異世界食堂another またはエル君の異世界食堂メニュー制覇記   作:渋川雅史

4 / 20
親方一人でどんどん膨らんでしまいました。



3#親方にご馳走しよう

「なるほど、こいつが異世界への扉ってわけか?確かにすげえもんだ…」

 ツェンドルクの試験歩行にかこつけて異世界食堂の扉に連れてきたダーヴィド親方が扉に触れて最初に発したのが感嘆の言葉だった。そのまましげしげと扉を調べていた親方がいきなりバトソン&双子に向き直って口を開く。

「おいバト坊、キッドもアディも、この扉がどう凄いか言ってみな!」

「え?…それはこんな綺麗な継ぎ目で組んであって…こんなになめらかで艶のある表面で…ドアノブも俺たちじゃとても作れない曲線で…」

「違うでしょバトソン!」

「そもそも異世界の食堂に通じてる扉だって事が…」

 突然の質問に半ばしどろもどろで返答する3人に対し、親方は呆れ果てたと言わんばかりに鼻を鳴らした。

「はん!それだけか坊主共!!

いいか、確かにこんな扉は俺たちじゃ作れねえ。だがここにあるからには誰かが作ったって事、その『異世界』って所にはこれを作れる工具・・木材をここまで滑らかにできるカンナやヤスリ、金属をこんなに綺麗に削れる工具や技術があって、それを操れる職人がいるってことだ。銀色坊主に付き合うからにはそのくらいの頭を働かせろ!」

親方の雷に首を縮めてしまう3人、そこへエルが割って入った。

「まあまあ親方、教育的指導はそのあたりで。」

「…ふん、招待者のおめえの顔を立ててそういう事にしておこうか。」

 親方がエルにうさんくさそうな視線を送るが本人は動じた風もなく頭を下げ、そして宣告する。

「どうもありがとうございます。では行きましょう!『異世界食堂』へ!」

 

Menue-X3:シーフードフライ&フライ盛り合わせ

チリンチリン…

「いらっしゃいませ!洋食のねこやへようこそ。」

「おう、いらっしゃい!」

「こんにちわアレッタさん、マスター。今回はうちの親方を連れてきました」

「はい、毎度ありがとうございます!席は…」

「おーい娘っ子!こっちに案内してくれぃ!」

「待っておったぞ銀髪小僧!店主、娘っ子、これから相席が増えるかき入れ時じゃろう?先に詰めておいた方がよかろうて!」

「それは…エルさんたちさえよろしければ…どうですか?」

 アレッタの質問にエルは即座に返答する。

「はいお願いします!…実をいうと願ったり叶ったりですから。」

 店の内装・木目が更に美しい壁・天井・テーブルや椅子、落ち着いた魔法?の照明に愕然としていた親方は気が付いてみればバトソンと向かい合って席についていた。横の席にいるのは背は低いが恐ろしくがっしりとした体躯で髭面…彼に馴染みの風体…の2人組である。

「会いたかったぞいダーヴィド親方!わしはギレム、ドワーフの酒職人じゃ。」

「わしもドワーフでガルドと言う、ガラス職人が生業じゃわい。」

「『ドワーフ』っておい銀色坊主!?」

「はい、お二人は異世界の『ドワーフ族』なんです!」

 さすがに絶句する親方にギレムとガルドが畳みかける

「いやはや、そこのバトソンという坊主と銀髪小僧の話を聞いた時はワシらも驚いたぞい!まさか異界にも『ドワーフ』がいるとはなあ!背は高いがその腕と足腰、面構えはまさしくドワーフじゃわい!」

「しかもとんでもないものを造っている鍛冶の親方じゃと聞いておる。是非とも話をしたかったんじゃよ!…まあ何はともあれ一杯やろう!娘っ子、生ビールを3つ頼むぞ!」

「ああちょっと待って下さい。」

 呆然とした親方を置き去りにして盛り上がるギレムとガルドを店主が静止した。

「な、なんじゃい店主!?客の会話に水を差すなど・・あんたらしくもない」

「普通ならこんなことはしませんがね。親方さん、あなた年齢はお幾つです?うちでは未成年に酒を出せませんので。」

「おいおい店主、あんたほどの料理人が何を下らん事を聞いておるんじゃ?この御仁が未成年なワケなかろうが!?」

「…ああ、俺は成人だ。19歳だから…」

「そちらの世界は何歳で成年なんです?」

 ここでエルが割って入った。

「フレメヴィーラでは法律でも習慣でも15歳で成年です。」

「本当に?」

 店主の問い掛けにバトソン・キッド・アディがこくこくと頷く。腕を組みつつ、うーんという表情の店主に対し複数の常連が口添えする。

「よいではないか店主、15歳で一人前というのはありふれた慣習だ。私が家を出たのも19のころだったぞ。」

 とはテリヤキことタツゴロウ。

「わしが元服したのも、息子や孫の元服も15の歳であった、初陣もな。」

 とは山国の老武士デンエモンである、流石に店主も一目おいている二人の年長者から言われては否とは言えない。

「わかりました、アレッタさん生ビール3つよろしく。エル君、ほかの注文はどうする?」

「はい、シーフードフライ2つと日替わり5つでお願いします。」

「了解!」

「ご両者、口添え感謝するぞい!」

 

「なあエル、メニューは全部ノートにとってあるって言ってたよな?どうしてまた見るんだ?」

「エル君なら全部覚えててもおかしくないよね?」

 エルの興味と執着するモノに対しての異様なまでの記憶力を知っているキッドとアディの疑問に対してエルは…

「まず第一にメニューの変更を確かめる為です。例えばカキフライは今ありません、7日前が最後でした。」

「そうか、冬だけの料理だって言ってたよな?」

「第二に日替わりのメニューを確かめる為です…ふっふっふっ、その甲斐はさっそくありました!」

「エル君、笑いが怖い…」

「本日の日替わりは『フライ盛り合わせ』、メンチカツ・ハムカツ・コロッケの3品の盛り合わせなのです!洋食屋の定番3品を一度に食べられるとは何たる幸運!これを逃すわけにはいきません!」

「エル君が…」

「燃えている…」

 ドン引きするオルター兄妹。妙な形で盛り上がる隣のテーブルを親方が妙に胡散臭げに横目で見ていた…。

 

「お待たせしました!生ビールとシーフードフライの追加です。」

「おう待っておったぞ!」

「これはワシらが追加注文しておった分じゃが、遠慮はいらん!ドンドン食ってくれい!サーモンとイカリングとエビカツじゃわい!」

「お、おう…」

「うわあ~」

 油の爆ぜる音と香ばしい香りが立つシーフードフライ3品をのぞき込む親方とバトソンにギレムとガルドがまくしたてる

「坊主、エビカツは知っておるじゃろう?そちらの双子が母者にエビカツサンドを土産にしたんじゃからな。」

「エビのすり身を纏めて『揚げた』んですよね?」

「…どうもその『揚げる』って料理法がよく分からねえんだが、カツレツを作るやり方とは違うのか?」

「おう。ワシらも直接見たことはないんじゃが、一抱えの壺ほどの油を熱くしてそこに入れるらしいんじゃ。」

「ここではカツレツもそうやって作るらしいぞ。ほれ『ロースカツ』殿が食っているのがそれじゃよ。」

「おい、そんな大量の油を何処から!?」

 カウンター上のロースカツを見た後、親方が顔色を変えて問いただす・・フレメヴィーラに限らずセットルンド大陸では『油』はもっぱら照明用(貴重品!)であり料理にはバターを使うのが一般的である…がギレムは肩をすくめてこう答えただけだった。

「さあなぁ~、何とかという植物の種から大量に搾っているとか聞いたような記憶があるが…よくわからんわい。」

「そんなことよりビールじゃビール!ぬるくなったり気が抜けたら不味くなるでな!先ずは飲もう!」

「お、おう…」

「「乾杯!」」

「ッ!?ぷはぁーーッ!」

 情報量が多すぎて整理がつかず、2人に勧められるままジョッキに口をつけた親方の目の色が変わった、そのまま一気に飲み干してしまう!

「なんだこりゃ!しっかりと味があるのにまるで後口が残らねえ!のど越しが最高じゃねえか!それにこの冷たさ!どんな氷室で冷やせばこうなる!?」

「その飲みっぷり気に入った!」

「娘っ子、親方にもう一杯頼むぞ!無論ワシらのおごりじゃぁーっ!」」

「これ食べていいですか!?」

「もちろんじゃ坊主!イカというのは元の形がさっぱり分からんが、コリコリとした歯ごたえで噛むと味が滲んでくる!」

「サーモンはかなり大きな魚の切り身らしいが、身が赤くて味が濃い!バター焼きにしてもフライにしても最高じゃぁ!」

「タルタルソースをかけるんですよね?」

「わかっとるじゃないか!?そうよ、『エビフライ』の台詞ではないが、最高のシーフードフライを超えるモノは『タルタルソースをかけたシーフードフライ』だけじゃわい!」

 バトソンの合いの手にノリノリでギレムとガルドがシーフードフライを称えるのだった。

 

「盛り上がってますね~いい傾向ですよ~」

 楽しげに隣の様子を観察するエルに対し、オルター兄妹は目の色を変えてタルタルソースのかかったシーフドフライに齧り付いている、付け合わせの千切りキャベツひとかけらまで二人が平らげたその時それはやってきた。

「お待たせしました。本日の日替わり『フライ盛り合わせ』です。ご飯とみそ汁はおかわり自由ですのでお申しつけ下さい。」

「ぬふふふふ…待ってましたよぉーっ! さあてウスターソース・トンカツソースどっちにしましょうかねー?」

「おい!まだ何か選択肢があるのかよ!?」

 情報量がとっくに飽和状態となっている親方が悲鳴のような声を上げたが、エルは容赦なくその上に情報を積み上げる!

「はい!味のベースは同じですが香辛料の香りと味がストレートでスッキリしたウスターソース、とろみがあって味が濃厚なトンカツソース、どちらをかけるか悩み処なんです・・・親方はどっちがお好きですか?」

「知るかぁーっ!」

 …結局『鍋奉行』エルネスティの差配の元、重複しない組み合わせでウスター・トンカツ両ソースを配分してかける事で落ち着いた。

 その後4人がソースのかかったメンチカツ・ハムカツ・コロッケのトリプルパンチにノックアウトされ、エルの一人勝ちとなったことは言うまでもない。

 

「この『みそ汁』ってなんなの!?何の味かわからないのに美味しい~っ!」

「ちくしょう!わけがわからねぇー!」

「……っ!」

「うんうん、喜んでくれて嬉しいです!、親方はいかがですか?」

 混乱し、ほとんど半泣きでみそ汁とご飯をかっ食らう(3杯目!)アディ&キッド&バトソンをにこにこと笑いながら眺めていたエルが親方に尋ねる。すでにみそ汁とご飯のおかわり五杯を数え、ほとんどグロッキー状態でギレムとガルドのウイスキーオンザロックに付き合っていた親方はため息とともにグラスを乾した。

 

「幻晶騎士ってのは魔導と錬金術と鍛冶が作り上げる対魔獣の兵器、騎士が操る身の丈10mはある巨大な鎧さ、」

「ゴーレムやガーゴイルとは違うようじゃな?」

「おう、言うなれば人の手で作った巨人…そう、その筈だったんだよ、あいつがあんなもの(=ツェンドルク)を造るまではよぉ~!」

 親方が語るのは銀鳳騎士団結成までの物語。いきなり鍛冶士学科の面々の前に現れた『悪魔』、職人があらがえない魅力的で実現可能 それでいてこれまでの常識も定石も塵芥と化す『提案』に引きずり回される日々、気付いてみれば完成したのは100年ぶり(!)の新型機、ところが悪魔は満足しない「もっとすごい物がある、もっとすごい物ができる」、何処かの国に新型機を1機奪われてもはや更なる新型を造るより他はない、造れるのはその悪魔だけ。

 

「てな訳でその悪魔…俺達の団長殿でもあるんだが…の無茶苦茶でデタラメ、常識ってやつを世界の果てまですっ飛ばした企画と設計を形にする事とその『悪魔』当人を守る為に国王陛下の勅命で結成されたのが俺達『銀鳳騎士団』という訳さ」

「…凄い話じゃのぉ…」

「巻き込まれたあんたは…災難としか言えんぞ。」

 ギレムとガルドの台詞に親方は肩を竦めて見せた。

「『引き返し不能地点』は超えちまったよ。行きつくところまで行くより他はないのさ。さりとて不満がある訳じゃない。これから何が起こるのか、むしろ面白くて仕方がないぜ。

 俺達団員はあいつの毒にあてられて、全員もうとっくにイカレてるんだろうよ…」

「一度そやつの顔が見てみたいのぉ…」

「同感じゃわい」

「…くくくく…ワーッハッハッハッハァーッ!!!

 ここで親方が笑った、笑い出した。腹の底からの最上級の愉悦の笑いが店内に響き渡る!

「お、おい大丈夫か?何がそんなにおかしいんじゃ?」

 狂気を含んだ笑い、誇り高く嘲弄を容赦しない筈のドワーフであるガルドが戦慄を感じつつ問いただすが、

「これが笑わずにいられるかよ!ほら、そこにいるぜ!」

 親方が親指で指すのは、ニコニコ笑顔のエルネスティ…ギレムとガルドが思わず腰を浮かせ、たたらを踏んで後ずさる。

「「お、お主がかぁーっ!?」」

「ああそうだ、赤の女王様にプレゼンした時店にいたのはロースカツさんとテリヤキさんだけでしたっけ…じゃあ改めまして、

銀鳳騎士団団長のエルネスティ・エチェバルリアと申します、お見知りおきを」

 

 平然としているロースカツとテリヤキ、カツドンとカレーライスは「へえ~」「ほお~」で済ませるが…オムライスの目がギロリと動いてエルを凝視した、プリンアラモードのスプーンが止まった、チョコレートパフェが卒倒しそうになったのをコーヒーフロートが慌てて支える、ナポリタンとメンチカツは喉を詰まらせてむせ返り、エビフライがレモン水を吹き出した。

「あの子騎士団長なんだって、ビッケ。」

「すごいね~、バッケ。」

 ハーフリング2人のお気楽な感慨が店内の雰囲気を引き戻した。それを期にエルがわざとらしい困り顔でこんな台詞を吐く

「ひどいです、親方だってノリノリだったのに全部僕のせいにするなんて…」

「わざとらしくかわい子ぶるな!気色悪い!」

「それもそうですね。でも悪魔よばわりはひどくないですか?」

 瞬時に先程の笑顔に戻るエル…こういう冗談は願い下げだと4人は思った…に対し親方は恐ろしく真剣な顔で問いかける

「訂正しようか、お前本物の悪魔だろ?…そもそもオメエはいったい何モンなんだ?」

 …親方の中に一つの恐ろしい推論があった、目の前の銀色坊主は初めからここの店のメニューがどんなものか全て知っている…材料も調理法も味も食べ方も…まだ数回しか来店してない筈なのにメニューを見ただけで把握できる筈がないし、忙しい店主に根掘り葉掘り確認できる訳はない。だいたい異世界の文字で書いてあるメニューがどうしてそんなにすらすら読める?…それはつまり…

 キッド・アディ・バトソンのようにエルがどんな突拍子もない事を言おうが行おうが、あるいは何を知っていようが全て『エルだから』で片づけてしまえる程には病膏肓に至っていない親方だから至ることのできた考えだが、常識の最後の防衛線がそれを認めない。そんな親方にエルは笑顔で答えた。

「僕はエルネスティ・エチェバルリア。親方が目の前で見てきた、見ている通りの人間ですよ。」

 …防衛線は破られ、親方の常識は白旗を上げた。『カツドン』すら呆れるほどの音声で親方は笑う!そしてエルの頭に手を置くと その銀髪をぐしゃぐしゃかき回しつつこう吠えた

「そうだな、オメエはオメエだ、それ以外の何者でもねえ!オメエがこれまでやってきた事とこれからやる事に比べればそんな事は取るに足らねぇや!これからもよろしくな!団長殿!」

「はい!よろしくお願いします!」

 目の前の光景の意味が分からずきょとんとする他3名だがエルネスティの目的、親方へ「これまでありがとうございます、今後もよろしくお願いします」の意を伝える事は達成されたのだった。

 




頻繁な章変更申し訳ありません。
次回こそ中隊長来店です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。