昏迷を呼ぶ者 作:飯妃旅立
もうすぐでやっとリザレクションに入れる。
「セイッ!」
「オオラァッ!」
エイジス。
ヨハネス・フォン・シックザールの入ったアルダノーヴァと雨宮リンドウの戦いは、思う外拮抗していた。
ヨハネスは人間であった頃、何千、何万と「アルダノーヴァ時の戦闘方法」をシミュレートしていて、その動きに一切の隙が無い。
リンドウはハンニバルとしての全能力を、人間の冷静さとアラガミの躊躇いの無さを兼ね合わせた何億年もの間磨いてきた戦法で此れに立ち向かう。
前者はその頭脳と研鑽の結果に、後者はそのポテンシャルと研鑽の結果に、戦いは拮抗しているのだ。
否、リンドウには第一部隊の援護がある故に、単一の力ではヨハネスが勝っていると言えるのだろう。
「……ちぃと不味いか?」
「アットウテキナチカラヲ!」
リンドウは劣勢を感じ取っていた。
アルダノーヴァには一切の隙が無く、捕食をする瞬間が見出せない。今こそアリサがその辺で狩ってきたという濃縮アラガミバレットによる受け渡しでバーストを維持できているが、それが尽きた時に戦況は一気にひっくり返るだろう。
ある意味でジョーカー的存在だった神薙ユウとレンも、「未来の神薙ユウの戦闘データ」などという物を相手にしていて手が離せない。リンドウもキグルミと共闘した記憶があるために、その強さはわかっている。ましてや、「未来の神薙ユウ」がどれほど恐ろしい存在なのかも。
「ハァ!」
「くっ、このままじゃ……ジリ貧ですね……」
「クソ親父が……」
加えて、第一部隊の面々にも疲労が見え始めている。
神機使いである彼らはまだ「人間」であり、一般市民のソレに比べれば圧倒的なスタミナを誇るとはいえ、無限とは言い難い。対してリンドウのように「アラガミ」になってしまえば、オラクル細胞さえ補充できれば半永久的に活動が出来る。
無論「アラガミ化」を彼らに奨める程リンドウは堕ちていない故に、やはりリンドウがこの場を持たせ続けるしかないのだが。
「……ふぅ。そうだな、そうだ……俺はもう、アラガミか……」
そう、自然に思えた。
雨宮リンドウは「アラガミ」だ。
人間には戻れない。人間として生活する事は出来ない。
ピシ、ピシと……何かが割れていく。
「だってんなら……人間の俺の手向けに、最期の一仕事やりますか!」
背中が割れる。
そこから、黒い炎のようなオラクル細胞が螺旋を描いて噴出する。
元極東支部第一部隊隊長の雨宮リンドウは、ここで終わりだ。
今からは――ハンニバルとして、力を振るおう。
「リン……ドウ……」
呼ばれて、だが、振り返らなかった。
振り返るのは雨宮リンドウだ。
ハンニバルは、後ろを省みたりはしない。
「オオオ!!」
「セァ!」
あぁ、いつかの焼き増しだ。
前もこうして対峙した。
あの時より己は強くなっているけど、それは相手も同じこと。
ならば、結末は――。
「ふふふ……はは、あはははは……!」
笑いが止まらない。
目の前の僕と斬り合っている内に、おかしくておかしくてたまらなくなってきた。
早くアオバを助けなきゃいけないのに、早くみんなの元へ援護に向かわなきゃいけないのに、どうしてこんなに楽しいのか。
キグルミと呼ばれた「未来の自分」は、恐ろしい程に強かった。
隙の一切が無く、その攻撃は鋭く、速い。
すでにレンの事も察し終えたようで、奇襲らしい奇襲はもう一切通用しなくなっている。
僕の攻撃もほぼ全てが弾かれ、逆に僕の身体は傷が増えていく。
「……?」
「ふふふっ! ……あれ? わからないのかい? 僕なのに……」
僕が笑っている事が理解できないのか、キグルミは首をかしげた。
今だって高速戦闘中なのに、本当に余裕がある。
「楽しいだろう? バーストなんて無粋な強化の無い、純粋な身のままの戦いだよ。人間だとかアガラミだとか神機だとか、そんなことはどうだっていいんだ。ただただ、この場に僕がいて……戦っていられる事が何よりうれしい! いつか僕も、ギリギリの戦いをした事があった気がするんだ。
けどそれはすぐに終わってしまっていた……こんなに長くギリギリなのは初めてだ!」
相手が誰だったのかは思い出せないけど、あのヒリヒリとした感覚はずっと覚えている。
だからこそ今、こうして戦い続けている感覚が心地よくて、達成感と悦楽が綯い交ぜになったようなこの瞬間が、心から愛おしい。
「覚えている……覚えているんだ。アイツとの戦いを、アイツとの勝負の末を!」
今の僕には「アイツ」が誰なのかは思い出せないけど。
「アイツ」がしたことは、覚えている。
そう、心地よさだけじゃ、ないんだ。
「ふふふ……そうだ、それだけじゃあ、ない。
――守れなかった悔しさも、心の奥底から消えてない!」
僕は「いつか」、「誰か」を喪った。
僕の浅慮が、「アイツ」に裏を掻かれた。
あそこまで自分を嫌いになった日は無い。
あそこまで誰かを憎んだ記憶も無い。
そして、もう絶対にあの気持ちを味わいたくないんだ。
「だから、僕の心地良さなんて……ふふ、無視できるんだ」
「……!?」
タン、と狙撃音が鳴った。
音のした方を振り向くキグルミ君。
そこにはレンが、真横に向けてスナイパーを構えていて。
「残念」
本命は、こっちだ。
ドクンと、鼓動が鳴った。
「特異点」足り得る存在は、「統率」が出来る存在である。
シオはアラガミを、葦原ユノは人間を、ジュリウス・ヴィスコンティは人間とアラガミの双方を。方法は何でもいい。歌でも、血の力でも、存在そのものとしての力でも、それがオラクル細胞を介してのものであるならば、何でもいいのだ。
何であれば雨宮リンドウや神薙ユウ、香月ナナや神威ヒロでもよいのだろう。
必要な物は、「統率」――纏め上げるチカラ。
ならば、成程。
かつてサマエルとして、「アラガミから人間に近づいた者」と「人間からアラガミへ近づいた者」、そして「アラガミから作られた人間の兵器」を纏めていた俺もまた、「特異点」足り得る存在であったと言えるのかもしれない。
「意思」と「記憶」を受け継いだオラクル細胞がこの身にあるのならば、それは今も同じと言えるだろう。
だったら、出来るだろう?
俺が、「アラガミに宿った人間の意思」であるとするならば、半端者を纏め上げる事に長けた「特異点」であるというのなら。
この、「人間如きが作り出した望まれぬノヴァの母体」程度、「統率」できないはずがない。
大丈夫。
やり方は、彼女が教えてくれる。
「……ほんとに、大丈夫かー?」
あぁ、大丈夫だ。
そのために俺はここにいるのだから。
この、膨大で巨大なるノヴァの母体を、「地球へ飛ばさずに、終末捕食を起こさせない方法」は、ずっと考えて来たんだ。
月が終末捕食を望んでいない以上、これはどこまで行ってもハリボテでしかない。ハリボテでしかないが、ヨハネス・フォン・シックザールの元に終末捕食を行われれば、月の表面は洗われ、逃げ延びた人類の聖地となるだろう。それは阻止したい。
だが同時に、これを飛ばしてしまえばまた同じことを繰り返すために、単純に放り出す事も出来ない。流石に地球ではない場所に飛ばして宇宙の漂流物になられるのは危険すぎる。
なら、簡単だ。
終末捕食を起こしてやればいい。
――ただし、俺の中で、だが。
「……ホントのホントに、大丈夫かー?」
大丈夫さ。
ずっと腹にあったからかな、気付いたんだ。
俺の真っ白な神機のコアが、元々何だったのか。
「……うん。タブン、合ってる」
このコアは、シオ。
お前だったんだな。
……いや、あの時に死んだ俺と雨宮リンドウとレンとシオ、全員分のコアの集合体だ。
コアとして形成するのに、シオのものの受容性が一番高かった故に、俺達はシオに抱かれるようにして眠ったのだろう。
「ん……よく、覚えてないぞ……」
いいさ。
死んだ時の事なんて、覚えている必要はない。
さぁ、シオ。いや、前のシオのコアよ。
俺に、教えてくれ。終末捕食の起こし方を。
その、制御の方法を!
シオ、お前は離れていろよ?
何分、初めての事だ。上手く行かせるつもりだが、暴走して取り込まれでもしたら俺は後を追うぞ?
「……わかった」
あぁ、偉い子だ。
下でヤンチャしてる奴らも退かしておいてくれ。
そして――。
「……ウン、伝える! だから、あおば……サマエル、……いなくなったら、寂しいから、な!」
あぁ。
元より、こんな所で果てるつもりなんてないんだ。
さぁ。
「リンドウ! アリサ、サクヤ、ソーマ、コウター! ユウとレンも! テッタイするぞー! ニゲロー!」
裏タイトルは「半端者の特異点」