EZ-070の制式コードを与えられた凱龍輝は先行試作機分の素体(フューラー)五基がノヴァヤゼムリャ製作所に到着し、限定的ながら量産が開始される。カブトガニ型ブロックス〝甲標的〟は二郎発案のネーミング〝月光〟を加味し「月甲」と決定、開発が中座していた第三のブロックス〝サンダーボルト〟も制式な呼称「雷電」を与えられるが、左右脚部に装着するAZ電磁キャノンと四連装マルチプルキャノンのバランス性及び生産性の簡素化を考慮し量産機への装備は見送られた。
凱龍輝のサポートブロックスであるディスペロウとエヴォフライヤーはウェストリバー製作所での製造に移行、量産機完成後に別便で中央大陸に輸送され戦地で凱龍輝との合流が計画された。
ゾイテック社初の大型ゾイド製造であったが、この時点での共和国軍の対応は依然冷淡なものだった。進撃の続くギガの活躍のみならず、生産には常にガイロス帝国に依存し続けなければならない事情が凱龍輝を共和国にとっての継子のような処遇に貶めていたのだ。
神殿外に整列した五機の凱龍輝を、二郎は他家に嫁ぐ愛娘のように見詰めていた。
花嫁達の纏う艶やかな蒼い衣の色は塗装ではない。Lモジュールに最も適合する複合材として選択した東方大陸特有の鉱石を製錬した結果現出した合金の色彩である。
先行生産機の投入が予測されるのは、ネオゼネバス帝国との戦闘が行われている中央大陸深部の最前線に違いない。荷電粒子砲を装備するジェノザウラー系ゾイドは最前線の一部でしか接敵されなくなっており、凱龍輝の最大の武器となるLモジュールの機能を試すには最初から激戦地に投入しなければならないからだ。
無垢な衣がやがて見知らぬ戦場で硝煙に犯される事を思うと、二郎の心は穏やかではいられなかった。
(せめて近くに居て、傷ついた機体を治してやりたい)
五人の花嫁のため、二郎は移送五日前に無謀とも言える行動を起こす。
「中央大陸への派遣をお願いします」
製作所の一角で、二郎の申し出に黙り込むネフスキーがあった。苦渋に満ちた顔の上司に二郎は再度言葉を重ねた。
「お願いします、中央大陸への出向を承認してください」
名目上彼が提案したのはローカルコンテントでの素体調達、つまり中央大陸や西方大陸に生息するエンデミズム(固有)の恐竜型野生体を凱龍輝の素体に流用する方法の研究である。
「先行生産分の五機の凱龍輝たちと一緒に行きたいのです。戦場での整備と性能チェック、そしてバイオ・プロスペクティング(生物資源探索)を行います。現時点ではヘリック軍側が優勢なので安全は確保できるはずです」
ゾイド開発者自身が戦場に赴き性能分析を行うことは珍しいことではない。だが今回は未開地域への移動も含まれ担当者の負担は飛躍的に増大している。
「恐竜型野生体棲息の確証はあるのか。企業として無駄金は支払えない。何より君の身体は脆弱ではないが屈強でもない。君は君自身をもう少し労わってやるべきだ」
ネフスキーも派遣技術者として二郎以上の適任はいないことを熟知してはいたが、優秀な技術者を戦場に送ることは承認し難く決して首を縦に振らない。それでも二郎は懇願を繰り返し、その都度ネフスキーに諭され所長室を後にする。
状況が打開できないと判断した二郎は、禁じ手の策を講じた。
凱龍輝がノヴァヤゼムリャ製作所から移送を終えた翌日、ミドルタウン本社よりダイレクトに二郎の出向辞令が到着した。彼がこれまで築いてきた社内の人脈をフル活用し勝ち得た人事異動措置だった。だがそれは同時に最大の信頼を寄せてきた所長ネフスキーの頭上を飛び越す背信行為でもあった。
「勝手にしたまえ」
ネフスキーは背を向けたままそれ以上語ることはなかった。二郎は簡潔な離別の言葉を告げただけだった。
独身寮を引き払う際の手荷物は殆どなかった。大型スーツケース一つに全ての身の回りの物を押し込め、製作所所有のナイトワイズにてロングケープ基地に移動し中央大陸への物資輸送用タートルシップ搭乗時刻を待った。
生憎なことに基地周辺は二郎の前途を阻むように移動当日から激しい暴風雨に襲われた。タートルシップはマグネッサーシステムで浮遊飛行するとはいえ、大量の物資を満載した状態で嵐に巻き込まれれば積載物も無傷では済まない。已む無く出航は延期されロングケープ基地で足止めとなる。
恋い慕うゾイドは前便で既に中央大陸に渡ってしまっていた。凱龍輝を一刻も早く追いたい二郎は酷く手元無沙汰となった。
無聊を囲う足止め初日の二郎の情報端末に、チューキョン・ツェリンから私信が届く。発送元がヘリック共和国となっており、いつの間にか彼女は中央大陸に渡航していたことを知った。
〝大型飛行ブロックスの開発に成功しました。私も二郎主任のように自分の夢を実現することができました〟
共和国軍プロパガンダ用の合成写真に違いないが、ゴジュラスギガの直上を舞う二門の巨砲を備えた猛禽の写真記事が添付され、画像に「バスターイーグル」の記述があった。火器に乏しいギガのサポートブロックスを開発する場合、通常であればディスペロウの如き陸戦用ゾイドの製造を発想しがちである。だが彼女は敢えて大型飛行ブロックスをキャリアーとして運用し、バスターキャノンをギガに装着させた後も空から支援攻撃を行いギガの死角を補う斬新な方法を選んだのだ。
画像を眺め、二郎は暫し感慨に耽る。凱龍輝開発に携わった者はそれぞれ他のゾイド開発に於いて実績を残している。時間は着実に経過していることを改めて実感した。
ロングケープ基地待機三日目、長引く嵐の夜に二郎に書簡が届く。
ノヴァヤゼムリャの独身寮宛てに届いたものを、製作所の輸送用ディバイソンが嵐を突いて二郎の元に訪れ二通の封筒を手渡した。慌ただしく中央大陸出向を決断したためアナログな書簡は受け取り主の所在を失い、日付の異なる便りが同時に届いたのだ。
雨具を着ていてもずぶ濡れとなったディバイソンのパイロットの様子から、書簡が緊急を要する内容であることは推して知れた。
故郷の兄からのものだった。
『容態が悪化して末期治療に移ると主治医から告げられました。持っても一箇月ほどらしいです』
『昨晩息を引き取りました。たぶん前に送った連絡と被ると思います。葬儀はこちらで準備しますが、なんとか帰郷はできないでしょうか』
父の危篤と、その訃報であった。
実感が湧かず悲しみが込み上げることもなかった。二郎にとって覚悟していた事だった。
数年前に倒れた父は、長く病床で療養を続けていた。帰郷ごとに病床で痩せ衰えていく様子は誰の目にも末期症状と見て取れた。
「おまえが作った大型ゾイドというやつを一度見てみたいもんだ」
面会の度に父は残された短い時間を達観するかの如き弱々しい笑顔を浮かべ、その言葉に応える術がない二郎も同じような儚い笑みで返していた。
病床で握った父の手は思いのほか小さく感じた。手を握るのは幼い頃以来だが、半身不随となった右掌は浮腫でかさついていた。
「また来るよ」
病室を去る際にかけた最後の言葉。父は動く左手を振ってくれた。
嘗て父の腕にあった時計は二郎に譲られここで時を刻んでいる。書簡の到着遅延で他界から一週間が過ぎており、葬儀予定日まで猶予はニ日間しかない。
「悔やみを言わせてください」
雨具を脱いだパイロットは、他ならぬリョウザブロウであった。
「所長さんが言ってました。『彼を一人にすると何を仕出かすかわからない。だから一緒に行ってやってくれ』と。二郎さん、あんた無茶し過ぎるよ」
老練なテストパイロットはいつものように顔の古傷に皺を刻んで笑みを浮かべた。
自分の意志を貫くのは、ときに信頼する者を裏切る場合がある。しかし自分の意志を曲げて生涯後悔に苛まれるのは悲しい。自分の人生は自分のものであって他人のものではない。信頼に報いるには、自分の信じたものこそ真実であったと証明する他に手段はないのだから。
風雨は勢いを増してタートルシップの窓を叩き、隔壁と装甲を軋ませる。
帰郷すれば中央大陸渡航は断念せざるを得ない以上、戻ることのできない故郷を想い二郎は心の中で祈りを捧げる。
雨垂れが窓を滝のように流れていった。
五日目。澄み渡る蒼穹が頭上に広がった。
様々な決別の思いを抱き二郎はタートルシップのタラップに足を掛けた。
後便のコンテナが基地に到着し、追加の積載作業を開始している。
ウェストリバー製作所からのコンテナが混じっている。コンテナの扉が開き、自らが手掛けたゾイドの姿が現れる。
「一緒に行こう、エヴォフライヤー」
ディスペロウに比べウネンラギア生産ラインを流用できる分早めの製造が適ったのだろう。凱龍輝に準じた蒼の機体に設計通りの翼が装着されている。小型でありながらも精悍な面構えは凱龍輝のサポートブロックスとしては申し分のない出来映えだ。
腕時計は出港の時刻を示す。
蒼穹に巨大輸送機タートルシップが浮上した。