言う通りだった「溢れる肉汁とそれに負けないくらい強い醤油や砂糖、唐辛子やしょうがの味が混ざり合って」それも火を通されて活性化したあるいは焦げた醤油と砂糖の香ばしい味と香りが追加されて…
ドクターストップがかかった…キッドもアディもバトソンと五十歩百歩の状況、魂が抜けたように椅子にへたり込んでいる。エルの一人勝ちであった。
3人ともその後の事はよく覚えていない。エルに勧められるままにライスをそのしっとりとした癖のない味を感じつつ食べ続け、時折「塩をかけてみてください」とか「ウスターソースをかけてみてください」とか言われるままに試してみて舌と頭を強烈に揺さぶられ、締めのソフトクリーム(シャーベットならともかく、こんなふわふわの氷菓子は食べたことがない)を食べていた時、地味だが仕立てのいいドレス姿の自分達より少し年上の少女が「冬の雲を食べているようでしょう!?」と嬉しそうに語りかけてくれていたようだが、すでにパンチドランカー状態の3人は自分が気絶しているのか覚醒してるのかすらわかってはいなかった。
「…エル君、薬が効きすぎたんじゃないか?」
「…そのようです…ほらキッドもアディもバトソンもしっかりしてください!お勘定も終わったし帰りますよ」
店主の呆れと非難9:1の視線と物言いに小さくなりつつも3人を順次揺さぶるエルだが、3人は一向にこっち側に帰ってくる気配がない。
「ドワーフの彼はともかく、お二人さんにはこれが効くんじゃないかな?」
笑って店主が渡してくれたのはエビカツサンドのパッケージだった。
「ありがとうございます!アディ!キッド!イルマタルさんへのお土産ができてますよ!」
「できたのかっ!?」
「できたのっ!?」
その一言で瞬時に戻ってきた二人がエルからパッケージをひったくる!それを挿んでひし!と手を握り合う両名を見てやれやれとため息をつくエル、そしてバトソンには彼の耳元でこう叫んだ
「やいバト坊!何ぼさっと突っ立ってやがるっ!!」
「うあぁーっ!親方ごめんなさいっ!」
「リカバリー終了だね?」
「はは…ははは…」
店主の揶揄交じりの言葉にエルは笑うしかなかった。
「お母さん、喜んでくれるといいね?」
「はい、ありがとうございます!アディ、これで母様も干物や燻製なんてもう気にもしなくなってくれる!」
「賛成!」
浮かれるキッドとアディは店主のどこか苦い笑顔に気付かない…そこへエルが挨拶する。
「マスター、お世話になりました。また次週…今度は親方を連れて来るつもりです。」
「お待ちしています。」
「またどうぞ!」
握手をする二人、アレッタの笑顔、そして4人は扉をくぐっていった。
「じゃあエル、俺たちはこれで!今日はありがとう!」
「エル君また明日!今日は本当に楽しかったよ!」
「ええ、また明日!」
身体強化の高速で走り去っていくオルターの双子…アディの腕の中にはあのパッケージがしっかりと抱えられている…を見送るエル。その様子を見ていたダーヴィド親方がバドソンに尋ねた。
「二人ともずいぶん嬉しそうに急ぐじゃないか?何かいい事があったのか?」
「はい親方!それにお母さんにお土産を早く食べて欲しいはずですから。」
「へえ~…次はそこに俺を連れて行ってくれるのってか、銀色坊主…いや団長が?」
「はいそうです、7日後になりますが。」
「おもしろそうじゃねえか…」
「マスターお疲れ様です。7日後にまた。」
「おう、お疲れさん。」
いつも通りまかないで夕食を済ませたアレッタを見送った後、店主はメモ用紙に何かを書きつつ考え事をしていた。そしてまとまった考えを口に出す。
「やってみるか。師匠に教わったきり、使う機会がなくてほとんどやったことがないから勘が鈍ってなきゃいいが…」
前書きの通り後編に変更しました。
次章は親方来店です