クロケット砦は異臭が充満していた。
北のマウント・アーサと南のマウント・ジョーの挟撃戦により、クロケット砦は容易に陥落するものと思われたが、帝国軍守備隊は根強い抵抗を続け全滅した。
中央大陸の暑熱は魂を失った肉体を容赦なく蝕む。ハンカチを口元にあてながら歩く二郎とチューキョンの視界には、どれほど逸らしても無残な姿を露天に晒す兵士の骸が飛び込んで来る。ふとチューキョンが目を伏せ二郎に枝垂れかかった。気丈に振舞ってみても猖獗を極める惨状が苛み彼女を襲ったのだ。咄嗟に支えた両肩の小ささに驚く。
「ごめんなさい、ありがとうございます主任」
口元を押え直し、汗ばんだ前髪を軽く掻き揚げる。これまで同僚技術者としてしか見てこなかったチューキョンに、二郎は一瞬女性を感じていた。
腐敗臭が金属と機械油の匂いに紛れる場所で漸くハンカチを下すと、二人の前にリョウザブロウと
「いつになれば君の真価を発揮できるのだろう」
蒼き龍を見上げ呟く。薄く開かれた格納庫の扉の隙間からは、凱龍輝を凌ぐ巨大な竜たちが瓦礫を掻き分け続々と移動、集結する光景が見えていた。
共和国軍にとってヘリックシティー奪還は悲願であり全兵力を以て一刻も早く回復を願う約束の地である。奪還のために稼働中の全ゴジュラス及びゴジュラスギガが動員され、加えてハーマン少将の座乗するウルトラザウルスもマウント・アーサより廻航中であった。チューキョンが新造ブロックスのバスターイーグルと共に赴任した理由は火力に乏しいギガにバスターキャノンを装備させヘリックシティー攻略戦に参戦させるためでもある。
眼前を数十のゴジュラスとギガが進軍する威容に息を呑む。一方で格納庫内のテーブルにはチューキョンから提供された航空写真が無造作に広げられ、それをリョウザブロウが険しい顔で睨んでいた。
「司令部はこれを見ているんですよね」
「多分見ているとは思います。私はあくまでイーグルのアドバイザーに過ぎませんので」
バスターイーグルの強行偵察によってヘリックシティーへの進路上に出現した新要塞の撮影は完了していた。青焼きされた拡大写真に、重厚な多重環状城壁に覆われた要塞が写る。情報としては軍の重要機密事項だが、技術者特権により閲覧可能となっていたのだ。
「二郎さんにも見てもらいたいんです。ほらここ、八箇所ある城壁の突出部。〝バスティヨン〟と呼ぶのですが、主に火器のゼロ距離射撃(=水平射撃)の為の台場に利用されるポイントです。ですがご覧の通り要塞砲の類は設置されていない。むしろ大型ゾイドを配置するような広さに思えるのですが、こんな所で運用される帝国ゾイドなんてありましたか?」
リョウザブロウの問いに二郎は無言で首を横に振る。リョウザブロウの指し示したバスティヨンに、後にセイスモサウルスという規格外のゾイドが配備されることなど神ならぬ二郎に知る由もない。リョウザブロウは一頻り長い溜息をつき告げる。
「やられましたね。クロケット砦の奴らが頑強に抵抗を続けたのも、この要塞を完成させるための時間稼ぎだったに違いありません。自分がこれまで見てきた要塞都市とは明らかに構造が違っています。これは面倒なことになるかもしれません」
キープと呼ばれる大鐘楼を中心に放射状の幾何学模様を描くキマイラ要塞が共和国軍の前に立ち塞がることもまた、リョウザブロウの予想通りとなる。
「それにしても、自分らがここに呼ばれたわけは何なんでしょう」
本来の目的であるマウント・ジョーでの凱龍輝の戦闘記録は可否のない平板な戦績で幕を閉じた。今回の二郎のクロケット砦への赴任は、来るべき首都奪還作戦の前哨戦にあたるキマイラ要塞攻略戦に参加すると思われていた蒼き龍に下された「奇妙な指令」によるものであった。
格納庫に山積みされた残骸の中、見慣れたパーツがあるのに気付く。
「バスタークローが三対も」
凱龍輝のベースとなったバーサークフューラーの特徴的な武装と言える三叉の爪が比較的良好な状態で搬入されており、傍らにはバーサークフューラーに準じた僅かに紫がかった灰白色の塗料缶が並んでいる。塗料缶の脇より物資搬入の担当者らしき士官が二郎たちを見止め握手を求め右手を伸ばしてきた。
「お待たせしました。戦略技術部のミスター二郎ですね。自分は機動陸軍第十一独立装甲大隊付特殊工作隊指揮官、エーディット・ユングハウスです」
「
二郎の背後でリョウザブロウが呟く。
「単刀直入に言います。あの蒼いゾイドをバーサークフューラーにカモフラージュして頂きたい」
ユングハウスと名乗った士官は穏やかな笑顔に狡猾な眼光を湛えていた。
コードネーム「オペレーション・アナストモーシス」と命名されたドラグーンネスト鹵獲作戦は、当然ながら二郎たちの与り知らぬところで立案、進行していた。
ドラグーンネストは嘗て摂政プロイツェンによってアイゼンドラグーン輸送のために開発された強襲揚陸型ゾイドである。136mの巨体を活かし沿岸部より無数のゾイドを上陸させ共和国軍を分断し「プロイツェンの反乱」の緒戦に於いて猛威を振るった。以降未だ海上での無類の脅威として台頭し続け、共和国軍にとって対抗可能なゾイドは唯一ウルトラザウルスのみであり、この海の巨大ザリガニ制圧なくして共和国領奪還は不可能と言えた。しかし逼迫した財政状況でタートルシップやホバーカーゴに準じる輸送艦兼攻撃用ゾイドを開発建造する余力は共和国軍にない。従って「敵の母艦を鹵獲し共和国軍兵力に加える」という作戦が立案され、実行に移されることとなったのだ。
以下作戦の概要である。
1、解析した帝国軍暗号電文を偽装発信し、中央大陸沿岸部にドラグーンネストを誘引。
2、偽装した凱龍輝、つまりフェイクのバーサークフューラーを共和国軍ゾイドで襲撃。遊弋中のドラグーンネストに救援を求め沿岸部に接岸させる。
3、凱龍輝救援、収容のため格納庫を開く時機を見計らい、隠れていた強襲部隊がドラグーンネスト艦内に侵入、
※ オペレーション遂行に関する課題(抜粋)
〇 偽装した凱龍輝を襲撃する共和国部隊がどの程度の打撃を与えるか。真に迫った攻撃でなければ敵を欺く事はできない。
〇 救援のため海浜部に接近したドラグーンネストが、ザリガニの両腕にあたる強襲揚陸艇〝ネプチューン〟〝ポセイドン〟を分離してしまった場合制圧は困難となるため、事前に分離を阻止する策を講じなければならない。
〇 直接艦内を制圧する以上、ネプチューンとポセイドンではなく本体の格納庫の隔壁を開放させなければならない。
〇 艦内に強襲部隊が侵入を成功したとして、格納庫艦底部からブリッジまではおよそ40m以上の高度差があり、速やかに歩兵がブリッジに到達する方策を考案しなければならない。
○ アクア海沿岸を遊弋中のドラグーンネストは三隻(筆者注:『トイフェルスカマー』『フェアデシュタール』『フェルトフォーファー・キルフェ』)であり、相互の連携が出来ない状況に於いて作戦を実施する。
文章にすると実に安易で、作戦書に目を通した幕僚達は一様に眉を顰めたと言われる。だがこの大胆不敵な作戦の立案者が他ならぬロブ・ハーマンであることが実行を承認させ、
バーサークフューラーに偽装するゾイドとして凱龍輝は最適であり、従って襲撃役のゾイド部隊及び白兵戦に長けた強襲部隊の兵員と共にキマイラ要塞攻撃から凱龍輝は引き抜かれ動員された。ハーマンと幕僚達は様々な素案を提出し可能性を模索する過程で、開発者である二郎の改造案も加味し入念なシミュレーションを想定する。課題の一つである「偽装攻撃部隊」も冷徹に選出した上で。
マウント・ジョーに設置された陽光の射さない密閉された秘密工場の一画で、二郎は黙々と凱龍輝の偽装作業を行った。情報漏洩を防ぐため作業員はごく限られた者しか従事していない。背部フュエルタンクの上部パーツごと換装すればバスタークローの装備は可能だが、それは同時に月甲と飛燕のパーツを欠くことになる。二郎が提示した偽装案は、月甲の基部と飛燕の翼の外縁に沿ってバスタークロー保持の補強を施し、回転も展開もしないバスタークローを装着するプランであった。凱龍輝の最大の武器ともいえる小型ブロックスとの合体分離機構を撤去することは、開発者として受け入れ難かったのだ。作戦実行のため少しでも作業時間を削りたい共和国軍は、当初二郎の改造プランに難色を示す。対して二郎は小型ブロックス運用による艦内制圧の有用性を根気良く訴え、作戦発案者のロブ・ハーマン少将にも改造プランを承認させたのだ。
次第に灰白色に染まっていく凱龍輝を傍観しつつ、二郎はバスタークローにパージ機構を装備させる。延長された頭部及び集光パネルの違和感が際立つため頭部にも灰白色の保護シートを貼り付けると、遠目には帝国が開発した狂戦士へと衣装を変えていた。
「主任、バスターイーグルの改造は完了しました」
「もう僕は主任じゃないよ」
苦笑しつつ振り返ると、作業用のヘルメットを被ったチューキョンの背後には、腹部に仰々しい輸送用フックを装着した大型飛行ブロックスが待機していた。隠密裏に偽装した凱龍輝を空輸するための急造装備である。
「他に呼び方が考え付かないのですが。それとも――二郎さん」
「主任のままにしてください」
唐突な呼び掛けに戸惑い、慌てて修正を願っていた。戦場の緊張の中では特別な感情が芽生え易いと聞き知っていたが、それを実感するとは予想外であった。その時視線を逸らした先にカミソリの如き殺気を放つ兵士の姿を目にする。傍らには変わらず貼り付いた笑顔を浮かべるユングハウスが立っていた。
「御苦労様でした。カモフラージュ作業はほぼ完成しましたね。
ミスター二郎、今回模擬的に戦闘を行う閃光師団所属のレオマスターだったパイロットを連れて来ました。凱龍輝との格闘で打撃など予め避けて欲しい部分を知っておきたいということなので」
帝国皇帝ヴォルフ・ムーロアを逃した責任を問われ、過酷な任務を強制され続けていた懲罰部隊がいることを噂に聞いていた。パイロットスーツを着込んだ若い兵士は「皮肉を言うな」と低く囁き、レイ・グレッグと名乗る。
明らかに二郎よりも若い。だがそのパイロットはリョウザブロウと同じ眼をしていた。
懲罰部隊に与えられた役回りは、凱龍輝に敗れるための戦いであった。