昏迷を呼ぶ者 作:飯妃旅立
適合試験だってさ。
『少しリラックスしたまえ。その方が良い結果が出やすい』
それなりに広い空間……とはいえ密室であるその部屋で、威厳のある声が響く。
部屋の上方にある強化ガラスからこちらを見下ろす極東支部支部長ヨハネス・フォン・シックザールの物だ。彼の横には幾人かの技術者と、白く扇情的にさえ見える露出度の高い服を着た女性……雨宮ツバキが佇んでいる。
そんな彼らに見下ろされ、リラックスも何も緊張の欠片もしていなかった身体を前に進める。前――部屋の中央、ゴツい機械とそれにセットされた武器――神機の元へ。
神機の取っ手部分に添う様に赤い腕輪が下半分埋まっており、機械の上部にはその上半分が取り付けられていた。これがガシャンと、さながらギロチンの様に落ちる事は説明されなくともわかることだ。
確かに人間という生をここで完全に終わらせるのだから、断頭台という意味でギロチンという表現は間違っていないだろう。
「……キィ」
意味も無く口にする。
口癖というよりは、悪癖と言った方がいい。
この身からはそんな音が鳴り得るはずもないのに、何かをするときや何かを始める時にこの音が聞こえないと調子が狂うのだ。
機械に腕を入れ、神機の柄をしっかりと握る。ズシリと重い。
瞬間、ガシャンと機械の上部が落ちて、腕にソレが刺さった事を感じた。
自身の中にオラクル細胞を入れるための通路が出来る。そんなことをしなくとも、俺は受け入れる準備万端だというのに。
機械が開く。
腕にはしっかりと腕輪が嵌っていて、そして先程まであんなに重かった神機が軽くなっている。簡単に持ち上げる事が出来た。
神機から触手が伸びる。先程開けられたオラクル細胞の通り道にそれが刺さった。
入ってくるオラクル細胞。
懐かしい。いや、あの身で終ぞ食すことは……あったけども味は感じなかったので、懐かしいとは少し違うのかもしれないが……それでも、懐かしいと言えるだろう。
そして同時に、この身を食らわんと浸食してくる細胞の呻き――「お腹が減った」という欲求に、ようやくあの少女の想いを感じ取れたのだと実感する。
全く、人使いが荒い。
もう浮上する事の無いと思っていたこの意識。
もう間違えないでくれと、もう犯さないでくれと願っていた。
それは叶わなかったわけだ。
だから地球は、俺をもう一度遣わした。
身体に巣食う癌を、癌になって滅してもらうために。
『おめでとう、君がこの支部2番目の、【新型】ゴッドイーターだ』
本当に人使いが――ん?
2番目?
『適性試験はこれで終了だ。次は適合後のメディカルチェックが予定されている。始まるまで、悪いがその扉の向こうの部屋で待機してくれたまえ。気分が悪いなどの症状がある場合は、すぐに申し出る様に』
待てよ、おい。
俺がこの支部初じゃないのか?
俺のポジションは、”神薙ユウ”と同一じゃないのか!?
「キィ……嘘だろ」
“神薙ユウ”が、既にいるっていうのか!?
『期待しているよ』
地球と同じこと言ってんじゃねーよ!!
「……来たか。やけに遅かったが、丁度いい、お前にもこれからの予定を話す。聞け」
フェンリル極東支部――通称アナグラ。
そこのエントランスと呼ばれる場所で、雨宮ツバキが2人の少年を立たせているところに遭遇した。正確に言うと、そこへ行けと命ぜられた。
「私の名前は雨宮ツバキ。お前たちの教練担当者だ。この後の予定はメディカルチェックを済ませたのち、基礎体力の強化、基本戦術の習得、各種兵装の取り扱いなどのカリキュラムをこなしてもらう」
有無は言わさん、という口調で話しつづける雨宮ツバキ。
まぁ神機使いになった時点で軍属、そして雨宮ツバキは上官なのだから当たり前なのだが。
「今までは守られる側だったかもしれんが、これからは守る側だ。つまらないことで死にたくなければ、私の命令には全て”YESで答えろ”。いいな?」
今までは喰らう側でしたわ。一応守る側でもあったな。
そしてその答えにはNO! 断固拒否である。
「わかったら返事をしろ!」
「はい!」
少年2人の内のイエロー……藤木コウタが元気よく返事をした。
「はい」
「キ……はい」
危ない危ない。
基本あの少女やあの男からの言葉には全てこれで答えていたから、つい癖で。
元気さの欠片もない胡散臭い瞳と胡散臭いマスクで金髪の方も答える。
「さっそくだがメディカルチェックを始めるぞ。まずは……お前だ」
金髪を向く雨宮ツバキ。
「ペイラー・サカキ博士の部屋に、一五○○までに来るように。それまで施設を見回っておけ」
ちなみに現在の時刻は14時30分である。
「今日からお前らが世話になる、フェンリル極東支部……通称「アナグラ」だ。メンバーに挨拶の一つもしておくように」
その言葉の後、俺と藤木コウタにも予定時刻が告げられ、解散となった。
「改めて! 俺は藤木コウタっていうんだ。一瞬だけど、あんた達より先輩だからな!」
「ふふ……僕は神薙ユウ。よろしく、先輩。それで、君は?」
こちらを貫く2対の瞳。
内一つには殺意さえ湧くが、今は飲み込まなければ。
「俺は、
抑えきれなかったよ……。
「ふむ……予想よりも1800秒遅い。……寝ていたのかな? 『新型』ちゃん」
これが世に聞く圧迫面接か。
得体の知れないパイプの繋がった机に座る、胡散臭いという言葉を人の形に詰め込んだような男性と、その横に立つ気難しそうな……もっというと苦労人らしさ溢れる男性。
「私は『ペイラー・サカキ』。アラガミ技術開発の統括責任者だ。以後、君とはよく顔を合わせる事になると思うけどヨロシク頼むよ」
嫌です。
……と言いたいところだが、ぜひともヨロシクしたい。
この頭が道を踏み外せば、極東支部の神機使い全員が右往左往するわけで。
コイツに取り入って情報操作するのが一番いいのだ。
「さてと……見ての通り、君が大遅刻したおかげで準備は万全も万全だ。けど、ヨハンの時間が押していてね。先にそっちを済ませてからメディカルチェックを受けてもらうよ」
「……軍属に置いて遅刻は厳禁だ。以降、気を付ける様に」
「……はい」
そこから極東支部の目的やらエイジス計画やらを説明された。
まぁ、俺にはあまり関係の無い話である。アーク計画が成功してくれるのならそれに越した事はないが、神薙ユウが居る時点で失敗する未来は見えているからな。
それに、あの少女を使わせるつもりもないし。
「それではそこのベッドに横になってくれ。少し眠くなると思うが心配しなくていいよ。次に目が覚めた時には自分の部屋だ。予定では、10800秒になるよ」
何の安心も出来ない言葉だが、今すぐに命の危険があると言うわけではないだろう。
この身体になってから出来るようになった――しなければいけなくなった睡眠を、しっかりとらせてもらおう。
しっかしなんでわざわざ秒で表現するんだろう。普通に3時間って言えよ。
「よう新入り共。俺は雨宮リンドウ。形式上、お前たちの上官にあたる」
その言葉に、顔を上げた。
久しぶりの再会だ。
「ん? ……お前さん、どっかで俺と会った事ないか?」
「……!」
不味い、横に神薙ユウがいるってのに……!
いや、しかしなんだ?
何故覚えている?
「ちょっとリンドウ、新人をナンパしてるの?」
「あー……今厳しい規律を叩きこんでるんだから、あっち行ってなさいサクヤ君」
「承服しかねます、上官殿。女の子にそんなことするなんて、セクハラよセ・ク・ハ・ラ」
「キ……いえ、会った事は無いかと。今日神機使いになったばかりなので、神機使い方々に会うのは難しいかと思われます」
少なくとも、今のお前と今の俺は。
……もし、本当に記憶があるのだとしたら。
あの少女も俺の事を憶えているのだろうか。
……目下、それよりも俺の横でニコニコしているコイツの方が懸念事項なのだが。
「んー、そうだな。すまん、変な事を言った。……とまぁ、そんなワケで、だ。お前達には早速実践に出てもらう。緒戦は俺が同行するから、準備しろ。すぐに出るぞ」
そうだな。
初戦で、緒戦で――所詮、オウガテイル一匹だ。
さあ、再誕の日を迎えよう。
1800秒=30分