『凱龍輝―蒼き龍の系譜』   作:城元太

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 ヴォルフ・ムーロアとの会話の経緯は、凱龍輝のコクピットで傍聴していたマグリット・ボレル中尉のレポートに詳細に記録されていたと伝えられるが、戦後となっても公開は留保された。皇帝の肉声が届く範囲にいたのはレイ・グレッグ、二郎、リョウザブロウを含めた四人だけで、謂わば数分間の密室状態でありその内容を知る者は限られた。ネオゼネバス帝国・ヘリック共和国の誰もが強い関心を持つであろう最終局面で交わされた皇帝と一般兵士との会話が非公開なのは、その内容が両国の戦後処理中に重大な支障を来す可能性を孕んでいるからではないかという憶測が飛び交った。

 レポートは遂に公開されず、真実は藪の中に埋もれるかと思われたが、異例の手法で明かされることになる。

 ヴォルフ・ムーロア(及びレイ・グレッグ)の気質や性格が民衆に広く識られるようになった三年後、軍を退役し東方大陸で執筆業に転向したボレルは【歴史小説】という形式で回顧録を著し発刊する。当時のベストセラー小説となった『ヘリックシティー大包囲戦』の内容は概ね真実を語っているものと思われるため、以下に引用してみたい。

 

 戦場で無防備に立ち上がる人物を「本物の皇帝か?」と疑うのは必然だ。自らゾイドを操縦したのみならず、最前線での戦闘など国家元首の行動としては常軌を逸している。情報の混乱を謀り、尋問に至る前に敵を巻き込み自爆する「影武者」も存在すると巷間に語られていたため、遠巻きに包囲する友軍に緊張が奔る様子が判った。

 しかしレイ・グレッグ中尉は臆することなく対峙する。目の前の人物が皇帝ヴォルフであると確信していたと、グレッグ中尉と二郎氏は後に供述している。

「皇帝陛下、だな」

「……レイ・グレッグ」

 驚いたことに、皇帝はグレッグ中尉の姓名を知っていた。互いに探り合うような途切れがちの会話のあと、皇帝がゼロの背中を見上げた。

「これは」

「ジェットファルコン」

「その青いバーサークフューラーは」

「フューラーじゃない、凱龍輝だ」

 皇帝の真贋は別として、グレッグ中尉の口調は大分失礼であった。だが意外なことに、皇帝は不思議な笑みを浮かべていた。

「甘さが出たのは認める。ただし今度戦う機会があれば必ず勝つ」

 それもまた、皇帝には不相応な言葉だが、グレッグ中尉は更に輪を掛けて失礼な返答をしていた。「オマエなに言ってんだ」か、或いは「アンタなに言ってるんだ」の類の答えであったが、ゾイドの話ができるのが嬉しくて仕方がない様子で、互いの表情が和んでいくのがわかった。

「ガイリュウキ、一度乗ってみたいものだ」

「そこにいるメガネが開発者だ」

 本論から逸れるが、二郎氏を「メガネ」呼ばわりしたことも失礼極まりない。

 皇帝はエナジーライガーに搭乗する以前はバーサークフューラーを愛機にしていたので、その姉妹機たる凱龍輝に強い興味を示したと思われる。皇帝は二郎氏と凱龍輝を代わる代わる見つめ「良いゾイドだ」と呟いた。

 集光パネルに照り返された陽射しに埋もれ、次第に表情が見えなくなってくる中、皇帝は深い憂いを込めた言葉を吐き出した。

(※注;これ以降の供述部分が、レポートの公開を禁じた最大の要因であったと思われる)

「戦争を終わりにしたい。元首を失えば、戦争の継続は困難となるだろう。もう疲れた」

 それが何を意味するかは明確であり、そして皇帝自らが戦場に身を投じた理由付けにもなっていた。若き皇帝の悲痛な訴えに、グレッグ中尉が告げたのはやはり不敬な答えであった。

「知るか。死にたきゃ勝手に死ね」

 あまりの暴言に、さすがに自分も黙っていられなくなり身を乗り出した時、先に言葉を発したのは二郎氏であった。

「僕の凱龍輝に乗ってみませんか」

 その場にいた全員の視線が、ゾイテック社の若い技師に集中した。

「あなたは凱龍輝を見て『良いゾイドだ』と仰いました。それは僕がバーサークフューラーを初めて見た際の感動と同じだと思います。

 凱龍輝は僕にとって自慢の娘です。たとえ敵であっても――皇帝であっても――多くの人に凱龍輝に触れて、感じて欲しい、それが僕の願いです。

 ゾイドには戦う本能があります。しかし、それを殺し合いではなく、純粋なゾイドバトルという形で実現できないかずっと考えていました。

 戦争とは違う戦い方もある筈です。凱龍輝に乗り、その素晴らしさを知ってからでも、死ぬのは遅くないとは思いませんか」

 二郎氏は以前より、ゾイドバトルに関する新機軸の構想を練り上げていたとも取れる発言であった。

「皇帝陛下さんよ、貴様は俺に負けた。どれ程格好付けても、ゾイド乗りとしては俺に劣ったままで終わっていいのか」

 皇帝の身体が小刻みに震えた。憂いに満ちた表情が一転し、顔面が紅潮していくのがわかる。若者らしい、生気に満ちた血潮が湧き上がって来るように。

「皇帝陛下、是非とも凱龍輝に乗って僕を〝メガネ〟呼ばわりしたあの失礼なひとをやっつけてください」

 本論から逸れるが、二郎氏も先のグレッグ中尉の言葉にかなり立腹していたと言えよう。

直後グレッグ中尉より「オマエなに言ってんだ」か、或いは「アンタなに言ってるんだ」の類の不規則発言があったことも付け加えておく。

 機先を制して語られてしまったため、自分はやり場無くコンソールに視線を落とした際、いつの間にかゾイドの足元に無数の友軍兵士が群がっているのに気付いた。

 彼らは殺気立っていた。永年に亘って苦闘し、多くの犠牲を生んだネオゼネバス皇帝を狙っているのは明らかだった。エナジーチャージャー暴走の危機が去り、両軍に一時的な融和の空気が流れても、復讐の炎は容易に鎮火することはなかったのだ。

 彼らの暴言は、グレッグ中尉のものとは本質が異なっていた。戦乱に紛れ、皇帝の命を残虐に奪ってしまおうとする意図が露わな、凶暴な口調であった。

「殺せ」

「死ね」

「処刑せよ」

 貧弱な語彙と殺意が、ゼロファルコンと凱龍輝の周囲に渦巻いた。友軍とはいえ、味方であっても容赦なく攻撃を仕掛けそうな雰囲気であった。

 ゼロの背中に立つ皇帝の前に、顔の左側に古傷を持つ老兵がジェットファルコンのコクピットから降り立った。P・リョウザブロウという、ゾイテック社のテストパイロットである。彼は取り囲む殺意に満ちた友軍兵士を睥睨し叫んだ。

「黙れ」

 幾多の戦場を駆け抜けてきた古参兵の一喝に、周囲は静まり返った。

「此奴を殺すのは簡単だ。だが殺した後のことを考えろ。また殺し合いが続くぞ」

 老兵の迫力と言葉に、群がる友軍兵は我に返った。

「皇帝陛下とやらに祀り上げ、化け物みたいに育ててしまったのは戦争を止められなかった俺たちジジイの責任だ。今更若者に責任を被せて、辻褄つけさせようとするんじゃねえ」

 静まり返った戦場に、老兵の声が響く。

「此奴に責任を取らせるなら落とし前をきっちりと付けさせろ。戦後復興という責任を」

 老兵は皇帝の肩を掴んで強引に前に押し出した。

「いい面構えだ、しっかり働けよ、若造」

 思い切り背中を叩くと、隣に立つグレッグ中尉の頭を掻き揚げた。

「貴様もだ」

 グレッグ中尉とヴォルフ皇帝が互いにもたれ合うようにライガーゼロの背中に立ち、右手の拳を突き合わせていた。

(マグリット・ボレル著『ゾイドバトルストーリー ヘリックシティー大包囲戦』2112年刊 より)

 

 人の記憶は曖昧で、往々にして己に都合良いバイアスが掛かりがちなので、多分に小説上の演出が加えられていることは考慮すべきである。しかし、『現実は小説より奇なり』という使い古された格言を、二郎たちは体験する。

 

16:31 群衆。含小型、アタックゾイド、民間機。市街方向より

 

16:45 群衆の集合途切れず。両国旗(※ヘリック共和国旗とネオゼネバス帝国旗)携行

 

16:52 歓声、「ヘリックⅡ・ムーロア万歳、エレナ・ムーロアルイーズ・エレナ・キャムフォード万歳、ヴォルフ・ムーロア万歳」

 

 集団的沸騰が席巻する最中(さなか)、群衆が怒号のように唱えていたのは、歴代のヘリックシティーを統治した為政者の名前であった。だが敢えて、第二代大統領ルイーズ・エレナ・キャムフォードを「エレナ・ムーロア」と号していたことに、修正個所からも二郎は著しい嫌悪感を抱いたと推測される。

 群衆が口々に叫んだのは、リョウザブロウと同じくヴォルフ・ムーロア皇帝助命のための嘆願であった。

「ヴォルフはシティーの治政に貢献してくれた」

「占領下であっても治安は良好だった」

「反乱者も無駄に危害を加えなかった」

「インフラ整備もしてくれた。我々は飢えたことはなかった」

 ひときわ声高に叫んだ文言が聞こえた。

「彼は我らが愛したルイーズ大統領の甥子だ。我々はその命を守らねばならない義務がある」

 

17:00 エゴイズム、ダブルスタンダード、醜悪

 

 時刻を加えた二郎の記録は、殴り書きで途絶える。

 但し、欄外に一人の人名が記されていた。

 

 ユングハウス?

 

 エーディット・ユングハウス。オペレーション・アナストモーシス、キマイラ要塞攻略戦、及びオペレーション・テラトカルシノーマを指揮した特殊工作員(インテリジェンス)である。二郎は群衆の中に、ドラグーンネスト鹵獲で同行した人物を発見していたらしい。

 これもまた戦後非公式に発表された情報となるが、ヘリックシティー西方、エナジーチャージャー暴走後の無防備となったヴォルフ・ムーロア皇帝助命の群衆行動は、共和国軍諜報機関による誘導であった可能性が高い。根拠となるのは、共和国によるヘリックシティー再統治開始の際、一般事務職員によって内容不明の〝オペレーション・マリグラヌール〟のタイトルが記された文書表紙が発見されたことによる。

 マリグラヌールとは、熱水鉱床付近の海水にメタンと窒素の混合気体を加え加熱するとアミノ酸が発生し、更にアミノ酸を元手に植物細胞状の微小球体を生み出す現象である。無生物から生物を生じさせる現象が、あたかもヘリックシティー群衆の中に恣意的な熱狂状態を発生させ、ヴォルフ救済行動へ誘導した隠喩とも解釈できる。

 ヘリック共和国軍の大戦略(グランド・ストラテジー)は、ネオゼネバス帝国の併呑ではない。嘗て第二次中央大陸戦争、及び第一次大陸間戦争で旧ゼネバス帝国領の統合は地政学的に不可能と分析しており、ゼネバス回廊攻撃回避も同じ理由からであった。

 処刑に至らぬまでも皇帝ヴォルフの権力を剥奪しネオゼネバス帝国を併呑すれば、嘗てのゼネバス帝国併合の際のように再度両国住民間での軋轢が発生するに違いない。また経済規模に於いても軍備に偏重したネオゼネバス帝国を吸収すれば、漸く復興の兆しが見えたヘリック共和国財政に重圧がかかることになる。

 敢えてネオゼネバス帝国を存続させ、戦後復興への資本投資を共和国系企業(含ゾイテック)を通じて実施することで共和国経済も復興し、加えて膨大な債務となった共和国国債の返済保証金に充填する。破り捨てられたオペレーション・マリグラヌールの用紙裏には、なぜかゾイテック社代表取締役のヴワディスワフ・スクウォドフスカの署名(※複写)が読み取れたのも論拠を強めた。

 人々がボレルが著した『ヘリックシティー大包囲戦』に注目する裏側で、共和国政府と諜報機関の暗躍があったと考えるのがより自然ではないだろうか。

 

 時代は惑星Ziにとっても、そして二郎と凱龍輝にとっても、ここで一つの節目を迎える。

 

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