荷電粒子砲無効化モジュール〝レイ・エナジー・アキュムレイター〟の製作が起案者自身の指揮の元で着手される。限られた開発時間を割いてまで奇抜な発想が承認された背景にはプロジェクトリーダーによる猛烈な支援があったからだ。
「彼のアイディアによるブレイクスルーを見てみたいのです。改造コンペティションの結論は一時ペンディングとして、タケオ君に三日間でフィージビリティスタディ(事前調査)レポートを仕上げてもらいますので、私からも是非お願いします」
二郎は半日かけて所長ネフスキーを説得し、ネフスキーも彼の慧眼を信じ計画の延長を承認する。
以下はタケオが纏めたレポートである。
○コア内部で生成された電磁気力を利用しアキュムレイトモジュールが荷電粒子偏向フィールドを形成する。その際の仮想フィールドの形態は「漏斗状」若しくはそれに準じる形態が必然となるため、技術陣は全力を挙げてフィールド形成に努める。
○仮想の漏斗状フィールドによって集められた荷電粒子はモジュール通過の際、
a,運動エネルギーを「反転」された粒子はフューラー本体のアクセラレイターへ流入させ、
b,「相殺」された粒子はアキュムレイターに蓄積される。
この「反転」と「相殺」の混在したマトリクスをどの様に分流するかの方策を検討する。
○従来の粒子砲装備型ゾイドであればオーロラインティークファン若しくは荷電粒子コンバーターを稼働させ荷電粒子吸収を行うが、本機体のオペレーション・リクワイアント(作戦上の必要性)は敵側より放出された良質・高密度の荷電粒子を再利用し吸収の負担を軽減、連射をも可能とすることである。最大の課題はフューラー素体がブラックボックス化しており、吸収或いは蓄積した荷電粒子を本体アクセラレイターに流入させるバイパスを安易に設置できないことである。従って素体と装甲の空間を最大限に利用するアビオニクスの設計が急務となる。
○第一段階のフィールド形成に於いて実験的にモジュールを搭載するテストベッドの選定を行なった結果、本社(※ゾイテック社)が極初期に開発したカブトガニ型ブロックスが最適と判断した。理由として万が一吸収した荷電粒子が暴発しても堅牢な外殻が飛散を最小限に防ぐと予測されるからである。実験体製作の工程をa~cに示す。
a,外殻を穿孔し裏側の空洞にユニットを装着させフューラー本体への接続を想定した伝導管を装備させる。
b,カブトガニ型がハイドロジェット方式の遊泳動力源にしているコアブロックスのエネルギーを、改造によって装備させたマグネッサーシステムに供給させ短時間の飛行を可能とする。
c,AIを搭載し遠隔操作を可能とする。差し詰め空飛ぶ〈盾〉としての活用も想定する。
荷電粒子砲使用には膨大な電磁気力が必要であり、その供給源となるのが生体融合炉=ゾイドコアだがこの場合の核融合の方式は水爆のような超高熱高圧下のホットフュージョンとは異なり、コア内部で亜光速に加速した原子核を直接衝突させる慣性核融合であった。まるで優秀な物理学者と技術者が築き上げたような精緻なシステムとも思えるが、ヒトを含めた好気性生物がプロティシティー(※電子を使わずプロトン勾配を利用したエネルギー変換システム)を有していることを顧みれば、金属生命体の収斂進化の精緻さも納得できることだろう。
この大電磁気力を利用しEシールド以上に強力な漏斗状のフィールドを都合よく形成することなど不可能と思えたが、形成は意外な方法で結実する(詳細は後述)。
タケオは驚異的なフィージビリティスタディ能力を発揮し、カブトガニ型ブロックスの確保を含めユニット化したモジュールの準備や工員の作業配置などあらゆるマネジメントを完了させていった。
テストベットのカブトガニ型ゾイドが、液冷式荷電粒子砲を装備したカノントータスと共にディバイソンの牽引するトレーラーに搭載され到着したのは、なんとレポート提出の翌朝であった。定められた工程に従い製作所総動員体制で改造作業が行われ到着翌日の夕刻に実験体の完成へと漕ぎ着けていた。
ノヴァヤゼムリャ製作所敷地内には普段は所員の散策など憩いの場になっている広大な貯水池があり、当時池を囲む土手に満開のピークを過ぎた菜の花が膨らませた子房を揺らしていた。
黄色が織り成す花の円環中央の水面に、その日異様な物体が浮かんでいた。
貯水池は本来試作火器などの射爆実験場として掘削されたものであり、周りを擂り鉢状に囲んでいる高い土手は爆風等を封じ込めるための障壁である。そして池の中央水面に浮かぶのは、AIによって自律行動を行うカブトガニ型ゾイドであった。
「〝甲標的〟への荷電粒子砲の照射準備が整いました」
切り欠かれた土手の一角に、ロングケープ基地より貸与された巨砲を背負う鋼鉄の陸亀が待機している。ヘリック共和国軍も今回の実証実験に非常に高い関心を寄せておりゾイテック社への全面協力を確約していた。ノヴァヤゼムリャ製作所はバーサークフューラーを所有するとはいえ、強力な集束荷電粒子砲を実験体に照射するリスクはあまりに大きい。同じ荷電粒子砲でも出力を低めに調整したもので照射実験を行うのは自明であり、その為に共和国軍と交渉し液冷式荷電粒子砲を装備するカノントータスの貸与契約を取り付けていた。なおこの機体手配は共和国軍と太いパイプラインを持つ二郎によるものである。
そして〝甲標的〟とは二郎がカブトガニ型ゾイドに名付けた呼称であった。
カノントータスが甲標的に照準を合わせる。
二郎が腕時計を見詰め、右手をゆっくりと振り下ろした。
「照射」
短砲身より閃光が奔る。
粒子の奔流が水面上を浮遊する物体を包み込んだ。
二郎と同席する所員たちは眼前の光景に息を呑んだ。
浮遊する甲標的の前面に四枚の花弁の花が咲いたのだ。
甲標的の外骨格に装備されたモジュールは四基あり、それぞれ干渉フィールドを球殻状に形成するよう調整されていた。照射された粒子砲の荷電粒子は中心軸から辺縁部にかけ密度が偏在し中央へ向かうに従って濃密となっている。フィールドは飛来する粒子の電荷の値の強弱に応じ形成され、オーロラと同じようにイオン化した大気が発光し「漏斗状」というよりむしろ「離弁花状」に可視化されていた。
僅か1/3秒ほどの照射であり発光する離弁花は瞬時に消滅した。
水面上に悠然と浮遊し続ける甲標的を視認すると、所員の間から一斉に歓声が上がった。実験は成功したのだ。
その後出力を三割増しで三回照射実験が行われたが、モジュールの荷電粒子吸収機能は計画通りに作動し理想的なデータを残す。
照射実験よりレイ・エナジー・アキュムレイトモジュールが形成する干渉フィールドは仮称〝シュピーゲルフューラー〟の全表面積の一割弱でも充分な粒子障壁になり得ることが実証された。
再びトレーラーに搭載された甲標的の前にタケオが佇み、周囲にはバラクリシュナンなどコンペティションに挑んだ技師達が集っている。二郎の姿を見てタケオが駆け寄った。
「コンプロマイズせずに済みました。ありがとうございます」
「まだ始まったばかりです。甲標的で得たこの機能をどの様にフィードバックさせるか。ペンディングしていたコンペの結論を詰めますよ。もう一晩事務所宿泊ですね」
歓喜から一気に落胆の溜息に変わったが、一つの作業をやり遂げた人々の顔には晴れ晴れとした笑顔が浮かんでいた。
トレーラーを牽引するディバイソンが長閑に啼いている。
西日に輝く黒い鋼鉄の猛牛の身体から陽炎が立ち昇る。
花の色とともに、東方大陸は季節の変わり目を迎えようとしていた。