①
ゴジュラスギガの無敵の進撃は続き、共和国軍は嘗ての栄光を取り戻したかに見えた。
北方で難攻不落を誇った帝国軍クック要塞奪還に沸く2106年7月、二郎はクーパーポートに戻っていた。クック陥落は晩春時期であったが、大陸北岸と南岸という距離が情報と感情を隔てていたともいえる。
北の果ての地の戦勝に沸く熱帯の港町クーパーで、人々の歓喜を背に二郎は機上の人となった。開設されている西方大陸便に搭乗し、共和国最大拠点ニューヘリックシティーへ赴くためである。
大陸定期便は帝国領ミーバロス、フロレシオ、ユビトを迂回する必要から中央大陸南岸を避け航路をゼロス海外洋上に設定している。ほぼ惑星を半周する行程はトランジットの煩わしさが無い分ひどく退屈な旅と成らざるを得なかった。
最初は赤道に近づくにつれ強くなっていく陽射しを眩しく眺めていたが次第に辟易し、持参した技術書も専門書も到着までに読み尽くし何時間もの手持ち無沙汰を過ごす。雲海を抜けたタートルシップが着陸体勢を取った際、二郎は自分が犯した重大な準備不足を嘆くことになる。
〝ニュー・ヘリック・エアポート〟と名付けられた空港は一面白銀の世界であった。南緯38°に位置するニューヘリックシティーは、折からの大寒波と前線の通過により十年に一度という大雪に見舞われていた。北緯15°の盛夏のクーパーポートで買い揃えた防寒着など何の役にも立たない。極端な気温差に震える二郎を尻目に半袖姿のリョウザブロウが笑う。
「(東方大陸)南島生まれですから」
ゾイドの多様性以上に、自分と別種のヒトが存在することを二郎は痛感した。
二郎が提案したローカルコンテント=辺境地域に棲息するエンデミズムの恐竜型野生体を素体とするバイオ・プロスペクティングは確かに雲を掴むような話である。だがそれをゾイテック本社が承認した背景には、未だ前人未到の原生林がエウロペに残り、ゴジュラスギガ、そしてセイスモサウルスなど西方大陸固有種が尚も発見され続けていたからだった。二郎は恋焦がれる凱龍輝同伴の異郷探索を望んだが、最重要機密にして配備数も覚束ない希少ゾイドの貸与が不可能なことも知っていた。
リョウザブロウの操縦で雪原に降り立ったゾイドはゾイテック・ウェストリバー製作所で量産、実戦投入されたディスペロウである。パイロットの人命保護を最優先し採用されたコクピット配置から背中に張り出した装甲が視界を遮るが、頭部に備えられたメインカメラが前方及び周囲の様子をモニターする。薄い防寒着越しに伝わってくるシートの冷たさに耐えながら二郎は西方大陸の地図を広げた。
西方大陸戦争緒戦で激戦を繰り広げたレッドリバーやエレミヤ砂漠も主戦場が中央大陸となりガイロス帝国と同盟条約を締結して以降平穏が続いている。
探索に与えられた猶予は二箇月。それまでになんとしても凱龍輝の素体となる野生体を探し出さなければならない。地峡に繋がれ南部北部西部に広がる西方大陸は広大であり闇雲に探したのでは目的のゾイドの発見は不可能だろう。
意外にも手始めに二郎が向かった都市は、ガイロス帝国臣民入植の中心地ガイガロスだった。オーガノイドシステム研究の先鞭をつけ、再生途上のデスザウラーと共にオリンポス山をセクターコラプス(山体崩壊)させた事件は記憶に新しい。爆死した摂政ギュンター・プロイツェン・ムーロアが陰謀の背後にあったとしても、デスザウラー再生の過程で生み出されたジェノザウラーのデータが残っている可能性に期待したのである。
終日ディスペロウを疾駆させ到着した大陸西岸に位置するガイガロスは、ニューヘリックシティー以上に深い雪に覆われていた。脚部メタルクロ―を雪に埋めながら雄大なドームを複数備え四本の尖塔に囲まれたガイロス王宮の庭園に隣接する帝立研究所・武器開発局の門をくぐった。
「お待ちしておりましたミスター二郎。私は本研究所の管轄を皇帝陛下より仰せ付かって居りますアドリエン・ジールマンと申します」
他界した父親と同年配の科学者であり、二郎は最期を看取れなかった父の面影をジールマンに重ねてしまっていた。
「ヴァルハラは何と云ってきましたか」
立ち昇る湯気に二郎の眼鏡が曇る。ジールマンはコーヒーを淹れながら語り掛けた。
「素体の供給は年次30機を上限とし、仮にネオゼネバス帝国との講和条約が締結し終戦又は停戦となった場合、条約の執行日を以って供給を停止するとの条件でした」
レンズを拭く二郎の前で、ジャズベと呼ばれる銅製の長い柄のついた柄杓型の器具を使って、二郎とリョウザブロウのカップに褐色の液体を注ぐ。
「凱龍輝、美しいゾイドです。ところどころに設置されたパネルはなんでしょう」
甘みを帯びたコーヒーを嗜みながら、ジールマンは二郎が提示した凱龍輝の簡易図面を眺め真っ先にLモジュールについて指摘した。技術者として当然の反応であった。
「申し訳ございません。今はまだお話することができません」
「そうですね」
それ以上の追及をせずジールマンは続けた。
「確かにジェノザウラーはデスザウラー再生計画の副産物です。ミスター二郎、失礼を承知で伺いますが〝プロトレックス〟というゾイドを御存知でしょうか」
聞き覚えのない名前に無言で首を横に振る。ジールマンは傍らの円筒から2センチ角の方眼の入った薄い製図紙を広げ凱龍輝の図面に重ねた。製図紙の端々は破れ、薄く焦げ跡が付いていた。
一目見て二郎は声を失う。
凱龍輝に、否、素体に酷似していた。野生体の特徴が色濃く残り、オーガノイドシステムでのクローニングによって製造されたゾイドとは異なることもわかる。
「この機体、バーサークフューラーの……」
「他にも何か気付きませんか?」
毒気の無い笑顔で二郎を見つめる。二郎は再び図面に視線を落とした。
「……ダークスパイナーの特徴もある。ではこれがバーサークフューラー本来の素体であって、野生体が存在しないというのは嘘だったということですか!」
思わず身を乗り出し、はずみでテーブルに置かれたカップからコーヒーがこぼれた。粗目の粉分がテーブルの上に褐色のドット模様を描く。
「我が帝国がバーサークフューラー製造に使用した素体は間違いなくデスザウラー再生計画の副産物であるジェノザウラー系ゾイドです。ヴァルハラも嘘は言っていません。ですが第三者的な視点のヘリック国技術者として疑問を抱かなかったのですか。なぜまだ我が帝国の傘下にあったゼネバス偽帝国(=ネオゼネバス帝国。ガイロス帝国側での呼称)がバーサークフューラーを、更には同クラスの恐竜型ゾイドダークスパイナーを秘密裏に開発できたかを」
発想の盲点であった。一介の技術者として目先の作業に没頭し大局を俯瞰する余裕などなかったというのが事実ではあるが、敵のゾイド生産体制の考察・解析に至らなかった己の立場を二郎は恥じた。
「回りくどい話は止めましょう。ゼネバス軍はプロトレックスを開発し我々と別ルートでバーサークフューラー及びダークスパイナーの素体にしたと考えられる。〝プロイツェンの叛乱〟に於ける帝国正規軍のバーサークフューラーに比べ、アイゼンドラグーンの同機体の方が性能が上であったのは、練度不足とは別にクローニングされたゾイドと野生体の性質を色濃く残すゾイドの個体差によって機体の基本スペックが上回っていたと考えれば辻褄が合う。
この図面はニクシー基地陥落の際入手したもので、プロトレックスの生産方法や野生体の棲息域など他の資料一切が焼却処分されていました。これ見よがしにこの図面だけを残して。ギュンター・プロイツェンという男はそんな奴なのです」
ガイロス帝国臣民としてよりも技術者としてゾイドの性能差を見抜けなかった屈辱からか、穏やかだったジールマンの口調が感情の昂りと共に荒々しくなっていた。
「我がガイガロス武器開発局は憎むべきゼネバス偽帝国を屈服させるため、全面的にミスター二郎に協力させて頂く。宜しいかな」
「願ってもないことです」
差し出したジールマンの右手を、二郎は力強く握り返す。
「西エウロペのブルトン湖からマンスター高原付近にプロトレックスに似た特徴の野生体目撃情報があります。帝都復興計画で軍事行動を行えない我が帝国に代わり、新型ゾイドの開発に成功してください」
握った掌が奇妙に冷たかった。ジールマンの視線が依然凱龍輝の図面を追っていた。
「確か〝レイ・エナジー・アキュムレイター〟と言いましたね、あのモジュールは」
二郎の右手の握力が極端に緩んでしまう。
開示もしていないLモジュールの正式名称を敢えて告げた様子から、ガイロス帝国側も凱龍輝の情報を欲しているアピールだと悟る。老獪なのはギュンター・プロイツェンだけではなかった。
「……僕の一存ではお返事し兼ねます」
「いやいや、見返りなど求めておりませんよ」
言葉の裏側は明らかに「見返りが欲しい」という意味である。
「凱龍輝が戦場で真価を発揮し、報道を以って喧伝されて以降であれば、部分的な技術開示は可能かと思います。今はその程度しかお返事できません」
「それは楽しみです。技術者として純粋に興味があります、荷電粒子吸収システムとは如何様なものか、とね」
コーヒーを含みながらジールマンは愉快そうに嗤っていた。
リョウザブロウは真一文字に口を結んだまま、そして二郎は引き攣った笑顔を浮かべていた。
二郎にとって幸運が重なった。諜報部のユングハウス大尉より、鹵獲したドラグーンネスト『フェルトフォーファー・キルフェ』のメモリーから戦闘行動とは別の西方大陸西部での行動記録が発見されたという報告が伝えられてきた。行動記録に残されていたのはブルトン湖~マンスター高原地域での探索あり、ジールマンより提示された情報と一致していた。ドラグーンネストは中央大陸攻略以前、バーサークフューラー及びダークスパイナーの素体となるプロトレックス確保のため西方大陸に赴いた記録である可能性が高い。
ジールマンより提供されたゲーター3機、レブラプター3機を率いて、ディスペロウはガイガロス所属のホエールキングに搭載された。
西方大陸の西部、西方大陸戦争時には戦禍に巻き込まれることのなかった辺境地域に、二郎はプロトレックスの野生体を求め再び機上の人となっていた。