昏迷を呼ぶ者 作:飯妃旅立
「……」
「……」
神薙ユウは、こちらをずっと、じぃと見つめている。
まぁ、睨まれたら睨み返すよな。
そうして、十五秒ほど、無言の時間が過ぎる。
「……あの、リーダー? アオバ?」
静寂を破ったのは、アリサ・イリーニチナ・アミエーラだった。
そのきっかけを得てか、神薙ユウが口を開く。
「……アオバ」
「なんだ」
「……おかえり」
「……ふん」
ただいま、などと言ってやるものか。
歩み寄るといっても、そこには明確な線引きかある。
神機使いと、アラガミ。
「あ、リーダーもアオバ歓迎会に来ます?」
「へぇ、いいね。じゃあ、」
「私がボルシチをふるまわせてもらいますから!」
「遠慮しておくよ」
「えっ。あっ……」
心の中で指を立てる。
良い判断だ、アリサ・イリーニチナ・アミエーラ。
追い払えるものは追い払っておくに越したことはない。
どうせ食堂だ。
早めに歩き出す――その後ろを、慌てるようについてくるアリサ・イリーニチナ・アミエーラに鼻を鳴らしながら。
アリサ・イリーニチナ・アミエーラの特に味を感じないボルシチを食した後、俺とアリサ・イリーニチナ・アミエーラ、加え第一部隊のメンバーがペイラー・サカキの前へと集結していた。
支部長室――ヨハネス・フォン・シックザールの夢の跡でもある、この場所に。
「来てくれたようだね」
「サカキ博士、話ってなん……あ、ソーマ戻ってたんだ」
「ああ……」
ソーマ・シックザールは胸騒ぎだとかで外に出ていたようで、多少、スタミナを消費しているようにも見える。
第二のノヴァの位置からして、特に苦戦するような戦闘はないと思うんだがな。
「第二のノヴァについて、凡その見当がついたので報告しようと思ってね。
まずは……」
「博士。俺から話す。
結論から言う。第二のノヴァは、明確な意思を持って行動している可能性が高い」
「明確な意思?」
「ああ……知っていると思うが、俺はアーク計画以降、第二のノヴァの動向や性質を把握するための観測を行っていた。お前たちにも観測ミッションを発行してまでな……」
「あはは……観測班がいつもどうやって観測してるのかなんて、こういう機会がなかったら知らなかったから、いい経験になったけどね」
「そして……つい、先ほど。
第二のノヴァの動向を予測できる証拠……及び、第二のノヴァがどういう性質を持っているのか掴むことが出来た」
……黙って聞いていたが、少々驚いている。
気取られていないつもりではあったが、俺は生粋の研究者や観測手ではない。その道の職人には負ける。
そういう線で追われたら、確かにあり得るのかもしれない。
「証拠って、どういうものなんだい?」
「……食い残しだ」
何?
食い残し?
……オラクル細胞で構成されたアラガミを食い残した所で、拡散するだけのはずだが……。
「アルダノーヴァ……その神属のアラガミが出現している事は、知っているな」
「ツクヨミとか、アルダノーヴァ堕天の事よね?」
「ああ……そいつらの一部に、オラクル細胞として拡散せずに残る個体がいくつかあった……弱い個体だが、そいつらのおかげで……第二のノヴァがどのようなルートを通って移動しているのか、観測できたんだ……」
「……弱い個体、ね。ソーマ・シックザール。そのアルダノーヴァ神属種……色合いはわかるか?」
「黒だが……何かわかるのか?」
チ、と舌を打つのを我慢した。
そうだ。
ここは、月だったな。
ならば――その種が、そちらの道を辿るのは、考えられない事ではなかったか。
「いや……なんでもない。続けてくれていいぞ」
「……ああ。
そして……その間に生息していたアラガミから、第二のノヴァが何を目的に動いているのかも、見当がついた」
あぁ、そうか。
ヨハネス・フォン・シックザールが俺に尋常じゃない恐怖を抱いていたのは、そちらと混ざったからか……くそ、宇宙空間にでも放り出しておくべきだったな。
「第二のノヴァは……すべてのアラガミを、食すために動いている……おそらく、その全ての性質を取り込んで」
あぁ、そうだ。
第二のノヴァとしての力をつけるために、その神属に属するアラガミ、全てを食して取り込んでいる。無論一種ずつではない。コアの摘出をするために、食えるだけ食っている。
月の意思が届かない末端はこうするしかないのだ。ディアウス・ピターくらいから、自ら差し出すようになるんだがな。
「まだノヴァの力は『幼生』と呼べる段階のはずだ。だがもしこれが『成体』の段階に到達すれば……第一部隊をもってしても、討伐するのは極めて困難となる。出来るだけ速やかにこれの排除をお願いしたい」
「俺からも頼む……これほど明確な意思と行動は危険だ……何より危険なのは……」
こちらを見るソーマ・シックザール。
……なんだ?
「――食べたアラガミの性質を取り込み、耐性を得るなら……僕たち神機使いはもう、耐性を持たれているかもしれないね」
「……あ!」
藤木コウタが、アリサ・イリーニチナ・アミエーラも俺を向く。
なんだ、その目は。
「……あぁ、そうか。お前さん、食われてたもんな」
「あぁ、そういう」
ずっと黙っていた雨宮リンドウが、思い出したように言った。
遅れて俺も気付く。
そうだ、神薙ユウ達の視点では、俺は食われているも同然……最初に取り込まれたようなものなのだ。排出されたが。
なるほど……で、あるならば、ソーマ・シックザールの懸念も理解できる。
神機使いに耐性を持ってしまっているのなら、たとえ成体にならずとも殺すことのできる確率は低い。だから、出来得る限り可能性の高い幼生のうちに、って事ね。
まぁ、食われちゃいないから耐性はついていないのだが。
つけるはずもない。
「いや、二人とも忘れすぎだろ! 特にアオバは当人なのにさ!」
「別に、俺自身に記憶はないからな。食われたという実感もない」
「それで、ソーマ、博士。奴さんの次に行く場所はわかってんのか?」
「ああ……既にミッションを発行してある。だが、確実ではない……チームが二つ必要だ」
「二つに絞れたってだけでも凄い事だから、そんな申し訳なさそうな顔をしなくてもいいよ、ソーマ」
さて、と踵を返す。
「アオバくん?」
「なんですか」
「いや……これからチームを編成するというのに、どこに行くのかと思ってね」
「俺は防衛班ですからね。行く必要、無いでしょう」
「そ、そうですよ! それに、神機使いに耐性を持ってなくとも、アオバ個人に耐性を持っている可能性だってありますし……アオバには残ってもらったほうがいいと思います!」
何故かアリサ・イリーニチナ・アミエーラからの助け舟。
誰が好き好んで自分を傷つけるというのか。
あぁあと、ついでに。
「お前さん、行かないのか? あー、というか、」
「ああ、リンドウ君もおやすみだよ。道中にはハンニバルもいた……この意味がわかるね?」
「同一視されるのはちっと思う所がありますが、了解ですわ」
「リンドウ……」
チームを分けなければいけないのに、出てはいけない人員がいる。
それでも、藤木コウタですらも弱音を上げない。やはり、極東の第一部隊は面倒だな。
「それじゃあ、防衛班からエリック君とジーナ君を呼ぼうか。アオバ君がいれば、防衛に関しては問題ないだろうからね」
「うい」
ジーナ・ディキンソンか……微妙に厄介だが、まぁなんとかなるだろう。
エリック・デア=フォーゲルヴァイデは……どうでもいいか。
逃げるかどうかは月に任せるが……多少、細工もしておくか。
「じゃあ任せたよ。ソーマ、君もね」
「ああ……」
壁によりかかって、後頭部に手を組んで当てている雨宮リンドウを一瞬見る。伏せられる目。あぁ、理解してんな。
「それじゃ、解散だ。交戦しなかった部隊はすぐに連絡を入れてくれ。そのまま、第二のノヴァの方へ直行してもらうからね」
「うへぇ、ハードワークだ……」
あぁ、そういう弱音は吐くのか。
さすがだな藤木コウタ。期待を裏切らない。
『黒いアルダノーヴァ堕天種ですか……リンドウとサマエルさんは覚えがあるようですね?』
「シオもあるぞー」
『という事は、僕が来る前の話ですか?』
「あぁ、俺たちが月へ着弾してすぐの事だ。支部長の残滓……月で終末捕食を行おうとした、アルダノーヴァの成れの果て。
セルピナとディアーナに間違いはないだろう」
「ったく……いつまで経っても俺達の妨害をするなぁ、あの人は」
リンドウが手の甲を抑える。
セルピナとディアーナ。
これは正式な名前ではなく、俺が付けた名前だ。
欠けた月の女神プロセルピナと、新月の女神ディアーナ。
どちらも然したる強さは持っていなかったが……元がアルダノーヴァという”神機”だからな。食う事より保管することに長けている故に、元からオラクル細胞としてすべてが拡散してしまう設計ではなかったのだろう。
月でも同じように残っていたし、今回バレたのも同じ理由。
俺のミスが多いな。気を引き締めなければ。
『それで、どうするんですか? このまま彼らに協力して、アレを討つと?』
「そんなわけがない。だが、協力はするべきだろうな。出来るだけ神機使いを残さないと、意味がない。第二のノヴァも頃合いを見計らって逃がすさ」
「サマエルー、笑ってるなー」
「あぁ、お前さん、悪いカオしてるぜ」
「お前にとっても、橘サクヤを手にかけるのは避けたいんだろ?」
「……ああ」
家族が嫌がる事を、わざわざやるはずもない。
準備は着々と進んでいる。もうすぐに、とはいかないが、いずれ、必ず。
「……そろそろ昼時だな。シオ、今日は何がいい?」
「ワニ!」
「りょーかい、っと」
願わくは――あの楽園を、取り戻さんことを。
いや年始