九月になった。3週間後から高校や中学なら文化祭、体育祭、一部の学年なら修学旅行があるが、残念ながら大学生だと学祭くらいしかない。人生を妹に捧げた俺は参加するサークルを持たないので、もはや無縁である。まぁ、それまでは俺は暇になる。飛鳥も学校始まっちゃったし。なので、少し出掛ける事にした。
とりあえずジャンプでも買おうとコンビニに向かうと、一つの雑誌に見覚えのある人が表紙になってるのが見えた。
「…………」
高垣楓、カブトムシ取りに行った時に仲良くなった女の人だ。中々に綺麗な服装をまとっている。というか、服装どころか本人も超綺麗だった。
………まぁ、中身は小学生なんだが。第一印象がいい奴にロクな奴はいないとはこの事か。
それを知ってるのは事務所の人以外でどれくらいいるのだろう。高垣さんのそんな一面を知ってるのを一般人の中で俺だけだと思うと少し嬉しいが、知らなくて良い部分だとも思うので少し複雑だ。
「……………」
でも、逆説的に考えれば俺って高垣さんの仕事の事は何も知らねーんだよなぁ。一般人とは真逆である。
………気になるな、少し。アホな25歳のイメージしかない高垣さんが真面目に仕事してる姿が見れるかもしれない。この手の雑誌を買うのは初めてだけど、まぁ良いか。
表紙には高垣楓特集と書かれてるし、表紙詐欺なんて事はないだろう。その雑誌とジャンプを持ってレジに差し出した。………まぁ、なんかこの雑誌外で読むのは恥ずかしいから家で読むんですけどね。
公園のベンチに座ってジャンプを開いた。一応、お金がもったいないので全部読んでいる。好きな漫画はしっかりと、どーでも良いのはパラパラと読んでると、食戟のソーマが目に止まった。
「…………ふーむ」
そういや、時間もあるしたまにはこの手の料理に挑戦してみても面白いかもなぁ。自分でレシピを考えるっての?うん、暇だしやるか。
そう決めると、スーパーに向かった。3千円分くらい、テキトーに肉だの米だの香辛料だのを籠にぶち込んでレジに置いた。
「4700円になります」
3千円じゃ済まなかった。まぁ、別に親に食材費とか渡されてるから、俺の金じゃないし良いけど。
「5200円で」
「お預かりいたします。500円のお返しです」
「どうも」
「こちらのレシートで2千円で1回、福引を引けますので、ぜひお立ち寄り下さい」
「おお、マジすか。すみませんね」
やったぜ。俺、福引きのガラガラ回す奴大好きなんだよね。白が出ても楽しいし。残念だけど。
そんなことを思いながら、福引きの場所に並んだ。景品を見ると、上から温泉旅行、掃除機、たこ焼き機、などなど。
………たこ焼き機欲しいなぁ。ていうか、晩飯今日たこ焼きが良いや。料理は明日でいいかな。
そうと決まれば、たこ焼きの食材買わないと……あ、大丈夫かな?必要以上に食材買ったし。
福引きの出番がやって来て、ガラガラを回した。金色の玉が出た。
「一等賞〜‼︎」
ガランガランと景気の良い音が鳴り響く中、俺は真顔で愕然とした。
「…………マジで?」
…………マジか。喜んで良いのか悪いのか………いや、喜ぶべきだろう。だって飛鳥と行くしかねぇもんこれ。混浴だとなお良し。今度の土日にでも誘ってみるか。
そんなことを考えながらチケットをポケットにしまい、帰ることにした。気が付けば両手いっぱいの荷物だ。
………最新のたこ焼き機でたこ焼き食いたかったなぁ。うちにある奴古いけどまだ使えるかなぁ。
「あら、慎二くん?」
聞き覚えのある声が聞こえた。ふとそっちを見ると、高垣さんが立っていた。
「あら、どうも」
「買い物?」
「はい。たこ焼きの材料買いに」
少し違うけど。
「私も買い物してたのよ。あなたの後に福引を引こうとしてたの。気付かなかった?」
「あ、すみません。たこ焼き機のことで頭いっぱいだったんで」
「ふぅん、あなたたこ焼き機狙ってたんだ?」
「? そうですけど?」
「ふぅん」
………あっ、そっか。俺目の前で温泉旅行当てちまったのか……。それなのにたこ焼き機狙いって煽ってんなこれ………。
「す、すみません……。ちなみに、高垣さんは何が当たったんですか?」
謝りながら、早めに話題を逸らした。
すると、高垣さんは笑顔で胸前に景品を持ち上げた。たこ焼き機である。
「マジ⁉︎いいなー!」
マジかよ!ズルイ!
「差し上げても良いのよ?」
「マジすか⁉︎」
「ただし、条件があります」
「っ!」
それはつまり、温泉旅行だろう。俺はポケットからチケットを取り出した。こいつは飛鳥と二人で行く予定だったものだ。
クッ……飛鳥との温泉とたこ焼き………!ぐぬぬっ、どうする……!
「その温泉旅行、私も連れて行ってくれる?」
「………はいっ?」
「どうせ一緒に行く相手は決まってないんでしょう?」
「いや、飛鳥と………」
「決まっていないんでしょう?」
「アッハイ」
妹は決まってるとは言わないんですね。しかし、なんでそんな俺と温泉になんて行きたがるのか………。あ、いや別に俺は関係ないのか?
「あ、もしかして温泉好きなんですか?」
「ええ。
ツッコまねぇからな。
「いいじゃない、たまには」
「……………」
いいのかな。いや、ポジティブに考えろ。アイドルと一緒に温泉旅行、それも高垣さんとだぞ?行かなくてどうすんだよそれ。
「そうですね、じゃあそれで」
「ええ、決まりね。それじゃあこのたこ焼き機……」
「あ、せっかくなんでうちでたこ焼き食べていきます?飛鳥帰って来てからになりますけど」
「! 良いの?」
「はい。飛鳥も喜ぶと思いますし」
「……………」
あれ、なんか虫を見る目に………。
「相変わらず上げて落とす天才ね?」
「え、打ち上げ花火?」
「違うわよ。今から行っても平気?」
「良いですよ、全然」
よし、じゃあ一緒に帰るか。との事で、自宅に向かった。
ー
家に到着し、俺は冷蔵庫に食材をしまい、高垣さんには寛いでてもらった。卵を専用の場所にしまいながら、俺は切実に思った。
…………なんで、ナチュラルにアイドルで歳上のお姉さんを普通に家に上げたんだ俺?
なんか、高垣さんだから普通になってたけど、冷静に考えりゃすごいことしたよなこれ。あ、やばい。意識するとドキドキして来た。
「……………」
いやいや、考えるな。卵割るぞ。続いて、牛乳を冷蔵庫にしまい始めた。
現在、2時頃。飛鳥が帰って来るまでまだまだ時間がある。ていうか高垣さん仕事は?気になるけど、あまりアイドルの事とか聞かない方が良いのかな。
モヤモヤしてる間に食材をしまい終えた。………高垣さんいるし、少し何か作ろうかな。
「………………」
高垣さんがぼんやりしてる間にクッキーを作り始めた。生地を作って型を取ってオーブンにブチ込んだ。
それまで待ってる間に紅茶を淹れてソファーの前の机の上に置いた。
「どうぞ」
「あら、ありがとう」
高垣さんはあまり俺の事なんか意識してないのか、平気な顔で紅茶を飲み始めた。
………なんか、悔しい。こっちは割とドギマギしてんのに。俺、一応ハタチ超えてんだけどな。
「……………」
少し、からかってみるか。ちょうど良いもんあるし。
てなわけで、俺は高垣さんの隣で高垣楓特集の雑誌を読み始めた。どうだ?少しは意識………。
「あら、慎二くんそれ私の雑誌?」
「え?は、はい」
「どう?綺麗に撮れてる?」
「は、はい。綺麗ですよ」
「まぁ、私はカメラマンの方の指示に従ってただけなんだけどね」
「……………」
まったく無反応かよ。まぁ、俺如きが高垣さんに男として見られよう、なんて考える方がおこがましいか。
諦めよう、こんな下らないこと。そう思って雑誌を部屋に置いてこようと立ち上がると、高垣さんはフッと顔を逸らした。
「?どうしたんすか?」
「えっ?い、いやっ……」
気になって下から顔を覗き込むと、嬉しさと羞恥が混ざり合ったような複雑な表情で俯いていた。
…………照れてるじゃんこの人。俺は何故か申し訳なくなり、小さく会釈して雑誌をしまいに行った。
本棚に雑誌を挿し、部屋に戻ろうとすると高垣さんが何故か一緒に来ていた。
「あら、ここが慎二くんの部屋?」
おい、耳だけ赤くなってんのバレてるぞ。いや、別に可愛いから良いけど。
「そうですよ。てか前に来たことあるでしょ」
「そうだったわね」
動揺してるの丸分かりだわ。まぁ、俺は優しいしドS趣味もないのでツッコまないが。
「………前も思ったけど、意外と綺麗なのね」
「自分の事もキチッと出来ない奴が家事なんて出来るわけありませんから」
「それもそうね」
そんな事を言いながら、高垣さんは本棚を見上げた。ジャンプコミックが並んでいる。まぁ、そんなガッツリ買ってるわけじゃない。ナルトとワンピースと銀魂とドラゴンボールと黒バスとワールドトリガーとスラムダンクと暗殺教室とH×Hくらいだ。
「………たくさんあるのね」
「そんな事ないですよ。部屋にいてもあんま楽しくないんで下降りましょう」
「……………」
あんま見られたくないものもあるので、なるべく自然に促すと高垣さんはワンピースの列の単行本を手に取った。
「あっそこっ……」
後ろからエロ本が出て来た。貧乳もの。高垣さんは微笑みながら俺を見た。
「…………慎二くん?」
「……………はい」
「これなぁに?」
「………………」
とりあえず、本気で自殺を考えた。