『凱龍輝―蒼き龍の系譜』   作:城元太

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 二郎たちのバイオ・プロスペクティングの最中、中央大陸の最前線は激変していた。稼働を始めたキマイラ要塞のアウタルキーは無数のキメラブロックス製造と戦場への投入を開始し、ゼネバス回廊の堅牢化と周囲の軍事拠点への兵站を確立させる。嘗て第二次中央大陸戦争の際、占領していたヘリックシティーがマッドサンダーによって包囲殲滅された(てつ)を賢帝ヴォルフが踏むことはなかった。

 マウント・アーサが再度陥落したことが帝国軍反撃の口火となる。ハーマンのウルトラザウルス奇襲により奪還した拠点は、奪還直後ゆえに脆弱だったことは否めないが、天然の要害に守られた要塞都市がこれほどたやすく陥落するとは共和国軍にとって想定外であった。脱出した守備隊の報告では、強力な荷電粒子砲によって城壁が破られ敵兵の侵入を許したとある。攻撃を行ったゾイドの機種は不明、デスザウラーともジェノザウラーとも異なるタイプの閃光と記録されていた。

 占領されたヘリックシティーを取り戻すためマウント・ジョー、クロケット砦と共に三角形を描いて包囲していた一画が崩れたことで共和国軍は後退を余儀なくされる。

 機種不明の荷電粒子砲攻撃に対し凱龍輝の存在が改めて注目されたが、当時先行投入された5機は鹵獲したドラグーンネスト『フェルトフォーファー・キルフェ』と共に、メーカー整備を兼ねて東欧大陸ウェストリバー製作所に帰還してしまっていた。ドラグーンネスト廻航の理由は、ゾイテック社が帝国軍移動要塞型ゾイドのテクノロジー開示を共和国軍に要求したことと、ドラグーンネストを凱龍輝搭載仕様に改造し遊撃部隊として沿岸の帝国軍基地奇襲作戦に従事させる内部艤装作業を行うためである。但し仮にマウント・アーサ周辺の戦場に凱龍輝が配備されていたとしても、従来の荷電粒子砲出力に調整されていたLモジュールでは超長距離集束荷電粒子砲には対抗できなかったと推測される。幸か不幸か凱龍輝の華々しい戦果は先送りとなる。

 

 ホエールキングの舷側窓より臨む起伏の激しい西方大陸の地形は、海上航路と異なり二郎を退屈させることはなかった。

 ジオレイ平野の東に雪を抱いたジオレイ山脈が壁のように立ち塞がる。北上するにつれ積雪は消え、南方と西方のエウロペを繋ぐ地峡を越えると植生は一変し広大な原生林に覆われるローナ山脈の山腹が現れた。

「あれがダイノ島です」

 ローナ山脈の反対側、砂嘴状の半島先端に深緑の硬葉樹林に覆われた島が横たわる。

「観光と柑橘類の果樹栽培が盛んで、戦禍の及んだことのない西方大陸随一の楽園と呼ばれる場所です」

 同伴のアドリエン・ジールマンが様々な感慨を込めた視線を眼下の島に投げかける。

「時間と機会があれば是非立ち寄ってみたいですね」

 話題が続くことなく会話は途切れた。〝ディマンティス騒動(※『蟷螂の島』参照)〟、戦後のダイノ島でディマンティス掃討に凱龍輝が投入されることなど二郎にはまだ与り知らぬことであった。

 鹵獲したドラグーンネストの行動記録は、ダイノ島を越えた南緯15度以北に集中していた。北方のグレイラストの探索はほぼ終了しているため、調査の当面の中心はブルトン湖とヒッポクレネ湖周辺に絞られた。

「着水地点が見えました」

 ジールマンが指さす先、原生林に穴が空いたような真っ青な鏡面が広がっていた。

 ブルトン湖は地殻変動によって西エウロペの内陸に海が取り残された塩湖であり、広大な面積に比較し水深は浅く最深部でも数十mしかない。艦内アナウンスが着水体勢を告げ、機体が緩く下降していった。

 塩分濃度により反射率が高い水面(みなも)に、赤褐色の鋼鉄の巨鯨が姿を落とす。開かれた口腔から7機のゾイドが放出される光景は童話の一場面を彷彿させた。二郎とリョウザブロウの乗るディスペロウを先頭に、レブラプターとゲーターそれぞれ3機ずつが湖面に飛沫を上げて行軍していく。蒼穹と湖面との境目が不確かな世界は、無骨な陸戦用ゾイドたちが空中に浮遊しているかに見えた。

 ホバー移動によっていち早く湖岸に達したゲーターは一頻りレーダー波を放ち周囲に機獣化されたゾイド(敵)が存在しないことを確認する。上陸後集合した小隊はマンスター高地寄りの東岸へ進路をとった。その方面に野生ゾイドのコアが発する微細な生物発光(バイオフォトン)を感知していたからだ。

 ジールマンの広げるドラグーンネストの行動記録を示したドットマップは陸上探索に示唆を与えることはない。従って3機のゲーターとその護衛のレブラプターを常に間隔を取って配置し三角測量の要領でコアの波動検知を行いながら移動させた。

 原生林には既知の野生ゾイドや、未知であっても機獣化に不適合の小型ゾイドも多数棲息するため必然的にノイズは多くなりデーターのフィルター処理をするだけでも膨大な時間が費やされた。

 南緯5度、体温に近い気温と90%超の湿度が二郎達一行を(さいな)む。額から流れ落ちる汗がドットマップ上に別の点を描き、眼鏡のレンズは水滴で白濁する。暑熱のなか〝ベルグマンの法則〟を知る二郎にとって、果たしてここにプロトレックスなる大型野生体が存在するのか不安が募った。

 絞り込まれたデーターを睨み、二郎とジールマンは何度となく深い溜息をつく。目指すプロトレックスと思しき野生体は一向に出現しない。

「時間帯を変えましょう」

 夜行性である可能性も考慮し、探索は数時間中断された。

 

「懐かしいですね」

 持参したジャズベでコーヒーを淹れながら、ジールマンは二郎の腕時計を凝視していた。真鍮色の腕時計のベルトに夕日が乱反射している。(ふち)に粉分のこびり付くカップが二郎に差し出された。日中と異なり気温は低下し、カップの温かみが心地よい。

「似た物を以前愛用していたので」

「父の遺品となってしまいました」

『なってしまいました』という二郎の口調と表情からジールマンは状況を読み取ったようだった。

「仕事の立場と家族の立場を両立させて器用に立ち回れる者など稀にしか居りません」

「後悔してはいません。父も理解してくれていたと信じています。

 ただ、どうしても見せてやりたかった。僕が育て完成させた凱龍輝だけは」

「ますます興味が湧きますね」

 思わず漏らした本音に、ジールマンはブルトン湖に写る夕日を見つめ、一口含んだコーヒーに軽く咳き込む。

「凱龍輝、荷電粒子砲を無効化するLモジュール。そしてミスター二郎がまるで恋人のように語るゾイドに、です。

 尤も、お若いですから本当の恋人もいらっしゃるのでしょうが」

「そんな(ひと)、僕にはまだ……」

 そこまで告げると今度は二郎がコーヒーに(むせ)返る番だった。彼の脳裏には共にコンペティションを競った女性技術者の顔が浮かんでいた。ジールマンが笑う。

「ミスター二郎、正直過ぎるのは技術屋の宿命かもしれませんが、あなたはどうにも交渉ごとは不向きです」

 紅潮しているのが自分でもわかった。

「二郎さん、反応がありました。湖の北です」

 リョウザブロウがゾイド搭乗装備一式を持って駆け寄ることで、長閑な時間は破られた。探索を継続していたゲーターが未知の大型ゾイドの反応を察知したのだ。

「やはり夜行性だったか」

「捕獲用ユニットはディスペロウに搭載してあります」

「暗視ゴーグルの予備をお願いします」

「レブラプターとの戦闘は可能な限り回避してください」

「ホエールキングの機関の火入れ、伝達」

「二郎さん、コクピットに上がってください」

 静かに繰り広げられる喧噪の後、慌ただしくディスペロウが発進した。

 

 ゾイド野生体の生態については未解明な部分が多く、捕獲及び確保は常に戦闘ゾイド製造に携わる者にとって悩ましい問題であった。従って惑星大異変以降のガイロス帝国がゾイド兵器運用にあたり供給量を安定させるため、オーガノイドシステムによるクローニングを行ったことは戦術的一面では評価できるかもしれない。しかし軍事費の肥大化で国力を摩耗させ国内統一を欠きプロイツェンの叛乱を招いたことは大戦略(グランド・ストラテジー)としての失敗だったと断言できる。

 ヘリック共和国とその大統領であったルイーズ・キャムフォードの政策はゾイドの復興作業への利用と国力回復への最大限の努力を注ぐことで、戦闘用ゾイドに関してはメタロゲージなど野生ゾイド棲息域での保護育成程度に抑えたことこそが結果的には正解であったと言えよう(なお彼女は技術散逸を避けるため最低限の戦闘ゾイド製造を継続させたのも付加えておく)。だがその際、中央大陸原産の野生体がほぼ共和国軍の保護管理化に置かれ半ば家畜化してしまったことが第二次大陸間戦争緒戦の劣勢に繋がる。獰猛さに勝るガイロス帝国軍のオーガノイドシステム搭載型ゾイドに圧倒されたからだ。

 早くから入植が成されていた中央大陸、覇王ガイロスが帝国を成立させた暗黒大陸、そして惑星大異変によって殆どの野生体が絶滅してしまった東方大陸と比較し、多様な野生体の棲息する西方大陸はゾイド技術者にとっての魅惑の宝庫であったが、長引く戦乱が足枷となり充分な調査に至ることができなかった。ローカルコンテンツを主張した二郎の提案を速やかに受け入れたゾイテック社CEOの判断もまた正解であったのだ。

 

 標的は予想外の高速で移動していた。

 ゲーター、レブラプター、ディスペロウそれぞれが原生林の樹木の合間を縫って疾走するが追い縋るのがやっとである。コクピットの激しい上下振動に軽い嘔吐感を覚えながら、二郎は暗闇を疾駆する個体に思いを馳せていた。

 東方大陸出身の二郎にとって初めて間近にする大型野生体であった。モニター越しに尾と後肢が時折見えるが全身を見渡すことはできない。大きさはディスペロウと同じか或いは若干大きめか。暗視モニターの単調な色彩の中で、その個体は瑞々しく躍動していた。

 美しい、と感じるのはこれで何度目だろう。

 野生体の動きは、機獣化されたものとも素体とも異なり垣間見える仕草は生々しく(なま)めかしい。

 晒した脚部に驚く。軽く触っただけでも折れてしまいそうなほど華奢なのに、大地を踏み締め猛スピードで駆け抜けていく。

「前方、レブラプターです」

 威嚇と陽動を兼ねたレブラプターが野生体の進路を塞ぎ投光器を照射した。画面が一瞬ホワイトアウトし、リョウザブロウが野生体を挟み込むようにディスペロウの進行方向を直角に曲げて幅寄せする。当惑したように立ち止まる影がコクピットの側面から見えた。投光器の照射域から抜け出す直前、二郎は野生体の全身を視界に捉えることができた。

 直観でわかった。

(プロトレックス、これが……)

 まるで二次性徴前後の少女の如くガラス細工のような可憐(かれん)で繊細であどけない肢体だった。しかしガラス細工は時折(ときおり)破片を撒き散らし周囲を傷つける。

 衝撃がディスペロウを襲った。野生体の尾の一撃が、中型とはいえ重量級のブロックスゾイドを跳ね飛ばしたのだ。シートベルトが右肩に食い込み機体が横転するのを感じる。

「……二郎さん、お怪我はありませんか」

 意識が数分の一秒途切れていたようだ。軽く首筋に痛みを感じるが構わず言い放つ。

彼女(ゾイド)を追ってください、僕は逢いたい」

「わかりました」

 全てを納得したリョウザブロウが二郎の言葉に従いディスペロウを猛進させていた。

 

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