『凱龍輝―蒼き龍の系譜』   作:城元太

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第四部


 設計机の上に無造作に置かれた眼鏡の曇ったレンズに、瀟洒なペパーミントグリーンの小箱が歪んで映り込む。灯りの落ちた部屋の中、モニターがイルミネーションのように輝きを放ち、繰り返される映像に婚約者(フィアンセ)の微笑む姿が再生されている。ボリュームを抑えたモノローグは囁きにも聞こえた。

 

〝撮れてます? えっと……さきほどフェニックスのユニット全機組み上がりました。これから慣性飛行を開始します。どの子も元気です〟

 

 大写しで女性の顔を捉えていた画面がパンアウトし、前線の航空基地に機首を並べる青い不死鳥の群れが現れる。映像に流れる弾んだ声は、まるで我が子の晴れ舞台を見守る母親のように感じられた。

 場面が単調なコントラストの暗視カメラ映像に切り替わった。ひそめた声が最前線の緊張を伝える。移動中の車両の撮影のためか、画面は激しく揺れていた。粗い映像ではあるが、遠方にサーチライトの光芒に浮かび上がる多重環状城壁に覆われた巨大要塞が捉えられる。特徴的な突出部(バスティヨン)を有する城壁から、それが以前リョウザブロウと共に見た青焼き写真の実物と認識できた。

 

〝キマイラ要塞を確認しました。すごく大きい。ここからでも哨戒飛行を行う帝国ブロックスの姿がたくさん見えます〟

 

 映像の焦点が突出部(バスティヨン)に絞られ、長大な頸部を蠢かせるゾイドが遠望される。

 

〝セイスモサウルスだと思います。一匹しか見えませんが、もっといるはずです。今度もまた激戦になると思うと悲しいです。あの子たちがみんな無事でいて欲しい――二郎さんにまた「それはエゴイズムだよ」って叱られてしまうかもしれないけれど〟

 

 一瞬、モノトーンの映像に緊張した面持ちの撮影者自身の姿が映り込む。兵士と同じ軍用ヘルメットを被っており、側頭部に貼られた〝ZOITEC〟の文字だけが辛うじて彼女であることを判別させる。手にしたホワイトボードに〝ネオゼネバス帝国・キマイラ要塞都市攻略作戦・502高地〟の文字が記されている。要塞攻撃の別働隊として、フェニックスが離陸地点に選んだ露営地の仮称と推察された。

 再びシーンが変わり、高地斜面で出撃を待つフェニックスの暗視画像となる。画面の揺れはなく固定撮影に戻り、フェンダーの隅に小型モニターが見えた。出撃命令が下ったらしく画面上が慌ただしい。

 フェニックスが一機また一機と暗夜を滑空して往く。マグネッサーを切った無音滑走での離陸らしく画面に乱れがない。最後の一機が飛び去った先には、見慣れてしまったキマイラ要塞のシルエットがサーチライトに明滅していた。

 

〝29機無事発進できました。これからグレッグ少尉さんたちの部隊と合流予定です。それと時間差でエヴォフライヤーもここから離陸します。二郎さんの凱龍輝は地上部隊としてゴジュラスギガと一緒の出撃です。いよいよセイスモサウルスの超集束荷電粒子砲――ゼネバス砲でしたね――との対決です。きっとタケオさんも気になっているだろうから、この動画をウェストリバー製作所に送ってあげたいと思ってます。この作戦指揮官のユングハウス少佐さんとはお知り合いでしたよね? あとで交渉して許可をとってくれると嬉しいです。

 あっ、見えました。ここからでは映せないけどライガーゼロ部隊が出撃しました。タタリノフさん、無事に映像持ち帰ってくれることを祈っています。みんな本当にがんばってください〟

 

 フェンダー端の小型モニターを覗き込む小さな背中が映る。数分間は画面に顕著な変化は無かったが、やがて中央に捉えられていたキマイラ要塞のサーチライトが一斉に強烈な光芒を放った。遠雷の様に敵の警報が響き、サーチライトが林立する中、青い不死鳥と獅子が襲撃を開始する光景が覗えた。

 

〝奇襲が始まりました。現在タタリノフさんのフェニックスからの映像をチェック中。フライシザース、それとシュトルヒでしょうか、いま小型飛行ゾイド2機が墜ちていきました。

 コクピットからの視点――ゼロです。ユニゾンしました――飛んでいます――画面酔いしそう。

 僚機、テレストリアルモードとグライディングモードでの戦闘形態もいます。

 凄い。ロードゲイルを一撃でやっつけていく。それと、シザーストームとスティルアーマー、それぞれ身体半分にガトリング砲を背負ったのとレッドホーンみたいなブロックスですが、全然平気。やっぱりライガーゼロフェニックス、強いです〟

 

 再生される映像では小型モニターに何が映っているかまでは判らないのがもどかしかった。俯きながらも興奮している彼女の姿を尻目に、画面中央のキマイラ要塞から一条の閃光が放たれていた。小型モニターのノイズに気付き顔を上げ、モノローグの主は茫然と閃光の先を探る。

 

〝あれがゼネバス砲……荷電粒子砲とは思えません。あれほど細く、そして長く直進するなんて。

 嘘、信じられない。さっきまで戦っていた部隊が殆ど薙ぎ払われている。ゼロも、フェニックスも、それにギガまで。突撃部隊が全滅してしまう。

 凱龍輝、凱龍輝はまだ到着しないのですか。凱龍輝だったら、あんな荷電粒子砲なんて吸収できるはず。

 早く、早く助けに行って凱龍輝!〟

 

 状況説明を放棄したモノローグのため戦局は掴めなくなる。緩慢な動作で曇った眼鏡を手に取り、ユングハウスより送付された一部黒塗りの戦闘報告書のコピーを掴み凝視した。

 

01:03 懲罰部隊、キマイラ要塞突入

01:33 懲罰部隊要塞城門到達

01:41 セイスモサウルス・荷電粒子砲による掃討、ゼロ部隊3機を残し全滅

01:50 凱龍輝部隊(含 ディスペロウ、エヴォフライヤー)到達

01:55 ゼネバス砲照射⇒荷電粒子砲無力化成功、凱龍輝1機擱座

01:57 凱龍輝部隊突入敢行

 

〝映像回復しました。タタリノフさんは無事です、それと……グレッグ少尉さんも。良かった。

 でもゼロ部隊はほぼ壊滅。

 でも凱龍輝がゼネバス砲を吸収している。

 二郎さんに見せられないのが残念です。このモニターが焼き付いてしまったのですが、間違いなくLモジュールは作動しています。成功です、二郎さん成功です!〟

 

01:56 ギガ部隊城門到達、後衛ゼロ部隊(※正規軍)増援、セイスモサウルス捕捉

02:00 ■■■■■■■■■■■■■■■■(※黒塗り箇所。恐らくはセイスモサウルス捕獲命令を発した人物が記載されていたと推測される)

02:05 緊急伝・セイスモサウルス捕獲指令通達

 

「馬鹿な」

 

 コピーを掴んだ手が報告書誌面を歪ませた。敵の機体を鹵獲できるほど共和国軍に余力がないのは自明の筈だった。奇怪な誘惑に魅せられた時点で、要塞攻撃司令部は帝国軍の策略に嵌っていた。凱龍輝がセイスモサウルスを無力化すると悟った帝国軍は、そのセイスモサウルスを囮とし、共和国軍兵力の漸減を謀ったと推察された。

 皺の寄った報告書は、二郎の手から半ば叩き付けるように床に落とされていた。

 

02:22 セイスモサウルス包囲完了

02:24 敵新型ゾイド増援によって包囲陣分断

 敵新型ゾイド、識別コード『エナジーライガー』

 

〝何が起こったの? 確かに荷電粒子砲は無力化したのに。

 報告。そんな、投入した凱龍輝5機とも大破、Lモジュールの機能停止。

 ギガも3機が戦闘不能、攻撃部隊は大きな被害を受けたようです。

 何なのこの機体、映像追えません。

 ライガータイプだけどかなりの重戦闘型、なのに信じられないくらいに早い。

 まさか、ルンドマルクが言っていた仮想粒子タキオンを操るゾイドなの?〟

 

 要塞の周囲を疾駆する赤い獅子が朧げに見える。報告通りその速さは異様であった。

 

〝要塞攻撃は継続、でも凱龍輝はもういない。赤いライガー、強すぎます。ガトリング砲と頭部の一本角が次々とゾイドを薙ぎ倒していく。

 アルティメットセイスモサウルス、出現しました。この露営地も見つかってしまったようです。

 ゼネバス砲飛来。大丈夫、ものすごく離れた場所に照射されました。

 全員の退避命令が出たので、私たちも避難します。

 フェニックス、凱龍輝、みんなごめんなさい。みんなを見殺しにしてしまって……。

 とにかく逃げます。二郎さん、多分戻るのは三日後です。課題が山積してしました。ふたりでまた徹夜の討論をするかもしれま―――――〟

 

 映像はそこで途切れていた。

 

 2107年11月。〝ゼネバス回廊〟を支える最後の支柱であったキマイラ要塞は、ライガーゼロフェニックス、ゴジュラスギガ、そして凱龍輝など多くの共和国ゾイド部隊と兵員の犠牲とを引き換えに陥落する。しかしその際出現したエナジーライガーによって共和国軍は瓦解し、対照的に帝国軍側は兵力を温存したまま占領下のヘリックシティーへ撤収したため首都奪還は叶わず、中央大陸東部に於いての両国兵力は依然拮抗したままであった。

 

 その後、陥落したキマイラ要塞を調査した共和国軍は、502高地に設置されていた露営地がアルティメットセイスモのゼネバス砲の直撃によって破壊され、駐屯していた兵員及び関係者全てが消滅したとの報告書を纏めた。実地検分では交叉射撃としての試射の後、第二撃の荷電粒子によって高地斜面は数百メートルに亘って抉られ、人もゾイドも跡形も無く消し飛んだ状況が記録映像に残されている。戦闘直前の記録は、一部例外的に私信を送っていた映像のみが手掛かりとなった。

 キマイラ要塞攻略はヘリック共和国軍にとって、そして二郎にとってもあまりに大きな代償となった。

 

「凱龍輝もフェニックスも、そして君までも。

 チューキョン、僕にこれをどうしろと言うんだ」

 

 リング内側に刻まれたフィアンセの名と二郎のイニシャルが心を一層搔き乱す。

 ペパーミントグリーンの小箱には、贈られる者を失った真新しいエンゲージリングが納められていた。

 

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